ほろ酔い兎とカウントダウンパーティー
クリスマスが終わりゃあすぐに、街全体が正月準備に切り替わる。
きらびやかなイルミネーションは成りを潜め、クリスマスツリーのあった場所は、でかい門松に取って代わられる。
毎年思うが。
たった一晩で街全体を塗り替えちまう商売人のバイタリティにゃあ頭が下がる。
オレなんぞ、ちょいと前まではクリスマスも正月も――それこそ週末や祝日でさえ、『今日』の続きでしかなかった。
行事ごとがオレの中で意味を持つようになったのは、つい最近。
若い恋人にあれやこれやと付き合わされるようになってからだ。
世の中がいかに盛り上がっていようが、行事ごとなんてえもの。
昔は単なる時節柄だった。
それがどうだ。
クリスマスにゃあプレゼントを交換して、正月にゃあふたり揃って初詣。
んでもって、予定を擦り合わせての、身内連中との新年会。
年末年始だけじゃねえ。
バレンタインにホワイトデー、雛祭りときてこどもの日。
それこそ冬至南瓜だの冬至の粥みてえなもんまで。
『おまそれ。ウチにゃあ関係のねえ行事だろが?』てえようなもんまで含めて。
年がら年中、なにかしらのイベントごとを見つけてきちゃあ、きっちり楽しんでやがる。
正直、時たまめんどくせえこともあるんだが。
惚れた弱味だ。
ねだられりゃあ、否やを唱えられようはずもなく。
『恋人同士』のイベントに仕事が重なっても駄々をこねなくなったんだ。
ちぃとくれえ好きにさせてやってもいいか――と。
毎度ほだされちゃあ、際限なく付き合わされている。
今年のクリスマスはなあ。
オレがドジ踏んで右の手のひらを折った挙げ句。
処方された薬と酒の相性が悪かったのだろう。
軽くひっかけるだけのつもりで飲んだ酒にやられ、不甲斐なくも寝落ちしちまった。
酒にゃあ強いつもりだったんだがあの程度の酒で寝落ちたあ。
オレも歳を取ったもんだ。
小鳥遊が、『たぁまに酒癖が悪くなるの、お願いですから止めてくださいぃ』なんつーてマジ泣きしてやがったし。
薬を飲んでる間くれえは禁酒すっかと思ったのもつかの間。
会社主催の『カウントダウンパーティー』とやらに引っ張り出され、底なしの酒好きだっつーのが知れ渡ってる手前、注がれた酒を断れもせずちびちびやってるわけなんだが。
酒量が過ぎりゃあ、またぞろ小鳥遊に小言をくらうのは目に見えている。
このくそ忙しい時期にうっかり右の手のひらなんぞを折っちまったオレとは違い、美濃班の面々は、今年も自ら大晦日の夜勤当番を引き受けて、絶賛活躍中だ。
たぶん、恐らく。
クリスマスの日に孤児院だかを慰安中に出動要請を受け、ミニスカサンタのまんま現場へ赴きやがった雌豹どもの尻拭いだろう。
大慌てで呼びにきた訓練生どもに見せられたネット動画とやらでどんだけ肝を潰したことか、思い出したくもねえ。
運動全般を禁じられ、暇を持て余してのほほんと待機室で寛いで――もとい。
怪我のせいで現場へ出してもらえず、若いのの訓練メニューの見直しをしてる最中。
下着が丸見えになるのもお構いなしで、セクシーサンタが三人。
強化服相手に、大乱闘してやがる画像をみせられてみろ。
オレでなくとも肝を潰すはずだ。
赤鼻トナカイに扮した小鳥遊が画面の隅っこであわあわしながら右往左往。
なんとか雌豹どもを止めようと苦心惨憺している姿が映っていたが――……。
小鳥遊が止めたくれえで止まるような連中じゃあない。
武器を片手に暴れること暴れること。
