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tea break  作者: ふゆき
16/30

 にゃんにゃんにゃんの日 

某月某日 (曇)



――……なんでも今日は、語呂合わせから、『にゃんにゃんにゃん』で猫の日らしい……。



冬の寒気と、麗らかな春の日差しが交互に訪れるようになってきた冬の終わりかけ。


常々、坊にはとことん甘いなあと思とった砂兎さんが、実は身内に対してはそこそこ甘いのだと判明したとある昼下がり。



頭にニョッキリ猫耳を生やして平然としたはる砂兎さんを、やや複雑な眼差しで見つめる。



さんざん嫌がっとったくせして。


いったん折れた後は平気な顔で猫耳を生やして闊歩できる神経が、オレにはまだ、いまいちようわからん。



きっかけは、姐さんの癇癪やった。


長谷川部長と喧嘩でもしたんやろう。


いきりたって待機室に入ってきたと思うたら、砂兎さんにじゃれついて甘やかしてもろうとる坊を見た途端。


辛うじて残っとった理性とかそういうもんを、きれいさっぱり投げ出してしもうた。



後はもう、毎度お馴染みになりつつある、阿鼻叫喚の嵐である。



八つ当たりなんがまるわかりな癇癪を姐さんがはじけさせ、お祭り騒ぎ大好き娘どもがそれに乗っかった。


そうなればもう、結果は見えたも同然で。



あれよあれよという間にこの始末。


嫌がって渋る砂兎さんを、憂さ晴らしと称してとんでもない格好にしてしもた。



オレは勿論、微力ながらにちゃんと止めに入った。


坊かて、力の限り抵抗しとった。



けども肝心の砂兎さんが、口で嫌がりながらも逃げようとはせんかったせいで結局。


勝利をおさめたのは、雌豹三匹やった。



オレが姐さんと仕事をするようになって、もう随分になる。


美濃班が結成されてからずっとなんや。


かなり長い付き合いやと言うてもええやろう。



せやし、破天荒に見えてその実、姐さんがかなり生真面目な性格なんを、オレは――……いや。


美濃班の人間は皆、ちゃんと知っとる。



自分に厳しく、他人にも厳しいんは、真面目に仕事をこなそうとするが故のことや。



せやから、砂兎さんと待機室が一緒になってからの姐さんの。


どこか子供染みた態度が面映ゆいと言おうか、なんや微妙に違和感があってしゃあなかったんやけど。



どうやら砂兎さんにとってはいつものことなんやと態度で教えられて。


同い年の女の人に全面的に頼っとった自分を反省したのもつかの間。


それはそれ、これはこれで分けなならんのを、今日改めて思い知った。



と、ゆーか。


姐さんにとって砂兎さんは身内で。


同僚と身内は別物やったんが、待機室がおんなじになってしもたせいでごっちゃになってしもた。



そんな感じなんやないやろか。



坊が人目を憚らず砂兎さんにじゃれついとるからやろう。


はじめこそ大人ぶって待機室の中でもきちんと公私を分けとった姐さんも、いまやすっかり待機室を『私』に振り分けてしもうとる。



香乃と文が真似するからやめてんか、と。


何回か注意したんやけどなあ。



一番の年長者である砂兎さんが待機室を『私』に振り分けてしもてはるせいで、さらっと知らん顔して終わられた。



いまでは砂兎さんに身内扱いして可愛がってもらうんも、雌豹たちの傍若無人ぶりにも、坊の甘えたにも慣れてしもうて。


オレも、待機室では家におるんと変わらんくらいに寛げるようになとるんやけれども。



はじめの頃は、砂兎さんがこっちを微妙に警戒しとるんが、やりにくうてかなんかった。


不意に近づかれるのを嫌うお人と限られた空間を共有するんは気を遣う。



ほんでも、しばらくするとオレらがちゃんと『待て』と『おあずけ』ができるとわかったんやろう。


寝ている側を通っても、目を開けてこちらを窺うような真似をせえへんようになった。



じゃれつくのは許可が出てから。


姐さんがそう徹底させとったんはなんも、砂兎さんを確実に取り込む為だけではなかったっちゅうこっちゃ。



時々、坊を抱き枕代わりにしとるんはご愛敬。


どうにも、危険な場所で夜営する羽目になった旅人が、子羊を非常ベル代わりに抱いて寝とる姿と被って見えてしゃあないんやけど、まあ。


抱っこされとる坊がご機嫌さんなんや。


わざわざ突っ込むことでもないやろうと思うことにした。



砂兎さんは、オンオフの切り替えがかなり曖昧や。


いざ現場にでるまではのんびりしてはったり。


逆に、装備を身に着ける前から、ピリピリしたはる時もある。



本能的な勘が鋭いのか、経験の賜物か。


砂兎さんがピリピリしとる現場ほど、苦労させられる。



だから、きっと。


砂兎さんが非常識を受け入れる時にはそれなりに。


事態解決には必要……なんやと思うんやけど。



坊への甘甘ぶりを見るにつけ、実はただの甘やかしたがりなんやないかと、ちょっぴり不安になってくる。



