とある日。3
このところ、小鳥遊と裕太は前にも増して、やたらめったら仲がいい。
隣で聞いてりゃ、惚気合戦してきゃっきゃうふふやってやがるだけなんだが。
「おら、ぼけっとしてねえで手伝えウサギ」
会話の内容がなんであれ――自分を差し置いて恋人が他と仲良くしてんのが気に入らねえっつー狭量な大人が、役一名。
仕事あがりに人ん家に押し掛けてきて、せっせと悪戯を仕掛ける準備をしてやがるのはいいとして。
「おまえ、そのうち裕太に捨てられるぞ?」
「心配はいらん。アレは少々苛めてやらんと、すぐ箍が外れやがる」
「ああ、うん。そりゃまあ言えてるけどよ」
恋人とじゃれるのにいちいちオレを巻き込むなっつーて思っても、薄情ってえことにゃあならねえはずだ。
「いいからとっとと脱げ」
風呂上がり。
寝間着に着替えて小鳥遊の作り置いていった晩飯をつまみつつ、のんびりと晩酌を楽しんでいたところを急襲されたのは、まあ。
いつものこった。
いまさら文句を言う気にもなりゃしねえ。
不機嫌をぶら下げた宮部に、強引な飲み比べをさせられたことも――どのみち飲む気でいたんだ。
拒否するほどのことでもねえかと付き合ってやった。
「だあから。小鳥ちゃんにゃあシャレになんねえから嫌だってんだろが」
だが、不機嫌なまんま、浴びるほど飲みやがった酔っ払いの思いついたしょうもない悪戯になんぞ。
そうそう付き合ってられるかってんだ。
「大丈夫だ。アイツらこないだ、スワッピングしてみてえだのなんだの言って盛り上がってやがったぞ?」
「潰せ、そういう阿呆な企みは」
悪ふざけだとしか思えねえ悪戯を実行すべく、人の襟元をひっつかんで脱がそうとしてくる宮部を蹴り飛ばし、げんなりと溜め息を吐く。
ったくなあ。
朱に交われば赤くなるたあ、よく言ったもんだ。
どいつもこいつも、阿呆な遊びをしたがるようになりやがって。
色事が絡むと阿呆になるのは小鳥遊だけでじゅうぶんだってのによ。
ガキに感化されたのか、いままで鬱々と過ごしてきた反動か。
この頃の宮部は、裕太と同じレベルの馬鹿な遊びを、嬉々として楽しんでやがる。
「おう。後できっちり潰しといてやるから、今日のとこはちょっと付き合えって」
「い・や・だっつの。おまえな。キレた小鳥ちゃんがどんだけめんどくせえか知ってるだろうよ」
「振りだけだ振りだけ。おまえは被害者。な?」
思いきり鳩尾を蹴り飛ばしてやったってえのに、コイツ。
しっかりちゃっかり防ぎやがったのかして、欠片もダメージを受けていやがらねえ、どころか。
「な? じゃねえよ。しょうもない遊びにオレを巻き込もうとすんな。んな振りしてなんになる」
にこにこと腹黒い笑みを浮かべて寄ってくる宮部を牽制しようと出した手をがっつり組まれ、否応なく力比べに持ち込まれる。
ムカつくことに、腕力となりゃあ、オレは四人の中で一番弱い。
俊敏性やらなんやらを加味すりゃあ同等なんだが、よ。
純粋な力比べんなると、どうしてもオレの部が悪いっつーか。
体重をかけてのし掛かられっと、跳ね返すに跳ね返せやしねえ。
「そりゃおまえ。恋人が他の男といちゃついてんのがいかにムカつくか、自分がされてみればわかるだろうから、なっと!」
渾身の力で押し返すことしか考えてなかったオレの隙をつき、宮部がひょいと力を抜く。
不意に抵抗が消え、たたらを踏んだところを強引に引っ張られりゃあ、さしものオレも、逃げようがない。
なんとか踏んばってみたものの、あえなく床へと転がされる。
「うわ、このッ。こら、脱がそうとすんじゃ……ちょ、マジでやめろってッ。もうじきアイツら帰ってくるだろが!!」
そのまま人の上に跨がり、寝間着を脱がしにかかった宮部の、手際のよさに慌てる。