棍だのトンファーだのをどこに仕込んでやがったのか。
香乃と文が華麗な舞で相手を翻弄して足止めし、美濃がゴツいナックルをはめた手で強化服をタコ殴りにして止めを刺す。
圧倒的な数の差なんてなんのその。
的確に中の野郎の脳を揺らし、あっさり昏倒させちまいやがる。
綺麗に化粧した色気満載の――なんで孤児院の慰安でセクシー路線で決めたのかは疑問が残るが――ミニスカサンタの鬼気迫る映像なんぞ。
よい子の皆さんに見せていい映像じゃあない。
加地はなにをしてやがると連絡を取りゃあ逆に、なんとかしてくれと泣きつかれる始末だ。
斯くて踵の高い編み上げブーツをはいたミニスカサンタが強化服を纏った暴漢どもを蹂躙する姿がお茶の間に拡散し――……。
『女王様サンタ露る!?』だの。
『ミニスカサンタのプレゼントは“人格調教プレイ”』だの。
『クリスマスの奇跡。独り身男にミニスカサンタからセクシーショットをプレゼント』だの。
碌でもねえ見出しが世間様を賑わせた。
カエラをはじめとした上の連中にこってりしぼられてやがったが、本人たちはどこ吹く風。
美濃も香乃も文も。
しれっとした顔で『見せ下着だったから大丈夫』だとか、わけのわからん返しをしてやがった。
汗顔の至りといった体で反省しまくってたのはなぜか、振り回された加地と小鳥遊のみだ。
しょぼくれてる姿が哀れで確認はしてねえが。
体面を気にしたあいつらが、雌豹どもを言いくるめて自主的に大晦日の夜勤当番を引き受けたものと思われる。
素人に毛が生えた程度の暴漢だったとはいえ、防具もなしに強化服に向かっていくのを、オレが容認しちまうわけにもいかず。
かといって、似たようなことをしょっちゅうやってるオレが、賢し顔で説教もできず。
年始に処理する書類の整理がてら、小鳥遊に付き合ってオレも夜勤当番を引き受けたわけだが。
今年はどういう趣向か、会社主催の『カウントダウンパーティー』なんつうもんが開催されてて。
夜勤当番の連中やら、現場が長引いて帰り損ねた連中やら。
社内に残ってる人間が一同、社員食堂に集まって飲み食いを楽しんでいる中に、ぽつんと混ざり込んでいる。
もちろんのこと、待機の班は酒は禁止だ。
そんでも、年越し蕎麦だの、正月料理だの。
食いきれねえほど並ぶ料理を味わうだけでも、じゅうぶん楽しめる。
待機室でひとり小鳥遊が戻ってくんのを待ってても退屈だと誘われるまま混ざってみたものの。
ひっきりなしに酒をすすめられまくるのにゃあ、参った。
普段ならこんくらい、どうってこたあねえんだが。
こないだ醜態をさらしたばっかだ。
懲りもせずこんな所で酔い潰れりゃあ、小鳥遊以外からも説教をくらうこと必須。
あんま注がれねえよう、ちびりちびり飲んでるにも関わらず、気がつきゃ空いた碗に酒が満たされている。
手に酒を持ってるとなあ。
どうしたって、ついつい口をつけちまう。
「おう、兎場。おまえ夜勤当番だろうが。なあにパカパカ飲んでやがる」
さて、この中身をどうするか、と。
なみなみと碗に注がれた酒を眺めることしばし。
ちびちび酒を舐めるのにも、もう飽いた。
がっつり飲めるんならまだしも。
酔いを気にしながら舐めてたって、ちっとも楽しめやしねえ。
待機室へ引き上げようかどうしようか悩んでいたところに声を掛けられ、にんまり笑う。
「あー? 怪我人は現場にゃあ出せねえっつて、オレは中夜勤だったんだよ。交代時間はとっくに過ぎてる」
「――……ああ。ちびすけ待ってんのか」
