【第16話】魔女ちゃんの林間学校③
森の虫の歌が窓を叩く林間学校の施設。就寝時間まで残り僅かとなり、広間で歓談していた生徒達は各自部屋へと戻り出していた。
「本田さーん」
ソファーで飲料水を飲んでいた真琴が、部屋に戻ろうと席を立ったところで呼び止められる。真琴の名前を呼んだのは、今日の日中ずっと行動を共にしていた同グループの桂馬とコレットだ。
「天宮さんは?」
「なんか具合悪くて先生のとこに行ってくるって」
「あら。大丈夫なの?」
「さぁ。そこまで悪そうには見えなかったけど」
日和の居場所を尋ねながら、桂馬とコレットは真琴の側まで歩み寄る。
「日和になんか用?」
「いやそれが黒島がどこにも居なくってさ。天宮さんならなんか知ってるかなーと思ったんだけど……」
桂馬の発言の後、三人の頭には同じ考えが過っていた。
林間学校という特別なイベント。就寝時間間際に居なくなった二人の男女。健全な高校生なら、そこから導き出される答えは一つしかなかった。
「もしかして……二人でどっか抜け出した?」
不意に桂馬の口角が、頬を突き破る程に吊り上がる。
「よーし、それじゃあ探しに行くかー」
「おいやめろ」
「なんでだよ。二人で夜に抜け出すなんて危ねぇだろ? だったら俺達も一緒に行かねぇと」
「まだそうと決まった訳じゃねぇだろ」
「というか探す前にまず先生に伝えた方がいいんじゃ」
姿を晦ました二人の行方について、三人は議論を白熱させる。そのおかげで巡回していた三人の担任教師である相沢は、すぐに真琴を見つける事が出来た。
「本田、ここに居たのか」
歩み寄ってきた相沢に、真琴は首を傾げる。
「実はな」
自分達のグループのメンバーに手一杯で、真琴達は気付いていなかった。三人の視界の端で、「御影くーん!」「どこに行ったのー!?」と女子達が大声を上げながら右往左往している事に。
♡
空を見上げれば、燦然と光り輝く無数の星達が散らばっている。街の照明やビルの影の見当たらない大自然から見上げる星空は、いつにも増して美しく見えた。といっても今の大我達に星空を眺める余裕など、これっぽっちもありはしなかったのだが。
雑木林の合間から日和を狙う、夜の暗闇と同化した無数の悪魔達。そのうちの一体が日和に向かって、真正面から飛び出してきた。
日和の前に立ちはだかる大我は、淡く光る空気を纏わせた両拳にぐっと力を入れる。真っ直ぐこちらに向かって突撃してくる悪魔に、大我は右ストレートを決め込んだ。魔力を込めた一撃を受けた悪魔は、白い光の粒子となって星空に浄化していく。
先程の悪魔の突撃を皮切りに、潜んでいた悪魔が一斉に襲い掛かってきた。真正面から襲ってくる悪魔を、大我は空気を纏わせたステゴロで次々に殴り倒していく。
しかし無論大我にも死角はある。大我が戦っている背後で、別の悪魔がひっそりと日和に迫ってきていた。
「天宮!」
「大丈夫!」
迫り来る悪魔に、日和はズボンのポケットから翼の生えたボールペンを取り出す。先端の翼に空気を集めると、その空気をビームにして解き放った。ビームは正面の悪魔を貫通して、奥に漂っていた悪魔もまとめて一掃していく。
「……君達、ちゃんと魔法使えたんだね」
背中を合わせて奮闘する大我と日和を、少し離れた場所から御影は観察している。先日大我と拳を合わせた時に魔法を使っていなかった事から、魔法は使えないと思っていたようで随分と驚いているようだ。まさかこの短期間で魔法を習得してきたとは、夢にも思っていないだろう。
「でも、今日の夜は長いよ?」
大我と日和が次々に悪魔を浄化していくが、悪魔の襲来は一向に収まらない。悪魔は暗い場所に出現する。太陽が空に昇らない限り、悪魔は無限に出現し続けるのだ。この状況がこのまま続けば、朝日が昇る前に二人の体力は底を尽きるだろう。
「しょうがない。二人がそこそこ戦えるのは分かったし、僕もお手伝いしてあげるとしますか。学校の皆が近くに居るところで、悪魔に天宮さんを食べられる訳にはいかないしね」
そう言いながら御影はジャージの上着に両手を入れて、ごそごそと弄り出した。御影の妙な行動に、大我と日和も思わず目を向ける。御影が両手をジャージから戻した時、そこにはそれぞれ武器が握られていた。
左手には拳銃。そして右手にはナイフ。
「銃に……」
「ナイフ?」
すると御影は颯爽と地面を駆け出し、瞬く間に日和の側を通り過ぎた。御影は右方から日和に迫っていた悪魔に右手のナイフを向けて、真っ二つに両断する。魔力のない攻撃には通り抜けるだけの筈の悪魔だが、御影のナイフの斬り口からは何故か悪魔が静かに浄化していった。
