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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第2章】二人の魔女ちゃん

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【第30話】元眷属くんは今

 駆け足で帰ってきた天宮家。窓に映った空が暗くなった頃、日和は今日の事の顛末を家族に報せた。

「そうか。黒島の契約を解除したのか」

 夕食の片付けられた食卓の上で、ニエが三角の耳を傾ける。椅子に座って語った日和の瞼は、未だに若干赤く腫れていた。

「黒島くんが学校に来なくなった理由に、別の魔女が関わってたんです。もうこれ以上、私達魔女の力で黒島くんを振り回したくない。だから眷属の契約を解除しました」

 入学式の事件を引き起こしたのは桃だ。同じ魔女だからといって、日和が責任を負う必要はないだろう。大我だってきっと分かってくれる。そんな事は百も承知で、それでも日和は責任に圧し潰されそうになっていた。

「……ごめんなさい。勝手に契約解除して」

 食卓で丸くなるニエに、日和が頭を下げる。リビングのソファーでは、利久が興味も無さそうにゲーム機を操作していたが、耳はしっかりとこちらに傾いていた。

 以前ニエに、契約の解除を使用するのは特例中の特例と伝えられていた。元々契約の解除方法を教えなかったのも、日和が契約を解除しないようにする為だと。実際こうして契約の解除を使用したと考えると、最初のニエの考えは間違っていなかったのだろう。

「お前が決めた事じゃ。決して謝る事ではない」

 溜息を吐いて、ニエは日和の顔を上げさせる。視界に映った日和の瞳は、またも涙で潤んでいた。

「でもこれで黒島くんは送り迎えに来てくれなくなったのよね? 一人で学校に行かせるのは、お母さん心配だわ」

 洗い物を片付けていた典子が、エプロンで手を拭きながらこちらに歩いてくる。

 確かに大我の契約が解除された事により、これまで毎日続いていた送迎がなくなる事になる。悪魔に追われながら帰ってきた日があったのも事実であり、母親として一人の登下校を許したくはなかった。

「それは大丈夫。もうお願いしてるから」

 なにか宛がありそうな日和に、典子が首を傾げる。日和の秘策が目に見えて発覚するのは、週明けの月曜の朝だった。


♡


 月曜の朝、普段家を出る三十分も前に天宮家のインターホンは鳴らされた。

「日和! 迎えに来たぞ!」

 玄関の扉を開けた先に映った満開の笑顔に、日和は顔を歪める。テンションの上がった犬の尻尾の様にぶんぶんと結んだ髪を伸ばす彼は、日和の唯一の眷属となった信介だ。

「あら信介くん。朝から元気ねー」

「典子さん! おはようございます!」

「今日から日和をよろしくね」

「はい!」

 典子の挨拶に、信介は朝とは思えない程の声量で返事をする。耳元で響いた信介の声に、だから信介に頼むのは嫌だったんだと日和は深い溜息を吐いた。

「日和! 忘れ物はないか!? 今日は午後から雨が降るらしいぞ!」

「うん……大丈夫」

「それなら行こう! 典子さん! 行ってきます!」

「えっ!? もう行くの!?」

「当然だ! 遅刻厳禁! 時間前行動は生活を明るくするぞ!」

 もう少し家でのんびりしたい気持ちがあったが、信介はそれを許してくれない。結局信介に急かされるようにして、日和は赤色の傘を握って家を出発した。こちらに手を振って見送る典子は、日和の苦悩などなにも知らない様子だった。

「いやー素晴らしい! なんて素敵な朝なんだ!」

 午後から雨の予報という事もあり、空はお世辞にも良い天気とは言えない曇り空だ。それでも信介は、虹の幻覚が見えているのではないかと思うくらいご機嫌だった。

 金曜の夜、日和から『翌週から送り迎えをお願いしたい』と連絡があり、信介は数秒で承諾の連絡を返した。あまりのレスの早さに若干日和は引いていたのだが、信介にとっては願ってもない連絡だった。

