【第26話】魔女ちゃんの捜査
本日も予定されていた全ての授業が終了。一年二組の教室では、今月の当番である生徒が残って掃除をしていた。
「このクラスで俺以外にももえんに加入してる人?」
箒で教室の埃を掃いていたクラスメイトのデカオが、尋ねられた質問を反復する。
桃の眷属を探すには、同じ眷属である人物から情報を得るのがいいだろう。そう考えた日和と大我は、容疑者である三人が居なくなった教室に残って、デカオに事情聴取をしていた。
「そう。誰か知らない?」
眷属探しの手掛かりになればと、日和はデカオに期待の眼差しを向ける。
「うーん……悪いけど分かんねぇなー」
しかしデカオの首は横に振られた。
「ファンクラブって言ってもただ入会するだけで、特に集会とかがある訳じゃねぇからな―。俺以外に誰が入会してるか、あんま分かんねぇんだ」
ファンクラブの会員同士で、特にこれといった交流がある訳ではないらしい。デカオから情報を訊き出せれば早かったのだが、そう上手くはいかないようだ。
「そっか……」
手掛かりは依然掴めず、日和が肩を落とす。
「俺からもいいか」
その隣で、今度は大我がデカオに質問をした。
「お前がそのファンクラブに入ってから、なにか変わった事は起きなかったか? 例えば……夜におかしなものを見るようになったとか」
どう伝えればいいのか模索しながら、大我は言葉を選ぶ。
魔女の眷属は、夜になると出没する悪魔を視認する事ができる。デカオも桃の眷属である以上、悪魔の存在には少なくとも気付いている筈だ。
しかしデカオの表情はパッとしなかった。
「……いや? 特には」
首を傾げるデカオに、大我の顰め面が接近する。
「ほんとか? なんか隠したりしてねぇだろうな」
「ほんとだって! ちょっ、怖いからそんな近寄んないで!?」
まだ大我への恐怖心は残っているようで、デカオは額から大量の冷や汗を湧き出させた。これ以上はよくないと、日和が大我の体を引き離す。
「強いて言うなら……最近視力が落ちてきたかな」
「視力?」
「あぁ。たまに景色がぼやけて見える時があるんだよ。でもなんか変な物を見たとか、そんなのは一切ないぜ」
あの悪魔を目にして、『なにかがぼやけて見える』で整理できる筈がない。明らかに大我が目にした悪魔は、デカオには見えていないのだろう。明らかになった事実は、更に大我を悩ませる事となった。
「というかそんなにももえんの事訊いてどうしたんだ? やっぱ二人共、ももえんに入会したいのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
同志を見つめるような瞳のデカオに、日和が訂正する。同志どころかファンクラブの女神たる存在と敵対に近い関係であるとは、とてもじゃないが言えなかった。
「教えてくれてありがと。それじゃあね」
日和はそれだけ告げると、これ以上掃除の邪魔をするのも申し訳ないと、大我を連れて教室を後にした。
♡
昇降口に渇いた音が鳴る。大我が下駄箱から取り出した靴を、大雑把に落とした音だ。日和は靴を取り出すと、丁寧に地面に置いて上履きから履き替える。靴の履き替え方一つを取っても、二人は正反対だった。
「結局なんにも分かんなかったねー」
デカオからの事情聴取で、目ぼしい情報はなにも掴めなかった。眷属探しの調査は、今も尚平行線だ。
「またいつあいつらに襲われるか分かんねぇから、なるべく早く見つけにゃならんのだが」
過激派と呼ばれる桃のファンクラブ会員に襲撃された日の事を、大我は思い出す。今は大人しくなっているが、また武力行使で動いてくる可能性も高い。あまり優雅に調査をしている時間はなかった。
とはいっても今日ももう夕暮れ。夜まで調査を続ける訳にもいかず、今日のところは帰路を歩きながら作戦会議とする事にした。
「あれ、天宮さん」
