【第23話】魔女ちゃんの仲違い
雀のさえずりもどこか夢現な早朝の服巻高校。運動部の掛け声すら聞こえない静かな校舎裏で、三人は人知れず密会していた。
「……成程」
話を聞き終えた御影がぽつりと呟く。
大我と日和は先日魔女である桃と邂逅した事、そして昨日友人と遊んだ帰り道に桃の眷属に襲われた事を包み隠さず話した。全てを聞き終えた御影は、今日も整った顔立ちに手を添えて考える。
「確かに黒島くんの言う通り、昨日君達と一緒に遊んだ三人の中に穂村桃の眷属が居ると考えてよさそうだね」
「そんな……!」
御影も大我と同じ考えに行き着き、日和の顔は青ざめた。
「まだそうと決まった訳じゃ!」
「天宮さん。尾行っていうのはそう簡単なものじゃないんだよ。大人数なら尚更。それを一日中、しかも黒島くんがすぐに気付ける程の敵意を隠しながら続けるのは、高校生がそうできる芸当じゃない」
エクソシストは尾行の技術も磨いているのだろうか。御影の意見は専門家のそれだ。その的を射た意見に、日和はなにも言い返せなくなった。
「でも……あの三人の中に一人桃先輩の眷属が居るなんて……」
真琴、桂馬、コレット。この中に桃の眷属が居て、日和を襲撃するように情報を流している。折角出来た大切な友人だ。そんな友人を疑うなど、日和には出来なかった。
「一人とは限らないよ」
「!」
告げられた可能性に、日和の心臓は跳ねる。
「もしかしたら三人全員が穂村桃の眷属かもしれない」
「そんな!」
「最悪な可能性は考えておくに越した事はないよ。今言えるのは『三人の内少なくとも一人は穂村桃の眷属』ってところかな」
御影の思考は実に冷静だ。今の日和には、とても御影のように冷静では居られなかった。
「しかも会員の事を俺達に隠してるとなると」
「うん。二人を襲ってきた事も踏まえて、魔女の件は諸々知られているかもね」
桃は魔女の事を知っているのはファンクラブ会員の中でも一部と話していた。しかし日和にファンクラブに入会している事実を隠している、日和を襲撃したという二点を考えると、その会員は魔女の事を把握している可能性が高い。更に言えばその会員は、俗に言うファンクラブ会員の過激派かもしれない。
「でもこれはチャンスだよ。眷属の正体が分かれば、そこから穂村桃の情報を聞き出せるかもしれない」
映画研究部に乗り込んで二人が手に入れた桃の情報は、大体は御影が既に手に入れている情報だった。魔女狩りを円滑に進める為に、今はより多くの情報が欲しい。
「昨日一緒に遊んでた時、なにか怪しい行動をしてる人は居なかった?」
「そんな事言われても……」
今の時代スマートフォン一つあれば誰とだって連絡が取れる。スマホを触る機会などいくらでもあるし、それだけで怪しい行動と断定する事は出来なかった。
「一ついいか」
不意に大我が問い掛ける。
「もし別の魔女と契約してる眷属にキスをしたら、その契約はどうなるんだ?」
魔女がキスをすれば、その相手は絶対服従の眷属となる。もしその相手が既に別の魔女の眷属だった場合、契約はどのようになるのだろうか。
大我の質問に答えたのは御影だった。
「魔女の契約は基本重複しない筈だよ。眷属が忠誠を誓うのは最初に契約した魔女一人。だから二回目以降の口付けは、契約が無効になる。だよね? 天宮さん」
「えっと、うん。ニエ様もそう言ってた」
確認された日和が頷く。日和も先日、同様の質問をニエに尋ねたばかりだった。
「それなら簡単じゃねぇか」
そう言うと大我は眷属探しの作戦を立案した。
「取り敢えず天宮が三人の手だったりなんだったりにキスをして、眷属の契約をする。その後に『椅子に座れ』みたいな簡単な命令をする。その命令に従わなかった奴が穂村の眷属だ」
「そんなのダメだよ!」
大我の作戦は一見理に適っているように思える。しかしその作戦を、日和は強く否定した。
「そしたら眷属じゃなかった残りの人は、私の眷属になっちゃうじゃん!」
確かに作戦を実行すれば、桃の眷属でなかった人物は日和と契約を交わす事となる。強制的に命令に従わされる体に、深く混乱する事となるだろう。
「別にいいだろ。契約が解除できるのも分かったんだから、違ったらすぐに解除すればいい」
「そういう問題じゃない! 私達の都合の為に眷属にしたら、それこそ桃先輩のやってる事と同じだよ!」
「そんな事考えてる場合じゃねぇだろ! お前襲われたんだぞ!? 自分の状況分かってんのか!?」
大我も声を荒げるが、日和が意見を譲る気はない。どれだけ自分に危害が加えられようと、無関係な人間を巻き込む事は許せないようだ。
「まぁまぁ、二人共落ち着いて」
白熱していく二人の熱量を、御影が割って入って宥めていく。
