お子さまレンタル
こちらは、仲良くさせていただいているクリエイターさま宅のお子さまとの共演SSとなっております。
こんにちは。
ぼく、1年B組、千羽 一といいます。
性格はごくごく普通。
面白味もなければ、嫌なところもな……あ。
ちょっと泣き虫なのと、勉強が苦手で、家庭科が大好きな女々しいところが、自分ではちょっとダメダメかなって思ってます。
でも金色くんは、ぼくのそんなところを好きだって言ってくれる。
同じ学年のC組、金色 奏くん。
ぼくの好きな人で、こんなぼくを好きだって言ってくれる、優しい人。
金色くんはとってもカッコいいんだよ!
背も高くてスポーツ万能なんだ。
加えて優しいから、女の子に大人気。
その彼とぼくは今――……。
「ふぇええぇ〜ん。金色くぅん、どこお〜う」
思いっきりはぐれて、迷子だったりします。
せっかくせっかく金色くんがデートに誘ってくれたのに、ぼくの馬鹿ぁ。
なんで金色くんから目を離したんだよう。
可愛らしい雑貨を見つけて、ほんの一瞬目を奪われただけだったのに。
振り向いて、金色くんに『アレ可愛いね』って言おうと思ったらもう、彼はそこにいなかった。
ううん、違う。
人波に流されて、歩いて行っちゃった後だった。
小柄で小さなぼくと違って、金色くんは身体もおっきい。
人の間を縫ってふいにお店へ吸い寄せられたぼくに気づく暇もなく、流されるまま歩いて行っちゃったんだ。
大柄な人間が通路の真ん中で立ち止まっちゃったら迷惑だもの。
金色くんは、前を向いて周りの人にぶつからないよう、気をつかいながら歩いてた。
ぼくのことを、おっきな背中で庇うようにして。
つまり、真後ろを歩いてたぼくが立ち止まっても、金色くんにはわからないってこと。
お店を覗きたいならぼくはまず、『あそこのお店へ寄りたい』って、金色くんに声をかけなきゃいけなかったんだ。
どうしてぼくは、そんな簡単な気遣いもできないんだろう。
駅の近くに先日オープンしたばかりのショッピングモール。
アウトレットのお店もたくさん出店してて、ぼくはオープン前からずっと、興味津々だった。
だって、外国の可愛い雑貨だとか、キッチン用品だとか。
高くて手の出なかったあれやこれやが、安く買えるかもしれないんだよ?
ぼくのお小遣いでも買えるものがあったらいいなって思って、ずっとずっと楽しみにしていたんだけど。
いざオープンしてみたら、駅の近くだってこともあって、ものすごい人の数で。
オープニングセールのあれやこれやを見たかったけれど。
ひとりであんなたくさん人のいるところに出掛ける勇気がなくて、あきらめてたんだ。
そうしたら昨日金色くんが、
『ねえ。明日の日曜日、デートしよっか』
って言って。
ぼくをショッピングモールへ誘ってくれた。
嬉しくて嬉しくて。
いつもなら『ふたりっきりでデートだなんて』とか恥ずかしくなって俯いちゃうこのぼくが。
ふたつ返事で約束をした。
でも、嬉しくて幸せで舞い上がり過ぎたのがいけなかったんだ。
ぼくは自分が嬉しいばっかりになっちゃって、ちゃんと金色くんを見ていなかった。
金色くんは、ぼくが喜ぶだろうと思ってショッピングモールに誘ってくれた。
もちろんぼくは嬉しくて、だから。
本当なら、わざわざ行きたがっていた場所に誘ってくれた金色くんに感謝して、それで。
ふたり一緒に楽しまなきゃいけなかったのに……。
金色くんに感謝することもしないで、ぼくは自分だけが楽しんじゃってた。
だからきっと、罰があたって金色くんとはぐれちゃったんだ……。
ぼくって、どうしてこうダメダメなんだろう。
いっつもそうだ。
金色くんはぼくを喜ばせてくれるのに、ぼくは金色くんをがっかりさせてばかりだ。
こんなんじゃ、いつか絶対、金色くんに嫌われちゃう。
しょんぼり俯いて泣きそうになりながら。
ここで俯いちゃったら金色くんとははぐれたままになっちゃうんだぞ、と。
自分を鼓舞して顔をあげる。
