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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第2章】二人の魔女ちゃん

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【第18話】エクソシストくんの頼み事

 日捲りカレンダーが捲られる度、徐々に季節は移ろいでいく。

 服巻高校の生徒達が袖を通す制服も、今日から夏服に切り替わっていた。朝の通学路を歩く日和も長袖のブレザーからノースリーブのサマーニットに変わっており、大我はシャツの袖をぐるぐると巻いている。最近の季節の移ろいを考えれば、あの暑苦しい夏が来るのもあっという間の事だろう。

「林間学校から帰った後どうだった?」

「どうもなにも、帰った瞬間爆睡だよ」

「アハハッ、私もー」

 今日は林間学校が終わってから通学一日目だ。当日はバスの中では溜まった睡眠欲が収まらず、家に帰ってすぐにベッドに直行した。おかげで大我はその日の記憶があやふやになっていた。

 それでも覚えているのは、明け方に交わしたあの会話。

「それで、月山の話はどうするんだよ」

 大我はそう話を切り出しながら、戦いの末に交わしたあの日の会話を思い出していった。



 林間学校二日目。白み出した陽の光が、空の色を夜から朝に塗り替える。

穂村(ほむら)(もも)。服巻高校二年一組に在籍する女子生徒だ。エクソシスト教会によると彼女も魔女の血を引いていて、既にその力を解放しているらしい」

 一晩中悪魔の相手をして疲労困憊の大我と日和に、御影は淡々と頼み事の続きを聞かせる。御影も二人と同じ徹夜明けの筈なのだが、ジャージの上に乗ったその表情はいつも通りの王子の微笑だった。

「僕は魔女である彼女の調査、そして殺害の為にエクソシスト教会から派遣されてこの高校に入学したんだけど、どうやら彼女は既に学校内に百を超える眷属を従えてるみたいでさ」

「百!?」

「流石の僕も一人じゃ手を出しかねてたんだよね」

 日和の眷属は大我と信介を合わせて二人。その数を遥かに上回った眷属を、彼女は従えているという。一体もう一人の魔女とはどういった人物なのか、日和は少し興味を抱いていた。

「そこで、君達に手伝ってもらおうと思って」

 御影の瞳が二人を見つめる。大我が眉を顰めているのは朝日が眩しいせいか、それとも御影を警戒しているせいか。

「俺達になにしろって言うんだ」

「勿論君達に人殺しはさせないよ。あくまで手は僕が汚す。君達には彼女の人間関係の調査だったり、眷属の足止めだったり、所謂僕のサポートに回って欲しいんだ」

 御影の口振りは随分と軽やかだ。まるで放課後本屋に寄るのに少し付き合って欲しいと頼んでいるかのような軽さだった。

「でも……人殺しの手伝いなんて……!」

 しかし実際は違う。御影が頼んでいるのは簡単に言えば殺人幇助だ。それでもなんて事ない口調で語る御影に、日和は身震いしていた。

「……もし断ったら?」

 慄く日和を横目に、大我が口を開く。すると御影は先程までの王子の微笑から一転、そこに残酷なまでの殺意を滲み出させた。

「……お勧めはしないでおくよ」

 多くは語らなかったが、その表情が全てを物語ってくれた。

「……分かった」

「黒島くん!」

「お前は黙ってろ」

 独断で返事をした大我に、日和が名前を呼ぶ。しかし大我が日和に振り返る事はなかった。

 決意を固めた大我の瞳に、御影の表情が柔和に戻る。

「ありがと。まずは穂村桃の情報が欲しいから、なにか分かったらまた教えてね」

 御影はそう言うと、踵を返して皆が眠る施設の方へと歩き出した。

「それじゃあそろそろ戻ろうか。君達も朝の集合時間までに、少し休んでおくといい」

 まだ夜が明けたばかりの明朝では、流石に目を覚ましている生徒も居ないだろう。今は生徒達が起きる前に部屋に戻り、少しでも長く休息を取る必要がある。そんな事は大我も分かっていた。

「待て」

 それでも大我は、休息よりも優先して御影に確認したい事があった。

「こいつが体育倉庫に閉じ込められてた日、グラウンドで囲んできた悪魔を倒したのお前だろ」

「え?」

 大我に呼び止められた御影が、くるりとこちらに振り返る。大我の問い掛けに、隣の日和も驚いているようだった。

「あの時はなにが起こってんのかサッパリだったが、今日のお前の銃を見てピンときた」

 御影が懐に隠した、悪魔をも撃ち抜く拳銃。確かにあの拳銃があれば、複数の悪魔を同時に音もなく討伐する事も容易いだろう。

「お前、こいつを殺したかったんじゃなかったのかよ」

 もしそれが本当に御影の仕業なのであれば、今までの御影の言動と辻褄が合わない。闇夜の中悪魔を一度に狙撃する技術があるのなら、その時に日和の心臓を撃ち抜く事だって出来た筈だ。

