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tea break  作者: ふゆき
20/30

ふたり異なるお休みの日は。

暇を持て余すとついつい手間のかかる料理を作りたくなってくるのは、考えるまでもなくオレが兎場さんを好きすぎるせいだ。


出来上がった料理を食べる兎場さんの、ほんわか嬉しそうな顔がふと浮かんでくると、もうダメだ。


じっとしていられなくなって、気がつけばキッチンで野菜を刻んでいたりする。


兎場さんは、食い道楽なくせをして、食べる物に対して文句を言わない人である。


口に合わないものでも、出されれば黙々と食べている。


残すという行為に、なぜだか罪悪感があるらしい。


それは、兎場さんだけでなく、古馴染みである他の三人も同じで。


アレルギーっぽい反応の出る食べ物以外は、たいていなんでも食べてしまう。


油断してると、消費期限があやしくなって避けておいたものまで、『もったいない』と食べてしまったりする。


賞味期限はともかくとしても、消費期限のはっきりしないものは、できれば食べないでもらいたいんだけど。


自分だけしかいない時。


ちゃんと温めるだけにした食事を用意しておいても兎場さんは、残り物があればそちらを優先的に片付けてゆく。


仕事の関係上、シフト通りに帰れないことなんてざらにある。


夕食のつもりで作り置きしておいたものが朝食になったり。


下手をしたら、翌日の夕食に、なんてこともしょっちゅうだ。


オレが見ていないと、兎場さんはすぐに横着をする。


お酒のつまみを夕食代わりにする程度なら可愛いもので。


うっかりしていると、エネルギーバーをかじるだけで食事を終わらせてしまう。


だからオレは、これでもかと作り置きの料理をこしらえて、冷凍室をいっぱいにしておくことにした。


冷凍してあるものを温めるだけ。


そんな風にしておけばさしもの兎場さんも、めんどくさがって簡易食で済ませたりせず、ちゃんと食事をとってくれる。


ひとりで食事をするのが苦手なあの人は、ともすれば一日三食、携帯用の簡易食で終わらせてしまったりする。



ひとりで食事をしたがらない理由を。


兎場さんの胸の奥で、小さく疼く傷痕を。


知らないわけではないけれど。



だからこそ、ひとりの時でも食事が美味しいと感じてもらえるよう、日々努力しているのだ。



どうにも予定が狂って帰れず、手付かずの料理が残ってしまった場合。


いくらもったいなかろうが、消費期限のあやしいものは、すっぱりあきらめてくれたらいいのに。


兎場さんは、口へ入れてみてあきらかに味の変わっているもの以外は、平然と食べてしまう。


確かに、残り物を食べてもらえれば、整理がついて助かる。


助かるんだけれども。


古くなって傷んだものを食べて食中毒でも起こされたりしたら、たまったもんじゃないのはオレだ。


兎場さんはよく、『おまえは食べる物に困ったことがないからそんなもったいないことが言えるんだ』なんてことを言うけど。


オレが入社した頃にはもう、後方支援部隊なるものがが存在していた。


しかも、『猟犬』はいまや花形職だ。


どれ程事件が長引こうが、どれ程出動要請が多発しようが、交代できちんと休憩がとれる。


て、ゆーか。


長引きそうな気配になれば、ふらりと現れて始末をつけてくれたり、休みの日だと、差し入れを持ってきてくれたりするくせして。


昔の苦労話を持ち出て、通じると思っているのだろうか、あの人は。


まあね。


たまに発揮される、そんな天然っぷりが可愛らしいんだけどさ。


自分が若い頃に苦労したからだろう。


兎場さんは――……いや、兎場さんたちは。


先回り先回りして、オレたちに快適さを与えてくれる。


恋人としての甘さをたっぷりと職場に持ち込んでおきながら、それでいて無自覚。


本人たちはしかめ面しくオレたちに接しているつもりらしいのがまた、微笑ましい。


だからオレたちはその甘さをたっぷりと味わいながらも、溺れてしまうことなく、側で寄り添っていられる。


無意識にこぼれて落ちる深い深い愛情を、与えられるがまま甘受するのではなく、甘やかされた分を喜ばせたい、と。


自分たちの甘さも情の深さも、いまいちわかっていないらしい、どこか情緒の危うい連れ合いの。


その危うさ故にだだ漏れてくる情を、たっぷりと堪能したくて。


申し合わせるまでもなく皆が皆、猪突猛進実績をあげる方向へと突っ走るだから結局、オレたちは似た者同士の集団なのだろう。