探すのは、色素の薄い、綺麗な綺麗な茶色の髪だ。
金色くんは、ぼくのただ茶色いふわふわくせ毛とは違って、色の綺麗な、透き通るような茶色い髪をしている。
オレンジ色の夕日にキラキラ輝いていて綺麗な髪の毛。
きっとショッピングモールの中でだって、金色くんの髪は目立つはずだ。
ぼくはどんぐり目を大きく見開いてキョロキョロしながら、精一杯背伸びをして、金色くんの姿を探す。
大丈夫。
はぐれたって気づいたらきっと、金色くんもぼくを探してくれる。
本当は、泣きながら金色くんを探して走り回りたいけど、我慢だ。
はぐれた時に両方同時に動いたら、会えるものも会えなくなっちゃう。
それに、金色くんだもの。
ぼくがいないって気づいたら、きっと最善の方法で見つけてくれる。
ぼくにできる最善のことは、はぐれた場所でおとなしく待っていること。
それでも、探しに戻って来てくれた金色くんをすぐに見つけられるようキョロキョロしていたぼくは――……。
「いた! 金色くぅん!!」
スラリとしたモデルさんみたいなカッコいい背中を見つけ、迷子の子犬が飼い主を見つけたみたいな勢いで飛びついた……んだけど。
サラサラの茶色の髪をした、モデルさん並みにスラリとしてカッコいい人の背中に抱きつく直前。
ひょいと伸びてきた腕に目的の背中をかっさらわれ、ずべしゃと転ぶ。
「ちょっと。小さい子になにしてんです、あんた」
「いや……なんか気配が尋常じゃなく切迫つまってたからよ」
つい反射的に、とかなんとか。
ごにゃごにゃ口のなかで呟いているのは、ぱっと見どことなくとっつきにくそうな、うんと歳上の男の人だった。
黒い髪と――……黒というにはちょっと不思議な。
でも黒としか表現しようのない瞳の色をした、たぶん、ぼくのお父さんくらいの年代の男の人だ。
困ったように眉をひそめて、でも。
「わりぃ。大丈夫か、ちびっこ」
「ごめんね。この人職業柄、不穏な気配に敏感で……」
よくよく見れば、金色くんとはまた違う。
綺麗な茶色なんだけど、派手さのない色合いの髪をした男の人と。
ふたりがかりで、派手に転んだぼくを助け起こしてくれる。
うわ……どうしよう。
人違いしたんだ、ぼく。
茶色の髪の毛だけ見て、金色くんだって思い込んじゃったんだ。
この人も、背が高くてすらっとしてて、モデルさん並みにカッコいい。
けど、近くで見たら金色くんよりもこの人の方が、うんとがっしりした身体つきをしてる。
それに、髪型だって金色くんとは全然違う。
こんなにあちこち違う人を、なんで金色くんと間違えちゃったんだろう。
「どこも傷めなかったか」
「荷物はこれで全部?」
知らない人にいきなり飛びつこうとしたんだもん。
悪いのはぼくだ。
避けられて転んだって、自業自得。
それどころか、なんのつもりだ、って怒られたって、しょうがない。
なのに、まるで自分たちが悪いことをしたみたいな顔をして、ふたりはせっせとぼくの面倒をみてくれる。
思いきり派手に転んだぼくは、完全に悪目立ちしてる。
向けられる視線のほとんどは冷たくて。
中には、露骨に迷惑そうに舌打ちしていく人までいたりする。
もちろん、みんながみんなそうだってわけじゃない。
転んだぼくに、同情的な視線を向けてくれる人も、何人かはいた。
でもみんな、知らん顔してぼくたちの横を通りすぎていく。
ぼくだってきっと、手助けしようかどうしようかって悩んでるうちに、人の流れに流されて歩いていっちゃったと思う。
人と関わるのはとっても難しくて、そして恥ずかしい。
見なかったふりをしてあげることが正解だったってこともあるんだもん。
迂闊に手出しできない気持ちもわかる。
と、ゆーか。
あまりにも派手に転び過ぎて、ぼく自身、見なかったことにして欲しい気持ちが、なくもない。
このふたりはぼくに人違いされただけなんだし。
他の人みたいに、知らん顔しようと思えば、いくらでもできた。
