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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第2章】二人の魔女ちゃん

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【第20話】魔女ちゃんの邂逅

 穂村桃のファンクラブももえんの拠点と化した映画研究部部室。なにも映されていない巨大なスクリーンが、以前の名残りとして天井から吊るされている。

 深紅のソファーに腰を下ろした一人の女子生徒。美しく染められた緋色の髪を靡かせる彼女は、右手に淡いピンクの口紅を握っていた。左手の手鏡で確認しながら、そっと唇に口紅を塗り直す。それまでも魅力的だった彼女だが、口紅によってその魅力は更に飛躍していた。満足のいく状態に仕上がった彼女は、口紅と手鏡をソファーの脇に転がす。

「翔平ー、喉渇いたー」

 彼女は唐突に甘えた声を上げた。

「おらよ」

 その声に反応したのは、ソファーの後ろで直立していた男子生徒。黒の短髪に額縁眼鏡を掛けた彼は、扉の脇に立っていた用心棒程ではないが、随分と優れた体格をしていた。

 彼が握っていたのは四角い紙パックのイチゴオレ。紙パックには既にストローが刺さっており、彼はずっと飲みかけの紙パックを持たされていたようだ。

 彼はその紙パックを彼女の前に突き出す。彼女は両手が空いているにも関わらず、紙パックを受け取らないままストローを口で咥えた。垂れてきた髪を耳に掛けながら、ストローからイチゴオレを吸引する。口に入ってきたその味に、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「んー美味し! やっぱ喉が渇いた時はイチゴオレ一択よね!」

「ほんとよくそんな甘い物飲めるよな」

「馬鹿ね。糖分を摂取した方が頭が冴え渡んのよ」

 二人の何気ない会話劇を、大我と日和はただ無言で見つめていた。まるで女王様の優雅な休日といった光景に、声を出す事さえ憚られたのだ。

 そんな二人に彼女は口元を緩める。

「改めまして、私が穂村桃よ」

 彼女の口から告げられた名前に、日和は確信する。彼女こそが自分の探していた人物だと。想像していた人物像とは、幾分か離れてはいたが。

「こっちは私の第一眷属の古賀(こが)翔平(しょうへい)

 桃の紹介に、翔平はぺこりと一瞥だけする。どうやらあまり口数が多いタイプではないようだ。

「はっ、初めまして! 私はそのっ」

「あー大丈夫大丈夫」

 先輩に先に名乗らせてしまった事に焦る日和だったが、桃はそれを遮る。

「天宮日和ちゃんに、黒島大我くんでしょ?」

「「!」」

 二人の名前を言い当てた桃に、二人は目を見開いた。

「どうして私達の名前!」

「なにを今更言ってんの。あんだけ魔法の力隠さずに使ってたら、流石に誰か調べるでしょ」

「魔女の事もお見通しか……」

 どうやら魔女の力を持つ日和を、桃もまた徹底的に調査しているようだ。そういえば御影にも魔女の力がバレていた事を、大我は思い出す。

「まっ、君の事はもっと前から知ってたけど」

 ふと桃の視線がこちらに向いた気がして、大我は首を傾げた。

「それじゃあ、やっぱり貴女も……」

 そう口にした日和の続きの言葉を予測して、桃は紅の引かれた唇を震わせる。

「そう、貴女と同じ魔女よ」

 自分と同じ力を有する魔女。そんな彼女にこうして出逢えたのだ。ソファーに腰掛けるその姿は、どこからどう見てもただの麗しい女子高生にしか見えなかったが、彼女の言葉に疑う余地はなかった。

「それで、今日はどういった用件?」

「あっ、えっと……」

 自己紹介を終えて本題に入ろうとした桃に、日和が口籠る。御影に言われて彼女を調査しに来たとは、口が裂けても言える筈がない。

「……もしかして、エクソシストくんになにか言われてきた?」

「!」

 言い難そうにする日和の心の内を、桃は見透かしていた。

「どうして!?」

「あまり私を甘く見ない事ね。私のファンクラブは今や一年の子もたくさん入会してるの。エクソシストくんの事は勿論調べてるし、貴女達と面識がある事も調査済よ」

 校舎で日和に声を掛ける場面や、林間学校で大我と会話する場面など、確かに生徒が大勢居る中で二人は御影と接触している。その場面がファンクラブ会員の目に留まり、桃の耳に入ったのだろう。それにしても御影の事まで調査しているとは想定外だったが。