緩やかに変化してゆく、人と人との繋がり。


胸の奥の。


ずっとずっと深い場所に兎場さんたちが封じ込めていた、暗い場所で過去ばかりを見つめていた若者は、もういない。


深淵を覗くことで、いなくなった人たちの面影ばかりを探していた彼らは、もう。


明るい場所にこそ、懐かしい人たちの面影が残っているのだと、そう気がついたはずだから。



情を与えられた事のない人間は得てして、欲しがるばかりで与えることを知らないものだ。


けれど、兎場さんたちは、欲しがるよりも与えたがる。



意図せずあふれてこぼれる、情の深さ。


それはきっと、兎場さんたちが大好きだった先達たちの、置き土産。



懐かしそうに目を細めて昔を語る兎場さんたちを見ていれば、なんとなくわかる。


親が子供に教えるようなあたりまえのことを。


斜に構えた若者たちに根気よく、それでいて押しつけがましくもなく、ごくごく自然体で教えようとする兎場さんたちの。


痛みを伴う記憶の向こう側。


オレの知らない兎場さんは、きっと。


ほんわか幸せそうに笑っていたに違いない。



無意識に出る所作は、身体に染みついた記憶だ。


何年も何年も、暗い場所で蹲っていてさえ消えなかった、ソレを。


本人たちは恐らく、気づいてさえいないのだろう。



自分たちは社会とはズレている。


そう思い込んで生きている人たちだ。



確かに、いろいろと常識は欠けていたりする。


普段の立ち振舞いに常識がないとゆーか。


フツーの人には出来ないことをさらりとしてのけちゃう非常識っぷりを、本人たちだけがいまいち理解していないとゆーか。


特に兎場さんなんかは、『天然』てだけで、かなぁり世間様からはズレてたりするけど。


そこはそれ、置いておくとして。



人としての本質は、他の誰よりも優しい。



基本的に、あまり不満を言わない人たちだ。


愚痴は言う。


説教めいたことも言う。


反発もすれば、論議もする。


でも、本当に必要なことに対してだけは、決して文句を言わない。


不承不承なのが見え見えだったとしても、ぐっと意見を飲み込んでしまう。


だからオレは、暇になるとどうしても、兎場さんの喜ぶ顔が見たくなってくる。


もちろん、ぼーっとして過ごす時間も時には必要だってことは、ちゃんとわかってる。


でも、オレまだ若いし。


体力だって有り余ってるし。


半日もだらけてると、なんとなくじっとしているのがもったいなくなってくるんだよなあ。


それに、兎場さんがオレのためにせっせと頑張って働いてくれてるんだもん。


美味しいものを作って差し入れるくらいは、してしかるべきだろう。



ふたり一緒にまとまった休みが欲しい。



そんな要望を出したら、兎場さんの予定がみっちり埋まってしまった。


ちょっと前までは、兎場さんのシフトなんて、あってないようなものだった。


オレと一緒になる前の兎場さんは、半ば待機室に住みついていて。


休みの日でも、呼び出されればほいほい現場へと出向いていた。


すったもんだあってオレと一緒になってからは、一応ちゃんと帰宅するようにはなったけど。


お互いのシフトがずれたりすると、勤務時間が終わった後もあたりまえみたいに待機室に居座って、オレの横でのんびり寛いでいたりする。


そんでもってそんな時に美濃班に出動がかかると、当然みたいな顔をして、ひょこひょこ現場までくっついて着いてくる。


どこのシフトにいるかわからなくなるからやめろ。


長谷川部長にそう怒られても知らん顔。


くっつき虫よろしく、オレにべったりくっついて離れなかった。


たぶん、きっと、恐らく。


笑顔で兎場さんを送り出しつつも、姿が見えなくなった後、あからさまにがっかりしてしょんぼりするオレを、なにかの弾みで目撃でもしたのだろう。


オレが兎場さんに好かれているのだと芯から納得できるまで、ずっと側に寄り添っていてくれた。


公私混同も甚だしいが、気にする者は誰もいない。


しかも、ウチの班の班長は、他の誰より図々しくできている。


時間外だろうがなんだろうが、そこに居るなら使わにゃ損だ。


そう嘯き、兎場さんを顎でこき使いまくった。


またまあ、兎場さんが文句も言わずに使われてるものだから。


いつの間にやら、以前と同じ。


兎場さんのシフトは、あってないような状態になってしまっていた。



んだけれども。



転機は、ふとしたきっかけでやってきた。