「おう」
山盛りの料理が乗った皿を両手に持って寄ってきた野々宮に、酒の入った碗を目で示されたのをこれ幸い。
野々宮の口元に碗を持っていき、持て余していた中身をくれてやる。
酒気が強かったのか一瞬たじろいだものの、オレの意を察したのだろう。
なんでか周りをちょいと気にした後で、溜め息ひとつ。
オレが碗を傾けるまま、野々宮が一息で酒をあける。
「ったく。怪我人がきっついの飲みやがって」
「若えのが寄ってきちゃあ、中身が減ってるっつって勝手に足していきやがるんだよ。そっちこそ、両手に皿なんぞ持って、年寄りがはしゃぎすぎると胃もたれすっぞ」
「だぁれが年寄りだ。おまえと一緒にすんな。ウチの女どもが化粧直ししてくるっつって、預けていきやがったんだ」
ちらりと周囲に目を向けてから。
野々宮が、めんどくさそうに肩を竦める。
言われてみりゃあ、皿の中身はガキの好きそうな料理ばっかだ。
肉やら揚げ物やらは、この年になってくるとちと重い。
オレより年上なんだ。
野々宮だって濃い味付けはそろそろ――って。
そういやこないだウチで打ち合わせやった時。
雌豹たちに混ざって、小鳥遊の作った飯をガツガツ食ってやがったな、コイツ。
オレは油っこいもんやら味付けの濃いもんはどうにも苦手なんだが。
常々てめえで言ってやがる通り、いつまでたっても若えっつーか。
精力的で、ちっとも衰えやしねえ。
そんなだから、同じ目線まで降りてきて遊んでくれる相手だってえんで、ちっこいのに目ぇつけられるんだ。
「は……すっかり尻に敷かれちまってんなあ。うかうかしてっと、加地みてえにふたりまとめて面倒みる羽目になんぞ」
「へっ。さすがにあそこまで若いのにゃあ食指が動きゃしねえよ」
にやにや笑ってからかうオレを、嫌そうに眉をひそめた野々宮が、ジロリとオレを睨む。
ちょいと前なら、大喧嘩になってた構図だ。
だがいまは、なんとはなしに気心が知れてるっつーか。
昔っから本気で怒鳴り合い、お互いの性格をある程度把握いる分。
敵愾心がなくなりゃあ、逆に気安く会話が弾む。
「どうだか。オレだって、小鳥ちゃんに取っ捕まるまではそう思ってたっつの」
「嫌なこと言うんじゃねえ。あんなもん、二匹もいっぺんに飼えるか」
「なんでだよ。現行どうにかなってんだ。なんとかなるんじゃねえの?」
碗が空いたのを目ざとく見つけて寄ってこようとする若い連中との間に野々宮を挟み、楯にしながら。
くつくつと喉を鳴らして笑う。
野々宮んとこの娘っ子どもは、自覚があるのかないのか。
『自分たちの共有の所有物』として野々宮を扱ってやがる。
それをまたコイツが咎めねえもんで、今じゃすっかり社内の名物だ。
強面のゴツいオッサンを仔猫二匹が翻弄してる様は、端から見てる分にゃあ、じゅうぶん楽しめる。
「あのなあ。いい年した大人が、ガキのお守りで満足できるわきゃねえだろ」
「そうでもねえよ。オレはじゅうぶん満足できてる」
子供だ子供だっつって侮ってりゃあ、痛い目みる羽目になるんだが、まあ。
千鶴子も春日も、まだコイツに絞りきったわけじゃあねえみたいだし。
わざわざいらん助言をしてやる義理もねえ。
結果如何で今日の会話を笑ってやろうと決め、ひっそりとほくそ笑む。
オレの周りにいる奴らはどうしてこう、普通の恋愛観を持ってねえのかとは思えども。
野々宮んとこの娘っ子どもに関しちゃあ、コイツを父親扱いしてじゃれてんのか、狙ってやがるのかが微妙だしなあ。
