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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第2章】二人の魔女ちゃん

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【第27話】魔女ちゃんと炎の眷属 前編

 朝までの晴天はどこに行ったのか、頭上にはどんよりとして曇天が広がっていた。季節はもう梅雨だ。明日からはあまり気分の上がらない天気が続くような、そんな予感がしていた。

 そんな空の下、放課後の屋上に彼らは立っていた。

「どうしたんだよ。わざわざこんなところに呼び出して」

 呼び出された当人は、そう声を掛けながら屋上に足を踏み入れる。先に待っていた大我と日和は、こちらにじっと視線を向けていた。その視線から察するに、あまり穏やかな話ではない事が伺える。

「……お前が穂村の眷属だったんだな」

 大我はそう口を開いて、屋上に来た彼女の名前を口にした。

「本田」

 真琴の首元には、今日もショッピングモールで買った四角柱のネックレスが揺れていた。

「……ケンゾク? 一体なんの話だ」

 言っている意味が分からないと、真琴が首を傾げる。しかし最早その演技は無用の長物だった。

「惚けても無駄だ。お前がファンクラブに入会して、穂村の眷属になった事はもう分かってる」

 大我の言葉に真琴は口を閉ざす。

「今朝会ってもらった私の弟ね、人よりも色々見える力があって……真琴ちゃんの体に、今まで見た事のない魔力が見えたみたいなの」

 続いて日和も口を開く。

 真琴、桂馬、コレットの三人の姿を見た利久は、真琴にのみ日和のものではない別の魔力を感知したと答えていた。それはまるで燃える様な赤い魔力だったと。まさか日和の弟にそんな特殊能力があったとは、真琴も誤算だっただろう。

「……日和、アンタも私の事を疑ってるのか?」

 真琴の言葉が日和の胸に突き刺さる。流石友人というべきか。日和が言われて嫌な言葉を、的確に分かっているようだ。

「それに、そういやお前あの時言ってたよな」

 気まずそうにしている日和に代わって、大我が口にする。大我が思い出したのは、真琴達と初めて桃の話をした教室での会話だ。

「『アンタも右手にキスしてもらったのか』って。クラスの眷属は手にキスしてもらったとしか言ってなかったのに、なんで右手って分かったんだ?」

 当時は聞き流していたが、思い返せば不思議な話だ。その答えは単純に、真琴も同様に桃から契約の口付けを右手に受けていたのだろう。

「……別に、勝手にそう思っただけだ」

 二人の話を聞いて尚、真琴は白々しくそっぽを向いた。

「アンタ達がなんの話をしてるのか、てんで分からないね。大体今話したのだって、アンタ達の勝手な空論だろ? 私がファンクラブの会員だっていう、決定的な証拠はあんのか?」

 真琴が桃の眷属である事を認めるつもりはないらしい。あくまでなにも分からないと主張を続けるようだ。

「……証拠はないけど、確かめる方法ならあるよ」

 しかし真琴の主張には欠陥があった。

「私が真琴ちゃんの右手にキスをするの。なにを言ってるのか分からないかもしれないけど、そしたら真琴ちゃんの言ってる事が本当かどうか全て分かる」

 それは日和が決して行いたくないと言っていた最終手段だ。日和が最終手段に踏み切ったその理由は、日和もまた真琴が桃の眷属であると確信してしまっているからだ。

「真琴ちゃん……私は真琴ちゃんの事、友達だって思ってるよ」

 入学して最初に出来た友人が真琴だ。そんな彼女が桃の眷属で、別の眷属に自分を襲わせたなど、本当は信じたくなかった。

「だから真琴ちゃん……お願いだから本当の事を話して?」

 日和の円らな瞳が、真琴を見つめる。その瞳を直視していると心がどうにかなってしまいそうで、真琴は思わず目を逸らした。

「……私は、なにも知らない」

「真琴ちゃん!」

 真琴の奥歯が強く軋む。

「そうとしか……言えないようになってる」

「「!」」

 真琴の口から、これ以上の情報を訊き出す事は出来ない。まるで本人の意思ではない別の意思が、真琴の言動を制限しているようだ。そしてその制限の理由に、大我と日和は心当たりがあった。