浮き島での実習を終え、実践配置された新人たちが――……やたらめったら使えたのが事のはじまりだった。


脱落者なく浮き島実習を終えられただけでも、近年稀にみる快挙だったらしいのに、兎場さんに教育された新人たちは、戦場の空気にすぐさま馴染んだ。


言われる前に動くのは、ごくごく基本的なことである。


だが、実戦にでたばかりの猟犬たちはたいてい、戸惑いが先にたつ。


実習とは異なる現場の雰囲気に圧倒され、しばらくは役に立たない。


――……はずなのだが。


兎場さんを見慣れて、兎場さんが基準になっている新人たちは、実習と実戦の温度差に戸惑うことなく、初陣からきびきびと動き回った。


だもんで、上層部にせっつかれ、お試しで兎場さんによる訓練教室なるものを短期間だけ開設してみたら。



実習を受けた若手の動きが、格段に変わった。



兎場さんは、実戦ありきで物事を教えてくれる。


目線を合わせ、見えていなければならないものの中からオレたちが見落としてしまっているものの存在を、わかりやすく示してくれる。


半信半疑。


教えられたばかりの新しい知識を携え現場へと出てみれば。


あら不思議。


いままでどうしていいのかわからず戸惑っていたのが嘘のように、自分の立ち位置が即座に理解できた。


とは、いやいや訓練教室に参加させられた、とある若手の猟犬の感想だそうだ。


斯くて兎場さんの訓練教室は大人気。


この頃では、新人教育の枠を越えちゃって、中堅層の指導にまで駆り出されていたりする。


現場が大好きな兎場さんは、最初、ものすごおく嫌がっていた。


約束が違う。


そう言って、オレの背中に隠れて出てこなかったんだけれども。


『そんなに現場が好きなら実地指導してこい』


そんな台詞と一緒に新人共々蹴りだされ――……よほど胆が冷えたのだろう。


以来、せっせと頑張って、訓練教室に取り組んでいる。


美濃班のサポートにすっかり慣れちゃって、それが常になっちゃってるんだもん。


新人ばかりを引き連れての現場は、さぞかし胆が冷えたはずである。


まだ現場のアレコレを把握しきっていない新米のサポートなんて、オレだって怖い。


阿吽の呼吸。


そんなものに慣れた後なら尚更だ。


しかも、兎場さんはいまだに自己評価が低いとゆーか。


現役を長らく離れていた部長たちが、そこそこ同等の戦果をあげてみせるからだろう。


自分がずば抜けて強いことを、いまいちちゃんとわかっていなかったりする。


端からしたら、かなりいい迷惑である。


でもだからこそ、大人気なんだよなあ、兎場さんの訓練教室。


実力に差があればあるほど、教官役から学べるものは増えてゆく。


ましてや、後進に自分の技術を残したい人の指導だ。


兎場さんの性格上、懇切丁寧とはいかないが。


同じ目線まで降りてきて、親身になって物事を教えてくれる。


それで実力がつかないはずがない。


新人がめきめき実力を伸ばしてくれば、黙っていられなくなるのが中堅層だ。


はじめこそ、兎場さんとの距離感がわからず訓練教室に参加するのを嫌がっていた人たちも、こぞって申し込んでくるようになった。


それをまあ、長谷川部長がホイホイ受けちゃうもんだから、オレは最近、兎場さんの顔さえ、まともに拝めていなかったりする。


訓練教室との兼ね合いで、兎場さんのシフトにはあまり融通がきかない。


連休ありきでシフトを組んだ場合。


予定がみっちり詰め込まれちゃうのはまあ、ある程度予想がついていたことだ。


けど、一週間もまるっと会えなければ、さすがにちょっと寂しくなってくる。



頑張れば頑張っただけ兎場さんの評価があがるし。


なにより、オレの実力があがればあがっただけ、兎場さんが喜んでくれる。


いまにして思えば、褒めてもらいたい一心で、後先考えずに張り切っちゃったのが不味かったんだよなあ。


もとより美濃班の面々は、ぶら下げられたご褒美欲しさに、とんでもない勢いで兎場さんから知識と技術を吸収していた。


オレが頑張ってるのと同じくらい、努力に努力を重ねまくって。


ついうっかり、班単位でではあるが、兎場さんに並び立てるだけの実績をあげてしまった。


美濃班長は、正当な指導のもとで実力があがるのは当然だって顔してふんぞり返ってるし。


香乃さん文さんだけでなく加地さんまで。


陰でめちゃくちゃ努力してたくせして、『特別なことはなにもしてません。砂兎さんの指導を受けただけです』てな態度を崩さないし。


オレはオレで、兎場さんにべったりで、兎場さんしか見えてませんて態度を貫いた――……結果。