そう昇降口を出た時に、不意に声が掛けられる。呼ばれた名前に日和が振り返ると、そこには眼鏡を掛けた青色のジャージ姿の男子生徒が立っていた。
「先輩」
顔見知りな様子の日和だったが、大我はどれだけ目を凝らしてもその顔に見覚えがない。
「……誰だこいつ」
「ちょっと! 先輩にそんな言葉遣い使うな!」
失礼極まりない大我の態度に、日和が注意する。大我の態度に男子生徒は体を強張らせていたが、日和はなんでもないように大我に男子生徒を紹介した。
「前にお世話になった陸上部のマネージャーさんよ」
「いやー世話になったのは寧ろ僕達の方だけど」
以前日和に手伝ってもらった日の事を思い出して、先輩はにへらと笑った。
「そういえば、あの日はごめんね」
「え?」
前触れもなく切り出された謝罪に、日和は首を傾げる。
「あの日どうやらうちの部員がハードル一個数え間違えてたみたいで、体育倉庫に鍵掛けちゃったみたいなんだよね。天宮さんにも既に伝わってるって聞いてたんだけど、次の日体育倉庫の扉が壊されてるのを見て、もしかしたら天宮さんに悪い事したんじゃないかと思って」
「あー……」
先輩に言われて、ようやく日和は当時の事を思い出した。確かにあの日、日和は体育倉庫に一人閉じ込められた。しかし隣の大我に窮地を救われ、なんとか体育倉庫からの脱出に成功したのだ。ちなみに破壊された体育倉庫の扉は、現在片方のみ新品に付け替えられている。
「大丈夫ですよ。今こうして無事に過ごせてますし」
深く下げられた先輩の頭を、日和が上げさせる。夜の体育倉庫に閉じ込められるなど下手すれば一生物のトラウマだが、それを大丈夫の一言で片付けられるのは、それ以上にトラウマ級の体験をしているからだろうか。
「またなにか手伝って欲しい事があったら、いつでも言ってください」
「ありがとね」
先輩は改めて感謝を伝えると、部員達の待っているグラウンドに戻っていった。その些細な気遣いから、部員達からの信頼が厚いのも伝わってくる。しかし大我は、その青い背中を訝しげに見つめていた。
「……普通気付かない筈なくないか?」
「え?」
大我の口から溢れた疑問を、日和が聞き返す。
「鍵だよ。あんな狭い体育倉庫、普通誰か居たら鍵掛ける前に気付くだろ」
大我の言う通り、体育倉庫は小さな蔵程の大きさでそこまでの広さはない。多少薄暗いとはいえ、鍵を掛ける前に中に居た日和の存在には気付けた筈だ。
「……でも、じゃあなんで私は閉じ込められたの?」
どれだけ邪推しても、日和が閉じ込められた事実は変わらない。寧ろその邪推のおかげで、妙な疑念が生まれた。
「……誰かが意図的に閉じ込めた」
「!」
大我の推理に、日和は目を丸くする。
「そんな! 一体誰がそんな事!」
「んなもん知るかよ。でも今の時点で考えられるのは……」
中途半端に言葉を遮って、大我は口を噤む。その後に続く言葉には、日和も心当たりがあった。
「……桃先輩の眷属」
日和を意図的に体育倉庫に閉じ込めたとするならば、今はそれ以外に候補が思いつかない。まさかこちらが彼女を認知するよりも前に仕掛けられていたとは思いもしなかったが。
「そういえば、私もその事で気になってる事があった」
連鎖的に思い出して、日和が口を開く。
「どうして黒島くん、私が体育倉庫に閉じ込められてるって分かったの?」
大我には体育倉庫どころか、グラウンドに居る事すら伝えていなかった筈だ。しかしどういう訳か大我は、体育倉庫に幽閉された日和を見つけ出した。悪魔の襲撃もありその後は有耶無耶となっていたが、日和は大我に見つけられたその理由がずっと引っ掛かっていた。
「……どうしてったって」
日和に尋ねられ、大我も思い出していく。日和の大まかな居場所は、当時名前も知らなかった彼に教えてもらったのだと。
♡
