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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第2章】二人の魔女ちゃん

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【第24話】魔女ちゃんの仲直り

 その日の彼女はあからさまに不機嫌だった。

 いつもなら朝会ってすぐに「おはよー」と挨拶をしたかと思えば、家を出る前に見た情報番組の話をのほほんとした様子で話してくる。しかし今日の彼女は、淡々と一時限目の授業の準備を整えるだけだった。心なしか二つに結んだおさげも、怒りで荒ぶっているように見える。

「……なんかあった?」

 流石に訊かない訳にはいかず、前の席の真琴が日和に声を掛ける。真琴の首元には昨日買った四角柱のネックレスがぶら下がっているが、日和がそれに言及する事はなかった。

「別に」

「いやなんもないって事はないだろ。明らかに怒ってるじゃん」

「怒ってないよ」

 真琴が問い詰めるも、日和はしらを切り続ける。日和の言葉を真に受ける程、真琴の頭は弱くなかった。

「……黒島となにかあった?」

 不意に上がった名前に、日和の手がぴたりと止まる。

「……なにもないよ」

 それだけ言うと、日和は再び授業の準備に取り掛かる。これ以上訊き続けても日和が口を割る事はないだろうと、真琴は尋問を諦めた。

 席を立った真琴は、窓際から教室の中心へと足を歩かせる。

「どうだった?」

「ダメ。なんも話してくんない」

「そっかー」

 首を横に振った真琴に、桂馬は残念そうに肩を落とす。日和の不機嫌に気付いているのは桂馬も同様だった。

「昨日まであんな楽しそうにしてたのになー」

「黒島関係なのは間違いないと思うんだけど」

 視線を窓際の日和から最後列の大我に向ける。大我は今日も魔法の力で強制的に席に縛られ、棘のある威圧感からクラスメイトに恐れられていた。しかし関わる機会の増えた二人から見れば、今日の大我の威圧感はいつもより棘が萎びている様に見えた。

「昨日の帰り道か……今朝なんかあったんかな?」

 ショッピングモールで遊んでいた時の日和は、それはもう楽しそうだった。その気分が急降下したきっかけは、一同が解散した後でしか考えられない。

「なー、コレットはなんか知らね?」

 ふと桂馬は側でライトノベルを捲っていたコレットに声を投げる。

 コレットは今日桂馬や真琴が登校する前に、教室で読書を始めていた。もしかしたら二人の機嫌の変化についてなにか知っているかもしれないと、桂馬の導いた推理が訴えていた。

「……さぁ」

 桂馬の推理も虚しく、コレットは活字を読み続ける。コレットから有力な情報は得られそうにないと、桂馬は息を吐いた。

 状況が分からなければ首を突っ込む事も出来ない。今はただ、二人の様子を見守る事しか出来なかった。



 午前の授業が終わって昼休み。大我は一人屋上に居た。扉を開けてすぐの壁に凭れながら、こっそり鞄に入れていた製作途中のぬいぐるみに手を掛けている。現在製作しているのは真っ赤な肌をした猿のぬいぐるみだ。

「……くそ」

 日和の不機嫌は、大我にも当然伝わっていた。理由も分かっている。今朝コレットに強引に問い詰めたのが、余程気に入らなかったのだろう。だからと言って大我は自分の取った行動が間違いだとは思っていない。赤い布地に通した針が、今日はどうにも素直に動いてくれなかった。