香乃と文が加地を共有してんのを見て、ちぃと揺れてる程度ならいいが。
席を外す際、ちゃっかり野々宮に『鈴』をつけて行きやがったってこたあ、たぶん。
近々コイツも、泣きを見やがることだろう。
「ほざけ。おまえは抱えてるガキの数が多すぎるだけだろうが」
「んなことぉ言われてもなあ。古馴染みの連中が揃って相方預けていきやがるし、小鳥ちゃんを可愛がってくれてるガキどもを無下にもできねえだろうよ」
「よくもまあ、そんだけちびすけ中心に物事を考えられるもんだ。すっかり腑抜けやがって」
「羨ましかろ?」
「抜かせ。そんだけ可愛けりゃあ、言いつけくらい守ってやれよ」
「ん~。オレも今日は飲む気はなかったんだけどよ。仮にもパーティーなんだ。舐めるくれえはしねえと無粋だろうと思ってなあ。なんで今年に限って、カウントダウンパーティーなんてもんをやってんだか」
仕事を片付け、遅めの晩めしを食いに待機室から出てきたら。
とっくに仕事が終わって帰ったはずの古馴染み連中に取っ捕まって、そのまんま強制参加だ。
ひとり待ってるのが退屈だったんだ。
強制的に引き留められたのはいいとして。
断っても断っても酒をすすめられ、途中で断るのが面倒臭くなった。
長谷川やら宮部やらカエラやら。
いつもの面々が側にいる時ゃ、聞き分けがよかったんだがよ。
どいつもこいつも。
古馴染みの奴らがそれぞれ所属する部署の連中に引きずられていなくなった途端、遠慮が吹き飛びやがった。
我も我もと押し寄せて、せっせと人の碗に酒を注いでいきやがる。
ギブスでがっちがちに固定された右手を見せてもなんのその。
舐めるだけでも、なんつーてしつこいくらいに押されまくり。
途中で断るのが面倒臭くなったとて、オレが悪いわけじゃあない……と、思う。
「なぁに言ってやがる。もとはおまえがはじめたんじゃねえか」
「うん?」
「いつだったか、ケーキだのなんだの山ほど買ってきて、若えのに食堂でどんちゃん騒ぎさせてたことがあったろうが」
「あー……」
小鳥遊との付き合いはじめ。
周りに気を遣われ、オレのシフトは休みになってたものの、美濃班がクリスマスの夜勤当番を引き当てたことがあった。
クジを引いたのが小鳥遊だったとかで、あいつはめちゃくちゃ落ち込んでやがるわ。
オレは暇だわ。
ちょいと構ってもらおうと待機室を訪れる途中。
どっかの馬鹿が架空の注文をして悪戯したらしく、行きつけの飲食店が大量の売れ残りを抱えて難儀してんのに出くわして。
ガキどもの夜食にちょうどいいかと残りを全部、買い占めたことがあったっけか。
あん時ゃちょいと悪戯心を出して、小鳥遊とふたりっきりになれる隙を作るべく、買ってきた食料をいったん、社員食堂に置いてきた。
食堂に置いてある食料は『差し入れ』とみなされ、誰が食べてもいいという、暗黙の了解がある。
小鳥遊と戯れる時間欲しさにオレが食堂に置いてきたクリスマスディナーを、美濃班の連中が慌てて回収に走ったものの。
料理は既に、居残り組に発見され、貪り食われている最中だった。
美濃にしこたま文句を垂れられ。
香乃にゃあわざとらしく泣かれ。
文にやんわり威嚇されて。
小鳥遊が『八つ当たられるぅッ!』なんつーて怯えだしたもんで、結局。
加地を引率につけて若い連中を使いに出し、追加のピザだチキンだケーキだと。
恨めしげな目を向けてくる雌豹どもに催促されるがまま食料を買い足してやって、にわかパーティーをやったな、そういやあ。
