馬肥ゆる秋とスポーツ(?)の秋。
何回言って聞かせても、ウチの雌豹どもはオレを男として認識してねえのか。
はたまた家族扱いしてんのか。
平気で下着姿をさらすわ、歯に衣着せぬ物言いをするわ。
年長者としてどうしたもんかと悩む態度をとりやがる。
説教しようにも、外面はすこぶるいいってんだから、やりにくいったらありゃしねえ。
そのうち、|外面似菩薩、内心如夜叉《げめんじぼさつ、ないしんにょやしゃ》を地でいきやがるんじゃねえかとちと心配になったりもするが。
どこまでも破天荒な割りにゃ根はいいっつーか。
基準が人様とズレてるだけで、陰険とは程遠いっつーか。
つまるところ要するに、世間的にどう見えていようが、『根っからのお人好し』であることにゃあ違いねえんでよっぽど度を越さねえ限り放ってある。
一応、公の場じゃあ、絶対服従とまではいかねえが、必要な部分しゃあ無条件で従いやがるし。
それぞれ年上の連れ合いがいるこった。
私的な部分でズレてんのは、ソイツらがなんとかするりゃあいい。
てかもう、ここまで育ってやがるとオレの小言なんざ、どこ吹く風。
右から左に流してやがるからなあ。
なんとかしてもらわにゃあ困る。
小鳥遊だけでもいっぱいいっぱいだってぇのに、人ん家のガキの躾まではしてらんねえしよ。
ちゃんと公私の区別をつけてやがる間は、オレがそう本気で小言をくれてやる必要もねえはずだ――たぶん。
オレが公私の区別なく注意を向けるとすりゃあ、ガキどもの状態管理くれえなもんで。
人のことは言えねえが――いや。
オレが『そう』だからか。
うっかりしてるとウチの連中はどいつもこいつも、少々の不調は気にもかけやがらねえ。
オレの場合は、単なる医者嫌いだ。
治療のためであれなんであれ、他人に触られんのが苦手で、つい足が遠退く。
だがコイツらのはただの横着だと、何度かの経験で学んだ。
オレにゃあごちゃごちゃ言ってすぐ医務室に放り込みやがるくせして。
いざてめえらが不調となると、少々のことで診察や治療で割かれる時間がもったいないと感じるらしい。
んだもんで、余計なお世話だと重々知りつつ、
「――……美濃。おまえ最近、腹回りにちと肉がついてきてねえか?」
端から見りゃあ『眼福』と称されるのであろう光景を眺めながら、ボソリ呟く。
待機室を『私的空間』だと認識しているウチのガキどもは、男手がいようがいまいが、ともすれば半裸で彷徨きやがる。
まあ、よ。
コイツらが待機室を私的空間扱いしてやがるのは、過分にオレの影響だ。
小鳥遊と懇ろになるまでは、半ば待機室に住み着いてたしなあ。
オレがなんぞ言ってみたとて聞いちゃいねえ。
さらっと無視しやがる。
最も、オレは待機室を『改装』なんざしちゃあいなかったが、今現在。
ワンルームマンションの一室よろしく整えられた居心地のいい空間で自堕落に寛いでんだ。
小言をくれる権利なぞ、オレにゃあねえのはわかってる。
改装費をくれてやった時点でもう、共犯関係が成立しちまってるようなもんだしよ。
その代わり。
惜しげなくさらされたグラマラスな肢体を満遍なく眺め、余計な筋肉がついてねえか。
動きに変なくせが出てねえか。
小鳥遊の持ち込んだい草マットの上に寝っ転がったまんま、なんとはなしにチェックしてたわけなんだが。
どうにも美濃の腹回りがふっくらしてきた気がして、眉を潜める。
仮にも亭主持ちだ。
うっかり見逃して大惨事になったら目もあてられやしねえ。
長谷川の野郎もなんも言ってねえこったし。
大丈夫だとは思うんだが、なんかあってからじゃあ遅すぎる。
念のため遠回しに懸念を投げてやりゃあ。
「ああ。謙生にも言われた。夏場は麦酒が旨くていかんな。これから落とす予定だ」
あっさり自己管理不足を認めやがった。
雌豹どももよく食うが、美濃もよく食う。
料理好きな小鳥遊をしてたまあに、『作っても作っても追いつかない〜ッ!!』なんつって嘆いてやがるくれえだ。
ウチの女どもの一日の総摂取カロリーを計算すりゃあ、とんでもない数字になること間違いなしだ。
よく太らねえもんだと思ってたんだが。
太らねえわきゃねえわな、あれだけ食ってりゃ。
「おま、それ。代謝が落ちたってことなんじゃねえの? もういい年なんだしよ。ちったあ考えて飲み食いしろ」
「――……代謝が落ちたなんぞとは言っとらん」
「んでも、贅肉がついたんだろうが」
「おまえが人の目の前で旨そうにかぱかぱ飲むから、釣られて麦酒の量が増えたんだ! あれだけ飲んで、なんで太らんのだ、おまえはッ!!」
「なんでって……」
ギロリと睨まれ、思わず口ごもる。
オレはおまえらほどにゃあ食ってねえし、なにより。
ここんとこずっと、訓練生に付き合って、基礎トレーニングだの組み手だの。
身体を使う仕事ばっかだった。
待機の多かった美濃班たあ、運動量が違う……なんつーて。
言ったら噛みつかれるよな、コレ。
「そりゃあ、オレが管理してますもん。飲み過ぎた後は、ちゃんと激しい運動してもらってますし?」
さてどうしたもんかと首を捻るよりはやく。
ひょいと割り込んできた小鳥遊が、背後からオレに抱きつき、ごろごろと擦り寄ってきた。
美濃の突き刺さるような視線もなんのその。