早番だったオレたちと違い、ガキどもは仲良く遅番だったとはいえ。
そんでも、ぼちぼち帰ってくる時間帯だ。
宮部がウチにいるってこたあ、裕太も小鳥遊と一緒に帰ってくるってことで。
小鳥遊と裕太と。
ふたり揃って拗ねやがったら、めんどくせえことになるのは目に見えてる。
いくらなんでも、結果のわかりきってる悪巧みに協力する気なんざ、これっぽっちもありゃしねえってえのに。
妙に手馴れすぎてやがるっつーか。
「おい、こら。いい加減に……ッ」
抵抗虚しくするすると着ているものを脱がされ、大いに焦る。
んな現場を小鳥遊に見られてみろ。
修羅場どころか。
大惨事だ。
小鳥遊の選んだ部屋着は、脱ぎ着が楽な分、無防備っつーか。
わざわざ脱がせやすいのを選んでやがるに違えねえっつーくらい、ゆったりとしている。
釦を外されねえよう前をかき合わせてみたとて、裾からあっさり手を入れられちまう。
どうせオレに食指を動かすヤツなんぞ、小鳥遊くれえだ。
人を好みに飾って楽しいなら好きにすりゃあいいかと、小鳥遊のなすがままだったんだが。
さすがにこれはちぃとヤバいってえか。
酔った古馴染みに悪ふざけされる可能性を、まったくもって考えてもみなかった、オレの落ち度だ。
小鳥遊以外に撫でまわされんのはどうにも、鳥肌がたつぼど気持ちが悪い。
身内同然の宮部でさえコレだ。
たぶん、他の奴なら酔っ払いであれ、問答無用で思いきりぶん殴っちまう。
「――……ウサギ、おまえな。この期に及んで妙な色気出してんじゃねえよ。悪戯したくなってくるじゃねえか」
「はあ? ばっか……ッ。待て待て待てぇえッ。おま、洒落になってねえだろ! 本気でまさぐんなッ!!」
なんとか逃げようとみっともなく足掻くオレのどこに色気を感じるってえのか。
興にのったらしい酔っ払いに脇腹を艶かしく撫でられ、顔面めがけて勢いよく拳を繰り出す。
酔っ払いだろうがなんだろうが、遠慮してりゃあ偉いめに合わされると、本気で殴りにいったんだが。
焦っていたせいだろう。
軽々と受け止められた挙げ句、どうやら宮部のやる気に火をつけちまったらしい。
ここ最近は取り繕うことを覚え、さも文系ですってな顔を装ってやがった宮部の表情が、すいと昔のソレに戻る。
「よしよし。おまえ、昔っから旨そうな瞬間が時たまあってよお。いっぺん食ってみたかったんだよなあ。浮気現場偽装はやめにして、酔った勢いの過ち現場偽装に変えるか。どれ、この際だ。諦めてちょっと味見させろ」
「阿呆かぁあッ。度を越して飲むなこの酔っ払い!」
人ん家に押し掛けるなり勝手に食い物と酒を漁るのは、なにもコイツだけじゃあないが。
高い酒を水みてえにかぱかぱ飲む馬鹿は、コイツしかいやしねえ。
つーか、宮部が酒を味わいもせずかぱかぱ飲む時ゃあ、たいてい裕太絡みで拗ねてやがる時だ。
めんどくせえから喧嘩はてめえん家でやれよと何回言ってもこの馬鹿は。
決定的に拗れちまうのが怖いのだろう。
しょうもない原因で喧嘩んなっちゃあ、必ずオレを巻き込みに来やがる。
「安心しろ。そこまでは酔ってねえよ。ちと興がのっただけだ」
「なおさら悪いわッ。って、待て、待て待て。下履きは不味……ん?」
実力が拮抗している相手に床に転がされ、体重をかけられちまやあ、なかなかひっくり返せるもんじゃねえ。
ごそごそと人の身体をまさぐり、下履きをひっぺがそうとする手のひらと戦うことしばし。
ふと視線を感じて振り向いてみりゃあ。
玄関に続く扉を細く開け、興味津々、リビングを覗き込む二対の丸っこい目と、視線が合って。
「見てねえで助けろ!」
思わず、大きな声が出た。
ふたりして携帯端末掲げやがって。
盗み撮りしてる間があったら助けろよ。
つーか。
この状況はありなのか、おまえらはよ。