でも、いくつもの視線が集まってもちっとも気にならないのか。
ふたりは心配そうにぼくを立たせてくれて、ぶちまけた荷物を拾い集めて持たせてくれる。
「あ……の。ごめんなさ……。ぼく、とも……友だ、友だちとはぐれちゃって、それで……こっちの人の背中が……」
なんだかだんだん申し訳なくなってきて。
ぼくは、もごもごと小さく言い訳の言葉を口にする。
ちっとも謝罪になっていない、どもりまくりのぼくの言葉。
転んだ恥ずかしさと、大好きな金色くんを知らない人と間違えちゃった悲しさと。
そんなものがごっちゃになって、まともな言葉にさえならなかったそれを。
「――……うん? ああ、小鳥ちゃんの後ろ姿が、その友だちと似てたのか。ん〜、こんぐらいの背格好の子どもなあ」
「あんたねえ。探したって、この人手じゃあ目視で顔も知らない子が見つかるわけないでしょ」
ふたりともがきちんとくみ取ってくれて、きょろりと視線を周囲に流す。
どうしてだか知らないけれど、親切にもぼくに代わって金色くんを探してくれる気満々みたいだ。
金色くんは、ずいぶんと前に人混みに流されて歩いて行っちゃった。
近くを探したっていないと思う。
ぼくはちゃんと、このふたりにそう言わなきゃいけないんだ。
でも、込みあげてきた嗚咽を堪えるのでいっぱいいっぱいでなにも言えないでいるぼくを――……。
「まあそうだけどよ。こんなちんまいの、ほっとくわけにもいかねえだろうよ」
年嵩の方の男の人の方がひょいと抱きあげて、自分の肩に座らせてくれる。
びっくりして目をぱちくりさせているぼくを覗き込んで、穏やかに細まる切れ長の眼差し。
どうしてだろう。
うんと歳上の男の人なのに。
なんか、金色くんを見てる時みたいに、すっごくドキドキする。
小さい子ども扱いされて、恥ずかしいのかな、ぼく。
「きみ、携帯電話はまだ持たせてもらってないの?」
そんなぼくを見て、茶色い髪のお兄さんが、笑いながら自分の携帯電話を振ってみせる。
電話をかけるジェスチャーをされてようやく、ぼくは金色くんの携帯電話に連絡をすればよかったんだと気がついた。
ぼくのことが幾つくらいに見えているのかちょっと気になったけど、そんなことは後回しだ。
きっと心配してるだろう金色くんに電話をかけるべく、ぼくは慌ててカバンを探る。
朝ちゃんと充電したから、電池だってばっちり……ばっち……あれ?
「ねえの?」
がさごそがさごそ。
必死な面持ちでカバンをあさり、ついにはキョロキョロと辺りを見回しはじめたぼくを見て。
黒髪の男の人がぼくを肩に乗せたまま、器用に首を傾げる。
「え……っと、出掛ける前にちゃんと電池を満タンにしておこうと思って……」
朝一番で充電器にさして、それから。
出掛ける準備をしてたら、金色くんが約束してたより早い時間に迎えに来てくれて。
「ぼく……ぼく、充電器にさしたまま、携帯置いてきちゃった……」
ぶわわっと涙が溢れて、どんぐり眼がうるりと潤む。
ぼくと違ってしっかりしてる金色くんだもん。
とっくにぼくの携帯電話へ連絡をくれているはずだ。
どうしよう。
どうしよう。
お家に置いてきちゃった携帯電話は、いくら金色くんがかけてくれても誰も出ない。
絶対絶対、心配させちゃってる。
はぐれただけでも金色くんに迷惑かけちゃってるのに。
このままじゃ、いくら金色くんが優しくったって愛想をつかされちゃう!
「あーあー。泣くな泣くな。番号覚えてんなら、ほれ。オレの使うか?」
「ダメですよ。知らない人の携帯に、大事なお友だちの個人情報を残せるわけないでしょ。お友だちだって、知らない番号からかかってきたって出るもんですか」
一瞬、差し出された携帯電話を受け取りかけて。
でも、やっぱりちょっと躊躇っちゃったのが、態度に出てたんだと思う。
困って固まってしまったぼくをなだめるみたいにして、お兄さんが頭を撫でてくれる。
この人たち、絶対ぼくのこと実年齢より下に見てるよね?