「あのあと、『なんでイベントごとの告知が前もってないんだ』つって問い合わせがありまくりだったせいで、今年は会社主催のカウントダウンパーティーを開催することになったんだとよ」
「ふうん。そりゃまたご苦労さんなこって」
「他人事みてえに言いやがって」
「他人事じゃねえか」
オレがクリスマスパーティー擬きを開く羽目になったなあ、不可抗力だ。
どっかの馬鹿が、クリスマスにくだらねえ悪戯をしなけりゃあ、手土産はケーキくれえにとどめてた。
まあ、ちぃとばっか色に目が眩んで姑息な真似はしたが。
結果としてどんちゃん騒ぎになっちまったのは、騒ぎを聞き付けた他の連中やら、現場が長引いて帰り損ねて居座ってた連中やらが、面白がって便乗してきたせいである。
酒を持ち込んだなあオレじゃねえんだ。
あの乱痴気騒ぎの首謀者がオレだったみてえな言い方をされてもなあ。
責任なんぞ、感じる謂れはねえやな。
それに――カウントダウンパーティーってよりこりゃあ、部署を跨いだ、若手と古株との“交流会”だ。
あっちでカエラが愛想を振りまき、こっちで宮部と長谷川が、胡散臭い笑顔を振りまいて。
紘子や裕太までが、仕事あがりだってえのに居残って、顔の広さを利用して仲介役をやってやがる。
今年はイベントの警備だ、交通整理だと、例年よりゃあ、大晦日の任務が多かったもんで、新人であれ、夜勤当番に当たってるのがけっこういる。
横の繋がりの強化にゃもってこいっつーか。
カウントダウンパーティーと称して和気藹々と談笑する場を設けてやりゃあ。
普段、社内ですれ違うだけの人間と、親しくなるにゃあもってこいのイベントになる。
上層部――恐らく、古馴染みどもが主体だろう――が、どさくさで混ぜ込んきた思惑まで、オレが知ったことか。
酒瓶を抱えてちょろちょろ寄ってこようとする若いのを野々宮を楯にしてやり過ごし、壁際の一角に置かれたテーブルを陣取る。
宮部がなんか言いたそうな目を向けてきたが、無視だ無視。
オレは小鳥遊を待ちがてら腹を満たしにきただけだ。
察しがついたからとて、あいつらの目論見を手伝ってやらにゃあならん義理はねえ。
引っ張り出しちまえば成り行きで手伝わざるを得ないとでも思ってやがったんだろうが、おあいにくさま。
ガキの相手ならまだしも、中堅層の相手なんぞ。
オレにつとまるわきゃねえだろが。
「あ~ッ。居ないと思ったらゴリラのくせに兎場教官を独り占めだとか!」
「何様のつもりだ、このゴリラめッ。兎場教官を独り占めだとか図々しい!」
ちゃっかり着いてきて同じテーブルに陣取った野々宮と、一息つこうとした瞬間。
かしましい声が耳を貫き、顔をしかめる。
相変わらず声がでけえっつーか。
てめえんとこの班長をゴリラ呼ばわりとか、どうなんだ。
呼ばれた本人はまったく気にしちゃいねえみてえだがよ。
「てめえらなあ。料理のついでにコイツをキープしといてやったオレへの感謝が示せねえんなら、リリースすっぞ、コラァッ!!」
キープってなあなんだ、キープってなあ。
なんだかんだ言いながら結局、おまえもきっちりほだされてんじゃねえか。
「キープ! 兎場教官をキープ!! ご一緒していいですか、兎場教官!!」
「偉い。ゴリラ偉いッ!! 是非ともご一緒したいです、兎場教官ッ!!」
別におまえらの相手をしてやってくれっつーて頼まれてたわけでもねえが。
人避けに使わせてもらったこったし。
「小鳥ちゃんが現場から戻ってくるまでならなあ」
