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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第2章】二人の魔女ちゃん

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【第25話】眷属くんの入学式

 人気のない職員棟の廊下。静寂の朝に真琴の言葉がゆっくりと溶ける。

「入学式の事件……?」

 日和はなんの事だか分からず、脳内を疑問符で埋める。大我が起こした入学式の事件など、日和は一度も聞いた事がなかった。

「なにそれ? 黒島くんが関係してるの? というか、そもそも黒島くんは入学式、学校に来てなかった筈……」

 今から数ヶ月前の入学式。新入生が体育館に集められ、校長先生から有難い話を聞いていた時、大我は体育館に居なかった。日和が大我を初めて認識したのは、教室にぽっかりと空いた空席を見つけた時である。

「いや、学校には来てたんだ。だけどあいつは、入学式に参加する前にある事件を起こした」

 真琴はまるで事件の目撃者かの様に淡々と語っていく。そんな真琴に、日和は違和感を覚えた。

「……なんで真琴ちゃんはその事件を知ってるの?」

 事件が起きたのが入学式の最中なら、真琴もその時日和と一緒に体育館に居た筈だ。体育館の外で起こった事件については、範疇の外に違いない。

「中学の時世話になった先輩がこの学校に居てさ。その人から聞いたんだ。上級生の間じゃあ有名な話で、一年でも知ってる人はそこそこ居るみたいだよ」

 真琴も人伝で事件について聞いたらしい。上級生の間で広く噂されているとなると、余程大きな事件なのだろうか。

 不安がる日和の顔色を窺いながら、真琴はその事件について語り出す。

「私達が体育館で入学式をしてた頃、黒島は暴行事件を起こしていた」

「暴行事件?」

「そう。先輩の男子生徒五人を、意識がなくなるまで殴ったんだと。先生が騒ぎに気付くと黒島は逃走。殴られた男子生徒は、そのまま病院に連れてかれたらしい。この暴行事件を受けて、黒島は入学初日から二週間の停学処分にされた」

 その事件内容は、実に狂気的なものだった。耳にしただけなのに、背筋がゾッと凍る。それでも生徒達が噂を信じて広めているのは、噂を信じざるを得ない狂気を大我に感じているからだろう。

「そうだったんだ……」

 初めて耳にする事件に、日和は声を漏らす。

 大我が停学処分されていた事も、日和は初めて知った。今までずっと、大我は自発的に学校に来ていないのだと思っていた。

「……なんで、今その話をしてくれたの?」

 不意に気になって、日和が真琴に尋ねる。以前から事件の事を知っていたのであれば、このタイミングで日和に打ち明けるのは少し妙に思えた。

「……最初は、黒島との関係なんてすぐになくなると思ってた」

 ぽつりと呟くように、真琴は口を衝く。

「でも日を追う毎にアンタ達は仲良くなっていって、日和がなにも知らないままあいつにいいように扱われるのかって思うと……少し怖くなったんだ」

 真琴の焦点は少し震えている。きっと今のように、日和と大我の距離が縮まっていくのを直視できなくなっていたのだろう。

「……そっか」

 真琴の心配に、日和が頷く。

「ありがと、教えてくれて。でも大丈夫だよ」

 日和は真琴に感謝を伝えると、そのまま口を開いた。

「前にも話したと思うけど、別に私黒島くんに酷い事されたりしてないよ。黒島くんは、そんな事する人じゃない。入学式の事件も、きっとなにか事情があるんだよ。まぁ普段の行いが悪いから、変な噂を立てられるんだろうけど……」

 大我の人相を見れば、人聞きの悪い噂の一つも出てくるだろう。寧ろ殺人の疑いが掛けられていなくてよかった。

「今日黒島くんに直接訊いてみるよ。だから真琴ちゃんも心配しないで」

 日和はそう言って、真琴に笑顔を見せる。その笑顔に、真琴は素直に頷けないでいた。

「……随分信頼してんだな」

「友達だからね」

 無条件に信じる事の出来る人。それが日和にとっての、友達の定義の一つだった。

「ほら、教室戻ろ。そろそろ先生来るよ」

 時計がないので正確な時間は分からないが、間もなく朝のSHRが始まる頃だろう。日和はスカートを靡かせながら、くるりと踵を返して教室へと足を戻していった。

 日和は気付かなかった。振り返った背後で真琴が静かに、「チッ」と舌を打っていた事に。



 黒島大我は入学式の日、上級生に手を上げる暴行事件を起こした。日和がその噂を真っ向から否定しなかったのは、大我がそんな事件を起こしてもおかしくないと少なからず思っていたからだ。それでもなにか事情がある筈。日和はそう信じて疑わなかった。