「どうしたんだい? こんなところに一人で」

「うおいっ!」

 突然声が掛けられ、大我の体が飛び跳ねる。扉の方へ目を向けると、そこから出ていたのは早朝にも見た御影の顔だった。

「いやー屋上は風が強いね」

 御影はそう言って、懐から取り出したプラスチック製の櫛で強風に靡いた前髪を整えている。

 桃の眷属の接近にはすぐに気付いたのに、御影の接近には一切気付けなかった。女子の心をドキドキさせるその笑顔に、大我は別の意味でドキドキしていた。

「……なにしてたの?」

「なんでもねぇよ!」

 声が聞こえたと同時に慌てて隠したぬいぐるみは、上手く御影の視線から逃れたようだ。

「天宮さんは? 一緒じゃないの?」

 大我以外人の気配のない屋上を、御影は軽く見回す。そこに大我の主人の姿はどこにもない。

「まぁずっと一緒に居る訳でもないか」

 御影は一人納得して、大我に目を戻す。その時映った大我の表情は、まるで親を見失った迷子の様に、いつになく寂しそうに見えた。

「……もしかして、なにかあった?」

 心の内を覗く様な御影の言葉に、大我はぎくりと胸を鳴らす。

「……別に」

「そんな隠さなくてもいいじゃん。林間学校で一緒に戦った仲なんだし」

 ぐいぐいと距離を縮めようとする御影に、大我は表情を歪ます。それよりも自分の葛藤が露呈してしまった事に、大我は強く恥ずかしさを覚えていた。

 どうせバレているのであれば、話しても恥ずかしさは変わらない。大我は息を吐いて、今朝方教室で起こった出来事を御影に包み隠さず伝えた。

「……成程。確かにそれは天宮さん怒りそうだねー」

 話を聞き終えた御影が、壁に凭れながらそう感想を口にする。友人に恫喝じみた尋問をする大我に激昂する日和の姿を、御影は容易に想像できた。

「俺はなにも間違った事はしてねぇと思ってる。だけどあいつは……」

 そこから先に続く言葉が、大我の口から出ない。それは大我の今の心境と同じだった。

「いや、黒島くんは間違ってないよ」

 迷いなくそう告げた御影に、大我は顔を上げる。

「穂村桃の眷属をいち早く見つける為に、君は実に合理的な手段を取ったと思う」

 迅速な解決をする上では、時に荒っぽい手段も必要である。その意見に対して、御影も賛成派だった。

「だろ!? だから俺は!」

「でもそれが分かった上で、君は悩んでるんだよね」

 御影の言葉が、大我の胸に突き刺さる。

「自分の持つ力を相手に押し付けて、物事を解決する。これって天宮さんが嫌がってる、穂村桃がこの学校でやろうとしてる事と一緒なんじゃないかな」

 力を持っている人間は、力の使い方を考えなければならない。桃と邂逅した時、日和は確かにそう言っていた。それは魔法を使える魔女だけではない。誰に対しても言える事だ。

「間違ってないものが、その人にとって正解とは限らない。世の中って難しいね」

 御影はそう言って、大我にクスリと微笑み掛ける。同い年の吐いたその言葉に、大我は妙な説得力を感じていた。

「まぁ僕としては早く穂村桃の眷属を見つけて欲しいんだけどね。眷属探しの為にも、ちゃっちゃと天宮さんと仲直りしてよ」

 お悩み相談はここまでだと、御影は他人事のように言葉を残して校舎に戻ろうとする。

「本当に殺すつもりかよ」

 そんな御影の足を、大我の声が止めた。

 御影はくるりと大我に振り返る。こちらをぎろりと睨む鋭利な瞳。その瞳は、まるで値踏みをしているかの様だった。

「……勿論。必要であればね」

 それだけ言って、御影は屋上を後にする。屋上には再び大我ただ一人。不意に見上げた青空には、雲の一つすら見つからなかった。



 青空も気付けば夕空。午後の授業も終えた大我と日和は、校門を出て二人で帰路を歩いていた。

 いつもなら少しは聞こえる雑談も、今日は一切聞こえない。ふと大我は、隣を歩く日和にちらりと目を向ける。日和の表情は今も尚膨れっ面。一日経っても直らない機嫌に大我は少し苛立ちながらも、なにを言う事も出来ずにポケットに両手を突っ込んでいた。

 そんな時、二人の耳に遠くから誰かが泣きじゃくる声が入ってくる。

「うえぇぇぇん!」

 その声色は幼い少女のものだろう。先日大我と信介が決闘した公園から聞こえているようだ。公園で遊んでいる間に、転んで膝でも擦り剥いたのだろうか。

 公園の様子を見に行けば、当然その分家に帰る時間は遅くなる。西に沈んでいく太陽を考えると、日和は一刻も早く安全圏である天宮家に帰らなければならない。

 それでも日和は、迷う事なく踵を公園の方向へと向き直した。

「おい!」

 大我が声を掛けるも、日和が振り返る事はない。大我は苛立ちを舌打ちで捨てて、仕方なく日和の後を追い掛けた。

 公園に居たのは二人の少年少女だった。どちらも利久より身長が低い事から、小学校低学年くらいだと思われる。少年の方が少し背が高く、二人の関係性がなんとなく想像できた。

「うえぇぇぇん!」

「あーもう! そんな泣くなよ!」

 涙を流し続ける少女の手には、薄茶色の犬のぬいぐるみが握られていた。汚れも多くくたくたになっており、随分と長い年月を掛けて愛されているのが伝わる。しかしその犬のぬいぐるみの右腕は、何故かどこにも見当たらなかった。