制服を着た生徒達で賑わう放課後の商店街。その片隅で彼は友人達の会話も聞き流しながら、手元のスマホの画面を寝惚けた瞳でじっと見つめていた。
「悪ぃー! 遅くなったー!」
商店街の入口から、とある生徒がこちらに駆け足で近付いてくる。金髪のツーブロックを靡かせるデカオだ。教室の掃除を終えて、ようやく皆と合流できたようだ。
「遅ぇよー」
「今までどこほっつき歩いてたんだよ」
「あまりに遅ぇから、これからどこに埋めてやろうか皆で相談してたんだ」
「酷くねぇか!?」
合流したデカオに、友人達が笑いながら声を掛ける。その脅しのような声掛けは、彼が愛されているが故のものだ。時間潰しに購入した唐揚げを口に入れられたデカオだったが、その唐揚げは既に熱を冷ましていた。
デカオの合流により、更に賑やかになる友人達の輪。しかしスマホの端に映った時刻を確認すると、桂馬はスマホをポケットに仕舞った。
「……悪い、俺もう帰るわ」
「え!?」
壁から背中を離した桂馬に、一同は視線を集中させる。
「なに言ってんだよ! デカオも来た事だし、まだこれからだろ!?」
「ごめん。こんな遅くなるなんて思わなくてさー。また今度一緒に遊ぼうぜー」
桂馬は一同に両手を合わせて謝罪すると、鞄を携えて商店街を後にする。あまりにスムーズな帰宅に、一同は無理矢理制止する事さえ出来ずに茫然としていた。
「……桂馬って、案外ノリ悪いよな」
ふと誰かがそんな事を口にする。
「あぁ。いつも授業終わったら即行家に帰ってるし」
「休みの日だって、たまに日曜遊べるだけで、基本全然付き合い悪いし」
「教室じゃあんなに明るいのにな」
それは陰口というより、単純に桂馬に対して疑念を抱いているようだった。大我や日和より桂馬との付き合いの長い一同だが、そんな一同でも桂馬という人物について、あまり把握できていなかった。
「あいつ、いつもなにしてんだろうな」
離れていく桂馬の背中からは、桂馬の表情など誰も読み解けなかった。
♡
天宮家までの帰り道では作戦会議の時間が足らず、今日は家に上がり込んで作戦会議を続行していた。典子は今日予定があったのか、まだ買い物に行ったきり帰ってきていない。リビングに併設された食卓には、大我と日和が沈黙の中はす向かいに座っていた。
「……そんじゃあ佐藤が穂村の眷属って事でいいか」
「まだそうと決まった訳じゃないじゃん!」
ぽつりと呟いた大我に、日和が両手で机を叩く。「そんじゃあ」から始まるような理由で、友達を犯人扱いするのは許せなかった。
「その通りだ。まだあいつが眷属だと決まった訳じゃねぇ。本田や大森にだって、怪しい点はいくつもある」
どうやら大我も、本気で桂馬を眷属だと断定した訳ではないようだ。重たくなっていた空気を軽くしようと口にした冗談だったのだろうか。だとしたら日和からすれば全く笑えない冗談だったのだが。
「……ねぇ、やっぱりあの三人の中に桃先輩の眷属なんて居ないんじゃないかな?」
ふと日和がそう口を溢す。
「あの三人の誰かが私達を襲おうとしてたなんて、私は」
「天宮」
俯きながら紡がれる日和の声を、大我が遮った。
「あいつらを信じたいなら、今はあいつらを疑え。それがあいつらの為に今お前が出来る事だ」
大我の言葉に、日和はハッとする。
日和自身も、自分の考えに根拠なんてない事は分かっていた。ただ単純に、友達の中に自分を襲わせた人物が居ると考えたくないだけだと。友達を疑うなど日和にとっては苦でしかなかったが、信じる為に疑うのだとしたら、幾分か心が楽になった気がした。
「まぁ、眷属が誰なのか一瞬で分かる方法があれば楽なんだけどな」
そんな方法があれば知りたいものだと、大我は両手を頭の後ろに組みながら椅子に凭れ掛かった。
「一体なにを話しとるんじゃ」