 瞼を閉じて、真琴は思い返す。一体どうして、こんな事になってしまったのかと。


♡


 あれは入学式の翌日、一年二組の最初のHRだった。

「それじゃあ自己紹介も終わった事だし、席替えするぞ」

『えぇっ!?』

 自己紹介を終えたばかりの担任の教師の発言に、教室に居たクラスメイト全員が耳を疑った。

「もう席替え!?」

「昨日入学したばっかなのに!?」

「こういうのって普通最初は出席番号順の席で、しばらくしてから席替えするんじゃないの!?」

 出席番号順に座った生徒達が、ざわざわと声を出して動揺する。しばらくはこの席で過ごすとばかり思っていたのだが、早くもこの席に別れを告げる事となるようだ。

「うるせぇなぁ。俺は昔から出席番号順が嫌いなんだ。親の都合で決められた席なんて、不条理極まりなくて辟易する」

「大分私怨が混じってない!?」

 先程告げられた教師の相崎という名字から、彼の学生時代の席がなんとなく予想がつく。恐らく学生時代に、席順についてずっと不満を持っていただろう。眼鏡の奥の瞳には、今も強い恨みが秘められていた。

「ほら、分かったらこの箱から出席番号順にとっととくじ引いてけ」

「そこは出席番号順なのかよ」

 相崎は事前に用意していたくじ箱を教壇に置く。ただのくじ箱にしてはポップなイラストが描かれており、彼の丁寧な性格が窺えた。これ以上なにを言っても相崎の意思は変わらないだろうと、生徒達は観念して席を立ち始める。

 出席番号順に順番が回っていき、真琴にもくじを引く時が訪れた。中から紙を取り出し、記された数字を確認する。黒板に表記されていた席表を確認すると、どうやら窓際の席を獲得したようだ。

 荷物をまとめて、真琴は新たな席へと腰を下ろす。前から二番目、窓際の席。若干前に近いような気もするが、中央の席と比べればかなり当たりの席だ。窓から入ってくる風がショートカットの髪を撫で、それがとても気持ち良かった。

「よいしょっと」

 不意に背後から声が聞こえて、真琴は振り返る。真琴の真後ろの席に、おさげのクラスメイトが大きな荷物を抱えて到着していた。くじを引いたのは序盤だった筈だが、今までどこでなにをしていたのだろうか。

 不思議そうに眺める真琴の視線に、彼女が気付く。すると彼女は、真琴に満面の笑みを浮かべた。

「これからよろしくね!」

 それが真琴と日和の最初の出逢い。

 当時の真琴は、正直日和の事が苦手だった。


♡


 中学時代、真琴は正義感の強い少女だった。周囲の人間からの信頼も厚く、学級委員に推薦される事もしばしば。またなにか揉め事が起きると、いの一番にその場に駆けつけた。困っている人を前にして、真琴はじっとしてなど居られなかった。

 いつの日かも揉め事を聞きつけて、真琴は現場にやってきた。どうやらやんちゃなグループの悪ふざけで、一人の男子生徒がバケツの水を掛けられたらしい。真琴の到着にグループは逃げ去ってしまい、廊下には水浸しの男子が一人。床に項垂れる男子に、真琴はチェックのハンカチを差し出した。

「大丈夫?」

 しかしそのハンカチは、男子の手に振り払われた。

「お前が余計な事するから! 僕がこんな目に合うんだろ!」

 そこで真琴は知ったのだ。自分が持っていると思っていた正義感など、単なる自己満足に過ぎなかったのだと。

 その男子は真琴がグループに叱責する度に、グループからストレス発散に危害を加えられていたらしい。当然真琴に責任はなく、男子の主張は単なる逆恨みだ。その後教師によってグループの悪行は厳しく取り締まられたが、男子の言葉は真琴の胸に深く突き刺さっていた。

 それから真琴は、揉め事に自ら介入する事をやめた。介入したところで、自分に利益がない事に気付いてしまったからだ。

 しかし高校に入学して、真琴は揉め事に自ら介入する人物を見つけた。天宮日和。彼女はどんな揉め事だろうと躊躇なく割って入り、例え助けた人間から暴言を吐かれようと平気な顔をしている。彼女こそ、本物の正義感を持っている人間だろう。そんな彼女を見ていると、真琴の心は醜く蝕まれてしまった。

「それで真琴はその子の事が苦手なんだ」

 真琴の言葉を整理して、彼女はそう頷いた。

 彼女の名前は千晶(ちあき)。真琴と同じ中学の出身で、女子バスケットボール部の一学年先輩だ。茶髪の髪を一つに束ねて、豊満な胸に体操服を被せているのは、彼女が部活の合間に抜け出して真琴の話を聞いていたからである。