「たっ、確かに穂村先輩の事は月山くんから聞きましたけど、今回来たのはそれとは別で、私が穂村先輩に色々訊きたい事があって!」

 どうにかして誤解を解こうと、日和は両手を上げて横に振る。言わなくていい事まで言ってしまったのは、日和の隠し事の苦手な性格故だ。

「ふーん……じゃあそういう事にしといてあげる」

 そんな日和に免じて、桃は一旦日和を信用する事にした。

「それで、私に訊きたい事って?」

 同じ魔女である桃と話す為、日和は今日ここに来たのだ。この機会を逃す訳にはいかないと、日和は決意を改める。

「穂村先輩は」

「あー桃でいいわよ。私も日和ちゃんって呼ぶし」

「……桃先輩は、いつ魔女の力を解放したんですか?」

 日和が魔女の力を解放したのは、たった数週間前の事だ。少なくとも昨年からファンクラブを創設している桃は、魔女においても先輩という事になる。

「幼稚園の頃からよ」

「幼稚園!?」

「そ。翔平とはその時からの幼馴染なのよ」

 幼稚園の頃からとは流石に予想外だった。ソファーの側に立ち続ける翔平とは、かれこれ十年以上の付き合いになるようだ。

「そんな小さい頃から悪魔に襲われて、大変じゃなかったですか?」

「まーね。でも暗くなる前に帰ればいいだけだし、魔法もあるしね。思ってる程大変じゃないわよ。友達と一緒に夜更かしできないのが残念なくらいね」

 桃の家にも悪魔を寄せつけない結界は張られているらしい。とは言っても十年の月日があれば、時には窮地に立たされた事もある筈だ。それを「思ってる程大変じゃない」と言い切れるのは、彼女の強さだろうか。

「俺からも一ついいか」

 そう話に割って入ってきたのは、今まで口を閉ざしていた大我だ。

「黒島くん?」

「一度契約した眷属と契約を解除する方法はねぇのか?」

 大我の鋭利な瞳が、桃をじっと見つめる。その鋭さは、たちまち子供が泣き出してしまいそうな程だった。

「ちょっと黒島くん! それは私が出来ないって教えたでしょ!?」

「うるせぇなぁ。訊いてみねぇと分かんねぇだろ」

 隣で声を上げる日和に、大我は片耳を人差し指で塞ぐ。日和に分からない事でも別の魔女ならと、大我もまた機会を窺っていたのだ。

 目の前で言い合う二人に、桃はきょとんと口を開く。

「えっ……普通に出来るけど」

「「え?」」

 桃の回答に、二人は耳を疑った。

 勿体ぶる訳でもなく、平然と吐かれたその言葉。どれだけ思い返してみても、彼女は間違いなく「出来る」と答えていた。

「えぇぇぇ!? 出来るんじゃねぇか!」

 衝撃の事実に、大我は絶叫しながら仰天する。

「うん……えなに? 今まで知らなかったの?」

「知らなかったもなにも、こいつに出来ねぇって嘘吐かれてたんだよ! テメェ俺を騙してやがったな!」

「騙してない! 私も出来ないってお母さんとニエ様に教えられてて!」

 指を差して指摘する大我に、誤解だと日和は首を振る。魔女にとっては一般常識なのか、桃はどこか引いた目で二人を眺めていた。

「契約した時と同じ箇所にもう一度キスすれば、普通に契約解除できるわよ。と言っても解除の時は魔力をただ渡すんじゃなくて戻さないといけないから、魔女側が魔力をコントロールしながらキスしないといけないけどね」

 契約の時のように、ただ口付けをすればいい訳ではないらしい。それでも契約解除が出来るという事実を知れたのは、大我にとって大きな進歩だった。

「という事らしいぞ! 取り敢えずやってみるか!?」

「え!?」

「なんかよく分かんねぇけど、やってみればなんとなく分かるだろ! なぁ!」

「ちょっ、ちょっと!」

 気を動転させる大我は、両腕で日和の肩を掴む。体を掴まれてしまった以上、日和に逃げ道はない。今の大我に、目の前で真っ赤になった日和の顔は見えていなかった。

()()()ー!」

 日和が口にした瞬間、肩を掴んでいた大我の体はまるで大砲から撃ち出されたかの様に吹き飛ばされる。大我は後方に垂れ下がっていたスクリーンにそのまま激突し、隠れていた壁に倒れ伏せていた。解除の方法が分かったところで、その方法を実行に移すのはかなり難しそうだ。