「んじゃどうするよ。今どき公衆電話なんて、滅多にねえぞ?」
「ん〜。ねえ、兎場さん。あなたさっき、ジェラートに興味示してましたよね?」
「あ? いまそれ関係あんの?」
「示してましたよね?」
「――……うん、まあ。示してた、な」
「じゃあ簡単だ。オレ、ちょっと行って館内放送頼んできますんで、あんたはこの子とジェラート食べて、おとなしく待っててください」
にっこりと。
これでもかってくらい綺麗な顔で、お兄さんが笑う。
いままで見たどんな人よりカッコいい(金色くんを除く)、一分の隙もない笑顔。
周りを歩いてた女の人がひとり残らずポーッとなっちゃって、小さな衝突事故があちらこちらで発生する。
ぼくも、大人の男の人のこれどもかってほど完璧なイケメンスマイルを間近で見せられて、ポーッとなっちゃったんだけど。
「役目が逆なんじゃねえの?」
黒髪の男の人は、ややげんなりとため息をついただけだった。
お兄さんの琥珀色の瞳がジーっと向けられている、ぼくを支えている自分の左手と、お兄さんの顔を交互に見やって。
空いた右手でそっと、お兄さんの茶色い髪をかきあげる。
その仕草が、なんだかとっても艶かしく見えて、ぼくはひとりどぎまぎする。
お兄さんの方が『コトリちゃん』で、男の人の方が『トバさん』。
会話の中から名前は拾えたけど、でも。
歳の離れたふたりの関係が、いまいちよくわからない。
友だちにしてはかなり親密過ぎるし、兄弟っていうには歳が離れすぎている。
ふたりの間にある濃密な空気が、金色くんがえっちなことをぼくにする時の空気に似ている気がするのは、ぼくの気のせい――……。
「いーえ。あってます。せっかくのデートだってのにあんた。オレが横にいるのにもかかわらず、朝から何人の人間にナンパされたと思ってんです。こんな人の多い所で、ひとりでなんて野放しにできるもんですか!」
「へーへー。了解。惚れた欲目でどうもありがとさん。ったく、こんなオッサンがナンパなんてされるわきゃねえっつの」
「とにかく! あんたはこの子とジェラート食べてりゃいいんですッ。どうせ、どこでどう館内放送を頼むかわかんないんくせして、反発しない!」
「……だから。おま、たんまに素でひでえこと言うのやめろって」
――……じゃなかったみたいだ。
さらりと親密な関係であるのを暴露しちゃったふたりを、思わず交互に見つめる。
辛辣な言葉のやり取りをしながらも、お互いの唇に浮かぶ、穏やかで仄かな微笑み。
相手を信頼しきっているからこそ言える、憎まれ口。
てかこの人たちやっぱり、ぼくのことものすごく子どもだって思ってるよね?
じゃなきゃ、ここまで堂々とぼくの前でいちゃついたりしないはずだもん。
歳の差とか。
同性だとか。
そんなことをまったく気にしないで自然体でじゃれてるふたりを羨ましく感じつつ、聞かれるがまま、館内放送のための情報をお兄さんに伝える。
個人情報は最低限に。
お友だちにさえ伝わればいいから。
そう言われてぼくは、下の名前と、携帯電話をお家に忘れて連絡が取れないから、と。
待ってる場所を放送してもらうことにする。
『一』なんて名前は珍しいもの。
金色くんなら、すぐにぼくだってわかってくれるはず。
必要最低限の情報をぼくから引き出しながら。
茶色の髪を撫で、なめらかな頬をくすぐるトバさんの指先を、お兄さんがつかまえる。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
その指先に、ちゅっ、と音をさせて軽く唇を押しつけ、とびきりの笑顔を残してさわやかに踵を返すお兄さん。
うわあ。
金色くんでもやらないよ、そんな気障な仕草。
軽やかに走り去る後ろ姿は、どこか楽しげですらあって。
ぼくは、呆気にとられてお兄さんを見送る。
「ったく、あのガキゃあ……。人目をもそっと気にしろっつーの。わりぃな、ちびっこ」
ぽんぽん、とぼくの足を叩くトバさんは、ぽかんとしているぼくの表情を見て、ぼくがドン引きしたって勘違いをしたらしい。
