【第31話】魔女ちゃんの校内放送
「絶対おかしい」
今日の授業を終えた一年二組の教室で、まだ朝の眠気を引き摺っていそうな桂馬が唐突にそう口を開いた。
桂馬が声を掛けたのはコレット。ぐっと顔を近寄せる桂馬に、コレットは特に気に掛けた様子もなく、ただ自分の席で手元のライトノベルを次のページに捲るだけだった。
「……なにが?」
「天宮さん達だよ。コレットも分かってるだろ?」
前髪の奥の瞳で物語を読み続けるコレットに、桂馬は話を続ける。
「本田さんと話さなくなったと思えば、今度は黒島が学校に来なくなった。そんな状態のままもう二週間だぜ? 絶対なんかあっただろ」
日和の異変には当然コレットも気付いていた。
あれだけ毎日楽しそうに過ごしていた日和は、今では窓際の席でずっと悪天候の空を眺めるばかり。前の席の真琴とも、しばらく会話をしている様子を見ていなかった。二人だけではない。クラスメイトの誰もが、二人の異変に気付いていただろう。
「やっぱ俺がなんとかするしか」
「やめなよ」
腕をぶんぶんと回しながら日和の席まで歩こうとした桂馬に、コレットがようやく本を閉じる。
「きっと無関係の人間が踏み入っていい話じゃないんだよ」
本心を言えばコレットも、日和の為になにかしたいという気持ちはあった。不本意ではあるが、日和がそれを望むのであれば大我を学校に連れ戻す事にも協力するつもりだ。それでも行動に移せなかったのは、自分なんかが日和の直面している問題に関わっていいのか分からなかったからだ。
「無関係じゃないだろ」
そんなコレットに桂馬が断言する。
「俺達は友達だろ」
自分に足りないのは桂馬のこういった思考回路なんだろうなと、コレットは改めて実感していた。
「まぁでも、今俺が一番気になってるのは」
桂馬はそう言うと、視線を日和の更に奥の窓に目を向ける。そこに映っているのは連日連夜続く雨空。その空にこだまするように、青年の大きな声が響いてきた。
「日和ぃー! まだ終わらないのかぁー!?」
「毎日学校に来るあの校門お兄さんは誰かって事なんだよな」
この時間帯になると毎日服巻高校の校門前に現れる謎の青年。その青年の正体に桂馬を含めた生徒達は頭を悩ませ、日和は具合の悪そうに汗を垂らしていた。
結局SHRが終わった後、日和は我先にと教室を後にしてしまい、桂馬とコレットは今日も日和に事情を訊く事が出来なかった。
♡
可愛らしい飾りが多くデコられたスマホを耳元に近寄せる。聞こえてくるのは繰り返しの呼び出し音。どれだけ待ってみても、呼び出し音から変わって相手の声が聞こえてくる事はなかった。
「もう。なんで出ないのかしら」
電話を切って、桃は不満そうに頬を膨らませる。
着信の相手は真琴だ。日和との約束の後、何度も真琴に連絡を送っていた桃だったが、真琴からの連絡が返ってくる事はなかった。桃の声さえ聞かなければ、絶対服従の魔法が発動する事はない。真琴はもう二度と、桃と会うつもりはないのだろう。
「これじゃあ日和ちゃんとの約束が果たせないじゃない」
桃はスマホをローテーブルに置いて、ソファーに体を預ける。映画研究部の部室で飲むイチゴオレは、今日も相変わらず甘くて美味しかった。
「元々約束なんて果たすつもりなかっただろ」
ソファーで優雅に寛ぐ桃に、翔平が口を開く。
桃の夢は服巻高校に通う全ての生徒を眷属にする事。その夢の為ならどんな手段も厭わないし、実際夢の為に強硬手段を取る桃を翔平は間近で見続けてきた。そんな桃が単なる口約束の為に、わざわざ夢を遠ざける行動をするとは到底思えなかった。
「そんな事はないわ。約束はちゃんと守らないと」
小悪魔の様に微笑む桃の胸中を、幼馴染である翔平だけは理解していた。
