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tea break  作者: ふゆき
26/30

くらり惑いて――……。

兎場さんが怪我をした。


右手のひら骨折。


銃火器密売グループとウチの新米猟犬たちとが路地裏で乱闘になったとの連絡が入り、様子見がてらヘルプに出掛けて行ったのが、お昼過ぎ。


強化服同士の乱闘にふらりと割り込み、相手方を一網打尽にするまでは無傷だったくせして。


撤収間際。戦闘の余波でダメージを受けていたのだろう。


ビルの外壁に使われていた装飾用のレンガだかコンクリート片だかが外れて落ちてきたのを――……。


なにを考えていたのかこの人は。


『若いのの頭を直撃しそうだったから』、と。


咄嗟に手を伸ばし、素手でキャッチしたのだそうだ。



最低でも、安静四週間。



しばらくは現場に出ちゃいけませんとの診断を、兎場さんはものすごぉく不服そうにしていたのだけれど。



あんた、なにしてくれちゃってんの?!



そんなものが落ちてきたらふつう、落下点とおぼしき場所にいる人間の方を避けさせるでしょうよ。


なんだってレンガ片みたいなものを素手で受け止めようだなんて思ったのさ。


まったくもう。


ちょっと目を話すと、すーぐこれだ。


頭で考えるより先に身体が動いちゃうのはしょうがないとして。


自分が怪我しちゃ駄目なんだって、いつになったら学習してくれるんだか。



「怒ってんの?」



リビングのソファの上。


洗い髪を乾いたタオルでがしがしと拭きながら。


兎場さんが、上目遣いにオレを見る。


いつものオレなら、兎場さんが怪我をしようものならしつこいくらいに構い倒す。


お風呂だって一緒に入るし、髪だってドライヤーを使ってきっちりと乾かす――って、これはいつものことだけれども。



「怒ってませんよ」



今日はソレがないせいだろう。


にこやかに夕食の配膳をするオレを、鈍色の瞳を眇めてジッと見つめることしばし。



「んじゃなんで、目ぇ合わせてくんねえの?」



兎場さんが、下唇を突き出すだなんて可愛らしい仕草で、ぽつりと不満を口にする。


ああもう!


ああ、もうッ!!


人がせっかく我慢してるってのにィッ。


なんだってこう、いちいち人のツボを突いてくるかな、この人は!?



「なんでって……」



オレが目を合わせられない理由なんてひとつきり。


しょぼんと項垂れてるあんたが、のべつ幕無し、無駄に色気を垂れ流しているからでしょうよ。


つい押し倒したくなる衝動を、オレがどれだけ我慢してると――……ッ!!



「あんた、四週間『安静』にしてなきゃダメなんでしょ?」



「あー……まあなあ。骨がズレちまったら手術して矯正せにゃならんらしいし」



「だからですよ。うっかり目が合った瞬間のあんたが色気だだ漏れだったりしたら、我慢できる自信ありませんもん、オレ」



そう。打撲やら裂傷やらはまだいい。


いや、ホントはよくないんだろうけど。


他の怪我は骨折とは違って、つい力を入れちゃったからって、そう酷いことにはならない。


でも、骨折は。


下手をすれば骨がズレる。


で、ズレてるのに気づかないまま完治しちゃったりした場合。


『違和感』という名の後遺症が一生残る。


兎場さんはナイフ使いだ。


手のひらに後遺症なんか残ってみろ。


小さな違和感が文字通り命取りとなってしまう。



「だから、あんたの手の怪我が治るまで禁欲するって決めたんで。邪魔しないでくださいよ」



「邪魔って、おま。んじゃなにか。オレは手が治るまで、可愛い恋人に目ぇ合わせてももらえねえの?」



「いまみたいに色気たっぷりじゃない時にはちゃんと合わせてあげます」



「なんだそりゃ。つか、四週間も我慢できんのか、おまえ」



片手で髪を拭くのが面倒臭くなったのだろう。


ぽいとタオルを投げ出した兎場さんが、たぶん絶対わざとだろうと思われる凄艶な流し目を、ちろりとオレに向ける。



もおおッ!!