「でも僕としては、天宮さんの意見を尊重したいかな」
「お前!」
御影まで日和に加勢して、大我は額に血管を浮かばせた。そんな大我に、御影は淡々と理由を口にする。
「天宮さんの言う通り、契約の口付けは無闇に使うべきじゃない。第一相手が魔女の事を知っているのだとしたら、天宮さんの眷属になったフリをして命令に従い続けるかもしれないよ」
「それは……」
御影の理由を前に、大我は口を噤む。票数は二体一となり、民主主義により大我の作戦は却下された。
「そもそも穂村の眷属も夜になったら悪魔が見えてる筈だよな? あんな得体の知れないもの見ておかしいと思わねぇのか?」
眷属になって初めての夜。突然目の前に現れた漆黒の悪魔に、大我は目を疑った。この世のものとは思えない程衝撃的な存在を共通して目にすれば、会員達の中で必ず噂になっている筈だ。
「んー……なにか上手く言い包められているのか、それとも別のトリックがあるのか」
頭を悩ませる御影に、日和はずっと浮かない顔をしていた。
「……ねぇ」
声を掛けられて、御影は顔を上げる。
「やっぱり桃先輩の事、殺さない訳にはいかないかな?」
それは日和がずっと葛藤している事だった。
「確かに私も、桃先輩のやってる事は正しいと思わない。この学校の生徒全員を眷属にする桃先輩の夢は、絶対に止めなきゃいけないって思う。でも……それでも私は!」
このままでは桃は眷属を着実に増やしていき、服巻高校を実質手中に収めるだろう。同じ力を持つ魔女として、それを黙って見ているつもりはない。それでもその解決策として桃を殺害するというのは、日和はどうしても納得できなかった。
「……天宮さん」
薄らと涙を滲ませ、体を強張らせる日和に御影が声を掛ける。
「エクソシストには悪魔退治以外に、もう一つ役割がある。それが暴走する魔女の制圧だ」
先日ニエの口からも聞いたその言葉に、日和の瞳孔は開いた。
「数多くの一般人に影響を与えている以上、エクソシストとして彼女を見逃す訳にはいかない。ましてや魔女は存在するだけで、悪魔が凶悪化するリスクまである。彼女を生かしておく理由は、倫理観以外になに一つないんだよ」
御影だって人間だ。人を殺すという行為が、倫理に外れているのは当然理解している。それよりもエクソシストとしての使命が、御影を非道徳的に突き動かしていた。
「それでも……!」
御影の言葉を聞いて尚、日和は首を縦に振れない。顔を俯かせたまま、息苦しそうに胸に手を当てていた。そんな日和を、大我は直視していられなかった。
「大丈夫。天宮さんはなにも考えなくていい」
苦しそうに立ち尽くす日和に、御影が微笑む。
「今はただ、天宮さんの友達の中に居る穂村桃の眷属探しに専念して欲しい。それが天宮さんの身を守る為であり、穂村桃の目的を止める為でもあるからね。その後の事は、全て僕に任せて欲しい」
その後御影がなにをするのか、その全てを御影は日和に、「考えなくていい」と言ったのだろう。
日和は俯いたまま、なにも言葉を発せずにいる。そんな日和を気遣って、御影は代わりに大我に目を向けた。御影はそれ以上なにも口にしない。それでも大我は御影が一体なにを伝えようとしているのか、なんとなくだが伝わった気がした。
♡
時は同じく、早朝の映画研究部部室。
「あーあ、昨日は残念だったなー」
部室棟の奥に位置する部屋から、彼女のそんな甘い声が聞こえた。
部屋に照明は付いておらず、カーテンの隙間から朝日が漏れるだけ。薄暗い部屋のソファーに体を預けて、桃は紙パックのイチゴオレをストローから啜っていた。
「折角あの子が二人の情報教えてくれたのに」
片手には可愛らしくデコられたスマートフォン。そこに日和達の情報を教えた『あの子』の連絡先が入っていた。
「やっぱ俺が行けばよかっただろ」
ソファーに倒れる桃を、側に居た翔平が見下ろす。
確かに昨日襲撃に向かった眷属の四人よりも、翔平一人の方が余程戦力になるだろう。大我と正面から戦闘して、勝利する自信も持ち合わせていた。
「まぁそんな焦んないの」
拳を滾らせる翔平に、桃は口紅の引いた唇を緩ませる。
「またあの子が頑張ってくれるみたいだし」
桃のスマホには新着のメッセージが届いていた。その内容に、桃は小悪魔的な笑みを浮かべていたのだ。
♡
校舎裏から昇降口で靴を履き替え、大我と日和は一足先に一年二組の教室に入る。二人きりしか居ない教室では、静寂が嫌に目立っていた。
窓際の自分の席に腰を下ろして、日和は両手で頭を抱える。このままでは登校した生徒に体調を心配されそうな顔色だ。そんな日和の顔色を、大我は側で見下ろしていた。
「……月山が言ってたろ。お前はなにも考えなくていいって」