「どうしたの?」

 二人の側に歩み寄った日和が、膝を屈めて声を掛ける。少女はじっと日和の顔を見つめると、嗚咽を漏らしながらも経緯を説明していった。

「おにいちゃんがっ、わたしのっ、わんちゃんをっ……」

「だからー! もう帰んないとって言ってんのに、お前が全然帰んないからー!」

 よく見ると少年の右手には、見当たらなかった犬のぬいぐるみの右腕が握られていた。どうやら家に帰ろうとしない少女を無理に連れ帰ろうと、ぬいぐるみを引っ張った事が事の発端のようだ。

「そっか……」

 経緯を話して尚、少女は更に泣き出す。少年の口はへの字に曲がっていたが、その瞳はどうにも涙が溢れそうになっていた。小さな兄妹喧嘩を前に、日和は目を落とす。見過ごす訳にはいかずにここまで来たはいいものの、二人を泣き止ませる方法はなにも出てこないでいた。

 そんな日和の丸くなった背中に、大我は深い溜息を吐いた。

「おい」

 大我は少女の前まで足を伸ばすと、日和と並んで膝を屈める。

「そいつ寄越せ」

 同じ目線に迫った大我の顔は、少女の涙腺を更に刺激した。

「ひぃぃぃ!」

「なっ!」

()()()()()()!」

 妖怪と遭遇したかの様な怯え方をする少女に、大我は地味にショックを覚える。日和から命令を下されたものの、どう対処するべきなのか大我は見当もつかなかった。

「ごめんね。びっくりしたよね。でもこのお兄さんそんなに悪い人じゃないから、ちょっとだけそのわんちゃん預かってもいい?」

 怯える少女に、日和がそう声を掛ける。日和の表情は大我と違って実に柔和だ。初対面の子供の警戒心すらも、ゆっくりと解けていく。少女はその日和の表情を信頼して、大切なぬいぐるみと少年の持っていた右腕を日和に預けた。

「ありがと」

 その優しい日和の笑顔に、大我は隣で密かに感心していた。

「はい」

 日和を仲介して、ぬいぐるみが大我のもとに届く。どこか座れる場所を探して、大我は端に設置されたベンチに腰を下ろした。

「……今あるもんじゃどれも目立つな」

 鞄に入っているのは、現在製作中の猿のぬいぐるみに用いる鮮やかな赤色の布と糸。これらを使えば縫合自体は簡単に出来るが、薄茶色の生地にはその縫い目がどうにも目立ってしまうだろう。

「ちょっと! ちゃんと直してあげてよ!?」

「分かってるよ」

 日和の声も聞き流して、大我は早速修繕に取り掛かった。慣れた手付きで黙々と針を動かしていき、千切れた右腕を縫い合わせていく。初めて見る大我の手芸技術に日和は声を忘れ、兄妹の瞳は涙が渇く程釘付けになっていた。

「……出来た」

 着手からものの五分。犬のぬいぐるみの右腕には、赤色のスカーフが巻かれていた。

「ほらよ」

 修繕を終えたぬいぐるみを、大我は少女に返す。スカーフで繋がれた右腕は、しっかりとぬいぐるみに結合されている。これなら少し強めに引っ張っても、また右腕が千切れる事はないだろう。