「苦手っていうか、ただちょっと見てると昔の自分を思い出して嫌な気分になるってだけで」

 日和を見ていると、どうしても自分と比較してしまう。そうして自分の醜さを自覚して、みるみる気分が落ちてしまうのだ。

「やっぱさ、真琴もバスケ部入りなよ。体動かしてると嫌な事なんて忘れるよー」

 俯き気味の真琴に、千晶がそう勧誘する。中学時代の真琴は、ポイントガードとしてチームの中枢を担っていた。中学でバスケを辞めてしまうには勿体ないと思える程、真琴は才能に溢れていた。

「すみません。先輩には申し訳ないんですけど、高校は部活に入らないって決めてるんです」

 服巻高校では部活動に入らずに、放課後すぐに帰宅する生徒も多い。真琴もまた、高校は部活動には入らないと入学当初から決めていた。

「んーそっかー……」

 千晶は残念そうに口を窄める。しかしすぐに次の名案を思いついた。

「あっ! それじゃあこれはどう?」

 今思えば、この瞬間が真琴の運命の分岐点だった。


♡


 部室棟二階の最奥部。黒いカーテンで仕切れられた映画研究部の部室で、真琴は彼女と出逢った。

「こんにちは」

 深紅のソファーに深く腰を下ろした緋色の髪の彼女は、口紅の引かれた唇で微笑む。彼女こそが千晶から紹介されたこの部屋の主、穂村桃である。

 ソファーの後方には、体格の良い眼鏡の男子生徒が突っ立っている。真琴の後方にもおかっぱ頭の女子生徒が一人と、仄暗い部屋の各所に生徒が立っている。ただその中でも、ソファーに座るだけの桃のオーラは格別に異常だった。

「桃ちゃん! この子私の中学の後輩なんだけど、なんか今思い詰めてるみたいで、ちょっと話聞いてあげて欲しいの!」

 千晶は一年の頃桃と同じクラスで、その際に桃の魅力に取り憑かれ、桃のファンクラブであるももえんの会員となったらしい。二年では別のクラスとなったようだが、クラス替えでは教室で泣き喚き、教師が駆けつける程の騒ぎを起こしたようだ。

 世話になっている千晶にここまで連れてこられたが、見ず知らずの他人に話すような話を真琴は持ち合わせてない。なにか適当な理由をつけて帰ろうと、真琴は画策した。

「いや別に思い詰めてる訳じゃ」

「いいじゃない」

 そんな真琴の画策を桃が遮る。

「ちょっと話してみてよ」

 桃の微笑に、真琴は知らず知らずのうちに口を滑らせていた。

「……成程」

 話を聞き終えた桃は、飲み掛けだったイチゴオレのストローを咥える。初対面の相手につまらない話をしてしまったと、真琴は顔を歪ませていた。

「馬鹿な話ですよ。人と比べて、自分の嫌いな部分を思い返すなんて」

 真琴と日和は別の人間だ。そんな当たり前の事は分かっているのに、どうしても比較してしまう。比較したところでなんの意味も価値もない事など、真琴だって分かっていた。

「それはしょうがないんじゃない? 人間なんだし、似た境遇に居たなら比べちゃうものでしょ」

 すると桃は徐にソファーから立ち上がった。ローテーブルを避けて歩いていき、真琴の前で立ち止まる。靡いた桃の髪からは、フローラルなシャンプーの香りが漂ってきた。

「大丈夫」

 ぐっと桃が真琴に顔を寄せる。

「その分私が、貴女の素敵な部分を見つけてあげるから」

 覗くようにして近付いた桃の顔に、思わず真琴は頬を赤らめた。今までドラマの役者にすらときめいた事もなかった真琴だが、こんな体験は生まれて初めてだった。

「ほら、私に任せて」

 桃が真琴に右手を差し出す。その右手に、真琴が右手を添える。これからの行動が一体なにを意味するのか、真琴はここまでの道中で千晶から事前に聞かされていた。

 真琴の華奢な右手に、桃が唇を重ねる。こうして真琴はファンクラブももえんの会員、そして桃の眷属となったのだ。


♡


 ももえんに入会した真琴だが、だからといって日常が劇的に変化する訳ではない。千晶はバスケ部の練習で忙しくしており、あの日以降映画研究部にも顔を出していない。あの日は桃の妙な魅力に惑わされて会員となってしまったが、今思えばどうして入会などしたのだろうと自分に疑念を抱くようになっていた。なにはともあれ、今日も真琴は普遍的な高校生活を送るばかりだった。