 事の真相は、事件を起こしたという大我本人に訊く他ない。そう意気込んだ日和だったが、実は大我にとってセンシティブな問題ではないかとふと疑念が過り、気付けば大我の隣で帰り道を歩いていた。

「………」

 一日中なにか思い悩んでいる様子の日和に、大我が溜息を吐く。その様子のおかしさに気付かない程、大我も鈍感ではなかった。

「また今日も変な顔になってんぞ」

「え?」

 変な顔とはなんだと、日和は足を止めて自分の頬に右手を当てる。

「なに考えてんだよ」

 なにかについて悩んでいる事も、赤裸々に筒抜けのようだ。日和は観念して、大我に打ち明ける。

「……黒島くんが起こしたっていう、入学式の暴行事件の事なんだけど」

 日和の口にしたその言葉に、大我は全て理解した。

「……本田か」

 不意に真琴の名前が上がって、日和は驚く。

「なんで!?」

「前にちょっと話したんだよ」

 屋上で真琴に忠告された日の事を大我は思い出す。あの時は特に真琴も話すような様子はなかったが、遂に行動に移したようだ。

「あれって、本当なの?」

 暴行事件を起こしたという容疑者に、そう面と向かって尋ねるのはおかしいだろうか。しかも相手は大我だ。その恐ろしい人相を前にして、そう尋ねられる人は他に居ないだろう。

 それでもじっと見つめてくる日和の瞳に、大我は思わず目を逸らした。

「……本当だ」

 大我の口から、確かにそう告げられる。

 本人が認めたのだから間違いない。大我が上級生五人をまとめて病院送りにした事も、その後入学初日にも関わらず停学処分がされた事も、噂は全て真実なのだろう。

 それでも日和は信じていた。

「なにか事情があるんでしょ?」

 聞こえてきた声に、大我は振り返る。

 その円らな瞳は、相変わらずこちらをじっと見つめている。噂が真実だと分かれば、少なからず大我に嫌悪感を抱く筈だ。しかしその瞳からは一切それが感じられない。感じられるのは、こちらを信じて疑わない強い信頼だけだった。

「……前にお前に言われた事あるだろ」

 突然話を切り出され、なんの事かと日和は首を傾げた。

「本当は学校が好きなんじゃないかって。笑っちまうがその通りで、喧嘩もなにもない平穏な学校生活に少し興味があった。だから俺は、不良の居ないこの高校に進学した」

 それは日和と契約の口付けを交わす直前の会話。日和が大我に言い放った言葉は、どれも面白い程に大我の核心を突いていた。

「ほんとは入学式も間に合う筈だったんだ。だけど……」

 大我はそう言うと、数ヶ月前の当時の記憶を蘇らせていった。



 その日は桜が開花の日程を調整したかの様に満開な小春日和だった。

 服巻高校の入学式当日。開始の時間はとっくに過ぎており、今頃体育館にて新入生が期待と不安で渦巻かれている事だろう。そんな体育館の外、服巻高校の正門に遅れながらも彼はやってきた。

「完っ全に寝坊した……!」

 新入生の黒島大我。その制服の着こなしは現在とまるで違って、ネクタイを首元まできつく締めている。対してその顔付きは、寝起きと相まって現在よりも酷かった。

「くそっ……遅くまでぬいぐるみなんて作るんじゃなかった」

 今日に向けて早めにベッドに入った大我だったが、目を閉じれば様々な不安が浮かんで上手く寝付けなかった。仕方なく不安を誤魔化す為に趣味のぬいぐるみ作りに身を投じていたのだが、気付けば夜中の三時。慌ててベッドに戻ったものの、目を覚ました時には入学式の開始時間もとうに過ぎていた。