「すごい……」

 新たなアイテムを身に付けたぬいぐるみに、少女は目を輝かせていた。

「おにいさんは、ぬいぐるみのおいしゃさんなの?」

「あ?」

 純粋な瞳で首を傾げる少女に、大我は声を漏らす。

「別にそんなんじゃねぇよ」

「でも今のスゴかったぞ! こうなんか、ズバババーって感じで!」

「かっこよかった」

 興味津々な兄妹の反応に、大我の体は少し困ったように退いていった。そんな大我がどこか新鮮で、日和の口から思わず笑みが溢れる。

「ほら、お母さんも心配してるし、もうおうち帰んないとダメだよ。お兄ちゃんも、言う事聞かないからってぬいぐるみを引っ張っちゃダメ。ぬいぐるみも大事に扱わないと」

 兄妹に目線を合わせて、日和が声を掛ける。互いが互いに悪い部分があったのは、ちゃんと認められていた。反省した面持ちで、二人の視線が重なる。

「……ぬいぐるみ、引っ張って壊しちゃってごめんなさい」

「わたしこそ、わがままいってごめんなさい」

 二人は顔を見合わせて、ぺこりと頭を下げ合う。相手を思って謝罪が出来るのは、良い人間の証拠だ。

「うん! 二人共仲直りできて偉いね!」

 兄妹の仲直りになんだか日和まで嬉しくなって、日和はぐしゃぐしゃと二人の頭を撫でる。二人の髪は強風の後の様に乱れていったが、それでもなんだか悪い気はしなかった。

「……悪かったな」

 そんな言葉が不意に聞こえた気がして、日和は振り返った。

「今朝の事。眷属を見つける為とはいえ、横暴な手段取っちまって」

 ベンチから立ち上がった大我は、どこか遠いところを眺めながらそう言葉を紡ぐ。真正面から頭を下げる事は、気恥ずかしさから出来なかったのだろうか。それでもその言葉が彼の本心である事を、日和は感じ取っていた。

「……私こそ、今日の間ずっと怒っちゃってごめんなさい。黒島くんは、私の為に動いてくれたのにね。手段はあれだったけど、ちゃんと分かってるよ」

 日和も膝を元に戻して、大我に謝罪する。今朝の大我の行動が自分を守る為のものである事は、日和も理解していた。

「でも! 謝るならコレットくんに謝ってよね!」

「あぁ、そうだな」

 そう言葉を交わす二人に、もう確執はどこにもない。互いの意見を遠慮なくぶつけ合える、いつもの二人の関係に戻っていた。

「おねえさんたちもけんかしてたの?」

「仲直りできて偉いな!」

 側に居たままの兄妹が、二人の顔を見上げながら声を投げる。二人は思わずきょとんと目を見開いていたが、耐え切れずに日和が笑い声を上げた。

「アハハッ! そうだね!」

 今までの鬱憤から解放されたせいか、日和はツボに入ったようで腹を抱えて笑い続ける。なにが面白いのか分からずに、兄妹は揃って首を傾げる。大我も正直そこまでツボに入る理由は分からなかったが、それでも日和の笑顔から何故か目が離せなかった。



「すまなかった」

 翌日の朝、一年二組の教室で発せられたその言葉に衝撃が走る。

 登校したばかりのコレットの前に直立する大我。なんとあの傍若無人の大我が、人に謝罪を口にしたのだ。

「えっ? なになに? どーゆー事?」

 謝罪を受けた本人以上に、側で聞いていた桂馬が困惑する。

「昨日の事、あれはやり過ぎた」

「昨日の?」

 大我の言っている事は桂馬にはなに一つ理解できなかったが、コレットには確と伝わっていた。

「……別に、気にしてないよ」

「……そうか」

 前髪で隠れた瞳では、コレットの心まで読み解けない。ただ謝罪の誠意を見せる事は出来た。今はそれだけで良しとする事にした。

「なーなー、昨日のってなんだよー。一体なにがあったんだよー。俺にも教えてくれよー」

「うるせぇな! お前に関係ねぇだろ!」

「だって気になるじゃんかー」

 一人だけ話題についていけていない事に疎外感を覚えているのか、桂馬は大我とコレットの周りをしつこく回っていた。しかし大我が桂馬に答える事はなく、桂馬は不貞腐れて頬を膨らませる。

 三人のやり取りを、日和は満足そうな表情で眺めていた。その表情から、昨日の大我との軋轢は解消したと思われる。

 そんな日和の表情を、真琴はじっと見つめていた。

「日和」

 不意に真琴が日和に声を掛け、日和が振り返る。

「ちょっといいか?」

 それだけ言って、真琴は教室の外へと歩いていく。なんの用かと日和は首を傾げたが、取り敢えず大我達を置いて真琴を追い掛けていった。



 職員室や図書室、実験室などが並ぶ職員棟。朝に職員棟を通る生徒はそう多くなく、廊下には日和と真琴の二人きりしか居なかった。

「真琴ちゃんどうしたの? というか、そのネックレスやっぱり似合ってるね!」

 廊下の真ん中で足を止めた真琴に、日和は昨日触れられなかったネックレスを褒める。人気のない場所に連れてきたという事は、教室では言えないような話があるのだろうか。

「……日和に話しておこうと思って」

「?」

 真琴は振り向いて、日和にそう告げる。

「黒島が起こした、入学式の事件について」

 それは日和が初めて耳にする内容だった。

前回話の流れで喧嘩になってしまった二人。ふと今の二人が喧嘩をしたら、どういった経緯で仲直りするのか気になって、この話を書き出しました。

物語が進むにあたって当然キャラクターの関係性も変化するもので、今の関係性を大切にしながら書いていきたいです。

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