『いままで軽視してたけど、昔ながらの指導法って、案外いいんじゃないの?』


てな空気が、社内中に漂いだした。


実際問題、新人の実力がめきめきあかってくれば、中堅層もじっとしてはいられなくなってくる。


兎場さんだけならまだいい。


アイツは型破りだから。


そんな言い訳が成立する。


オレが先輩たちを追い抜いたとて『アイツは砂兎のお気に入りだから』で済む。


だがしかし。


浮き島で兎場さんの実習を受けた新人たちが、やたらめったら優秀だったりした場合。


古株だとて、うかうかしてはいられなくなる。


自分より後から入ってきた人間に捌ける現場が捌けない、なんてことになったら大事だ。


下手をすれば、『猟犬』としての死活問題に発展する。



そんなこんなで、兎場さんの訓練教室は大盛況。


美濃班の活躍によりめったに緊急出動のお呼びがかからなくなった兎場さんは、ほぼ毎日、みっちりと訓練教室の予定を詰め込まれている。



たまぁに、現場に出たいと駄々をこねてるみたいだけど。


じゃあ若いのを引率して現場へ行ってこい。


無情にもそう切り捨てられて、しぶしぶ訓練生の相手をしに戻ってゆく。



よしんば美濃班だけでは手に余る事件が発生したとしても、いまでは他に、三人もの『非常識さん』がいる。


兎場さんがいなくたって、たいていの現場はどうとでもなってしまう。


本人がいくら熱望しても、兎場さんはしばらく現場へは戻らせてもらえないだろう。



どうしてもどうしても兎場さんがつかまらなくて。


てか、浮き島での訓練キャンプなんてものを企画したりしたせいなんだけど。


浮き島からだと、どれだけ急いだとて緊急事態に間に合うわけがない。


美濃班だけじゃあ、数の上だけでも圧倒的に不利。


どうにかこうにか凌げても、周辺被害を考えれば、下手に反撃も出来ない。


すわどうしよう、と後方支援部隊が混乱したのも束の間。


いつもはスーツ姿の部長たちが兎場さんの装備を身に付け、ふらりと現場に現れた――……と、思ったら。


兎場さん以上の無茶のオンパレード。


あれよあれよという間に、さくっと現場を納めてしまった。



兎場さんの無茶っぷりに輪を掛けることの三人分。



長らく現場から離れていたせいで、いまいち加減が掴めなかったのか。


はたまた万全を期したのか。


部長たちは徹頭徹尾、手加減なしの全力投球だった。


あの美濃班長がおののいて、後方支援部隊に避難命令を出したくらいだ。


現場の阿鼻叫喚ぶりがどんなものだったか、言うまでもあるまい。



それからは、ちょこちょこと。


長期化させたら不味いなあ、とか。


どれだけ人手を投入してもおっつかないんじゃないのかコレ、とか。


あ、なんか大変そうだわコレ、とか。


手こずりそうな案件が発生すると、年長組の面々ご指名で出動依頼がきたりしてるみたいだけど。


そんな案件は、ごくごく稀だ。



よって、今日も今日とて兎場さんは、訓練教室でしぶしぶ、指導員をやっている。


まあ、どうしようもなく倦んできたら、時間外になってから美濃班の出動にくっついてきて憂さ晴らしてるし。


口で言うほど、ストレスをためてはいないはずである。



大量のささがき牛蒡をこしらえながらふと、ふて腐れた兎場さんの表情を思い出し、小さく笑う。


渇いた大地が水を吸い込むみたいにして後進たちが与えた知識と技術を身につけてゆく様が、ちょっと面白くなってきているくせをして。


相変わらず最前線に立ちたがる兎場さんは。


つまるところようするに、オレの隣にいたいだけらしいのだ。


オレが我慢して我慢して我慢して、なんとか我が儘を言わないで耐えていたら、ポツリと。


『シフトが全然重ならねえの、おまえヤじゃねえの?』なんて。


可愛らしい不満をふて腐れた顔で言うんだもん。


我慢なんてきくはずがない。


すかさずその場で押し倒し、いちゃこらしたのがつい先日。


淫らがましい兎場さんの媚態を堪能している最中に、オレの方に緊急呼び出しがかかって――……。



プッツンしたオレが駄々っ子モード全開で拗ねまくったら、兎場さんがふたり揃っての休暇を申請してくれた。


近場でいいから一緒に旅行がしたい。


ずっと前にそうおねだりしてたのを、ちゃんと覚えていてくれたのだ。


ちょうど、訓練教室の在り方そのものを組み直そうかという案が出ていたとかで。


休暇の申請はあっさり通ったものの。


受け付けた分の訓練教室を終わらせてしまわない事には、カリキュラムを組み直そうにも組み直せない。