丸こい頬っぺた真っ赤に染めて興奮しやがって、質の悪りィ。
「邪魔しねえでいい子にしてりゃあ混ぜてやるぞ、ちびども」
マウントをとったまんま。
オレの視線を追いかけた宮部が、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
昔の――一番ひねくれてやがった頃の、精力的で、そこはかとなく黒い笑み。
いまの、わざとらしく腹黒さを全面に押し出した作り笑いたあ別な。
肉食獣を思わせる、酷く粗野なソレ。
あー、クソッ。
長谷川かカエラがいりゃあ、ぼちぼち突っ込みが入る頃合いだってえのによ。
「どうする?」
「どうしよっか」
「こんなチャンス滅多にないし、せっかくだし混ざっちゃう?」
「ん〜、でも兎場さん、宮部さんでもダメっぽい感じだしなあ」
「宮部さんめちゃくちゃ上手いし、のっぴきならないとこまでさっさと追い込んじゃえば平気だって」
「平気なわけあるかッ!!」
たぶん恐らくコイツらは。
悪戯を仕込もうと宮部が嬉々として喋ってる辺りから聞いていやがったのだ。
ネタがバレてりゃあ、拗ねる必要なんざありゃしねえ。
自分たちがつるんでることで焼きもちを妬いたパートナーがなにをする気なのか。
はじめっからワクワクして覗いてやがったに違いねえ。
その証拠にガキどもは、宮部を止める気なんぞまるでなく。
むしろ、のっかる気満々でいやがる。
「どっちにつく? 三対一ってえのもけっこう楽しいぞ?」
「変な遊びを吹き込んでんじゃねえよッ!!」
宮部の意識がガキどもに向いた瞬間。
隙をついて、思いきりよく頭突きをかます。
のっかられてんのは腰の上だ。
肩を押さえてた手がゆるみゃあ、いくらでも反撃ができる。
ったく、この酔っ払いが。
酒が過ぎると碌でもねえ酔い方しやがってよ。
「ってえな、ウサギッ」
てめえの悪のりを棚上げして怒鳴られたって、オレの知ったこっちゃねえ。
しれっと無視を決め込み、人の上に乗ったまんまの酔っ払いを払いのける。
ああ、くそ。
一発くれえは本気で入れてやろうと思ったのによ。
身についた条件反射はいまだ健在――であってくれなきゃ困ることになるんだが。
酔ってる時くれえ、ちったあ鈍ればいいものを。
当てるつもりの拳を避けられ、舌打ちを漏らす。
「趣旨が変わってんだろ、趣旨が! 見ろ、あのワクワクした顔を。なにしたって結局喜びやがるんだ。嫉妬すんなら直接アイツにぶつけろってんだ」
「いいんだよ。ガキどもが覗いてんのがわかった時点で、おまえの味見に趣旨が変わったんだからよ」
「変えんなッ」
ああもう、めんどくせえ。
昔っから妙な遊びばっかしたがる奴だったが。
なんでオレにまで食指動かしてんだ。
ガキどもに感化されたにしたって、おま。
悪のりしすぎだろうよ。
よもやまさか、妙な遊びをしたがってる裕太の関心を引きたいが為に、オレにちょっかいかけてやがるんじゃなかろうな、コイツ。
今後のことも考えて、ここひとつ、きっちりボーダーラインを引いといた方が身のためだ。
無言で蹴りを放ち、つかみかかってきた宮部の腕を弾く。
避けやがるせいで急所に決められねえのがちと苦労しそうではあるが。
それも酒が回るまでのこと。
「ちょこまかと逃げるな!」
「逃げいでかッ」
酒に関しちゃあ、オレが一番強いんだ。
宮部より先に酔いが回るなんてこたあない。
コイツが動けなくなるまでさんざん振り回してやりゃあ、自動的にオレの勝ちだ。
んでも、撫でくりまわされた仕返しに、一発くれえは決めてやりてえ。
身軽に宮部の攻撃をかわし、死角を狙って肘を叩き込むも、敵もさるもの。
くるとわかってりゃあ、受け止めるのも容易い。
