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tea break  作者: ふゆき
17/30

遠い記憶の片鱗の。

人生、後ろ向きであれなんであれ、生きてりゃ予想外の方向へと転がっちまうことがある。



この先ずっと、死ぬまでひとりきりだと――……。


かろうじて傍らにあるのは、古傷で繋がった昔馴染みだけだと思っていたら、どうだ。



すったもんだの挙げ句、若い恋人が懐に飛び込んできた。



なんもかんもを投げ出して。


価値観全部をひっくり返して。


そうまでして欲しいと思った存在を手に入れられたのは、存外の僥倖だった。



付き合いだしてしばらくは、くっつくまでにさんざん拗れた後遺症か。


朝家を出る時も、夜家へ帰る時も。


仕事中でさえ小鳥遊は、ぺったり傍らにくっついて、オレから離れようとはしなかった。



そんでも、逆らうことなく好きにさせて、望まれるだけ甘やかしてやってるうちに、本人の中でなんらかの納得がいったのだろう。



いまじゃあ、まるっと1日シフトが重ならなくとも、前ほどは駄々をこねなくなった。



別々に家を出る直前。


ほんのちょっとだけしょんぼりする顔が可愛いだとか思ってんのは、オレだけの内緒事だ。


んでも、四六時中まとわりついて甘えてるガキが傍らにいねえのは、オレとてちと物足りない。


なりふり構わず手に入れた、可愛い可愛い恋人だ。


シフトがまったく重ならねえ日は、会えないからこそ、こっそり存在を主張したくなる。



片や早番での外回り。


片や準夜勤。



そんな日は、起きる時間も違やあ、待機室にいる時間帯も違ってて。


うっかりしてりゃあ、まったくもって会えやしねえ。


運よく社内のどっかですれ違えりゃあ御の字だ。



別段、ご機嫌とりってわけでもねえが、そうだな。



ささやかなオヤツとそっけないメモ書き。


そんなもんで満足してくれる幼い恋人に、菓子でも買っていってやろうかと出勤途中に立ち寄った店で――……。



ふと、足を止める。



赤、青、黄色、ピンクに黄緑。


淡い色彩の、きらびやかなソレ、が。



視界の隅を横切った瞬間、懐かしい記憶がフワリとあふれたせいだ。




『ほら、手ぇ出せ。子兎』




ぶっきらぼうな、それでいて深みのある声が、遠く過去からオレを呼ぶ。



ふ……と、脳裏をよぎった、懐かしい人たちの笑顔。



もう長いこと思い出せもしなかった、穏やかな日々の。


柔らかい笑顔と穏やかな声。



小鳥遊のお陰で痛みを伴うことなく振り返れるようになった、遠い昔の思い出を。



走馬灯のように蘇らせてくれたのは――……。


手のひらサイズの小瓶に入った、小さなソレだ。



思わずあるだけ買い占めてから、しまったなと天を仰ぐ。



久しぶりに口に入れたソレはただ甘く。


思い出にある、ほろほろとした味じゃあなくなっちまってたからだ。



味覚が変わったっつーか。


前にコレ食ったのは、極限状態だったからなあ。



感じる味も違って当然か。



「あら懐かしい。どうしたの、それ」



待機室の真ん中に置かれたローテーブルの上。


あるだけの小瓶を並べ、見るとはなしに眺めていたオレの背後で、低く笑いを含んだ声があがる。



振り返るまでもねえ。


この声と言葉使いはカエラだ。



つーか、ノックもしねえで気安く他人の待機室を出入りするような輩は、限られてる。


カエラじゃなけりゃあ、長谷川か宮部くれえなもんだ。



まあほとんどの確率で、未提出の書類を催促にきたカエラなんだけどよ。



「駄菓子屋で売ってたからつい買った」



なんか溜めてた書類があったっけかと首をひねりかけ、差し戻された書類の束に、げんなりと吐息を吐き出す。



ここ最近は出番もなく、ガキの面倒しかみてねぇってのに、なんでやり直さにゃなんねえんだよ、と。