にこにこと笑う小鳥遊は、なぜかどや顔をしてオレを見ている。
オレって頼りになるでしょ? とでも言いたげな表情……なんだが。
乗っかったらめんどくせえ流れになりそうな気がすんのは穿ちすぎか。
ちょいと躊躇い――そんでもまあ。
ご機嫌さんな小鳥遊は、オレに頼られたくてうずうずしてんのを隠しもしてねえこったし。
「だ、そうだ」
美濃が太ったのは結局のところ、小鳥遊が際限なく食い物を作るせいだ。
理不尽な八つ当たりの的になるべきは、オレじゃあなくて小鳥遊だろう。
「ぬう。謙生はヒヨコに比べて体力がないということか……」
「んっふっふ。オレまだ二十代ですもぉん。“オジサン”と比べられても困りますう」
丸投げして逃げようとしたオレをがっちり抱え込み、小鳥遊が偉そうにふんぞり返る。
コイツのは若えってえよりゃ単に、色ぼけして止めどころがわからなくなってやがるだけだ。
オレが根を上げてもがっつきまくった結果。
翌朝へばってる、なんてえことがたまにある。
寝床から出れなくなった、なんてえ無様な様を晒すこともなく。
いつまでも尾を引かねえ辺り、若いっちゃあ若いんだがよ。
「兼生が“オジサン”なら同い年なんだ。砂兎もだろうが」
「え〜、でもだって。兎場さんがヤダって言うの、口先だけだしぃ。なんだかんだでオレに合わせてくれますもぉん」
す〜ぐシモ方向に話を持っていきたがるのを見てる限りじゃあ、若けえってえか。
要はガキなだけなんだがよ。
「それじゃあ次の日使い物にならんだろう」
「ふふん。兎場さんが使い物になってない日なんてないでしょ?」
「と、いうことは、だ。兼生が手を抜いているということか……」
「さあ? その辺はオレに聞かれても、ねえ?」
この流れで小鳥遊と違和感なく会話してやがる美濃の感覚も、たいがいなもんだ。
しれっと下ネタに乗りやがってよ。
「オレに振るな。つか、こっちがマジで泣き入れてんのに、おまえが聞いてねえだけだろが」
「お仕事に支障が出ない程度でちゃんと止めてるでしょ」
「止めれてねえよ。支障が出ないよう、オレが気張ってるんだっつの」
返答しづれえ話をオレに持ってこられても、困るっつーか。
昔馴染みの夜の生活について知りたくもなけりゃあ、比べられたくもねえ。
――……のは、ひょっとしたらオレだけなのか。
「なるほど。兼生が根を上げても、まだ余力はあるということだな」
「あるんじゃないですか。この人だって結構早めにギブアップ宣言しちゃうし。こないだ裕太くんも、『宮部さんてば自分が満足したら試合放棄するうッ』って怒ってたし」
ちょっと待て。
おまえら、なにをどこまで赤裸々に暴露してやがる。
そうは思えど、突っ込んだら負けな気がして、げんなりと溜め息を吐き出すにとどめる。
つーか、美濃くれえの年頃になるまで、オレたち四人にプライバシーなんてえ概念がなかったのもまた事実。
あの頃のことを思や、まだ可愛いもんだ――が。
「ほおう。どれ、紘子にも聞いてみるか」
「紘子は止めとけ。止めなかったっつって、オレが後でカエラにシメられる。運動してえだけなら、トレーニング量を増やしゃあいいだろが」
若干一名。
猥談なんぞにゃ加わってこれねえ性格の才女がいる。
慌てて止めりゃあ、美濃も承知の上での戯れ言だったらしい。
「なにを言う。ヒヨコに惚けられて引けるものか! 兼生に協力させて、近々に元の体型に戻してみせる!!」
べったりとオレに張り付いたまんまの小鳥遊の頭をひとつ小突くや、意気揚々と長谷川をシメに行きやがった。
ったくなあ。
こっちが気ィ回して心配してやりゃあ、これだ。
ま、ガキが出来てたわけじゃあなかったんならそんでいいけどよ。
「小鳥ちゃんよう。おま、あんま長谷川苛めてやるな?」
どうにも言外に美濃をけしかけてやがった気がしてならねえ小鳥遊に釘を刺しゃあ。
「苛めてなんかいません〜。忙しいからってずっと放置されてるって言って、こないだから美濃班長めちゃくちゃご機嫌斜めなんですもん。兎場さんが八つ当たられる前に、元凶に責任取ってもらっただけですぅ」
さも心外そうな顔をしてプイとそっぽを向きやがったが、半分笑ってりゃあ世話ぁねえ。
なんでか知らんがコイツは、長谷川にだけじゃれつき方がちぃと辛辣なんだよなあ。
「フラストレーション溜めまくった美濃班長が爆発する先って、いっつもあんたでしょ。たまには長谷川部長が自分で被弾すればいいんだ」
「そりゃあつまり。焼きもち妬いてんの、おまえ」
「そうですよ?」
ケロリと恥ずかしげもなく宣える若さを羨ましいと感じるのは、オレが年を取ったせいか。
クスクスと密やかな笑みを聞かせる小鳥遊の頭を掴まえ、て。
誰も居なくなったのをいいことにそっと唇を啄むオレも、たいがい若けえのに毒されてるなあとは思えども。
怖い女傑を追い払ったご褒美だと勘違いして喜ぶ小鳥遊を見て、まあいいかと独り言ちる。
したくなったからした、なんぞと。
わざわざ言ってやるまでもねえこったしなあ。
※ 後日、同じ理由で雌豹コンビに絡まれた(セクハラされまくった)ウサギさんが、美濃班のトレーニングメニューを強制的に組み直したのはここだけの話である ※