苦笑しているようでいて、まんざらでもなさそうな表情を見せる、トバさんの。
幸せそうな雰囲気についつられたんだと思う。
「えと、ぼくの好きな人も、その。男の子なんで、大丈夫です」
ついぽろりとそうこぼしたぼくにほんのちょっと目を見開いたトバさんが、小さく笑う。
「そっかそっか。最近のガキは、どいつもこいつも早熟か」
「ぼくもう子どもじゃないです〜」
転んで泣いておいてよく言う。
自分でもそう思ったけど幸いにして、トバさんに突っ込まれることはなかった。
いい歳をして肩車(?)をしてもらったまま、フードコートにあるジェラート売り場へと移動する。
当たり前みたいにおごってくれようとするのを慌てて固辞したんだけど。
「味見してえだけで、まるっとひとつ食うにゃあ多いんだよ」
と、どうやら本気で言ってるらしいトバさんと半分こするってことで、押しきられた。
あれもこれもそれも、と。
興味のそそられたものを全部頼んでてんこ盛りにしておきながら。
トバさんは、ほんとのほんとに味見しかしなかった。
ひとくちずつ食べると満足したみたいで、残りを全部、ぼくに差し出してくる。
ふんわりと口の中で蕩ける甘い味。
濃厚で濃密な甘さはけれど、しつこくなくさっぱりとした後口を残して、あっという間に溶けてなくなる。
疲れた身体と心に染み渡る、心地いい甘さ。
たっぷりと与えられたそれを遠慮なく味わいながらぼくは、お兄さんの心配が杞憂でなかったことを知る。
ジェラートを買うのに並んでいる時も。
こうしてぼくと向かい合わせ。
ひとつ器に盛られたジェラートをつついてる時も。
鈍いぼくにもわかるほどあからさまな秋波を送ってくる男の人やら女の人が数知れず。
さりげなくボディタッチしてセクハラっぽいことをしてる人までいたのに。
トバさんは、その全部をまるっと気づかずにスルーしちゃったんだ。
どうも、自分がそういう対象になるわけないって思い込みがあるみたいなんだけど……。
うん。
これは確かに、ひとりにさせておきたくないお兄さんの気持ちがわかる。
ぼくだって、一緒にいる時に金色くんに寄ってくる子がいたら嫌だもん。
こんな無防備な人。
こんなところでひとりふらふら歩かせたらどうなることか。
まるでファッション雑誌から抜け出してきたみたいな、完璧なコーディネートだったお兄さんとは違って。
トバさんは、お洒落なんだけれども、なんていうんだろ。
寛ぐためのファッションとゆーか。
ひらたく言っちゃえば、ぼくから見ても隙だらけ。
そんな、ざっくりとしたコーディネートを身にまとっている。
とっつきにくそうな第一印象は、ほんわか微笑んだ途端、きれいさっぱり消えちゃうし。
頬杖なんかついちゃうと、物憂げな感じがして、とっても色っぽい。
お兄さんが戻ってくるのを待つ間手持ちぶさたなのかなと思って、スプーンですくったジェラートを、
「このイチゴのジェラート美味しいですよ。もうひとくち食べます?」
って差し出せば、なんの躊躇いもなく、ぱくりと食いつく無防備さ。
これは、お兄さんも大変だろうなあ―……って!
ぼく、金色くんにもまだしたことないのに、『あーんして』ってやっちゃった!!
ど、ど、ど、どうしよう。
トバさんはぜんぜんまったくもって、ぼくなんてものの数にも入れてない。
っていうより、ぼくのこと、完全に小さい子どもだって思ってる。
けどお兄さんはさっき、肩に乗っけてもらってるぼくを見て、ヤキモチ焼いてた。
これってぼく、お兄さんに悪いことをしたんじゃあ……。
ううん。
それよりもそれよりも!
金色くんという人がいながら、なにやってんのぼく〜〜ッ。
なにをやらかしちゃったか気がついて、あわあわしたぼくが慌ててスプーンを引こうとしたのと。
「イチッ!!!」
金色くんがぼくを呼ぶ、悲鳴じみた声が聞こえたのがほぼ同時。
振り向けば、ゼイゼイと肩で息をしながら、金色くんがフードコートの入り口に立っていた。
「金色くん!」
金色くん、金色くん、金色くん!!