パラパラめくってみりゃあ、若い連中の案件にちょっかい出した日付けの報告書だけが全部、戻ってきてやがる。



あんのガキども。



ちょいと手ぇ貸しただけだし、めんどくせえからオレが手伝ったのは内緒にしとけっつったのによ。



さては、どいつもコイツも、報告書にきっちりオレの名前を出しやがったな……。



「その顔は、食べてみたら甘過ぎたってところかしら?」



するりと背後から頬を撫でられ、不承不承に振り返る。


説教する気満々で、オレに逃げられねえよう忍び足でやって来たのだろう。


腕を組んで仁王立ちするカエラは、けれど。


ゴロリ横になったオレがローテーブルに並べて眺めてたソレを見て、気を削がれたらしい。



小瓶をひとつ手に取り、懐かしそうな顔をで窓越しの陽光に中身を透かす。



「欲しけりゃやるぞ。持ってくか?」



「あら。いいの?」



「眺めて懐かしむにゃ、ひとつありゃじゅうぶんだ」



「ふふ……。ご褒美だったものね、コレ」



ひどく大切なもののように、カエラが小瓶をポケットにしまう。


服の上からそっと押さえるようにして、アイツが思い出しているのはいつの記憶か。



「売ってるの見たら、食いたくなったんだがなあ」



「トレーニングルームで動けなくなるまで運動してから食べたら、懐かしい味がするかもしれないわよ?」



「そこまでして、味が違ったら虚しいだけだろ」



「じゃあ、訓練でくたびれてくたくたな、若い子たちにあげてらっしゃいな」



「ああ……」



なんだ。


カエラがコレに持ってる思い出は、訓練中の休憩時間か。



オレが思い出したのは、カエラとは違う。



「ご褒美でもらえたからこそ、美味しかったんだもの」



「つか、非常食だったよな、コレ」



作戦中の記憶だ。


ぼろぼろのヨレヨレで、立つのもやっとな時に差し出された、補給用の糖分。



オヤジたちの班は、いまのオレたちと同じく、より過酷な案件へと駆り出されていた。


例え新人を預かっていようとも、その立ち位置は変わることなく……。


必然的にオレたちは、能力以上の働きを要求される羽目になった。



教官役のフォローがあったとて、新人に毛の生えた程度の経験しかなかったオレたちにゃあ、ちぃとどころか。


かなりしんどい現場ばっかで。


いまみてえに強化服もなく、後方支援すらまだなかった状況下。


唯一の補給品が、コイツだった。



「ああ……。そういえば、そうね」



カエラも当時を思い出したのだろう。


どこか遠くを見るような、ゆるい苦笑が形のいい唇を彩る。



「こんなものひとつで頑張れたんだから、不思議よね」



「まあなあ」



ほろほろとした味の、甘い甘い――……金平糖。



チョコレートは持ち歩くと溶ける。


そう言ってオヤジたちはいつも、コイツを懐に忍ばせていた。



逆の立場になったいまならわかる。


飴でもキャラメルでもよかったものを、わざわざ金平糖を持ち歩いていた理由はひとつ。



オレたちの意識を和ませるためだ。



現場には不似合いな、淡い色合い。


そのふわふわした色彩は、張りつめてささくれだっている神経を、ほっと緩めてくれるものだった。



持久戦になった時なんぞは、小さな粒を舌先で転がし転がし、疲れた身体をなんとかかんとか誤魔化して。


必死になってオヤジたちにくらいついていったもんだった。



いまじゃあ後方支援部隊なんつーもんがあるお陰で、長期戦ともなりゃあ、現場で交代で休憩が取れる。



古き時代は遠くになりて、記憶の中に残るのみ――……。



なんつーて、余韻に浸る間すらありゃしねえ。



「ねえ、ウサギさん。ウサギさんて明日さあ、って。あっれ。いいな、なにそれどうしたの」



「ウサギさんが買ってきたのよ」



「うっわ懐かし。いっこちょうだい」



どいつもこいつも。