ひょいと肩を竦め、空いた席を身振りで示してやる。
「「うおおぅ!! 野々宮班長、ありがとうです~ッ」」
どうやら、めぼしい食い物をキープして野々宮に持たせてから着替えに行っていたらしい仔猫が二匹。
現金にも両脇から野々宮に抱きついて礼をのべると、そそくさと空いた席におさまる。
まんざらでもねえ顔をしといて、野々宮のヤツ。
なあにがガキにゃあ食指は動かねえ、だ。
しっかりご機嫌取りしてんじゃねえか。
オレのなにがいいんだか知らねえが、同じテーブルについてご満悦な仔猫が二匹。
野々宮から離れると、猛烈な勢いで腹を満たし出す。
なにを話すでもなくガツガツ食うだけだったらオレはいらんと思うんだがなあ。
「なんだ。そっちも仕事あがりだったのか」
「日勤のはずだったんだがよう。長引いて長引いて。なんだって大晦日に密輸だのをしようと思うんだか、さっぱりわからん」
「普段より街中がごった返すからじゃねえの?」
やくたいもない話をしながら、仔猫どもがせっせと運んでくる料理を摘まんでは、断りきれなかった酒を舐める。
格下の連中が注ぎにくる酒からは逃げられても、同格、もしくは目上の人間が注ぎにくる酒は、断るに断れねえ。
とはいえ。
あんまり飲んで、小鳥遊に文句を言われながらの年越しってのも馬鹿らしい。
注がれた酒を一口舐めちゃあ残りを、さっきしたみてえに野々宮の口元へともっていく。
野々宮の方でも一応は、怪我人のオレに飲ませるのは不味いと思ってやがるんだろう。
嫌そうな顔をしながらも、文句も言わず碗に口をつけてくる。
なぜかじっとりと突き刺さってくる仔猫どもの視線に首を傾げつつ、諦め顔の野々宮に杯を押し付けること幾数回。
「ちょっとぉッ! 人が一生懸命急いで現場をおさめてきたっていうのにィッ。あんたなんで、オレじゃない人といちゃついてんです!! 前々から思ってましたけど、あんた。野々宮班長との距離感おかしくないですか!?」
円やかな頬を朱に染めて走り寄ってくるなりすっとんきょうな絶叫をかましてくれた若い恋人を、横目でちらりと見遣る。
距離感って。
「宮部ともこんなもんだろ?」
つーか、飲み食いするもんを共有すんのは長谷川ともだし、カエラともだ。
待機室でだって、雌豹三匹に食いかけのオヤツだのを略奪されてる。
なにをいまさら。
過剰反応だろうがと、目線だけで呆れてみせれば。
「だぁからッ。あの人は隙あらば節操なくもあんたのことつまみ食いする気満々でしょうが!! そんな人と一緒って、そんな人と一緒ってぇえッ」
薄々危機感を覚えつつも、人が目ぇ逸らして気づかねえフリをしてた案件を、ズバッと暴きやがった。
アイツもなあ。
悪ふざけの延長でなにしやがるかわかんねえとこがあっからなあ。
つーても、オレにちょっかい出すフリをすりゃあ、小鳥遊と裕太がきゃっきゃはしゃぎやがるのを楽しんでるだけ……だとは思うが。
「あんな爛れた野郎と一緒にすんな。コイツは健気にもおまえの言いつけ守って、酒量を減らそうとしてやがっただけだ」
食う手は止めないまま。
千鶴子と春日の視線が氷点下並みに冷ややかになったからだろう。
オレの手から碗を取り上げ、他意はないと野々宮が肩を竦める。
「酒量って……。あれほど言っといたのに、あんた飲んだんですか!?」
「あー、まあ。ちぃとだけ」
「ほんとのほんとにちょっとだけ?」
ぐぐっと詰め寄られ、わずかばかり目が泳ぐ。
たぶん、ちょっとだと思うん、だが。