やっぱりぼくのこと探してくれてたんだ。
息をきらしてまで探してくれていた姿を見て嬉しくなったぼくは、パッとイスから立ち上がる。
そんなぼく目がけて、一目散に走り寄ってきてくれる金色くん。
きゅっと引き結ばれた唇から。
痛いほどに抱きしめてくれる両腕から。
金色くんがどれほどぼくを心配してくれていたかが伝わってくる。
「探した」
「ごめんね、金色くん。ぼく可愛い雑貨を見つけて立ち止まっちゃったの」
「それだけ?」
短くそう言って、どうしてだか金色くんは、怖い目をしてスプーンをくわえたままのトバさんを睨みつける。
そうやってトバさんを睨みながらしばらく息を整えていた金色くんが、なにか言おうと唇を開きかけたのに被せ――……。
『お客様のお呼び出しを申し上げます。イチくんのお連れのお客様。携帯電話を自宅に置いてきてしまい、連絡がとれないとイチくんがお探しです。フードコートでイチくんがお待ちですので、フードコートまでお越しください。繰り返します――……』
軽快な音楽とともに、館内放送が流れる。
って、あれ?
そう言えば金色くん、館内放送より先にきてくれたよね。
すごい!
ぼくはすぐあきらめたのに、金色くんは自力でぼくを見つけてくれたんだ!
さらに嬉しくなったぼくは、自分からぎゅうっと金色くんにしがみつく。
「携帯電話置いてきたって……え、これ、迷子放送……?」
目の端でトバさんが喉を鳴らして笑ってたけど気にしないんだ。
嬉しい気持ちを全部ぶつけて、金色くんに抱きつく方が大事だもん。
それに、
「お待たせしまし……あれ。もう見つかったんですか? 案外近くにいたんだ」
お兄さんが戻ってきたから大丈夫。
ぼくが金色くんにしがみついてても、トバさんがほったらかしにはならないはずだ。
「うんにゃ。放送より先に、自力できた」
「へえそりゃまた……って。兎場さんあんたね。ひとりでそんなに食べたらお腹壊しますよ?」
「こりゃちびっこの。オリャあちと味見さしてもらってただけだよ」
「んもう。小さい子どもにこんなに冷たいもの食べさせて、お腹壊したらどうするんです」
「なんでだよ。ちびっこだろ。ちびっこの連れだろ。おまえだろ。んでオレもちびっと食うとして。頭割りすりゃあ、たいした量にゃあならねえよ」
「あのねえ。この子たちは身内じゃないんだから、いつもみたいに全員でシェアする前提で頼んじゃダメでしょお」
「大丈夫だって」
「どうだか」
「気にしてたら、ひとくち口に入れてくれたりしねえよなあ?」
ぎゅうぅうっと金色くんにしがみつくぼくを見あげて、スプーンを弄んでいたトバさんが、同意を求めるかのように首を傾げる。
おごってもらってるわけだし、トバさんってなんとなくぼくにはおとうさんっぽい雰囲気で接してくれるし。
ぼくはぜんぜん気にしないって頷こうとしたら。
「「ひとくち口に入れたぁあッ?!」」
金色くんとお兄さんが、異口同音に大きな声で叫ぶ。
「ちょ、兎場さんッ。小さい子だからって油断してたらあんたはッ!!」
「イチくんイチくんイチくん。この人たちはどういう知り合い? 僕まだ、イチくんと食べるものシェアしたことないよね?」
そうしてそれぞれが、同時にぼくたちの肩をつかんで揺さぶる。
うわああん、目が回るよう。
なになに、どうして?
どうして金色くんもお兄さんも、そんな必死な顔をしてるの?