「しかしどうすんだよ。肝心の黒島はあれから学校に来てないみたいだが」
そもそも日和に大我との契約を解除させたのは、新たに桃が大我と契約を結ぶ為だ。学校に来なくなった大我から察するに、日和との間に結ばれていた契約は解除されていると考えて間違いないだろう。これで大我を眷属にする準備は整った訳だが、当の本人が学校に来ていないのであれば口付けを交わすタイミングも見計らえない。
「そうなのよねー。これだから不良は困ったものだわー」
なんとかして自分の前に引き摺り出したいのだが、大我の居場所が分からなければそれも不可能だ。
「やっぱあいつを手懐けられたのは、あの一年の魔女だけだったのかもな」
「なに言ってんの。それも魔女の命令で無理矢理従えさせてただけでしょ」
適当な事を言うなと、桃はストローを咥える。
「いや? 前にあいつと会った時は、そこまで嫌がってるようにも見えなかったけど」
翔平の言葉に、ストローを流れるイチゴオレが止まった。
「……そう?」
「あぁ。俺にはそう見えたぞ」
翔平が言っているのは、大我と日和がこの部室に来た時の事だろう。桃も目の前で二人のやり取りを見ていたが、とても円満な関係が結べているようには見えなかった。同じ眷属である翔平には、なにか違ったものが見えていたのだろうか。
するとなにかを思いついたように、桃の唇が悪戯に微笑む。
「それならこうしましょ」
桃の頭の中までは覗けなかったが、どうせまたろくでもない事でも思いついたのだろうと、翔平は溜息を吐いた。
♡
その日は久し振りに傘の要らない通学路だった。お天気お姉さんの言葉を信じるのなら、この後次第に晴れ間も拝めるようになるらしい。
「うむ! 今日はいい天気になりそうだな!」
アスファルトに残った水溜まりを避けながら、信介が日和の隣を歩く。天気につられて信介の声も大きくなっているかと思ったが、元より声の大きさは変わっていないと、すぐに考えを改め直した。
「しかし日和。いい天気だからって浮かれてはいけないぞ。なんだか今日は嫌な予感がしてならんのだ……」
「別に浮かれてないよ」
子供じゃないのだから天候だけで一喜一憂はしないと、日和は呆れた様子で息を吐く。
「とにかく! 特に今日は用心するんだぞ!」
「分かったよ」
強く呼び掛ける信介だったが、毎日の様に聞いてきたその呼び掛けに最早効力はなく、日和は適当に相槌を打つばかりだった。
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今日も今日とて誰よりも早くに教室に到着した日和は、他にする事もないので今日の授業の予習を始める。次第に到着したクラスメイトの数も増えてきて、教室は談笑に溢れていった。
「天宮さんおはよー」
英語の翻訳をしている途中で、不意に声が掛けられる。顔を上げると、今日もまだ眠り足りなそうな瞳をした桂馬が、側まで歩み寄っていた。
「おはよう佐藤くん」
ノートに走らせていたシャーペンを止めて、日和も挨拶を返す。
「あれ、今日はまだ本田さん来てないんだね」
日和の前に空いた席を見て、桂馬はそう口を溢した。
教室には読書に耽るコレットや友人と談笑するデカオと、続々とクラスメイトが集まってきている。いつも比較的早くに登校している真琴の姿がまだ見えないのは、日和も珍しく思っていた。
「……そうみたいだね」
それ以上話題を広げる事も出来ず、日和はそれだけ口にする。
「天宮さんなんか聞いてないの?」
「私はなにも……」
首を横に振る日和は、やはりどこか素っ気ない。桂馬が朝一番に日和のもとに来たのは、今日こそその真相を問い詰める為だった。
「……あのさ天宮さん」
その時、教室のスピーカーから突然声が流れ出した。
『あっあー、マイクテストマイクテストー。ねぇこれ聞こえてる?』