 大我の追及に、御影は背中を向ける。

「……僕はただ、魔女を食べて力を付けようとした悪魔を葬っただけだよ」

 それだけ言って、御影は再び歩き出す。その背中は今までのどんな御影よりも、素直に心の内側を晒しているように見えた。

 大我と日和も目を見合わせて、御影の後に続く。部屋で待っている柔らかな布団が、今はなにより恋しかった。



 それが林間学校にて交わした御影との会話。

「うん……」

 その会話は日和も鮮明に覚えている。御影からの頼み事について、日和は家に帰ってからもずっと考え込んでいた。

「家に帰ってから、ニエ様に相談したんだけどね」

 そう口にして、日和も林間学校から帰ってきた天宮家での会話を思い返す。



「日和ー!」

 心配のあまり天宮家に駆けつけていた信介は、そう名前を叫びながら日和に向かって跳び掛かった。

「ふむ、魔女狩りの手伝いか……」

 熱い抱擁は日和に軽く躱され、信介は壁に衝突する。日和はまるで何事もなかったかのように、寝床に横たわるニエに御影からの頼み事について相談していた。

「魔女狩り、ですか?」

「エクソシストによる魔女の殺害計画じゃ。昔から魔女の界隈ではそう言われておる」

 ニエは日和の祖母の祖母のそのまた祖母程の世代の先祖だ。その時代から呼ばれているという事は、エクソシストによる魔女の殺害には長い歴史があるらしい。

「ニエ様は学校に居るっていうもう一人の魔女についてなにか知っていますか?」

 なにか情報はないかと尋ねる日和だが、ニエは尻尾を気儘に揺らしながら、ふるふると小さな首を振る。

「いや、昔程魔女同士のコミュニティも盛んではなくなったからのう。穂村という姓に覚えはない」

 分からないと言われてしまえば、それ以上尋ねる事はない。どうしようも出来ずに、日和は視線を落とした。

「じゃが、ひとまずはそのエクソシストの男の言う通りに従っておくのが得策じゃろう」

 ニエの回答に、日和は顔を上げる。

「でも!」

「断ればまた日和の命に標的を戻すかもしれん。それならば別の魔女の魔女狩りを手伝っている方が、日和の命も守れるじゃろう」

 まるで妄想の様な話を、先生や警察に打ち明ける訳にはいかない。となると自分の身を守れるのは自分しか居なかった。

「それに魔女に目立った行動をされては、あまりこちらも都合が良くないしのう」

 ニエはちらりと目の前の日和を見上げる。口を噤んだ日和の表情は、一言では言い表せない程の複雑なものとなっていた。きっと様々な感情が心の中で鬩ぎ合っているのだろう。そんな子孫の葛藤に、ニエは息を吐いた。

「まぁどうするかはお前が決めるが良い。忠告しておくが、どんな判断を下したとしてもエクソシストへの警戒は解くんじゃないぞ。彼奴らには決して心を許してはならん」

「……分かりました」

 ニエからの忠告に、日和は気もそぞろに返事をする。今の日和には、別の事を考えられる余裕など持ち合わせていなかった。

 一切構ってもらえない信介だったが、安堵から大量の涙を流して前方不明瞭になっている。典子はそんな信介を赤子の様にあやし、利久は騒音の中でも無問題にゲーム機を操作していた。



「まぁそうだろうな」

 ニエの回答はおおよそ大我の予想通りだった。

 誰だって見知らぬ他人の命より、見知った知人の命の方が大切だ。それが愛する家族となれば尚更。家族の命を守る為には、時には非情な決断も必要である。

 しかし隣を歩く当の本人は、依然納得していない様子だった。

「……私は、やっぱり人殺しの手伝いとか、そんな事はしたくない」

 顔を俯かせながら、日和は声を紡いでいく。

「でもそれとは別に、私以外の魔女には会ってみたい」

 紡がれた日和の声には芯が通っていた。

「私とは違う環境で育った魔女。その人に会って、これまでどうやって生きてきたかとか、これからどうやって生きていくつもりなのかとか、色々話してみたい」

 自分以外の魔女が居る事を理解はしていたものも、会した事は一度もない。日和の興味は、出逢った事のない自分以外の魔女に向かれていた。

「だから私はその穂村桃さんについて調べる。その後の事は……それから考える」

 俯かせていた顔を徐に上げる。日和の瞳には、確かな決意が宿っていた。

「……まぁ、今はそれでいいんじゃねぇか?」

 なにも決断を焦る必要はない。日和の導いた回答に、大我も賛成だった。

「そうと決まればまずは聞き込みからだな。教室着いたら取り敢えず、クラスの何人かに話訊いてみるか。あーめんどくせー」

 両手をズボンのポケットに仕舞って、大我は愚痴を溢す。朝から仕事が決まって、今日という一日が憂鬱に染まったような気がした。

 そんな大我を日和がきょとんと見つめる。

「なんだよ」

 日和の視線に虫唾が走って、大我は顔を顰める。大人も走って逃げる様な形相に、日和は今も首を傾げながら見つめ返していた。

「いや、まだなにも言ってないのにもう協力してくれるんだと思って」

 日和はまだ大我に「もう一人の魔女を探すのを手伝って欲しい」と口にしていない。命令が発動していない状態であれば、大我はいくらでも拒否できる筈だ。

「……月山に手伝うって言っちまったしな」

 御影に頼まれたあの日、大我は「分かった」と了承している。一度言った言葉を取り下げるなど、プライドの高い大我には出来なかった。といった理由は全体の半分なのだが、もう半分は隠す事にした。