「どうって、ぼく人違いしちゃって……」
いつも冷静な金色くんからは想像できないほど、ぐるんぐるん勢いよく揺さぶられながら。
ぼくは、必死になってジェラートをおごってもらうことになったいきさつを説明する。
ひとりで心細くて、だから。
話し相手になってもらえて、すごく嬉しかった。
人目を気にせず自然体で接してるふたりが羨ましくもあって、こっそり内緒の打ち明け話なんかもしちゃったりして。
金色くんとはぐれて、どうしていいかわからず困ってたところを助けてもらったんだって一生懸命金色くんに話すぼくのすぐ前。
っていうか、向かいのイスに座ったままでお兄さんに揺さぶられてるトバさんが。
「だあッ。このちっこいのは、そっちのでっかいのと付き合ってんだよ!」
ぼくが内緒にしておいてねってお願いして話したことを、あっさりとお兄さんにバラしてしまう。
言っちゃダメっていったのに、ひどいや。
それ以上はもう内緒。
そんな抗議を込めてトバさんの方へ目を向けたぼくは、思わずぎょっとして固まってしまう。
なぜっていうと。
ぼくにつられて目を向けた金色くんが、びっくりしてぼくを揺する手を止めちゃったくらい、ガシガシと揺さぶられているトバさんがそこにいたからだ。
「あわわわ。か、金色くぅん」
さすがに気の毒に思えたぼくは、どうにかしてあげてって意味を込めて、金色くんの服の袖を引っ張る。
金色くんは自力でぼくを探しだしてくれたけど、でも。
ひとりで心細い思いをしないで済んだのは、ふたりがいたからだ。
そのふたりがぼくのせいで喧嘩しちゃうなんて、やだよぉ、ぼく。
「こぉら。ちびっこどもがビビってっから、ちっと落ち着けって」
「う〜。だってだって、兎場さんあなた。自分がどれだけ色気だだ漏れなのか、いつまでたってもわかってくれないからあッ!!」
「「あ〜……」」
お兄さんの渾身の叫びに、今度はぼくと金色くんが声を揃える。
毒気を抜かれちゃったみたいな顔をしてぼくを見る金色くんと視線を合わせ、ふたり同時に小さく苦笑する。
「確かに、なんだか所作に色気のある人だよね。僕が思わず焼きもち焼いちゃったくらいには」
「焼きもち?」
「だってイチくんきみ。僕にもしてくれたことがないようなことしてたでしょ」
ぼくの頭をなでなでしながら、金色くんがうっとりするような微笑みを浮かべる。
苦笑する姿も素敵だけど、金色くんはやっぱりこうやって微笑んでる時が一番素敵だと思う。
さっきの、ちょっと怒ったみたいなすごく真剣な顔も素敵だと思ったのは、ぼくだけの秘密だ。
「ち、違うの。ぼくとお話ししてくれてる時は、おとうさんみたいだったの。だからぼく……」
金色くんはおどけた感じで言ってたけど、きっと。
焼きもちを焼いてくれたっていうのは本当だろうから。
言い訳を口にしながらもほくは、柔らかく微笑んでくれている金色くんに、うっとりと見惚れる。
ぼくの大好きな金色くん。
綺麗でちょっと意地悪で、でも優しい。
人があふれかえったショッピングモールを走り回って探してくれるくらいには、ぼくを大事にしてくれている人。
吸い寄せられるみたいにして金色くんに手を伸ばして触れようとしたぼくを止めたのは。
ガタン! という、びっくりするくらい大きな音だった。
ふたりだけの世界に入り込みかけていたぼくと金色くんは、音のした方向を慌てて振り返る。
思わず手を取り合ってどぎまぎしているぼくたちの目に飛び込んできたのは――……。
揺さぶられてる途中で手を離されたのだろう。
イスから転げ落ちちゃったトバさんと、目を真ん丸くしてぼくを見ているお兄さんだった。
「――……おとうさんッ?!!」
肺の中の空気を全部吐き出しちゃったみたいな。
大声を出し損ねたせいで掠れてひっくり返っちゃった声が、ぼくの耳を打つ。
心底びっくりしたような、なんだか超ド級のショックを受けたような表情を浮かべたお兄さんが。
目を真ん丸くして、マジマジとぼくを見つめる。
え…っと、なんだろ。
ぼく、変なこと言っちゃったのかな……?