「ごめんね。急に送り迎えなんかお願いして」

「なにを言う! 主人を守るのが眷属の運命! 日和の第一眷属として、当然の事をしているまでだ!」

 大我との契約が解除された事も、信介は聞いている。第一眷属である大我の契約が解除され、繰り上がりで信介が第一眷属になった事に、信介は踊って喜んだという。

「しかし黒島め。一度忠誠を誓った日和をこうも簡単に見捨てるとは……今度会ったら成敗してやる」

 契約が解除されて嬉しい反面、大我に対しての怒りの感情も湧き上がっていた。次会う機会があれば容赦はしないと、信介は肩に提げている竹刀を手に掛けようとする。

「や(・)め(・)て(・)」

 そんな信介を、日和は命令で止める。

「黒島くんは悪くない。悪いのは……全部私」

 視線を落としながら、日和は口を溢す。その横顔は小学生の時、教室で飼っていたメダカが死んでしまった時のものにそっくりだった。

 信介も日和の心情を察して、この話題については口を噤む。なんとか日和に楽しんでもらおうと別の話題に花を咲かせた信介だったが、それから登校中に日和の表情が綻ぶ事はなかった。


♡


 校門を通る生徒の数が、徐々に増えてくる時間帯。今日も相変わらずの深いクマを瞳の下に拵えた桂馬が、隣の教室の友人との談笑を終えて一年二組の教室に入ってきた。

「あれ、天宮さん。今日は早いんだな」

 いつもは自分よりも後から教室に入る日和を窓際の席に見掛けて、桂馬はそう日和に声を掛けた。

「おはよう佐藤くん」

 時間を持て余していた日和は、桂馬に挨拶をする。桂馬も「おはよう」と挨拶を返すと、特に用がある訳でもないがこちらに歩み寄った。

「……あれ? 黒島は? 今日は一緒じゃないの?」

 ふと教室を見回すと、いつの間にか教室の景色に馴染んでいた大我の姿が今日は見当たらない。日和が来ているのならば大我も来ていると思ったのだが、週末に体調でも崩したのだろうか。単なる風邪にあの大我が屈するとも考え難いが。

「うん……ちょっとね」

 桂馬の問い掛けに、日和が気まずそうに視線を逸らす。

「もしかすると、もうここには来ないかも」

「え?」

 呟くような日和の声に、桂馬は聞き返す。しかしそれよりも大きなデカオの声に呼び出されて、桂馬は仕方なくデカオ達の方に顔を出す事にした。日和の神妙な横顔を横目に見ながら。

 日和の様子がおかしい事は、自分の席でライトノベルの隙間から様子を見ていたコレットも気付いていた。そしてトイレへと席を立っていた真琴も、教室に戻ってきた瞬間に異変を察知していた。


♡


 ふと時計に目を向ける。時刻は九時過ぎ。学校は一時限目の授業が始まった頃合いだろうか。

 十階建てアパートの七階にある黒島家にて、大我は自作のぬいぐるみの大量に並んだ自分の部屋のベッドで横になっていた。平日のこの時間帯に自分の部屋に居るのは、一体いつ振りだろうか。服装は未だ部屋着。母親が仕事で家を出る前に用意した朝食も、リビングに置かれたままだった。

 月曜の朝にベッドで横たわっているだけなど、なんて贅沢な時間の使い方だろうか。今頃授業を受けている全生徒が羨ましいと思う中、大我の心中は決して満たされていなかった。

 金曜の夕方、日和との別れ際に眷属の契約を解除されて、大我は晴れて自由の身となった。今までは絶対服従の命令によって送迎に向かわされていたが、今やそんな心配は無用。

 これが大我のずっと望んでいた日常の筈だった。口うるさい同級生になにを言われる事もなく、ただ自分のやりたい事だけをやる。契約を交わされたあの日から、ずっとこんな日常を夢見ていた。それが叶った今、どうして大我の心は満たされないのだろうか。

 否、本当は大我も分かっていた。自分が本当に望んでいた日常は、先週までの生活だった事を。大我は高校入学当初、不良から足を洗って普通の高校生になろうとしていた。紆余曲折あり最初こそ叶わなかったが、日和と契約を交わしたおかげで、その夢が叶おうとしていた。

 クラスメイトと一緒に授業を受けた。クラスメイトと一緒にカレーを作った。クラスメイトと一緒にゲームセンターでゲームをした。大我が当初思い描いていたものとは多少異なっていたが、それは間違いなく大我が憧れていた日常だった。