「ごっ、ごめんなさい!」

「大丈夫ですか?」

「くそ……!」

 人間離れした動きを見せた大我に、糸目の少女が心配して声を掛ける。思ったより平気そうに答えられているのは、大我の耐久度が並の人間より優れているからだろう。

「アハハッ! アンタ達って面白いのね!」

 コメディ映画の様な二人のやり取りに、桃は声を出して笑う。ローテーブルに置かれたポップコーンの塩味が、このコメディに調和していた。

「……桃先輩」

 日和は声色を変えて、体を正面に向ける。これから尋ねようとしているのは、日和が最も桃に訊きたかった事だった。

「……なあに?」

 桃もその空気を察して、日和に睫毛の伸びた瞳を向ける。

「桃先輩はファンクラブに入会した人達を、全員自分の眷属にしてるんですよね?」

「えぇ、そうよ」

 桃から手の甲に口付けをしてもらう。それがファンクラブももえんに入会する唯一の方法だと、デカオは教室で語っていた。

「どうして桃先輩は、自分の眷属を増やしてるんですか? 眷属を増やして、一体なにをするつもりなんですか?」

 眷属にするという事は、相手を魔女の世界に引き入れるという事だ。魔法や悪魔の事などなにも知らなかった生活には戻れない。そのリスクを考えると、日和は眷属を増やそうという気持ちにはどうしてもなれなかった。

「……どうして?」

 日和の疑問に、桃は疑問で返す。

「眷属を増やすのに、なにか理由が必要なの?」

 当然の如く告げられたその言葉に、日和の心はざわついた。

「私達は絶対服従の魔法を持つ魔女として生まれたの。だったらその魔法を使って生きていくのは至極当然の事じゃない? 運動神経の優れた人が一流のアスリートになるように、明晰な頭脳を持った人がノーベル賞を受賞するように、ただ私は生まれ持った才能を使いながら生きているだけよ」