普段はオレがどんだけおねだりしても、滅多にスイッチ入らないくせして!


なんだってこう!!


手が出せない時に限って、がっつりエロいスイッチが入ちゃうかな!?



「骨折したの、右手の手のひらでしょおうッ!! うっかり力を入れちゃったらマズイんでしょーがッ」



「ギブスでがっちがちに固めてあっから大丈夫だって」



「大丈夫なわけありません~ッ!! 他の場所ならいざ知らず! 利き手の手のひらなんすからねッ。万が一にも後遺症なんてものが残らないよう、オレが欲求不満で煮詰まろうが泣きたくなろうが、意地でも安静にしててもらいますうッ!!」



「んでもよう」



お風呂あがりのほんのり火照った肌を、はだけた部屋着の隙間から惜しげもなく覗かせ、兎場さんが。


酷く不服そうな顔をする。



――……ちくしょうッ。


この人今日、めちゃくちゃその気だったんじゃないか!!



あ〜〜〜〜ッ。


もったいないもったいないもったいないッ。



がっつりスイッチの入った兎場さんてば、もんのすごくエロいのにィッ。


それを諦めなきゃなんないなんてぇえ。



「手加減する自信なんてありませんし、なにより!! あんたの手に後遺症が残って一生後悔する羽目になるよりずっとマシだからいいんですうッ」



自分に言い聞かせるように叫び、キッと兎場さんを見据える。


ついっと目を合わされてくらりとしたものの。


色っぽいお誘いに屈することなく、ツンと顎を反らせる。



この人が怪我をしてくるのなんてしょっちゅうだけど。


少しばかり深い怪我をした日にはいつも、きっちりエロいスイッチが入ってて。


自制心を発揮したオレを、兎場さんはつまらなさそうな顔をして見る。


わかってる。


怪我をしたからこそ、兎場さんはオレとしたいのだ。



ったく、ややこしい性格をしくれちゃってもう。



いつもそうだ。


不安になればなるほど、兎場さんはオレとの繋がりを確かめたがる。


いや、違う。


不安になった分だけ、オレに甘えて寄りかかってきてくれる――のはいいとしても。


問題なのは、その手段だ。


常日頃嫌がるくせして。


なんでこう、怪我をした時に限って、ぐちゃぐちゃに犯して欲しがるかなあ。



少しばかりチクチク縫ったくらいの傷ならオレも、少々のこと目をつぶって、兎場さんが安心するまで欲に溺れてあげるけど。



骨折はやっぱ気が引ける。


てか、いくらなんでも骨折はダメだろう、骨折は。


皮膚と違って、身体の内側だ。


歪な傷痕になるくらいならまだしも。


折れてズレたまんまくっついちゃったら、傷が癒えた頃にまた、手術して新たな傷を増やすことになる。



「ちえっ」



「そんな可愛い顔してみせたって、しませんからね、今日はッ」



ぶんむくれた兎場さんの前に、焼いたばかりのチキンを乗せた皿を、ドンと叩きつける。


なんだってオレが、いつもの逆の台詞を吐かなきゃならないんだ。


目の前に据え膳があるのに。


それもせっかくの――……。



「クリスマスの夜はエロいことしてえから残業入れるなっつってたくせしてよう」



そう!!


せっかくのクリスマスなのだ。


朝の予定では定時に仕事を終えて、帰りにお買い物デートして。


美味しい夕食を食べた後は、しっぽり楽しむつもりだった。



それがどうだ。


兎場さんが怪我をしてきたせいで、予定は狂いまくり。


定時に帰るどころか。


渋る兎場さんを病院に放り込み、治療してもらって。


報告を済ませた頃には、すっかり夜もふけ、クリスマスディナーを楽しむ時間なんてものはこれっぽっちもなくなっていた。



それでも、兎場さんからプレゼント――なんと、前々から欲しい欲しいと騒いでいたプロ仕様の高級包丁セットだった!!――を、もらったし。


オレのあげた通勤用のボディバッグも気に入ってもらえたし。


気分だけでもクリスマスディナーを楽しもうとチキンも焼いた――まではよかった。


飯ができるまでに風呂入ってくるわ、なんて軽い調子で浴室に消えた兎場さんが、出てきた時にはすっかりエロモードで。



エロモードでぇえッ!!