ちびちび舐めてたからなあ。
どんだけ飲んだかなんざ、いまいちはっきりしやしねえ。
「なんで目を逸らすんです!」
「なんでって……」
おまえの『ちょっと』とオレの『ちょっと』は違う。
そう言い訳しかけたオレの言葉を遮り――……。
「さ~あ、今年もあと少し! カウントダウン三十秒前ぇ!!」
進行役を担う誰かが、声高にカウントダウンを始める。
追従するように数多の声が重なり、会話どころの騒ぎではなくなる。
小鳥遊がなにか言おうとするも、カウントダウンの大合唱だ。
ひとり分の声が通るはずもなく。
「…………ん、さぁん、に~い、い~ちッ!! ハッピーニューイヤー!」
あれよあれよという間に、会場は新年の挨拶を交わす声で満たされる。
小鳥遊の口が動いてんのはわかるが、なにを言ってんのか、ほとんど聞こえやしねえ。
ぱくぱくと動く唇は、こんこんと小言を垂れ流してるみてえだが。
子細構わず、ひょいと手を伸ばして小さな頭を抱え込み、柔らかな唇を塞ぐ。
「~~~~~~ッ!!!?」
その瞬間、ぎょっとして固まったのはなにも、小鳥遊じゃあない。
野々宮も、千鶴子も春日も――その他、見てた全員。
目を点にして、その場で固まる。
「な、な、な……なん、なんですか、いきなり!?」
「なにって、ニューイヤー・キス?」
昨日、香乃と文が、年越しの瞬間に親しい人とキスを交わす習慣がある国もあるだとかなんとか。
こっちを見ながら物欲しそうな顔して会話してやがったんで、誤魔化しがてら啄んでみたが。
どうやらうまく度肝を抜けたらしい。
小言を忘れて固まる小鳥遊の唇を再度、ちょいと啄む。
いつもとは立場が逆だが、これもイベントごとだ。
行事ごとが大好きなガキにとっちゃあ、いい遊びのはずである。
「はぁい! はいはいッ。ニューイヤー・キスとか美味しいことッ。ワタシもしたいですうッ」
「同じく同じく同じくぅ!!」
固まること数秒。
いつもなら小鳥遊がおいたをするような場面でオレが茶目っ気を発揮したもんで、毒気を抜かれたのだろう。
皆が皆、唖然とした表情で静まり返る中。
いち早く正気に返った仔猫が二匹。
ピョコンと跳ねるようにして立ち上がるなり、オレの前で片手を上げて猛アピールしはじめる。
親しいっちゃあ親しい……が。
コイツら、ウチのじゃねえガキだしなあ。
「ん〜? 立場を利用したセクハラだとか言われんのもめんどくせえし、頬っぺたでいいならしてやらんでもない」
「じゅうぶんでっす! 春日、左の頬っぺにお願いしますですッ!!」
「二番、千鶴子! オデコでお願いしまっす」
「あいよ」
そそそそそ、と急いで寄ってきたガキがふたり。
仲良く並び、なにが嬉しいのかキラッキラした目を向けてくるのに苦笑して、リクエスト通りの場所を、ちょいと啄んでやる。
本人たちが言い出したこったし、ガキが相手だ。
セクハラでもなんでもねえだろとは思えども。
「兎場ぁッ!!」
保護者に怒鳴られ、睨まれて、眉をしかめる。
「んだよ。してくれっつったの、コイツらだろが。んな怒らんでもいいだろうよ」
「いいわけあるか! おまえ、ちったあ分別をだな!!」
「あ~あ~。煩え煩え。こんなもん、ただの余興じゃねえか。ガタガタ抜かすな」
「なあにが余興だ!」
「余興だろうよ」
言って、ぎゃんぎゃん吠えたてる野々宮の頭を取っ捕まえ、ついでだとばかりにニューイヤーのキスをくれてやる。
ちょん、と合わせるだけの、犬っころとじゃれるみてえなキスだ。