「……くそっ」

 じっとしているだけでは余計な事を考えてしまうだけだと、大我はベッドから起き上がる。勉強机とセットで用意された椅子に腰掛けて、鞄の中から布地と裁縫道具を取り出した。

 それから大我は新たなぬいぐるみ製作に着手する。布に針を通している時だけが、余計な事を全て忘れていられた。


♡


 日和が大我との契約を解除してから、数日が経過した。

 大我が学校に登校しなくとも、何事もなく授業は進行する。言ってしまえば、大我と契約する前の状態に戻っただけだ。最初は教室に来なくなった大我に違和感を覚えていたクラスメイトも、次第に大我が元はこういう人物だと思い出して違和感が薄れていく。

 昼休憩になり、日和は自動販売機を求めて教室を後にした。今日も天候は雨。ここのところ毎日のように降り続ける雨は、日和の擦れた心まで洗い流してはくれなかった。

「天宮さん」

 自動販売機までの道中、不意に声が掛けられて日和は振り向く。そこに立っていたのは、生憎の雨模様にも輝きを失わない御影だ。

「月山くん」

「久し振り。眷属探しは順調かな?」

 周囲は日和と御影の二人きり。人に聞かれる心配も無用だと、御影は堂々と日和にそう尋ねた。

「黒島くんは? そういえば最近見掛けないね」

 目付きの悪い男子生徒はどこかと、御影が周囲を見回す。常日頃一緒に居る訳ではないというのは分かっていたが、それを差し置いても最近目にしていなかったと御影も自覚していた。

 御影も日和の事情を知る数少ない一人だ。彼にだけ秘密にしておく訳にはいかない。

「……実はね」

 日和はそう口を開いて、数日前の経緯を語り出した。

「そうか……黒島くんとの契約は解除しちゃったのか」

 一階の校舎脇にある自動販売機に到着した御影は、購入したサイダーを口に流し込む。爽やかな炭酸が、喉の奥で弾けていた。

「月山くんも、黒島くんの契約を解除するのは反対だった?」

 自動販売機の前に立ったまま、日和が御影に尋ねる。勝手な行動をするなと釘を刺されるのも覚悟していたが、御影は首を横に振った。

「いいや、反対なんかしないさ。僕は天宮さんの行動を尊重するよ」

 御影は優しく日和に微笑み掛ける。ニエや典子も意見としては反対派ではあったが、日和の決断を決して責めたりはしなかった。皆の優しさが身に染みて、日和の胸は締め付けられる。

「それより僕が気になるのは穂村桃の方だ」

「桃先輩?」

 不意に御影の視線が鋭くなる。

「あぁ。黒島くんを眷属にする為、天宮さんに直接接触してきた。遂に目的の為に自ら動き出したんだよ。友達の眷属の正体は分かったけど、より一層注意しなくちゃいけない」

 桃の目的は大我を自分の眷属にする事だった。その目的を果たすべく、彼女は着実に動き出している。今は大人しくしているが、いつ魔女の力を暴走させるか分かったものではなかった。

「彼女の行動を探ってみるよ。天宮さんも、なにがあるか分からないから注意しててね」

「うん……」

 そう言って御影は先に校舎へと戻っていく。自動販売機の前には日和一人。取り残された日和は自分も教室に戻ろうと、悩んだ末に冷たい緑茶を選択した。


♡


 英智大学。文学部や理学部、医学部まで幅広い学問に富んだ、地域では有数の難関大学である。講義の時間外である大学生も、敷地内の巨大な図書館で課題に勤しんでいた。

 そんな図書館の片隅で、彼はだらけきった笑顔を浮かべていた。

「……なんて顔してんだよ」

 対面の席でペンを走らせていた男子学生は、信介の顔を見てそうぼやく。眼鏡の奥の瞳をどれだけ凝らしても、まるで天寿を全うしたかの様なその顔が切り替わる事はなかった。

 彼の名前は拓斗(たくと)。英智大学内で唯一と言っていいだろう信介の友人だ。容姿こそ良いものの容姿では隠し切れない程の変わり者な信介に、学生は皆距離を置いていたのだが、拓斗だけは「それなんで毎日持ち歩いてんの?」と周りの目も気にせずに竹刀について問い掛けてきた。

