【第19話】魔女ちゃんと謎のファンクラブ
先日は思わぬトラブルに見舞われて実行できなかったが、日和と大我は日を改めて聞き込み調査を開始した。
「穂村桃?」
最初に声を掛けたのは桂馬だ。顔に似合わず、クラスの中で一番社交的な男。もしかしたらその交友関係は、学年の垣根をも超えているかもしれないと考えたからだ。
「あー知ってるよ」
「ほんと!?」
「うん。二年の可愛い先輩だろ?」
「いや可愛いかは分かんないけど」
その読みはまさかの大当たりだった。一人目からいきなり情報にありつけるとは、尋ねた日和も思ってもみなかった。
「その人なら私も知ってるよ」
そう言って窓際の席に居た真琴も話に介入してきた。桂馬に聞き込みする日和と大我の側に、真琴もふらりと歩いてくる。
「真琴ちゃんも?」
「うん。だって有名人だし」
日和の問い掛けに、真琴は当然とでも言いたげに答えた。
「確かファンクラブとかあったよな?」
「そーそー」
「ファンクラブ?」
同調する二人だったが、日和はなにがなんだか分からない。日和が分からないのだから、隣の大我が分かる筈などなかった。
「ちょっと待っとけよ。おーいデカオー」
すると桂馬はくるりと首を回し、教室の前方でクラスメイトとじゃれていた彼にそう声を掛ける。
髪を金色に染めたツーブロックの男子生徒。桂馬と同じく陽キャに属する彼だったが、その体格は渾名に相応しくなく、寧ろどちらかと言えば小柄だった。
「デカオ?」
「おー。こいつの親警察なんだよ。だからデカオ」
「そうなんだ……」
「そのあだ名で由来が親の職業な事あるんだ」
あだ名の由来は千差万別だと、大我は呆れ顔を浮かべていた。
「なんだよ桂馬」
名前を呼ばれて、デカオがこちらまで歩み寄る。そこで桂馬の居る輪の中に大我が居る事に気付いて、デカオはビクリと体を委縮させた。
「お前って確か先輩のファンクラブ入ってたよな?」
「桃様の? 入ってるけど」
桂馬の問い掛けにデカオが頷く。どうやら彼は、穂村桃のファンクラブに加入しているようだ。
「そのファンクラブってのは一体なんなの?」
「なにって言われても普通のファンクラブだぜ?」
情報を求めて尋ねた日和に、デカオは答える。こうして真面に話すのは初めてだが、デカオは懇切丁寧に教えてくれた。
「穂村桃様のファンクラブ、通称『ももえん』。そのあまりの美貌に入学と同時にすげー人気になったみたいで、集まってくるファンを統率する為、桃様自身が創設したんだと」
高校生のファンクラブなど、フィクションの世界でしか聞いた事のない話だ。そこまで人を惹き付けるとは、一体どれ程の美人なのだろうか。
「かくいう俺も一目見た瞬間恋に落とされちゃってさ。気付いたらももえんに入会してたって訳」
「デカオちょろいからなー」
「馬鹿野郎! それだけ桃様が魅力的なんだよ!」
両腕で自分の体を抱き締めながら悶えるデカオに、桂馬が口を溢す。確かにデカオが登校中に買ったグラビア雑誌に鼻の下を伸ばしているところを、日和は教室で見た覚えがあるような気がした。
「ほとんどは二、三年で構成されてるけど、最近は一年も入会してる人が増えてるみたいだよ」
そう口を溢したのは、側の席で本を開いていたコレットだ。前髪の奥の目で文字を読む中、その耳はこちらに傾けられていたらしい。
「コレットくんも知ってるの?」
「……一応」
日和の問い掛けにそれだけ答えて、コレットはページを捲る。あまりそういったものに興味のなさそうなコレットが知っているとなると、そのファンクラブは相当の知名度なのだろう。
「中には桃様の為なら手段を選ばない過激派も居るみたいだが、大体は俺みたいな純粋に桃様を恋い慕う人の集まりだよ」
「お前のどこが純粋なんだよ」
「なんだよ! なんか文句あんのか!」
垂れた瞳で笑う桂馬に、デカオは拳を握り締める。桂馬に鉄拳制裁を食らわせている姿を見ると、過激派ではないという彼の発言の信憑性は薄いように感じられた。
ファンクラブについて理解を深める日和の隣で、大我はじっとデカオの様子を窺う。
「そのファンクラブにはどうやって入んだよ」
口を開いた大我に、一同は一斉に視線を向けた。どこか鳩が豆鉄砲を食らったような一同の不思議な瞳に、大我は首を傾げる。
「黒島……ファンクラブに入りたいのか?」