てめえの待機室に入るみてえな気安さで、ノックもなしに入ってきやがる。



まあよ。


美濃班は今日は外回りで、オレしかいねえっつって把握してっからなんだろうが。


うっかり感化されたガキどもが、余所で真似しやがったらどうしてくれる。



――……とは言わずに、ただ苦笑するにとどめて、小瓶をひとつ、投げてやる。



「ほいよ」



どうせいまさらだ。


てめえの連れ合いの手綱くらい、てめえのでどうにかすりゃあいい。


その他のガキどもも、一番ちっこいのが行儀よくしてりゃあ、たいして羽目も外せねえだろ、たぶん。


「宮部に自慢してやろ〜」



「持っていってあげなさいよ、数があるんだから」



「カエラちゃんが後で持って行ったげて。オレは自慢だけしてくる」



長谷川が、カラカラと小瓶の中身を揺らしながら、悪戯っ子の顔をして笑う。


昔っからそうだったが、コイツら。


なんでだか知らねえが、隙あらば些細な意地悪合戦をしちゃあ、楽しそうに口喧嘩して遊んでやがるんだよなあ。



「おまえら、相変わらずジャレてんの?」



「ウサギさんと小鳥ちゃんほどじゃないけどね」



「こっちはいちゃいちゃしてるって言うの。あなたたちがいつまでも大人気なくジャレているのとは違うわよ」



カエラが、小さく笑いながらもうひとつ。


小瓶を手に取り、視線だけでオレに許可を求める。



買いすぎたつってんだ。


幾つでも欲しいだけもってきゃいいもんを。


律儀っつーか、細けえっつーか。


コイツはいつまでたっても、『細やかな気遣いのできるいい女』を止めるつもりがないらしい。



ひょっとしたら習い性になっちまってもう、これが地になっちまってんのかもしれねえけどよ。


連れ合いができてもスタンスを変えねえってんだから、オレと同じでコイツも、相当ひねてやがる。



もっとも、方向性は違えど、長谷川や宮部だってじゅうぶんひねてんだ。


『いまさら』。


そんな言葉が頭をよぎる。



連れ合いができた程度で、そうそう性格が変わるもんでもねえわな。



カエラに視線で頷いて、腹筋だけで起きあがる。


今日の予定はガキどもの訓練兼待機だ。



日勤の連中と夜勤の連中が入れ替わるまで、待機室でまったりしてようと思ってたんだがなあ。


どうにもこの昔馴染みどもは、オレが暇を持て余してるのを見つけると、なんだかんだと用事を言いつけにやってきやがる。



以前は――……身体を動かす仕事のねえ時にゃあ、どうにも苦手なパソコン相手に格闘してたもんだが。


この頃は、口頭で喋りゃあ、誰ぞが文章を打ち込んで楽をさせてくれるようになった。



若手の面倒をみるようになってからこっち、不意の出動要請がやたらと増えたから、だそうで。


いつでもガキどものフォローに出られるよう、極力身体を開けておけ、ということらしい。



前っから不意の出動ばっかだったし、他人の尻拭いばっかしてたのは、この際棚上げなのだろう。



オレがのほんとだらけてりゃあガキどもは、いざとなったらいつでも助けてもらえると、無駄に力まずに済むんだそうだ。



「ひとつと言わず、欲しいだけもってけよ」



「せっかく買ったんだもの。無下にしないで、小鳥ちゃんにでもあげたら?」



「金平糖なんざ、今時のガキが喜ぶもんか」



「喜ぶわよ。何年かして、いまのわたしたちみたいに」



ローテーブルに並んだ小瓶を、ひとつふたつと指先でなぞって。


カエラが、昔を懐かしむような顔をする。



悲惨な記憶の向こう側。


無邪気にはしゃいでた頃の、遠い遠い思い出の彼方。


金平糖を舌先で転がしてた時にゃあ、こんな穏やかな思い出になるたあ、想像すらしていなかった。



小さな思い出の積み重ね。


それがかけがえのない財産になるのだと、オレたちはもう、知っている。



古い記憶を辿りつつ、小瓶をひとつ、コロンと転がす。



たかだか飴だ。