悩みに悩む日和に、御影は確かにそう言った。しかし今の日和にとって、なにも考えるなと言う方が無茶な話だった。
「今は自分の事だけ考えろ。まずは俺達を襲わせた穂村の眷属探しだ」
大我の言う事はもっともだ。桃の事で頭を悩ませたところで、解答が見つかるかは分からない。それよりも今は、自分が立たされている窮地について頭を使った方が得策である。
「でも、それこそどうやって探せば……」
日和にとっては友人三人の中に自分達を襲わせた人物が紛れている事自体、未だに信じ難かった。友人を疑う程心苦しい事はない。日和の表情は依然晴れなかった。
そんな日和に、大我はあっけらかんと答える。
「そんなもん簡単だ」
「え?」
すると二人しか居なかった教室が、突然音を立てて開かれる。
扉の開いた音に、二人は振り返る。二人に続いて登校してきたのは、今日も前髪で両目を塞いだクラスメイトだった。
「コレットくん」
「……おはよ」
昨日振りに顔を合わせた二人に、コレットは小さく挨拶だけ自分の席に歩く。鞄の中からは教科書やノートと一緒に、読み掛けのライトノベルも取り出していた。
「丁度いい」
それだけ呟くと、大我はコレットの側へと歩き出す。
「大森」
「ん?」
振り向く事なく準備を整えていたコレットだったが、突如その視界がぐわりと歪む。首元を掴んだ大我が、コレットを教室の壁に叩きつけたのだ。
「ぐっ!」
「黒島くん!?」
壁に追いやられたコレットが、背中に走った衝撃に呻き声を上げる。大我はコレットの顔の側の壁に右手を押し付け、ぐっと顔を近付けた。少女漫画で俗に言う壁ドンと呼ばれるシチュエーションだが、今の状況にはどこにもときめきは見当たらない。
「おい、お前穂村の眷属か?」
猛獣の様な目付きで、大我は喉を唸らせる。
「なっ、なんの話?」
「惚けんじゃねぇよ! お前が穂村のファンクラブの会員で、昨日穂村に俺達の情報流したんじゃねぇかって訊いてんだよ!」
大我の罵声が耳を劈く。至近距離でその声を浴びせられ、耳がおかしくなるかと思った。
「しっ、知らないよそんな事!」
「本当か? あ? 俺達に隠して色々やってんじゃねぇのか? 考えてみりゃあお前こそこそ動いてる時あるし、最初から怪しかったんだよ」
コレットの前髪からは、冷や汗が滝の如く溢れる。体は異常なまでの寒気に襲われ、まるで真冬の北国に居るかの様に震えていた。
「正直に言っちまえよ。さもないとお前の顔面、感覚なくなるまで殴り続けて」
「やめて!」
大我が左拳を握ったところで、日和の声が飛んでくる。その声に合わせて、大我の拳はぴたりと動きを止めた。
大我とコレットの間を裂くようにして、日和の体が割って入る。日和の瞳は、円らながらに大我を睨みつけていた。
「……なにすんだよ」
「それはこっちの台詞だよ! こんな乱暴なやり方許される訳ないでしょ!? こんなの脅迫と一緒だよ!」
突然不良である大我に恫喝されれば、その恐怖はひとたまりもないだろう。現に日和の背後のコレットは、立つのもやっとな程に足が竦んでいた。
「俺は穂村の眷属を探す為にやってんだ!」
「だとしてもこんなやり方は間違ってる!」
二人の意見が激しくぶつかり合う。衝突する度に火花を散らし、互いに譲らないまま鍔迫り合いをしていた。
緊迫した教室の中、外の廊下から別の生徒の話し声が聞こえてくる。
「離れて!」
「うっ!」
日和の魔法の言葉によって大我の体は自由を失い、机を押し倒しながら窓側の壁にまで弾き飛ばされる。早朝から響いた騒音に、廊下を歩いていた別クラスの生徒が何事かと様子を見に来ていた。
「大丈夫?」
窓際に項垂れる大我に見向きもせず、日和はコレットに体を翻す。
「……うん」
コレットを見つめる日和は、いつもの優しい日和だ。まさか大我と正面から衝突し、その身一つで大我を吹き飛ばしたとはとても思えなかった。
「よかった……」
怪我のなかったコレットに、日和は安堵する。
「……机、戻さなきゃね」
荒れてしまった教室に目を向けて、日和は倒れた机を元に戻していく。他のクラスメイトが来る前には、本来の状態に戻さなければならない。一人で静かに机を戻していく日和を、窓際で倒れる大我はじっと見つめていた。
日和を見つめる視線はもう一つ。その長い前髪で隠された瞳では、その視線が一体なにを目論んでいるかまで分からなかった。
某推理漫画の「この中に犯人が居る!」という展開が大好きでして、一体誰が犯人なんだろうと考えながら次の話を期待していました。そんな展開を僕も書いてみたいと思い、このような展開になりました。
当然某推理漫画の様な出来の良いトリックは作れないので、是非優しい目で見守っていただけると幸いです。