あちらこちらと調整し、もろもろもろもろ話し合った末に兎場さんは。


予定を詰め込んでさっさと終わらせてしまう方を選び、昼も夜もなく、ずっと会社に詰めている。


兎場さんが憂さ晴らしにやってきた時くらいにしか顔も見れない一週間。


家に帰る往復の時間分寝ていたい、だなどと薄情なことを言い、待機室に住みついちゃった愛しい恋人に会おうと思ったら。


身体の空いた時間に、オレが兎場さんの元へと押し掛けるのが一番だ。


はじめはオレも、兎場さんに付き合って待機室に居座ってやるつもりだった。


でも、それをすると、兎場さんがオレを気にする。


自分の方がみっちり仕事を詰め込まれてるのにあの人は、オレの方が忙しいような言い様をする。


掃除をしたり洗濯をしたり食事を作ったり。


家事がある分、オレの方が疲れているとでも思っているのだろう。


実際のところ、料理はもう純然たる趣味だ。


兎場さんの舌を満足させるのが密かな楽しみである以上、家事が負担になんてならないのに。


何度言ってもあの人は、オレが気を遣って言っているとの認識を改めてくれない。


好意の上に胡座をかかない、そんな心根がいとおしいんだけど。


どれだけ疲れてたって、兎場さんが構ってくれたらそれだけで。


オレはじゅうぶん癒される。


とはいえ、兎場さんの健康管理をしたいなら、まず自分からだ。


午前中はたっぷり休んだ。


身体はばっちり癒されている。


残るは心のリフレッシュのみ。


まだ一週間は、兎場さんに休みらしい休みはない。


さすがに要所要所で半休をねじ込まれてはいるものの、オレの休みとは丸っと重なっていなかったりする。


兎場さんにじゃれつけない日が後一週間。


そんなの、我慢できるはずがない。


それにそろそろ、兎場さんが横着しはじめる頃合いだ。


裕太くんと紘子ちゃんには、折りを見て兎場さんがちゃんと食べているか見てくれるよう頼んである。


カエラ部長にも、兎場さんがめんどくさがって食堂に出向くのを渋っていたら、引きずって行ってくれるよう頼んだ。


長谷川部長と宮部部長は頼むまでもなく、兎場さんが途中でへばっちゃたら予定がこなせないとばかりに、小まめに様子を見てくれてはいる。


いるが、兎場さんに無茶苦茶なスケジュールを押しつけてくるのも、このふたりだったりするから困りもの。


美濃班の皆にも、兎場さんを見かけたら気にかけてくれるよう頼んではあるけれど。


あの人、疲れてくると、とことんめんどくさがりになっちゃうからなあ。


ぼちぼち様子を見に行かないことには、オレの方が落ち着かない。



だからオレは愛しい恋人に会いに行く口実を作るべく、せっせと野菜を刻む。


山盛りのささがき牛蒡を作り終えたら、次は人参だ。


薄めのいちょう切りをてんこもりこしらえて。


しめじは刃物を入れず、石突きをとって手でちぎる。


あとは油揚げを一センチ角にカットすれば、刻みものはおしまい。


鍋に調味料を入れて沸かし、手順通りに鶏肉と一緒に煮ていくだけだ。


弱火でコトコト二十分。


その間に下ごしらえをして凍らせておいた鶏肉を揚げ、だし巻きたまごを作り、冷凍してあった常備菜を重箱に詰める。


兎場さんひとり分だけだったらお弁当箱ひとつで済むんだけど。


ウチの雌豹どもはなぜか、常に腹を空かせている。


兎場さんの分しか持って行かなかったら絶対、ブーイングの嵐だ。



重箱の一段目を常備菜。


二段目を具材たっぷりのだし巻きたまご。


三段目を唐揚げで埋める。


そうして、炊きたて熱々の新米ごはんに、これまた炊きたて熱々の具材をたっぷり混ぜたかしわ飯は、あるだけ全部を食べやすいようおにぎりにする。


彩りが少々気に入らないが、まあ。


いきなり思い立って作った割りには上出来だろう。


すべての重箱を番重に詰め、こんなの持ってる一般家庭はウチくらいなもんだろうな、とか思いつつ、慎重に車へ乗せて会社へと向かう。


通用口で扉を開けてくれた警備員さんがくすくすと笑っていたのは、兎場さんもこうして、自分だけが休みの日には差し入れをぶら下げてやってくるからだろう。


警備員室にお裾分けを渡し、夕陽の差し込む廊下を急ぎ足で進む。


この時間帯なら、夜間の部までの休憩時間として、待機室にいるはずなん……だ、けど。



滅多にロックされることのない扉が施錠されていたことに不審を抱きつつ、そっと中へ入ってみれば――……。


ソファの上で、完全に意識を落とした兎場さんが、健やかな寝息をたてていた。