御影は片手でナイフをくるりと持ち替えて日和の前に戻ると、続いて左方から迫っていた悪魔にナイフを突き刺す。悪魔が浄化する前に、御影はナイフを引き抜いた。
御影の進撃は止まらない。日和の後方に照準を合わせると、今度は左手の拳銃の引き金に指を掛ける。あの日日和に向けた、銀色のリボルバー式の拳銃だ。御影は引き金を三回引き、後方から迫っていた三体の悪魔を撃つ。仕掛けによって銃声は抑えられていたが、光の粒子となって溶けていくのを見るに、銃弾は全て悪魔に命中したようだ。
「凄い……」
目の前で魅せられた悪魔退治に、日和は思わず目を奪われる。重力を感じさせない軽い身のこなしは、まるで忍者の様だった。
「まぁ一応プロだからね」
日和の感想に、御影は乱れたジャージを整えながら照れ笑いする。その爽やかな笑顔からは、たった今悪魔を一人で掃討したとは決して思えなかった。これが悪魔退治を生業とするエクソシストの実力なのだろう。
「そのヘンテコな戦い方がエクソシストの基本なのか?」
右手にナイフ、左手に銃とは随分変わった戦闘法だ。気になった大我が、戦闘の合間にそう尋ねる。
「そういう訳じゃないよ。これは僕が育ての親である師匠に教わった戦い方さ」
両手に握られた武器に、御影は視線を落とす。どちらも片手サイズの武器。両手を駆使する戦闘法は、例え利き手が両利きであっても簡単ではないだろう。そこには並大抵でない努力があった筈だ。
「……その武器はなんで悪魔に攻撃できんだ」
続けて大我は御影に質問する。再三経験してきたが、通常の武器では悪魔にダメージは与えられない筈だ。
「それは君の右手の指輪と原理は一緒だよ」
「!」
ふと大我は自分の右手の人差し指に嵌められた指輪に視線を落とす。典子から譲り受けた破魔の指輪。これも悪魔にダメージを与えられる道具だが、どういう原理なのか大我は未だに把握していなかった。
「悪魔は銀が弱点って話、聞いた事ない? この武器は君の指輪と同じ、悪魔の弱点である銀で作られていて、その上教会のシスターの祈りが捧げられているんだ。だから魔法の力がなくても、こうして攻撃を与えられる」
銀が弱点な悪魔の話は、日和もなにかの本で読んだ事があった覚えがあった。しかし破魔の指輪も銀で作られていた事は、日和も初めて知った話だった。
「でも銀の弾丸ってのは結構希少でさ、あんま無闇には使いたくないんだよね」
ナイフと違って銃弾は消耗品だ。シリンダーを開けると、銃弾を装填する穴が三つ空いている。一度引き金を引いてしまったら、放たれた銃弾が手元に戻ってくる事はない。
すると御影はシリンダーを戻し、すぐさま大我の顔の横に銃を構えて引き金を引いた。
「!」
慌てて振り向くと、粒子となった悪魔が浄化した後。話に夢中で気付かなかったが、すぐ側まで悪魔が寄っていたようだ。
「だから、なるべく君達二人で頑張ってね」
大我と日和に、御影が優しく笑い掛ける。御影を探していた女子達がこの笑顔を前にしたら、恐らく全員骨抜きになっていただろう。
一同の周囲には無限に湧き続ける悪魔達が取り囲んでいる。しかしここからは御影も協力してくれる。悪魔を倒すプロが味方になってくれれば百人力だ。三人は背中を合わせて、こちらに襲い掛かってくる悪魔達に反撃を仕掛けていった。
♡
時計の針は少しずつとも確実に回っていき、夜は更に更けていく。女子の部屋からは布団に包まった安らかな寝息が聞こえてきて、男子の部屋からは暴れた寝相の喧しいいびきが聞こえてきた。夢の中の生徒達は、今外で命を削って戦っている生徒が居るなど夢にも思っていないだろう。
「くそっ! 夜明けまであとどんだけあんだよ!」
悪魔に空気を纏った拳で殴り掛かった大我が、疲労混じりに声を荒げる。この数時間で百体を超える悪魔を屠ってきたのだ。疲労が出るのも当然である。
「んーあと一時間ってところかな」
戦闘の合間に確認した御影の腕時計は、既に三時を過ぎている。長く続いた林間学校の夜も、間もなく終わりが見えていた。
「天宮さん、魔力は大丈夫?」
空となってしまった弾倉に銀の弾丸を入れながら、御影が日和の様子を窺う。しかし日和は御影の質問に答えないまま、朧な瞳で息を荒げていた。
「天宮さん?」
「!」
再度名前を呼ばれて、日和はようやく正気を取り戻す。
「なに!?」
「いや、魔力はまだ大丈夫かなって」
「あーうん! 多分大丈夫!」
そう声を上げる日和だが、どう聞いても空元気だ。それもその筈。今日は朝からレクリエーションに野外炊事と、既に多くの行程を熟しているのだ。例え魔力は足りていても、日和の体力は最早限界を迎えていた。
日和の限界には大我も気付いている。日和の背後から距離を詰める悪魔に、大我は蹴りを入れて蒸発させた。