「そっか……」

 大我の回答に日和は頷く。命令せずとも手伝ってくれる大我に些か違和感を覚えたが、なんだか嬉しくなって日和は大我に笑顔を向けた。

「ありがと」

「お前の為じゃねぇよ」

 一時限目の時間が少しずつ迫る。服巻高校の校舎は、もうすぐ側まで近付いてきていた。



 到着した一年二組の教室には、既にほとんどのクラスメイトが集まっていた。教室に居る全員が涼しげな夏服に衣替えしており、見ているだけでどこか涼しくなった気さえする。

「おっ、やっと来た。黒島ー、天宮さーん」

 教室に入った二人に気付いて声を掛けたのは桂馬だ。今日も相変わらずの寝不足顔で、机に腰掛けながらこちらに手を振っている。

 桂馬の側には真琴とコレットと、林間学校のグループのメンバーが揃っていた。コレットが席で本を開いている事を考えると、コレットの席に二人が集合したのだろう。

「佐藤くんどうしたの?」

 名前を呼ばれた二人も、コレットの席に歩み寄る。

「LINE教えてー」

「LINE?」

「いいからいいからー」

 桂馬の右手には、日曜の朝に放送される戦隊ヒーローのステッカーが張られたスマホが握られていた。桂馬に促され、二人もポケットから自分のスマホを取り出す。あれよあれよと桂馬のされるが儘にしていると、気付けば二人の連絡先に桂馬の名前が追加されていた。

 すると二人はLINEで新たなグループに招待される。グループ名は『bestfrienD』。林間学校でDグループだった事に起因してのグループ名かと思われるが、こういうのは普通頭文字で考えるのではないだろうか。人数は五人で、真琴やコレットも当然グループに加入していた。

「よし、これで」

 全ての準備を整えると、桂馬はグループLINEに大量の容量を送信する。それは桂馬が林間学校中に撮影していた皆の写真だった。

「写真だ!」

「この前最後に送り忘れちゃったからさ。皆と共有したくて」

 森に棲む虫を観察するコレット。料理に悪戦苦闘する日和。林間学校で初めて知れた一同の魅力が、写真に余す事なく映されていた。

「お前いつの間にこんなの撮ってたんだよ」

「なんか気持ち悪いな」

「酷ーい。俺は皆との思い出を残したくて撮ってたのにー」

 いつ撮られたのか身に覚えのない写真の数々に、大我と真琴が気味悪そうに眉を顰める。そんな二人に、桂馬は不服そうに頬を膨らませた。

 中でも日和の目を惹いたのは、見晴らし台で先生に撮ってもらった集合写真。一同の個性はそれぞれバラバラだが、一枚の写真にまとめられたそれは他のどの写真よりも輝いて見えていた。

「ありがと佐藤くん!」

「どーいたしましてー」

 ようやく素直な感謝の言葉が聞こえて、桂馬は満足そうに後頭部を掻く。すると桂馬の口角は、なにかを思い出したように不敵に吊り上がった。

「あっ忘れてた。この写真も送っとかないとな」

 桂馬は写真フォルダから一枚の写真をグループLINEに送信する。一体なんの写真だろうと、日和は期待を膨らませながら写真に目を落とした。

 その写真に映っていたのは、帰りのバスで肩を寄せ合って心地良く眠りにつく日和と大我だった。

「なっ!?」

 目にした途端、日和の顔は急速に紅潮する。

「ちょっ! なにこの写真!?」

「いやー随分仲良さそうに寝てたからさー。これは写真撮んなきゃなーと思って」

「消して! ていうかこんな写真撮んないでよ!」

 桂馬のスマホから写真を削除しようと、日和が懸命に手を伸ばす。しかし桂馬はスマホの握った右手を高く上げて、身長の低い日和はどれだけジャンプしてもスマホまで手が届かなかった。

「ふざけやがって……」

「これは無防備に寝てたアンタら二人が悪いよ」

 写真を眺めながら不機嫌に吐かれた大我の言葉を真琴が拾う。コレットは写真など最初から眼中にないようで、今も本に記された文章を上からなぞっていた。

 手を伸ばし続ける日和だったが、タイムアップを報せるように教師が教室に入ってきて、秘密の写真削除は失敗に終わってしまった。

ご無沙汰してます。大分話が溜まってきたので、今回より第2章の投稿を始めていきます。


今回は前回の内容の復習、補足でした。林間学校で第1章を綺麗に完結させたかったので、細かい説明は今回にまとめた次第です。内容だけで見ると、この話は第1章のエピローグですね。

次回より第2章が本格始動してまいります。第2章が完結するまでは毎週投稿をしていく予定ですので、また来週読んでくださると幸いです。現時点では第2章を書き終えてはいないので、途中で頓挫するかもしれませんが。

それではまた次回。

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