聞こえてきたのは、どこかあざとい女子の声。現在服巻高校全域に、この声は流れているのだろうか。突然流れてきたその声に、学校中がどよめいていた。
「なんだ急に」
「今日ってなんかあったっけ?」
「ねぇこの声って」
「桃様の声だ!」
声の正体に気付いて、ももえんに加入しているデカオが興奮気味に立ち上がる。日和も直で聞いた事があるから分かる。この声は魔女である穂村桃の声だった。
『えーおはようございまーす。皆大好き穂村桃ちゃんでーす』
桃はあっけらかんとした口調で、自分の正体を明かす。校内に放送しているという事は、今は放送室に居るという事だろうか。朝から謎の行動をする桃に、日和の第六感はうるさい程に警鐘を鳴らしていた。
『皆は朝ごはんなに食べたー? 私はトーストにマーマレードのジャムを塗ってー……え? 時間がないから早くしろって? もうしょうがないなー』
のんびりとラジオでも始めそうだった桃が、誰かに諭されて雑談を中断する。桃の他にも放送室には誰かが居るようだ。
『えーももえんに加入している全生徒に告ぐ』
その時、不意に日和はとある日の事を思い出した。
それは真琴達と五人で遊びに行った休日の前日。集合場所に行くのに渋っていた大我に、日和は電話越しで集合場所に来るよう命令を下していた。
「……マズい」
そう、命令はマイク越しでも伝わるのだ。
『一年二組の天宮日和を捕まえて、私のもとまで連れてきなさい』
それだけ告げると、桃の放送はぱったりとそこで終了した。
突然始まり突然終わった校内放送に、クラスメイトは皆なにが起きたのかと困惑していた。桂馬も事態が読み込めず、頭に疑問符を浮かべている。
「天宮さん? これってなんか知って」
放送で名前を呼ばれていた日和に目を向けると、日和の体はまるで極寒の地に居るかの様に震えていた。額からは尋常でない量の汗を垂らし、目は溺れそうになりながら泳いでいる。日和だけは、これから一体なにが起きようとしているのか分かっているようだった。
「……天宮さん?」
すると突然、背後でなにかが倒れる音がした。
「!?」
何事かと教室中が物音のした方向に振り返る。
そこに集まっていたのはクラスの陽キャグループ。その中心に居た金髪の男子生徒が、突然机を倒しながら立ち上がったのだ。
「おいデカオ! どうしたんだよ急に!」
「なんか様子おかしいよ!?」
周囲の生徒達がデカオに声を掛けるが、デカオからの呼び掛けはない。ただ何者かに操られるかの様に、一歩ずつ足を前に動かすだけだった。
豹変したデカオの足の進む先は、窓際に座る日和。その瞳にいつものデカオの面影はなく、ただ虚無を映している。その虚ろな瞳に、日和は見覚えがあった。真琴達と遊んだ帰りに襲ってきた、桃の眷属達と同じ瞳だ。
「デカオ……?」
デカオの眉間には薄らと揺れるものが見える。間違いない。放送で流れた桃の命令によって、眷属であるデカオは操られているのだ。
「ウァァァァァァァ!」
突然呻き声を上げたデカオは、そのまま日和のもとへと走り出す。危険を感じた日和は、すぐに自分の席から離れて逃げ出した。デカオは誰も居ない机へと直撃し、激しい音と共に床に倒れる。そこに知性のようなものは感じられず、ただ命令に従って動いているだけの人形のようだった。
「おいおい……なにが起こってんだよ……?」
デカオの奇怪な行動により、教室はパニックに陥る。渦中に放り投げられた日和もまた、突然の衝撃的な展開に茫然としていた。
絶対服従の魔法の設定を決めた時、どうストーリーに組み込んだら面白くなるかを考えました。そうして思いついたのが今回の校内放送です。
限られた条件下で創意工夫によって攻略するのって面白いですよね。