朝、オレがおねだりしたのを覚えててくれたからだとしても。


なにもこんな、『安静』を言いつけられた日に。


安静を言いつけられた日にィイッ!!



オレが手を出せないとわかってて、こんなエッロい態度で接してこなくてもいいでしょおうッ。



「うわぁあん。オレだって楽しみにしてたのにぃ。ここんとこあんた忙しくて、えっちぃことだってずっとなおざりだったし。そんでも、クリスマスには思う存分いちゃいちゃしてもらえると思って、ずっと我慢して……我慢してぇえ〜ッ!!」



「んなこと言ってもなあ。しねえっつってんの、おまえじゃねえか」



「兎場さんが利き手なんて折るからでしょッ」



「だあから。ギブスでがっちがちに固めてあっから大丈夫だっつって……」



ふと言葉を途切れさせ、兎場さんが。


さもいいことを思い付いたような顔をして、艶かしく笑う。


ぞっとするほど妖艶で。


一瞬にしてオレの理性をかっさらってゆく、妖しい微笑み。


見つめちゃヤバイってわかってても、ついつい引き寄せられたオレを捕まえ……て。



「だったらよお。オレが右手を使えねえ状態でやりゃあいいじゃねえか」



くつくつと喉を鳴らして笑う兎場さん、は。


サラリと、とんでもない言葉を口にした。



「――!?」



ギョッとして思わず、ソファに胡座をかいて座った兎場さんを、まじまじと見下ろす。


それってそれってそれって――……ッ。




「やっぱりィッ。お薬の効果が残ってるからお酒はダメだってあれほど言われてたくせしてあんたはもぉう!!」




ソファの横。


つまりはローテーブルの足元に転がった酒瓶を見つけ、思わず叫ぶ。



やけにがっつりエロスイッチが入ってると思ってたら!


いつの間にか、お医者さんに止められたはずのお酒を飲んじゃってるし!!



たぶん、兎場さんがお風呂に入る前。


オレがせっせと夕食の下準備をしている間にだ。



兎場さんも、骨折ともなればオレが自制心を働かせるってわかってて、だから。


怪我をしたことで感じた小さな不安感を、お酒で誤魔化そうとしたんだ。


しかも、薬の効果が残ってたせいか。


ちょっとのお酒で、ザルを通り越して枠なくせして、思いっきり酔っ払っちゃってるし!!



こんな質の悪い酔っ払い。


オレにどうしろってんだよ!



前はどんな大怪我したってケロッとしてたくせに、もう。


何回か本気で拗ねて怒ったら、コレだ。



怪我をしてくる度に兎場さんの挙動が怪しくなるのは、オレを怒らせるのが嫌だからだってわかってるんだけど。


わかってはいるんだけどッ。



「ちぃとひっかけただけだろが」



「あんたの『ちぃと』は信用できません! もう、もうッ。治るまでお預けったらお預けッ」



「酒が? それとも――……」



「どっちもですッ」



オレの機嫌を取ろうとしているのか。


はたまた無意識なのか。


酔ってスイッチが入った時は、めちゃくちゃエロくてシャレになんないんだよなあ。



そろり太股を這い上がってくる手をペシリと払いのけ、取り皿とお箸を押し付ける。



堪えきれないように吹き出した兎場さんはとりあえず放置で、我慢できなくなる前にそそくさと台所へ逃げ込む。



ほんとにもう!


兎場さんが怪我さえしてなきゃいうことなしな展開だっていうのに……ッ。



右手が治ったら、今日の分も含めてきっちり埋め合わせしてやるから、覚えてろ!














※ たまにはウサギさんが小鳥ちゃんを振り回す日もあるよといふ、とあるクリスマス。この後ウサギさんは寝落ちです(笑)※







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