そこで大我は察知する。これまで絶える事のなかった悪魔の襲撃が、どういう訳か落ち着いてきている事に。
「なんだ?」
朝が近付いた事により、悪魔の行動が鈍っているのだろうか。それなら有難い話なのだが、そこまでこちらの都合の良い展開ではないだろう事を、大我は本能で感じ取っていた。
すると森の奥からなにかが倒れるような轟音が響いてくる。
「「!」」
壁や木を擦り抜ける悪魔なら、こんな音は立てない。明らかになにか違うものが、確かにそこに存在した。
「来た……!」
一人だけ事情を知った様子の御影が、厭らしく口角を吊り上げる。
「なんだよ! なんか知ってんだったらとっとと吐きやがれ!」
周囲を警戒しながらも、大我は御影に振り向いて暴言を吐いた。
「……悪魔がパワーアップするのに必要な物は高い魔力と別にもう一つ、人間の恐怖心。恐怖心を得た悪魔は、より恐怖心を得る為に人間の恐怖を具現化する」
音の聞こえた方角から、なにかがこちらに迫ってくる。不思議と足音は聞こえない。ただ背筋をゾッと凍らせる様な薄気味悪い気配だけが、その存在を確かにさせていた。
夜の森の隙間から、徐々にその正体が姿を現す。2メートルを優に超える山の様な巨体。その両手に握られた、巨大な刃の回る大型機械。なにより恐ろしいのが、その体から機械までが全て悪魔と同じ真っ黒に覆われていた事だ。
「もしかして……」
瞳に映ったその正体に、日和はどこか既視感を覚える。その姿は日中桂馬から聞いていたものと随分酷似していた。
「夜のチェーンソー男……!?」
林間学校で語り継がれるという噂話。生徒達の恐怖心が悪魔の養分となり、こうして噂が具現化したようだ。
「おい! こいつがお前が前に言ってた上位悪魔か!?」
チェーンソー男に目を向けながら、大我が尋ねる。今はこの正体不明の悪魔から目を離す事など出来なかった。
「いいや? こいつは魔女を食ってない。ただ下位悪魔が成長しただけだよ。強いて言うなら上位と下位の真ん中、中位悪魔かな」
中位悪魔と称されたチェーンソー男だが、中位とは思えない程の威圧感を放っている。
するとチェーンソー男は工具から垂れた糸を片手で引っ張って、夜空に刃を振り上げた。チェーンソーも悪魔の一部だからか、エンジンを吹かした音は聞こえない。モノクロの無声映画を観ている様な異質が、逆に不気味さをより濃く演出していた。
チェーンソー男は夜空に掲げたチェーンソーを、大我達に向かって振り下ろす。
「来るぞ!」
叩きつけるようにして下ろされた刃から、大我は慌てて回避する。御影も疲労で足が上手く動かない日和を連れて、颯爽と回避していた。
地面に内股で腰を下ろして、日和は自分達の居た場所に目を向ける。そこにあったのは真っ黒な刃で斬り裂かれた地面の裂け目。もし御影が手を貸してくれなかったらと思うと、日和は怖くて立ち上がれなかった。
「この野郎が!」
大我は体勢を立て直して、反撃の拳に空気を纏わせる。図体は大きいが、その分攻撃も当てやすいという事。チェーンソー男に駆け寄って、その丸太の様な右腕に渾身の右ストレートを決めた。
しかしいつもなら光の粒子となって浄化する筈の黒の塊が、今は一向に浄化しない。
「はぁ!?」
混乱で顔を顰める大我を振り払うように、チェーンソー男は地面に刺さったチェーンソーを大我に向けて払った。
「うわっ!」
頭部を斬り落とそうとしたチェーンソーから、大我は距離を置いて躱す。チェーンソー男の反撃から察するに、先程の大我の攻撃はまるで効いていないようだ。
「そんな柔なパンチ一発じゃあそいつは倒せないよ」
チェーンソー男と対峙する大我に、御影が声を張り上げる。隣の日和は、黙って大我の様子を見守る事しか出来なかった。
「そんじゃ、あとは一人で頑張ってね」
「はぁ!?」
「そいつを一人で倒せないようじゃ、今後天宮さんを守れやしないよー」
御影の言葉に大我は思い出す。決して御影は仲間などではない。今日は御影に自分達の実力を証明しに来たのだと。
「……マジかよ」
海外のプロレスラーよりも遥かに巨体なチェーンソー男。大我はこの悪魔とこれからタイマン勝負をしなければならないという。
大我の武器は己が肉体のみ。先程はなんのダメージも与えられなかったが、大我の拳でダメージを与える事は出来るのだろうか。流石の大我も、目の前の逆境にぐっと固唾を飲む。
深く眠っていた太陽が、もうすぐそこまで迫ってきていた。
この作品のメインであるバトルシーン。
少年漫画を読んで育った僕としても胸熱なシーンなのですが、やはり読むのと書くのでは全然違う訳でして。今回のシーンを書いている時は、「なんでバトル作品にしたんだろう」と少し後悔していました。