慌てて気配を殺し、音をたてないよう、後ろ手に扉を閉める。


なるほど通りで、施錠されているはずである。


疲れが溜まったのか。


はたまたすっきりしたかったのか。


美濃班の皆がパトロールに出掛けたのをこれ幸い。


彼らが戻ってくるまでの短い時間だけでも、熟睡したかったのだろう。


差し入れの食料をローテーブルの上に置き、兎場さんの邪魔にならないよう、息を潜めてそっと寄り添う。


小さなソファの背凭れ越し。


ゆったりとした呼気を、どこか幸せな気分で聞く。



物音ひとつ。


気配ひとつで起きてしまう人だ。


そんな人が、オレの気配だけはいつも。


気がついているだろうに、知らん顔して意識を眠りに委ねている。



それがどれだけ嬉しいことなのか。


オレを懐に抱え込んでご満悦な兎場さんにはきっと。


どれほど言葉を尽くしてもわかってもらえないだろう。


無防備にさらされる寝顔は信頼の、兎場さんがオレを好きでいてくれている証だ。


甘ったるい気分で、どのくらい寝息を聞いていただろうか。



「――……小鳥ちゃん……?」



「はい。あなたの可愛い小鳥ちゃんです」



ふいに寝起きの掠れた声で名を呼ばれ、笑い声で返す。


いまいち状況を理解できていない、ぼんやりとした寝惚け眼。


右を見て、左を見て。


自分のいまいる場所を確かめて。



「なんでいるんだ……?」



ぽやんと不思議そうに呟く様が、可愛らしいったらありゃしない。



「どうせまともに食べてないだろうと思って、差し入れを持ってきたんですよ」



くすくす笑いながら、半ば微睡みの中に意識を残しいる兎場さんの唇を、そっと盗む。


重ねるだけの、啄むような口づけ。


軽く触れて離れるつもりだったキスは、けれど。


あたりまえみたいに伸びてきた腕によって、延長戦への変更を余儀なくされた。


ソファに寝転がったままオレの頭をかき抱き、より深い口づけをねだる、怠惰な獣。


唆すかのように下唇を食んでやれば、ほくそ笑んだ獣が、即座に唇を開いてオレの舌を受け入れる。



「ん……」



満足そうに漏れる、鼻にかかった甘い吐息。


もっともっととねだる舌に誘われれ、このまま勢いづいて貪ってやろうかとも思ったけれど。


案の定と言おうか。


触れた唇は柔らかさよりも、かさついた感触を伝えてきている。


まったくもう。


思った通りだ。


ここ数日、まともに自己管理してないな、この人。


相変わらずのワーカーホリックなんだから。


根を詰めて取り組める仕事があると寝食忘れてのめり込んじゃう癖は、いい加減直してくれないものだろうか。


名残惜しさをたっぷりと残しつつ、濃厚な口づけを、燠火が点る寸前で切り上げる。


上目遣いでオレを見る、どこか不満そうな、物足りなさげな獣の眼差し。


なにか言おうとするのを遮って。



「かしわ飯のおにぎり作ってきたんですけど、食べます?」



番重の蓋をあけて取り出した重箱の中身を見せてやれば、ぼんやりとしていた眼差しが緩やかに焦点を結び――……。



「……食う」



色欲は、あっさりと食欲にとって変わられてしまった。


なんだ、残念。


妙に積極的だと思ったら、半分寝惚けてただけか。


だよなあ。


兎場さんだもん。


こんないつ誰が入ってくるかわからない場所で、さかってくるわけないか。


ほんのちょっぴり、寝惚けてる間に貪っちゃえばよかったなあ、とか思わないでもなかったけれど。


重箱の蓋を開けて中身を確かめては笑みを深めている兎場さんを見ていたら、どうでもよくなった。


せっかくふたりで旅行に行くんだもん。


お楽しみはとっておいても損はない。


重箱を順繰りに開けていき、だし巻きたまごを見つけた兎場さんが、いそいそと居住まいを正す。


具材をたっぷり入れただし巻きたまごは、兎場さんのお気に入りのひとつである。


熱燗と一緒に出してやれば、毎回おかわりの要求がくる。


食堂の食事はどうしても、働き盛り食べ盛りを主としたメニューになりがちだ。


あっさりした味付けが好きな兎場さんにしてみれば、些か味が濃いのだろう。


たまに食べる分には美味しそうに食べているが、数日続くと、てきめん食欲が落ちてくる。


なるべく気をつけてお弁当を手渡したりしてたけど。


じゃれてくる雌豹たちにわけてやったり、昔馴染みの友人たちにつまんでいかれたり。


オレが見ている限りでは、ゆっくりと食事をしている様子は、ほとんどなかった。


久しぶりにのんびりと食事ができる。