 昨夜の成果といえば、作成していた猫のぬいぐるみが完成したくらいだ。ちなみに名前はねこ之介である。

「まぁいい。切り替えろ。今日から俺の新しい高校生活が始まるんだ」

 幸先の悪い門出に、大我は頭を横に振る。出鼻を挫かれたからなんだ。今日からは今までの不良の生活とは百八十度違った、新しい学校生活が幕を開けるのだ。こんなところで挫ける訳にはいかない。

 大我は気を引き締めて校門を潜る。まずは入学式に途中参加するべく、体育館らしき施設へと足を踏み出した。

「やぁ、黒島大我くん」

 その時、不意に名前を呼ばれて大我は振り返る。

「入学式の日に遅れるだなんて、流石怪物と恐れられた不良は違うねぇ」

 そこに集まっていたのは男子生徒五人。その見た目や立ち振る舞いを見るに、あまり下級生への模範とはならなそうな上級生だった。

「……誰だお前ら」

「おいおい、先輩に向かってその口の利き方はないだろう」

 中心に立つ金色のマッシュヘアーの男が、そう下卑た笑いを見せる。この学校に不良は居ないと思っていたが、こういう人種はどの学校にも少なからず居るようだ。周囲の男達も、中心のマッシュヘアーと同類だろう。

「悪いが俺は急いでんだよ」

 中学生の大我なら迷わずその下卑た笑顔にストレートを入れていただろうが、高校生の大我は違う。大我は男達を無視して体育館に向かおうとした。

「待てよ」

 しかし男はそれを許さない。

「実はとある御方が、お前に興味があるって言ってんだよ。だから俺達はその御方に会わせる為に、お前を呼びに来たんだ」

 どうやら男達には付き従っている上の存在が居るようだ。男達の口振りから察するに、どうせ上もろくな人間ではないのだろう。

「知るか。俺はもうそういうのはやめたんだよ」

 男の話を素直に聞く理由はない。それよりも今大事なのは、体育館で行われている入学式だ。

「やめれる訳ないだろ」

 不意に吐かれたその言葉が、大我の左眉の傷を疼かせた。

「……あ?」

「中学で散々暴れといて、高校に上がったら優等生か? 笑わせんな。人間がそんな簡単に変われる訳ないだろ。現にお前は、今こうして式に参加しないでここに居るじゃねぇか。結局お前は、どこまで行っても不良の儘なんだよ」

 男の言葉に、大我は怒りを膨張させる。右の拳は爪が食い込んで、血が滲み出てしまいそうだった。それでも大我は拳を振るわない。どうして抑制できたかといえば、心のどこかで大我も男と同じ事を思っていたからだった。

 大我は踵を返して、再び体育館へと歩き出す。その大我の背中に、男も頭に血が上った。

「待てって言ってんだろ!」

 慌てて伸ばした男の手が、大我の肩に提げられた鞄を掴む。その中には、昨日徹夜で作ったねこ之介が入っていた。

 瞬間、大我の堪忍袋の緒がぷちんっと音を立てて切れる。

「汚い手で触んじゃねぇ!」

 鞄から手を退かそうと、大我は強く振り払った。大我が振り返った反動で、鞄は遠心力を伴って男の顔面に衝突する。

 すると一つ二つと、なにか水滴が地面に滴り落ちた。汗かとも思ったが、汗にしては色が濁っている。それが男の鼻から垂れた血だと気付いたのは、しばらく経った後の事だ。

「……へへっ、やっぱお前はそういう奴なんだよ」

 自分の鼻血を見てリミッターが外れたのか、男は狂ったように笑みを浮かべる。

「お前が本当はどんな人間か、先輩の俺達が今からよーく教えてやる。そんでお前を、あの御方の前に連れ出してやる!」

 男の声を合図に、周囲の男達も大我を逃がすまいと取り囲む。ここから平和に話し合いで解決という訳にはいかないだろう。

 視界を埋める男達を見て、大我は落胆する。やはり自分は普通の高校生活を送れないのだろうか。自分に喧嘩を申し込む輩は後を絶たないのだろうか。そう考えて、大我は鞄を地面にそっと置いた。