 桃の声色に悪意のような感情は感じられない。ただ純粋に、心の底からそう信じているような主張だ。それが日和には、全くと言っていい程共感できなかった。

「……会員の人は、眷属になった事に気付いてないんですよね?」

 少なくとも入会したデカオは、眷属の事を知らなかった。

「えぇ。魔女の事を知ってるのは、ファンクラブに入会してる人の中でもごく僅かよ」

 今やファンクラブに入会している生徒の数は百を超えるという。そのほとんどの生徒が、自分が桃の操り人形となっている事に気付いてすらいないのだ。

「私ね。いつかこの学校の生徒全員を眷属にできたらって思ってるの」

 そう口にして、桃は自分の夢を語る。

「全員が王である私の意の儘に動く、穂村桃王国! どう? 素敵だと思わない?」

 狂気すら覚える桃の夢に、日和は愕然としていた。

 自分と同じ力を有する、初めて出逢った自分以外の魔女。ただ環境や人格が違うだけで、こうも価値観が変わるものなのだろうか。

「とんだ我儘女王様だな」

 壁に倒れていた大我も、口を衝きながら立ち上がる。離れた位置からも、桃の不敵な笑みは目に焼き付けられた。

「私は! 眷属は無闇に増やすべきじゃないと思います!」

 長らく自分の思想を語った桃に、日和が反論する。

「私達は、元から力を持って生まれてきた! だからこそ! 力の使い方は考えなくちゃいけないと思うんです!」

 日和の反論を、桃はソファーに転がしていた口紅を徐に右手で弄りながら聞き流していた。

「ただ好き勝手に使うんじゃなくて、もっと慎重に!」

「ごめん」


 瞬間桃の右手の口紅から、灼熱の炎が噴き上がる。


 炎は口紅の先端から日和の顔にまで急接近して、周囲の空気を焦がした。熱せられた日和の額から一滴の汗が垂れる。気付けば日和の口は、無意識の内に閉ざされていた。

「その話もういいや」

 そう口にした桃の瞳は、炎とは対照的に冷ややかだった。

「炎……あいつの魔法の属性か」

 突如起こった超常現象に、大我は既視感を覚える。日和のボールペンから放たれる、空気を圧縮したビームにかなり酷似していた。あの口紅こそが、桃の魔法のステッキの様だ。

「日和ちゃん。もっと楽に考えようよ。私達は生まれた時からリスクを背負ってるの。これくらいの自由は許されて当然じゃない?」

 魔女として生まれた以上、普段の生活に悪魔から襲われるという危険性が付き纏う。日和も同じ魔女として桃の言いたい事は理解できたが、それとこれでは話が違った。

「もしどうしても私のやり方が気に食わないって言うなら……」

 桃はそう言いながら、視線の先を日和から大我に移す。今にも暴れ出しそうな狂暴な目付きに、桃は唇を緩ませた。

「力づくで試してみたら?」

 それは桃からの挑戦状だった。

「……面白ぇ」

 大我は桃の言葉に口角を吊り上げると、右足を後ろに引き摺って体勢を構える。右足で力強く地面を蹴り、ソファーに座る桃のもとまで全速力で走り出した。

「黒島くん!」

「もう許可は出ただろうよ!」

 部屋に入る際、日和から言い渡された命令は『勝手に暴れてはいけない』といった内容。部屋の主から許可が下りた今、その命令は意味を成さなくなっていた。

 日和の隣を通り過ぎた大我は、右の拳を握り締める。その拳が桃に届くまで最早秒読みだ。

 その時、桃の前に翔平が立ちはだかる。

「!」

 翔平はソファーの前に置かれていたローテーブルに足を掛け、前方向へと押し出した。ポップコーンを散乱させながらスライドしてきたテーブルに、大我は慌てて跳び上がって回避する。

 空中に投げ出された大我を、翔平は眼鏡の奥で捉えた。左の拳を握ると、それを大我の顔面に目掛けて撃ち込む。大我は着地と同時に屈んでその拳を躱し、反撃の拳を翔平に撃ち出した。しかし翔平も軽い身のこなしで横にステップして、大我の拳を躱す。

 次の一手を打つべく、翔平は右拳を握る。するとその拳は途端に赤く揺らぎ、熱く燃え盛る炎を纏い出した。

「!?」

 側で感じるこの温度は、決して偽物ではない。炎に目を奪われる大我に、翔平は燃える拳を撃ち込む。大我の腹部に強い衝撃と焼ける様な熱が同時に襲い掛かり、体は後方へと退いていた。

「ぐあっ!」

「黒島くん!」

 膝を突いて蹲る大我に、日和が駆け寄る。制服に引火はしていないようだったが、今まで感じた事のないような痛みが、未だ大我の体を蝕んでいた。

 翔平の拳には、今もゆらゆらと火が燃えている。この痛みの理由は、単なる魔法だけではない。先程の翔平の動きは、明らかに戦い慣れている人間のものだった。

「そういえば言ってなかったけど、翔平は小学校の頃から空手をやってて、中学生で師範代になったみたいよ」

 徒手空拳を極めた武術である空手。その師範代にまで上り詰めたとなると、翔平は空手の界隈において相当の実力者のようだ。そんな翔平が魔法まで使えるとなると、正に鬼に金棒といったところだろう。

「さて、もうすぐ日も落ちてくる頃だろうし、今日のところはこれくらいにしときましょ」

 ソファーから二人を見下ろしながら、桃は口を開く。二人がこの部屋を訪れてから、桃がソファーから腰を上げる事は一度もなかった。

「次に会った時は……容赦しないからね」

 首を傾げて、桃は不敵な笑みを浮かべる。ファンクラブに入会する会員であれば、大きな歓声を上げていた事だろう。しかし今の大我と日和には、その笑みから狂気しか感じられなかった。



 二人の帰った映画研究部の部室には、ポップコーンが散乱している。大我はまだ暴れ足りない様子だったが、日和の「()()()!」という命令もあって大人しく部屋を後にしていた。これ以上ここで戦ってもなんの意味もない。そう考えた日和の策は正しいと言えるだろう。

「よかったのか?」

 少女が箒で部屋を掃除する中、翔平が桃に問い掛ける。桃はソファーに座ったまま、手鏡に映した自分の姿を確認していた。

「なにが?」

「ずっと気になってたんだろ」

 翔平の言葉には具体性がない。しかし幼馴染の桃には、翔平の言いたい事が分かっていた。

「……そうね。今日こうして会って、改めて興味が湧いてきたわ」

 桃は手鏡を下ろして、そう口にする。その表情は、まるで新しい玩具を見つけた子供の様だった。

「やっぱりあの子は、私の物にする」

 欲しい物は全て手に入れる。それが桃の信条だった。

桃は我儘な女王様をイメージして作られたキャラです。日和が異端なだけで、絶対服従の力を持つ魔女としてはこちらのキャラの方が合っている気がしますね。

また翔平はそんな女王様を不器用ながらも支える側近のイメージ。話の構成上どうしても桃がメインになりがちですが、是非翔平にも注目していただきたいです。

ちなみにファンクラブ名の『ももえん』は、個人的にとても気に入っています。

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