そんな顔で重箱の中身を眺めている兎場さんの前に、笑いながら取り皿と箸を置いてやる。


嬉々として取り皿を受け取り、重箱の中身を取り分けかけて。



「――……おま、休みの日くらいのんびりしろっつったろが。なんだ、この量」



ようよう頭がまともに働きはじめたのだろう。


番重にぎっしり詰め込まれた重箱を指差した兎場さんが、呆れたような顔をオレに向ける。



「しましたよ。オレ、今度の休みには買ってもらった業務用炊飯器の試運転するって、だいぶ前から言ってたでしょ」



「あー……」



つい先日、ねだってねだってねだり倒して、ようやく買ってもらった業務用の炊飯器。


兎場さんがどーしてもどーしても『うん』とは言ってくれなくて。


ぶんむくれていたら、嫌がる兎場さんをものともせず、部長たちが割り勘で買ってくれた。


兎場さんたちはしょっちゅう、会議室でできないような話し合いを、ウチでする。


なんかの口裏合わせだったり。


お互いの進捗状態のすり合わせだったり。


オレにはよくわからない話ばかりを。


部長たちだけならばまだいい。


お酒となにがしかの肴を用意しておけば、おとなしく会話に没頭してくれている。


困るのは、美濃班の面々が呼び出されてやってきている時だ。


美濃班長は、長谷川部長と仲がいい。


てか、ちょっと前から付き合っている。


悪巧み――兎場さん曰く――の実行役を引き受けるのは、ほぼ彼女だ。


となると、必然的に美濃班のメンバーは、実行班に組み込まれる。


悪巧みと言っても要は、部長たちの要求を通すための――……昔は主に兎場さんが担当していたという、実績作りである。


荷担するのに否やはない。


会社に内緒の話をウチでするのも構わない。


ただ、その人数の食事を、オレに作れと催促する女傑たちの食欲が困りものなのだ。


細いくせしてウチの雌豹どもは、やたらめったらよく食べる。


しかも白米好き。


必然的にふたり用の小さな炊飯器はフル回転で。


ついでにキッチンもフル回転。


美濃班を呼ぶ時は、さすがに見兼ねたのだろう。


宮部部長が裕太くんを、カエラ部長が紘子ちゃんを連れてきてくれる。


みんなでわいわい料理を作るのは、それなりに楽しい。


でも、雌豹たちの主食は白米で。


ウチにある小さな炊飯器では、何回炊いてもおっつきゃしない。


斯くてオレは業務用の炊飯器を買ってくれと兎場さんにねだり倒し。


兎場さんは、『そんなもん買ったらアイツらがデカイ顔して居座りにくる』と、ものすごぉく嫌がった。


喧喧囂囂、すったもんだの挙げ句。


『ウチでしょっちゅうごはん食べるんだから、あんたらが買ってくださいよ!』


と、誰にともなくキレてみたら、なんと本当に買ってくれたのだ。


オレが欲しかったのよりでっかい、ガス炊きの炊飯器。


届いたその日から使ってみたくてオレがずっとうずうずしていたのを、兎場さんは見ていて知っている。



「んで? 使い勝手はどうよ」



興味なさそうにしながらも、ぱくりとだし巻きたまごを食んだ兎場さんが、目を細めてオレ見る。


しょうがない奴だといった微苦笑の浮かぶ、穏やかな眼差し。


嫌がって嫌がってしてたくせして、それでも。


ずっと欲しくてたまらなかった玩具をやっと買ってもらえた子供みたいにオレがはしゃぎまくっていたら、いつの間にか折れてくれていて。


炊飯器を繋ぐためのガス詮の増設は、コロッと失念していたオレの代わりに、兎場さんが手配を済ませてくれていた。



「んふふ。ちょっと水加減に自信がなかったんですけどお。電気の炊飯器で炊くよりお米がふっくら炊けて、思ってたよりいい感じです」



備え付けのポットで沸かしたお湯でお茶を入れるついでに、インスタントのお味噌汁を作って兎場さんの前に置く。


兎場さんはいつも、最後の最後には必ずオレを甘やかしてくれる。


しょうがない奴だと肩を竦めて、穏やかに笑う姿がほんわか楽しそうなのは、たぶん。


オレの気のせいではないはずだ。



「これでいつでもお泊まり会してくださって大丈夫ですよ」



「ありゃ密談つーんだ。つか、今回のこれで一段落つくらしいからな。当分ねえよ」



「え~ッ。せっかくせっかく買ってもらったのにィ。あ、そうだ。だったら今度、みんなで庭でバーベキューしましょうよ!」



「あのな。そーゆーのを本末転倒ってえんだよ。おまえ、ちったあオレを労れ?」



「労ってますう。労ってるからこうして、お弁当作って持ってきてるんじゃないですか」