「ふんっ、貴様にこの幸福は分かるまい」

 拓斗に指摘され、信介は表情を元に戻す。しかし時間が経つと次第にふやけて、まただらけきった笑顔に逆戻りとなった。

「そんだけ日和ちゃんに頼られたのが嬉しかったんだな」

 魔女の事情に関しては全く知らないが、幼馴染の女子高生と親交がある事は拓斗も話を聞いている。信介がこのような顔をするようになって、既に一週間以上が経過していた。

「俺は日和の第一眷属として! 日和の願いには全力で応えなければならない! それが第一眷属である俺の使命だ!」

「分かったよ暑苦しいな。相変わらずなに言ってるか知んねぇけど、日和ちゃんも年頃の女子高生なんだから、あんま強く絡み過ぎんなよ」

 日和にも同じ熱量で接している信介を想像して、拓斗はそう忠告する。実際は拓斗の想像通り日和にも面倒がられているのだが、信介だけはその事に気付いていなかった。

「むっ! もうこんな時間か!」

 ふとスマホに映った時刻を見て、信介は机に広げていた課題を鞄に片付け出す。

「え? 帰んの? 課題は?」

「間もなく日和の学校が終わる時間だ! そんなものをしている時間はない!」

 信介はそう断言すると、片付け終えた鞄を肩に掛けて足早に図書館を出て行ってしまった。図書館とは思えない歩行速度と声量に、課題に集中していた他の学生も、思わず信介に注目する。取り残された拓斗は呆れて溜息を吐くも、どこか楽しそうな信介に笑みを溢していた。


♡


 なんとか下校時間に間に合った信介は、そのまま日和と並んで通学路を歩いていた。今日も信介が日和との思い出話や大学の講義の話などを延々と語っていたが、日和からの応答はなし。ただ降り続ける雨が傘をひたすらに叩く音が、耳にこびりついていった。

「それではまた明日な! 宿題忘れずにちゃんとやるんだぞ!」

 天宮家に到着して、自分の事は完全に棚に上げた信介がそう別れを告げる。満ち足りた様子で帰っていく信介を見送って、日和は家の扉を閉めた。

「おかえりなさい。夕飯まだ少し時間掛かるから、ちょっと待っててね」

 リビングに行くと、キッチンから和風出汁の良い香りを漂わせながら典子がそう出迎えた。普段なら洗い物でも手伝うところだが、今日はそういう気分にもなれない。お言葉に甘えて、日和は二階の自分の部屋へと向かった。

 部屋の扉を閉めて、日和は一人になる。深い溜息を吐くと、制服のままベッドに倒れ込んだ。別に体調が悪い訳ではない。強いて言うならばここのところ、ずっと心が重たいのだ。

 ふと自分達魔女が居なかった世界線について考える。魔女が居なければ、今頃大我は平然と教室に来ていたのだろうか。クラスメイトと一緒に授業を受けて、くだらない会話をしながら放課後を迎える。日和がたったの一度だって見られなかった笑顔も、自然に溢れていたかもしれない。そんな世界線を想像する度に、日和の胸は強く締め付けられた。

 日和と契約を結ぶ前、大我は誰も居なくなった教室に人知れず忍び込んでいた。その時大我は、どんな思いで教室に居たのだろうか。

 枕に埋めていた顔を、日和は少し傾ける。すると視界に、とあるぬいぐるみが入ってきた。机の上に飾られたウサギのぬいぐるみ。大我とのデートの帰り際に貰った、大我手製のうさ吉だ。

 日和はベッドから起き上がって、うさ吉に手を伸ばす。そして強く抱き締めながら、側の椅子に座り込んだ。円らな瞳からは、耐え切れずに大量の涙が溢れ出した。

 大我の人生に魔女が関与しなければ。この涙はそんな自責の念から溢れたものではない。ただ単純に、大我と関わる事の出来なくなった寂しさから溢れたものだった。

 嗚咽を漏らしながら、日和は泣きじゃくる。日和の涙を紛れさせるには、丁度良い空模様だった。

契約の解除された二人を中心に書きました。

作中は現在六月の中旬頃なので、梅雨真っ只中です。僕は油断すると雨の一切降らない農家泣かせの気候にしてしまうので、意識して雨を降らせました。日和の心境ともリンクしててよかったかと思います。

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