「……くそが」

 そして考えるのをやめて、大我は拳を振るった。

 それからの事はあまり覚えていない。ただひたすらになにかを殴り続けていた。しかしそれが人か物かだったかさえも怪しい。一つ確かに言えるのは、その感覚が妙に心地良かったという事だ。

「おい! なにしてる!」

 遠くから聞こえた教師の声に、ようやく大我は正気を取り戻す。

 周囲には血塗れになって倒れる男達。大我の制服もいつの間にか乱れていた。こちらを見つめる教師の瞳は、まるで鬼を見ているかの様に怯えている。

 そこで大我は気付いたのだ。地面に倒れる男の言葉に、一切の間違いはなかったのだと。



 ガタンッと音を立てて、自動販売機がペットボトルを吐き出す。添加物の大量に入った炭酸飲料水。大我は取出口からペットボトルを取り出し、蓋を回して空気を抜くと、長話で渇いた喉にコーラを流し込んだ。

「……まぁ、そういう事だ。噂されてる内容は大方事実通りだな」

 教師に暴行の様子を見られ、不意に恐怖に襲われた大我は慌ててその場を逃げ出した。結果大我は入学初日に二週間の停学処分。二週間越しに出逢ったクラスメイトは、まるで腫れ物を見るような目をしていた。事件は知られていなくとも、二週間全く学校に来なかったのだからその反応も当然だろう。ましてや大我は不良だ。席は用意されていても、その教室に大我の居場所などもうどこにもなかった。

「最初から無理だったんだ。俺が普通の学校生活を送るなんざ。喧嘩して、昼寝して、また喧嘩して、たまに学校来るくらいが俺には性に合ってんだよ」

 授業に縛られない生活は、それはそれで楽しかった。やはり自分にはこの生活しかないんだと、そう思っていた。そう思おうとしていた。

「そんな事ないよ」

 そんな大我の考えを、日和ははっきりと否定する。

「だって、今は学校に通ってるじゃん」

 そう断言した日和に、大我は思わず顔を歪ませる。危うく開けっ放しのペットボトルを逆さにひっくり返すところだった。

「……それはお前が無理矢理連れてってるからだろうが」

 今大我がスケジュール通りに登下校しているのは、日和から絶対服従の命令を受けているからだ。それを彼女は他人事のように言ってのけた。

「そうだけど。学校に通ってるのには変わりないでしょ」

 自分も喉が渇いたと、日和は自動販売機に硬貨を入れる。どれにしようかと悩んでいるその目に、大我の呆れた顔は映っていなかった。

「私はどんな人でも変われると思うけどなー」

 しばらく悩み続けて、日和はようやく飲み物を選ぶ。取出口に落とされたのは果汁たっぷりのオレンジジュース。日和はそれを手に取ると、蓋を開けて飲み口を口元に運んだ。

「なにかきっかけさえあれば」

 初めて飲んだそのオレンジジュースに、日和は思わず「美味しい!」と声が漏れる。堪らずもう一口飲んでみたが、その感動は色褪せない。最早日和は喉を潤すという理由も忘れて、そのオレンジジュースの虜になっていた。

 そんな日和を大我は見つめる。今の日和の言葉に絶対服従の力はなかったが、不思議と大我の体を突き動かそうとしていた。ひとまずオレンジジュースを飲み干す日和を見ているとこちらも喉が渇くので、大我は飲み掛けのコーラにもう一度口を付けた。

第一話で日和が言っていたように、大我は本当は学校が好きな筈で、それでもなにか理由があって教室に来れていなかった筈。では何故大我は教室に来ていなかったのかと、この話を考えていきました。

割と僕の中で「こういう展開にしたいから、それまでの設定を考える」といった辻褄合わせのように話を組み立てていく事が多いのですが、そうなると結構薄い設定になったりしてしまうので、その辺りは注意しながら書いています。という事で白状すると、今回の過去話は後付け設定でした。勿論後付けを決めてからじっくり考えたので、あまり後付け臭くはならないようにしたのですが。

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