だし巻きたまごばかりを食べようとするのを咎めるかのように、青菜のおひたしを箸でつまんで兎場さんの口元へと差し出す。


躊躇いなくぱくりと食んでくれたのが嬉しくて次を差し出せばまた、ぱくんと素直に食べてくれて。


なんだか楽しくなってきたオレは、栄養価と味覚を鑑みながら、次から次へと兎場さんの口元へとおかずを運ぶ。



「試運転のついでだなんだろ」



「あ、ひどい。オレの健気な愛情を」



「自分で言ったんだろが。オレは家でゆっくり寝てえの。賑やかしくされたら寝られやしねえ」



食べさせてもらう行為に抵抗がないのか。


たまに家でもこんな遊びをしているからか。


さっさと箸を置いた兎場さんは、オレが差し出すものを食べながら、合間合間に、手づかみしたおにぎりをのんびりとかじる。



「むう。酔っぱらったらどれだけ騒がしくしてたって、気にせず寝ちゃうくせしてえ」



「酔っぱらうほど飲ませてもらえねえんだよ、この頃は」



「だって、酔ったら寝ちゃうじゃないですか。兎場さんは、オレよりお酒がいいの?」



恨めしそうな視線から逃れるべく、甘えて拗ねた口調を聞かせるオレを。


酒量を制限されたのがよほどお気に召さなかったのか兎場さんは。



「時と場合による」



チラリとだけ見て、フイッと明後日の方向を向いてしまう。



「ちょッ。そこは『おまえに決まってるだろ』って言ってチューしてくれるとこでしょ!」



「年寄りはたんまにいちゃいちゃできりゃあ、じゅうぶん満足なんだよ。――……旨いな、このかしわ飯」



折に触れて勃発する、いちゃいちゃタイムについての不毛なやり取り。


オレは毎日でも兎場さんとベッドでいちゃいちゃしたくて。


でも兎場さんは、ごくごくたまにいちゃいちゃ出来れば満足らしくて。


毎回平行線で終わるじゃれあいみたいな会話の途中でふと、兎場さんが声の調子を変える。


目を眇め、なにやら一瞬固まったと思ったら。


何故だか慌てた様子で、黙々とかしわ飯を貪りはじめる。



「今日のは、若鳥じゃなくてひね鳥使ってみたんです」



なんだろうと思いつつも、せっせと食べる事に集中している兎場さんに、お茶のおかわりを注いでやる。



「いつものよりこっちのが旨いわ」



「そりゃどうも。って、そんな慌てなくても、誰も取ったりしませんよ?」



「うんにゃ。取られる」



足音、と。


かしわ飯を頬張りながら兎場さんが呟いたのと、扉が開いたのとがほぼ同時。



「あ~ッ。砂兎さんだけなにか食べてるぅ」



「あ、ほんとだ。ずるい~ッ。」



かしましい叫び声が、高らかに室内に響き渡たり――……おにぎりを取り皿に確保した兎場さんが、部屋の隅へと避難してゆく。


相変わらずと言おうか。


なんで扉の向こう側の気配までわかるんだか。



「んもう。ちゃんと人数分ありますって。食べるんなら、さっさと着替えちゃってくださいよ」



どうしてだか兎場さんの手元からおにぎりを奪おうとする雌豹ふたりに、わざとらしくため息を聞かせる。


なんだって毎回、兎場さんが食べてるものを欲しがるんだかなあ。



「この後定時まで待機なの」



「だから着替えるの面倒なの」



結局、ふたりして兎場さんが確保していたおにぎりを『あーん』と食べさせてもらい、うふうふ笑いながら、目の毒でしかない艶かしいアンダーウェア姿のまま、後から入ってきた美濃班長共々、ちょこんと定位置に座る。



「ひよこ。お茶」



「「ワタシもぉ」」



「香乃も文も姐さんも。手ぇ洗うて上着羽織ってからやないとあかんて、いつも言うてますやろ」



毎度の加地さんのお小言もどこ吹く風。


豪傑揃いの雌豹どもは、座わると同時に手づかみでおにぎりを食べはじめる。



後はもう、お決まりのコースだ。



兎場さんとの間にあった、甘い雰囲気はどこへやら。


一気にかしましくなった待機室で、男三人。


雌豹たちの勢いに、為す術もなく振り回される。



もうちょっとだけ兎場さんとふたりきりでいちゃついてたかったんだけどなあ。



ぐっすり眠ってたっぷり食べて。


顔色のすっかり良くなった兎場さんが、ご機嫌さんで雌豹たちをあやして楽しそうにしてるから、ま、いっか――……。
















※ウサギさんの影響下にいると、労働基準法だとかを気にしないずれた子に育っちゃうよ、といふお話※











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