不意にそんな声が聞こえてきて、二人はリビングの入口に目を移す。そこに居たのは空腹に耐えかねて自室から出てきた、今もゲームプレイ中の利久。声を発したのは、その頭上で丸くなっているニエだった。
「ニエ様」
利久は器用にゲーム機を操作しながら、冷蔵庫の中から空腹を満たす食料を探す。その上でニエは眠たそうに欠伸を垂らしていた。
「二人で話とは珍しいのう。なにかあったのか?」
事ある毎にニエに相談していた日和だが、そういえばこの件についてはなにも相談していなかった。秘密にしている訳でもないので、日和はニエに話を打ち明ける。
「……実は」
数分後、日和から話を聞き終えたニエは頷く。
「成程」
そして実にあっさりと喉を鳴らした。
「それならすぐに炎の眷属を見つけられるぞ」
「「!?」」
まるで印鑑の保管場所を教える様な感覚で伝えられた事実に、大我と日和は揃って耳を疑った。
「本当ですかニエ様!?」
「あぁ。というかお前達そんな事で悩んどったのか」
ニエにとっては悩む程の問題でもなかったらしい。二人の驚愕した様子に呆れながらも、ニエは淡々と答えを口にする。
「そんなもの、こいつが居ればすぐ分かるじゃろ」
ニエがこいつと呼んだ人物。その人物はニエの目下で、冷蔵庫で見つけた魚肉ソーセージをゲームの片手間に頬張っていた。
「あ!」
全てを理解した様子の日和とは対照的に、大我は今も尚疑問符を浮かべていた。
♡
翌朝。服巻高校の正門前。
「へー。これが天宮さんの弟かー」
大我や日和といった一年二組の生徒五人が集まるその中心には、何故か黒いランドセルを背負った小学生が居た。
「弁当忘れて弟に届けてもらうなんて、アンタも抜けてるわね」
「えへへ……」
弁当を忘れた姉の日和の為に、弟である利久が高校まで届けてくれたという設定だ。弟が日和の友人を見てみたいと言っているという事にして、教室で集まっていた真琴達にも正門まで出てきてもらった。
「顔は似てるけど、雰囲気は全然似てないね」
「そうかな?」
「うん。日和より大人っぽい」
「どういう事!?」
「利久くんだっけ? 今何年生?」
「六年生」
「俺はたらくドラゴンシリーズのシールいっぱい持ってるぜ。今度なんかあげよっか?」
「要らない」
「あっ、ポケットにハッカ飴入ってた。利久くん居る?」
「要らない」
「なんで初対面の子供にそんなウザい親戚ムーブできるんだよ」
初めて相対する日和の弟に、一同はそれぞれの反応を見せる。大勢の初対面の人間を前にしても利久の表情が崩れる事はなかったが、日和の隣から離れて動く事もなかった。
「ていうかこんな時間にここに居て大丈夫なの? 学校は?」
「遅れるって連絡してあるから大丈夫」
「それ大丈夫じゃなくない?」
姉の弁当を運ぶ為に小学校を遅刻する弟は、果たして献身的と言っていいのだろうか。ふと設置された時計を確認すると、間もなく朝のSHRの時間だった。
「ねぇ、そろそろ戻んないと」
「そうだな。日和もすぐ教室戻れよ」
「うん」
「利久くんまたねー」
利久を置いて真琴、桂馬、コレットの三人が先に教室に戻る。三人の後ろ姿を、利久は無言で見送っていた。
「……どう?」
声が聞こえなくなる距離まで離れた事を確認して、日和が利久に尋ねる。
「……うん。ハッキリ分かったよ」
利久が小学校を遅刻してまでここに訪れた理由。それは眷属に流れる微量な魔力すらも感知するその瞳で、三人の眷属候補を目撃する事だった。
「眷属は、あの人だよ」
利久はそう言って、教室に向かって歩く眷属の背中に人差し指を差した。
作中で言っている通り、この犯人捜しはそもそも悩む必要のないものなので、次回でその正体が明らかになります。
一応今出ている情報で眷属が誰なのか目星はつくようになっているので、一体誰が眷属なのか考えてみてください。とは言っても前の後書きにも書いた通り出来の良いトリックは作れないので、そのあたりはあしからず。