がっちりと肘を掴まれ、勢いを利用して引き倒されそうになったのを、自分から突っ込んでいって避ける。
ついでにすれ違いざま膝蹴りを入れてやろうとしたんだが。
ギリギリのところでかわされ、舌を鳴らす。
お互い手の内を知り尽くしてるヤツと対峙すんなあ、やっぱ骨が折れる。
つーか。
たかだかじゃれあいの喧嘩で家具にまで被害を出す気は、オレも宮部もありゃしない。
従って、お互い動ける範囲が限られている。
相手の動きを窺いながら、なるべく有利な足場を探し、ジリジリと移動する。
もちろんのこと、宮部だって考えることは同じだ。
お互い牽制しつつ、隙を作るべく攻撃を繰り出すも、長年の付き合いだ。
相手のやることなぞ、考えるまでもなくわかる。
頭で理解するより先に、身体が勝手に攻撃を避けている。
さて、下手すりゃ長引きそうだと覚悟を決めたところで――……。
「むう。やっぱ宮部さんと兎場先輩って仲好しすぎてなんかもやもやするかも」
「だよね。触られるの嫌いなくせして、宮部さんには文句言いつつもけっこう触らすんだよ、兎場さん」
無言でやり合うオレと宮部のどこが仲良く見えるのか。
「「なんかジェラシ~ッ」」
仲良く声を揃えたふたりが、それぞれ突進してきてオレと宮部を引き剥がしにかかる。
「んもう。オレ以外に押し倒されるの禁止ですう」
「あんたはオレ以外は押し倒さなくていいの〜ッ」
もろ『焼きもち妬いてます』ってな顔してしがみついてくるガキを見る、宮部の満足そうな表情が馬鹿らしいやら腹立たしいやら。
毎度のことながら、コイツ。
愛情の確認の仕方がひねくれてやがるよなあ。
「小鳥ちゃんよう。宮部がめんどくせえことになっから、あんま裕太を独占してやるな」
「え〜。オレが宮部さんに兎場さん盗られてるんですもおん」
ぎゅうっと腹にしがみついて頭をぐりぐりと擦り寄せてくるガキの。
ぷっぷく膨らんだ頬を見ればわかる。
言い逃れや口実なんぞでなく、オレと宮部がつるんでるのを見て、あてつけにじゃれてやがったんだ、コイツら。
「んだよ。結局宮部の空回りじゃねえか」
「うるせえ。オレが構いてえ時にゃあ、たいていコイツら一緒になってじゃれてやがんだよ」
「だったら混ざってくればいいのに。ねえ、翔太くん」
「仲好しこよしのガキの間に割り込めるか」
「でも兎場さん、平気で混ざってきますよ?」
「そりゃおまえらが止めねえと洒落にならん相談してやがるからだろが」
オレと宮部とじゃあ、禁忌に違いがありすぎる。
やさぐれてた頃にさんざん悪さしてきやがったせいか宮部は、ガキの悪さの止めどころが、一般的な度をかなり越えた辺りに設置されている。
対してオレは、『あんたは宮部くんや長谷川くんみたいに腹芸ができないんだから』と、せめて一般常識くらいは理解しておくよう、カエラに言い含められ続けてきた、結果。
てめえの行いは棚上げしておいてなんだが。
ガキどものおいたをどこで止めるか、オレはかつてのカエラの言葉を基準としている。
つまり、暴走しはじめ。
まだ興味が向ききっちまう前に、さっさと煙に巻いちまう。
ように心がけている。
対して宮部は自分の過去を基準にしてやがるもんで、『止める』という『口実』のもと割り込んでいくことも出来ず、ずっと悶々とガキどものじゃれあいを眺めてやがったんだろう。
まあ、腹芸の得意な腹黒野郎だ。
絡みに行く『口実』の見つけ方さえこっそり陰で囁いといてやりゃあ、後では自分でどうにかしやがるとして。
問題は、こっちのガキどもだ。
スワッピングだなんぞと阿呆なおいた。
二度と思いつけないよう、今日はふたりそろって、ちぃと本気で泣かすとするか――……。
※ 実はけっこう、あっちこっちで殴りあいの喧嘩を繰り広げている大人組の人々なのでありました。といふお話 ※