「あ」

 朝の一年二組教室。鞄の中から荷物を取り出していた真琴が、思わず声を漏らす。高校生活の必需品を家に忘れてしまった事に気付いた為だ。

「どうしたの?」

 その時背後から、こちらを心配する声が掛けられる。後ろの席の日和だ。声が掛けられる程大きな声が出てしまっていたのかと、真琴は少し恥ずかしくなった。

「いや……家に筆記用具を忘れてきたみたいで」

「大変! 私の貸してあげるよ!」

「……ありがと」

 真琴から事情を聞くと、日和はすぐに自分のペンケースを漁り出した。日和は真琴から苦手意識を持たれている事など、一切自覚していないだろう。そんな相手の為に行動する日和を見て、真琴は罪悪感を抱いた。

「えっと、消しゴムは一つしかないから……」

 シャーペンは複数持っている為渡せるが、問題は消しゴムだ。入学当初に購入したのか、まだ綺麗な部分の多い白い長方形の消しゴム。日和のペンケースには、この消しゴム一つしか入っていなかった。

 すると日和は、なんの躊躇もなくその消しゴムを真っ二つに引き裂いた。

「はぁ!?」

 突然の衝撃的な行動に、堪らず真琴は声を上げる。先程漏れ出た声なんかより、数倍大きな音量だった。

「お前いきなりなにしてんだ!?」

「え? 本田さんに消しゴム渡そうと思って二つに分けたんだけど」

「なにもそこまでする必要ないだろ! 使う時だけ借りればいいんだから!」

 大多数は真琴と同じ意見だろうが、「そんなの面倒臭いじゃん」と日和は意見を曲げなかった。

 日和は裂いた消しゴムとシャーペンを真琴に差し出す。差し出された方の消しゴムは、日和の机に残っている消しゴムよりも少し大きい。日和も理解した上で、真琴に差し出しているだろう。日和の本当の優しさが垣間見え、真琴はそれを受け取った。

「……なんでそんな事できんだよ」

 不意に真琴の口からそんな声が溢れる。

「そんな事したって、自分に得なんか一つもないのに」

 きっと彼女は、得の為に動いている訳ではない。本気で人の為になりたいと考えているから動いているのだ。それが彼女と当時の自分の違い。また彼女と比較してしまって、真琴は溜息を吐いた。

「得ならあったよ」

 しかし真琴の考えは違った。

「本田さんとちょっと仲良くなれた」

 目が合った日和は、心底嬉しそうな満面の笑みを見せている。それが口先だけの言葉ではないと、真琴は直感的に感じていた。

 日和の笑顔につられて、真琴も口元を緩める。二人が初めて意気を投合させた瞬間だった。


♡


 それから真琴は日和とよく話すようになった。昼休憩は一緒に弁当を食べるようになり、放課後は一緒に話題のスイーツを食べるようになった。真琴にとって日和は、高校に入って初めてできた友達だった。

 日和の正義感は、誰かの為に動くだけじゃない。それによって自分にも、確かな利益を感じているのだ。そう気付いてからは、今まで抱いていた日和への苦手意識が、徐々に尊敬へと変わっていった。

 窓から外を見下ろすと、同じクラスの不良である大我と並んで帰路につく日和が見える。入学してから一度も真面に授業を受けていなかった大我だが、どういう訳か最近はクラスメイトと並んで教室で授業を受けるようになった。彼も真琴と同じく、彼女の正義感に絆されたのだろうか。以前少し首を突っ込んだ際、どちらもそういう関係ではないと断言していたが、今後どうなるのか真琴は長い目で見守る所存だ。

 日和の明るい笑顔を見送ると、自分も帰ろうと真琴は教室を後にする。日和と遊ぶ時間が減ったのは残念だが、彼女が楽しそうならなによりである。

「本田さん」

 ふと背後から、真琴の名前が呼ばれる。真琴が足を止めて振り返ると、そこにはどこか見覚えのある人物が立っていた。おかっぱ頭の糸目の女子生徒。

「少しお時間よろしいですか?」

 彼女を見掛けたのは映画研究部部室であると、真琴は静かに思い出していた。

桃の眷属だった真琴の過去回です。

本当は一話にまとめるつもりだったんですけど、思ったより長くなったので二話構成でお送りします。


一つ裏話をすると、先輩の千晶の名前は、真琴と同じとある作品から拝借しました。とある作品と漢字が違う理由は、元々真琴に「晶」という名前を付けていたんですけど、それが却下になった名残りで千晶に漢字を引き継いでもらいました。夏になると見たくなる、あの作品が大好きです。

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