「ったく、おまえなあ。ちったあオレを労れ? つか、そいつらの年頃だったら別に、オレの子でもおかしかねえだろうが」
「だ……ってあなた、実年齢よりずっと若く見えて……てゆーか。こんなフェロモン垂れ流しな魅力的な人をつかまえて、おと、おと、おと、おとうさんって!」
「あーあー。わあったわあった。おまえの前では『おとうさんモード』にゃならねえから落ち着けって」
「なんですかその『おとうさんモード』って!」
「こないだの企業体験カリキュラムを素でやったらガキどもが大泣きしやがってよう。紘子にもっと柔らかく対応しろっつーて怒られてなあ。特大の猫っかぶり?」
とかなんとか。
ぼくたちにはまだよくわからない、お仕事についてのお話をするトバさんを。
どうやらぼくがトバさんを『おとうさんみたい』って言っちゃったせいで狼狽えまくってるお兄さんが、助け起こすふりをしながら思いきり抱きしめる。
さっきぼくが金色くんにしがみついたのより、もっとぎゅううっと。
離すもんかといわんばかりにしがみつくお兄さんは、なんていうのかな。
ぼくたちより、うんと小さな子どもみたいに駄々をこねて、トバさんにじゃれついている。
対してトバさんは、困った奴だと苦笑しながらも、人目を気にする様子もなく、あまいあまい表情で、余裕たっぷりにお兄さんをあやしてあげてる。
ゆったりと響く低い声はとっても甘くて。
ぼくと金色くんは、目配せしあってそっとふたりから離れる。
と、いっても、駄々をこねるお兄さんがジェラートの入った器をひっくり返しちゃいそうだったから、隣の席に避難しただけなんだけれど。
仲良くじゃれてるふたりの姿を眺め眺め。
なるほど、これならトバさんがぼくをちっさい子扱いするはずだと納得する。
だって、甘やかしてもらえるって確信してるお兄さんは、小さい子どもみたいなわがままを、いっぱいいっぱいトバさんにぶつけてる。
いいなあ。
ぼくもあんな風に、金色くんとじゃれられたらいいのに。
そんなことを考えながら、ふたりの様子を眺めていたら。
「……いいな」
ぽつん、と。
金色くんが、ぼくが思っていたのとおなじ言葉を口にした。
しかもたぶん、無意識だ。
頬杖をついて、ふたりの姿を眺める金色くんの表情は、とってもとっても羨ましそうで。
ぼくは、なけなしの勇気を振り絞る。
だって、金色くんはぼくのために一生懸命だったんだもの。
ぼくだって、金色くんのためなら一生懸命になれる。
「あのね、金色くん。イチゴのジェラート、とっても美味しいんだよ?」
そう言ってぼくは、スプーンですくったジェラートをそっと、金色くんに差し出したんだ。
恥ずかしくて真っ赤になっちゃったのと、ぷるぷる手が震えちゃったのは、しょうがない。
ほんとは、『あーんして?』まで言ってあげられたらよかったんだろうけど。
これがいまのぼくの精一杯だ。
意外そうに見開かれた金色くんの瞳が、ゆるりと笑みを孕んで――……。
形のいい唇が、ぱくりとジェラートを食む。
たったひとくち。
されどひとくち。
「ほんとだ。美味しいね。もうひとくちちょうだい?」
花がほころぶみたいな、金色くんの淡い淡い微笑み。
意図して浮かべたものじゃあない。
本心から出たソレ。
「うん……うん!」
金色くんが喜んでくれたのが嬉しくて。
ぼくは、スプーンですくったジェラートを、金色くんに差し出す。
ぱくり。
幸せそうに、美味しそうにジェラートを食む金色くん。
「イチくんも食べよう?」
ひとくち、ふたくちとジェラートを食んだ金色くんが、ぼくからそっとスプーンを取り上げて、差し出してくる。
スプーンの上にたっぷりのった、甘い甘いジェラート。
もちろん、ぼくは躊躇うことなくあーんと大きく口を開けて、ジェラートののったスプーンにぱくりと食いつく。
いつの間にか仲直りしたトバさんとお兄さんが、そんなぼくたちを見てクスクスと笑いあってたけど、気にしない。
だって、ぼくたちなんかより、ふたりの方がずっとアツアツなんだもん。
いつか金色くんと。
あのくらい仲良しになれたらいいなあと願いつつ。
ぼくたちはたったひとつのスプーンを交互に使って、ジェラートを残らずふたりで平らげた――……。
end
※ 蓮冶さま宅『▽・w・▽つ【わんわんほりでぃ〜】』よりお子さま拝借しました※