ガキのオヤツでくれてやりゃあ、そんで。


記憶にすら残りそうにもねえ代物だ。



どうしたもんかと悩む傍ら。



「てゆーかさ。そんなに難しく考えなくても、明日ホワイトデーなんだし、あげちゃえば? 小鳥ちゃんなら、ホワイトデーのお返しだって言って、フツーに喜ぶと思うけど?」



のほほん、と長谷川がお気楽に宣う。



「やあね。ホワイトデーのお返しがコレ?」



「お返しのオマケ的な?」



「オマケなあ」




今年のバレンタインデーはどういうわけか、いつも以上に義理がきた。



オレがお返しを選ぶ横で、複雑な顔をして拗ねてやがったこったし。


『オマケ』ってのは、特別扱いっぽいっつって喜びそうではある。



それに、食い物だ。



「無駄にするよりゃ、まあ。くれてやった方がまだマシか」



ついでに、金平糖なんぞを大量に買い込んじまった理由のひとつも語ってやりゃあ、きっと。


小鳥遊のこった。


ご機嫌さんで寄り添ってくるに違いないねえ。



「あ、そだ。ウサギさん今日準夜勤でしょ? 明日のシフトなんだけどさあ」



「んだ。変更あんならまず小鳥ちゃんに言えよ」



「違う違う。準夜勤明けに早番の遅上がりになってるからさ。確認」



「ああ。小鳥ちゃんが中番だからよ、それ。帰りに一緒にごはん行くんだってはしゃいでたもの」



オレが応じるより早く、カエラが低く喉を鳴らす。


それもそのはず。


ホワイトデーの『夕食デート』は、なにもオレたちだけじゃあない。



ちょいと前まで小鳥遊を中心にしてガキどもは。


雑誌やらネットやらで、ホワイトデーのお返しを一緒になって物色してた。



そこまではいい。


美濃班の連中を含め、ウチのガキどもはどういうわけか、やたらめったら仲がいいのだ。


んでもって、集団でいるとお互いが感化されちまうもんらしく、好みもすこぶる似てたりする。



単なる偶然か、はたまたわざとやってんのか。



たぶん、明日の夜は四人。


間違いなく、おんなじ店で鉢合わせだ。



「ああ……んじゃ、もうひと班訓練に回しても大丈夫かな。午前午後とで二班よろしくねえ」



「ああ? オリゃ明日は現場だっただろが」



「それがさあ。ウサギさんの訓練教室って、思ってたより人気なんだよねえ」



「さては、長谷川くん。ダブルブッキングさせたんでしょう」



「てへ」



「てへ、じゃねえよ。ったく。たまにはフルで現場に出せってんだ」



「若い子たちの訓練がある程度終わったら、好きなだけ出られるから。明日よろしくう」



金平糖の入った小瓶をもうひとつ。


ついでのようにひょいと取り上げた長谷川が、そそくさと扉を潜って逃げてゆく。



ったく。


ちょいと上手いこといきゃあ、あれやこれやと押しつけやがって。



「いいわね、若い子にモテて」



「言ってろ」



綺麗に手入れされた指先が、長谷川に持って行かれてもまだ山を築いている小瓶をふたつ。


しなやかにさらって持ってゆく。



考える事ぁ、皆おなじってか。



金平糖を見て思い出した懐かしい情景を、惚れた相手に語って聞かせてえのはなにも、オレだけじゃあなかったらしい。



ひらひらと手を振って出ていく美丈夫を見送り、残った金平糖を袋に纏めてロッカーに放り込む。



その辺に転がしときゃあ間違いなく、腹を減らせて戻ってきたガキどもに、一瞬で食い尽くされるに決まってる。



甘い甘い金平糖の。


懐かしい思い出語りは、明日のお楽しみにとっておくとして。




とりあえず、お迎えにきたガキどもを相手に、トレーニングルームでしばし昔を振り返って懐かしむとするか――……。














※ウサギさんてば、だんだん子守りが板についてきたよねっていうお話※













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