こんくれえなら、小鳥遊が妬くこともねえだろうし、万が一。
セクハラだのパワハラだの言われたとて、厳つい野郎とも等しくおんなじ遊びをしてるんだ。
文句を言われる筋合いはねえと突っぱねるための、保険代わりだ。
真っ赤になって固まったまんまだった小鳥遊が息を飲み、棒立ちになっちまったがまあ。
騒いじゃいねえんだ。
しばらくはほっといても大丈夫だろ。
「ば……ッ!! なにしやがる!?」
「なにって、余興?」
洒落以外で、誰が小鳥遊じゃねえ野郎とキスしてえもんか。
遊びだからできるんだろが、遊びだから。
いちいち細かいことを小煩く言いやがって。
「あ〜! 野々宮班長たちだけずるぅい! 砂兎さん。アタシもお」
「昨日はヤダって言ったくせに他の子にはするなんて、砂兎さんのいけずう。文ちゃんにするならアタシもぉ」
「わかった、わかった。並べ並べ。こうなりゃついでだ。好きなとこにしてやる」
「「わぁい」」
口元を拭って喚く野々宮を押し退け、いつ来たのか。
私服に着替えてきた雌豹どもが、いそいそとオレの前に並ぶ。
「じゃあオレも〜!」
なんつってどこからともなく現れた裕太まで並びやがったが、正月だ。
お年玉代わりだと思やいいか。
「う……わぁあん。だから薬を服用してる間は飲んじゃ駄目って、あんた酔ったら箍が外れて洒落になんないお色気魔神になっちゃうから気を付けてくださいねって、あれほど言ったのにィッ。兎場さんの酒乱〜ッ」
なんぞと小鳥遊の失礼な台詞が聞こえてきたが。
小鳥遊の叫び声が響いた途端、行列に並ぶ人数が増えたなあ、どういうわけだか。
オレと軽く唇を合わせて満足した雌豹二匹が、遅れてやって来た加地を急襲に行き。
それを見て大股で食堂を横切った美濃が質の悪い笑みを浮かべ、嬉々として長谷川を襲い。
カエラがちょん、と紘子の頬っぺたを啄んで。
裕太がオレにじゃれてきた仕返しだろう。
宮部が小鳥遊を取っ捕まえた辺りで――場が盛り上がったのか。
あちらこちらで、きゃっきゃとはしゃいだ連中が、オレを真似てニューイヤー・キスの応酬をやらかしはじめる。
無礼講っつーか。
上下関係なんざありゃしねえ。
酔っぱらってる輩は手当たり次第。
強かな輩は、ターゲットを狙いすまして。
ひとり残らず巻き込む勢いで、小鳥遊の小言から逃れるべく始めた遊びが、瞬く間に広がってゆく。
視界の隅っこで宮部と小鳥遊が地味な攻防戦をやってやがるが、とりあえず。
作った責任を取り、目の前の行列をどうにかせにゃあならんらしく、助けに行こうとしたオレの襟首を、野々宮ががっちりと掴む――が。
行列ができたのはなにも、オレの前だけじゃあなかった。
それぞれのパートナーに襲われた古馴染みの奴らの前はもちろんのこと。
攻防戦をやってる宮部と小鳥遊の前にも。
艶然と微笑む猛獣どもの前にも。
千鶴子と春日がちょこなんと並んだせいで、野々宮の前にも行列ができている。
なあんか遊びの趣旨が変わっちまった気がしねえでもねえがまあ、パーティーにゃあ余興がつきもんだ。
ガキが相手だと、オデコや頬くれえならたいした嫌悪感もありゃしねえし。
たまにゃあ、オレが他の連中を慌てさせるのも一興だ。
それに、新しいお遊びのきっかけを作ったのはオレなんだ。
責任を取って、騒ぎが落ち着くまでくれえは付き合ってやるとするか――……。
※ 酔って見えない酔っ払いほど迷惑なものはないといふお話。ウサギさんは酔うと、だいぶ箍が外れるようです(笑)※