「違ぇよ!」
あらぬ誤解を掛けられ、大我は大声で否定した。
「そっかー、黒島はあーいう人が好みだったのかー」
「なんか意外だな……」
「日和はそれでいいの?」
「なんで私!?」
「違ぇって言ってんだろ! いいから早く教えろ!」
今の大我の訊き方では、そう誤解するのも当然だろう。声を荒げる大我にデカオは恐怖を覚えながら、命からがらに入会方法について答えた。
「入会方法はシンプルだぜ。書類やサイトとかの面倒な手続きはなし。ただ入会希望者は桃様に会いに行って、手の甲にチュッてキスしてもらうんだ」
「「!」」
その入会方法に、大我と日和は驚愕する。それは先日、日和が信介の右手に交わした契約と同じ内容だった。
「なに? それじゃあアンタも右手にしてもらったの?」
「そうだよ。そっから俺もう手洗えなくてさー」
「うげー、汚ー」
「冗談だって! そんな本気で引くなよ!」
大我と日和を置いて、桂馬達は何気ない会話を続ける。その行為に別の意味がある事に、二人だけが知っていたのだ。
「じゃっ、じゃあデカオくんは穂村先輩の眷属なの!?」
「ケンゾク? なんだそれ」
「あっ、いやっ……なんでもない」
美味しい料理の名前かとでも訊きたそうなデカオの惚けた顔に、日和は出した声を引っ込める。その顔は決してしらを切っているようなものではなかった。
――デカオくんは、自分が眷属になってる事に気付いてない?
――つーかファンクラブに入会してる奴全員が、その女の眷属になってるって訳か……。
御影は彼女の眷属は百を超えていると言っていた。確かに有名な彼女のファンクラブ会員全員が眷属なのだとしたら、その数も合点がいく。
「その先輩って、どこに行ったら会えるの?」
眷属であるデカオに、日和が質問する。彼女に会いたいという日和の気持ちは、以前よりも強くなっていた。
「今は二年一組の教室に居るだろうけど、放課後になったらいつも同じ場所に居るぜ」
「どこ?」
首を傾げた日和に、デカオは答える。
「ファンクラブももえんの本拠地、映画研究部部室だ」
♡
教室棟から渡り廊下を歩いた先にある部室棟。その二階の最奥部に、その部屋はこじんまりと身を潜めていた。
「映画研究部。映画の鑑賞会をしたり、自分達で映画を撮影したりして活動してたみたいだけど、三年前に部員不足が原因で廃部になったみたい。それから空き部屋になった部室がずっと放置されてて、そこを穂村先輩が利用してるんだって」
扉の側には、依然映画研究部の文字が記されている。服巻高校の公式HPを検索してみたが、そんな部活が活動していた経歴は残されていなかった。在校生でその部活が存在していた事実を知っている者も数少ないだろう。
「鍵とかどうしたんだろ? 先生に許可とか取ったのかな?」
「知るかそんなの」
疑問を覚えて首を傾げる日和を余所に、大我は扉に手を掛けて力任せに横にスライドさせる。
「!」
ノックもせずに扉を開いた大我に、日和は目を丸くした。
「ちょっと黒島くん!」
「なにを怖気づいてんだよ。どうせ中入って本人に話訊くしかねぇんだろ」
背後で荒ぶる日和の声を適当に聞き流しながら、大我は部屋の中へと入っていく。日和は不満そうに頬を膨らましていたが、一緒に部屋に入って静かに扉を閉めた。
「先に言っておくけど、勝手に暴れたりしちゃダメだからね」
「俺をなんだと思ってんだよ」
そもそも喧嘩禁止令によって人間に手を上げる事も出来ないのだが、日和に全く信用されていないような命令に大我は息を吐く。
部屋の中は照明が付いているものの、どこか薄暗く感じられた。奥を一枚の黒いカーテンで遮っており、棚やテーブルには夏服を着たサンタの人形や針金で組み立てられた木馬など、不思議な世界観のグッズが数多飾られている。どことなく海外の玩具屋を連想させるそのラインナップは、以前の映画研究部が集めていたものだろうか。
「……誰も居ねぇな」
「留守だったかな?」
軽く部屋を見回してみたが、人が居るような気配は見られない。カーテンの奥はどうだろうかと、大我は足を動かそうとした。
「おい」
瞬間、大我の背後からドスの効いた低音の声が聞こえてくる。振り返ると、二人の入ってきた扉の脇にこちらを見下ろす巨漢が立っていた。
「誰だテメェら」
――デッ、デケェ!
側の扉にもう少しで届いてしまいそうな身長に、思わず大我も目を疑う。これまで数々の体格の良い不良と対峙してきた大我だが、ここまでの高身長はなかなか居ない。薄暗いといえど、これ程の巨漢を見落としていたとは失態だった。
髪を高く立てた男は、ネクタイを首元で丁寧に締めている。模範的な夏服の着こなし方だったが、その逞しい右腕に握っているのは何故か学校でよく目にする刺股だった。
「入会希望者か?」
「いっ、いやっ! えーっと……そのぉ……」
――こいつ絶対あいつが言ってた過激派だろ! つーかなんでこいつ刺股持ってんだ!?
淡々と問い詰めてくる男に、日和は気が動転して口籠る。パニック状態の日和を横目に、大我は教室で聞いたデカオの話を思い出していた。
「ここは神聖なる桃様の、そして我らももえんの領域だ」
喉から低音を鳴らしながら、男は刺股を構える。
「用がないのなら……」
二つに分かれた刺股の先が二人に向けられる。日和の身の危険を感じて、大我は日和の前に立って拳を握り締めた。
「落ち着いてください長谷川先輩」
一触即発の空気の中、不意に奥から声が聞こえた。
カーテンの袖から姿を現したのは、髪をおかっぱにまとめた女子生徒。その瞳はまるで寝起きの猫の様に細かった。
「折角来てくださった客人に、そんな乱暴な真似をしてはいけませんよ」
彼女はそう言って、スカートを靡かせながらスタスタとこちらに歩み寄る。刺股を構えていた男は、彼女の言葉に従った刺股を下ろしていた。
「申し訳ありません天宮さん、黒島さん。彼はここの用心棒を任されてるんですけど、ちょっと頭に血が上りやすい気質でして」
「なんで用心棒が居るんだよ……」
柔らかい物腰の説明だったが、大我はそもそもの前提部分に疑問を抱く。そことは別の部分で、日和もまた彼女に疑問を抱いていた。
「どうして私達の名前……」
日和が知る限り、彼女と出逢ったのは今日が初めての筈だ。驚いた様子の日和に、彼女はクスリと静かに笑みを浮かべる。
「それではこちらにお越しください。桃様がお二人を待っていますよ」
そう言って彼女は来た道を戻っていく。彼女が向かう先は黒いカーテン。一枚布を挟んだその先に、二人が探していた人物が待っているという。
二人は意を決して、彼女の後をついて歩き出す。カーテンをひらりと捲り、部屋の奥へと足を踏み入れた。
そこにあったのは一枚の巨大なスクリーンと、燃える様に赤い深紅のソファー。ローテーブルには映画のお供の定番であるポップコーンが大量に用意されていた。ソファーに腰を下ろすのは一人。鮮やか緋色のショートカットに化粧で彩られたキュートな顔、校則違反まで短くされたミニスカートは危うく下着の色まで見えてしまいそうだった。
「お待たせしました桃様、今お二人をお連れしました」
糸目の少女の声に、彼女が睫毛を高く立てた瞳を向ける。ソファーの側で立ったままだった眼鏡の男も、こちらに首を回した。
「ありがと京花」
ぷるりと潤った唇を震わせて、彼女はそう告げる。
京花と呼ばれた少女は頬を赤らめ、掌でさっと頬を隠す。たった名前を呼ばれただけとは思えない過剰反応だが、それを過剰と思わせない魅力が彼女にはあった。
「初めまして」
部屋の隅で並ぶ大我と日和に、彼女は足を組み直しながら声を掛ける。その隠し切れない魅惑的なオーラに、二人は気圧されそうになっていた。
日和と同じ魔女の力を持つ者。初めて出逢った自分以外の魔女を前に、日和はごくりと息を呑んだ。
早くももう一人の魔女ちゃんの登場です。
今回初登場キャラが一気に登場しましたが、一旦は最後に登場したもう一人の魔女だけ覚えてもらえればいいかと思います。