たぶん、砂兎さんは姿を見る前から。


近づいてくる気配だけで、姐さんがご機嫌斜めなんに気づいてはったんやと思う。


待機室の扉が開く、しばし前。


じゃれついてキスをせがむ坊をあやしながら砂兎さんは。


ふと首だけを巡らせて、なにかに気づいたように、ちょっとだけ目を眇ていた。



やんわり坊を遠ざけようとしかけて、けど。


薄い唇に淡い小さな苦笑を浮かべて、そのまま。


思い直したように自分が扉の正面になるよう、坊と身体の位置を入れ換えた砂兎さんは、はじめから。


姐さんの八つ当たりの標的になったげはるつもりやったんやろう。



癇癪を爆発させた姐さんを、のらりくらりと交わし、あやして。


砂兎さんの坊に対する愛情を試すみたいな無理難題を吹っ掛けられまくった挙げ句が、この猫耳。



坊曰く、砂兎さんは『逆らうのがめんどくさくなってくると、外聞だのなんだのはどうでもよくなってしまうお人』なんやそうやけど。



ほんでも、これ。

さすがにいろいろとあかんのん違うやろか。



長年の思い込みが邪魔をするんかして。


なんぼ言うてあげても砂兎さんは、自分が端からどう見られとるのか。


ちっともわかってくれはらへん。



物憂げな気だるさだとか。


小柄な割りに引き締まった体躯だとか。


どこか野生の獣めいた仕草だとか。



黙って座ってはるだけでも、気だるげな雰囲気があって、めちゃくちゃに色っぽい。



坊が必死になって所有権を主張しとるお陰か、血迷う阿呆はまだ出とらんものの。


こんな格好でホイホイ彷徨いとったら、目の毒以外のなにものでもあらせえへん。



血迷う馬鹿が出るのも、時間の問題や。



なんせ、いまの砂兎さんは、どこぞの怪しげな接客業並のえげつない格好をさせられとる。



洋服までお仕着せのものを着せられて。


かなぁり公的秩序を乱す格好になっとるのにこの人、ホンマに気にならへんのやろか。



頭にニョッキリ生えた猫耳の出元は、いわゆるいかがわしいラブグッズばかりを取り扱っている類いのお店やし。


似合うてはるとはいえ、穿かされてはるピッチピチのレザーパンツの片足は、腿の付け根辺りで、ちょっきん切り取られてしもうとる。


しかも、上着はハロウィンの時の使い回しの、やたらと丈の短いアレである。


そんでもって止めが、レザーパンツに縫いつけられた、猫のしっぽ。



ヒップボーンなせいで腰から脇腹にかけて残る傷痕が丸見えになるのだけはなんでか嫌がらはって。


これまたピッチピチのタンクトップを着けたはるんがまた、妙にいやらしさを増している。



どっからどう見ても、襲ってくださいウェルカムな格好なんやねんけども。



ほんまに欠片も危機感を感じたはらへんのやろう。



苦手なパソコンに張りついて、せっせと打ち込み作業をしとってやし。


どうせ待機室におるだけや。


外に出なんだらまあええかと放置しとったら。



「ちょ……っ! 砂兎さんッ!! そんな格好でどこ行かはるんです?!」



事務作業に専念しつつも、気になってふとあげた視線の先。


よれよれ歩いて待機室から出て行こうとしとる砂兎さんを見つけ、慌てて止める。



「どこって、報告書の提出」



「そんな格好で?!」



こんなん野放しにしたら、後でよってたかって怒られるんは、絶対オレや。



頼みの綱の坊は、姐さんにお使いに出されておらへんし。


いつもなら、砂兎さんにじゃれてじゃれてセクハラすれすれの行為に耽っとる雌豹二匹も、砂兎さんを飾りたてて遊んどる最中に助っ人要請が入って、貸し出されに行ってしもた。



姐さんは、砂兎さんにあれだけむちゃくちゃな要求を吹っ掛けてもまだおさまらんかったんか。


ぷりぷり怒ったまんま、呼び出されたとかで、総務課へ行っとる。



と、なれば。


留守番を任されたオレが、砂兎さんの動向をちゃんと見とらなあかんのやけど。



「今日1日このまんまでおらにゃ、小鳥ちゃんに八つ当たるっつーて美濃が拗ねてやがってよー」



思わずごめんなさいと謝らなならんような台詞を返され、言葉に詰まる。



そういうたら、姐さんの矛先ははじめ、甘やかしてもろてご満悦な坊に向いとった。


それを砂兎さんが無理矢理自分へ向けさせたもんで、あれやこれやと無茶ぶりされまくって。


最終的には、いつもの着せかえごっこに落ち着いたんやったっけ。



「アイツあれで結構、構って欲しがりなところがあっからなあ。ここんとこ長谷川が忙しくて相手してやってねえみてえだしよ。ま、オレがカエラに叱られて収まるんならいいやな」



飄々とそんなことを言うて、ほてほてと歩いて行こうとする砂兎さんを止めるに止められず。


かといって、放置するわけにもいかず。



「甘やかすんは坊だけにしとかんとまた、焼きもち焼いた部長たちにいじめられまっせ」



「へっ。てめえの連れ合いのわがままに付き合ってもやれねえようなへたれた連中。怖かねえよ」



さりげなく付き従いながら、なるほどそうかと納得する。



砂兎さんは部長たちの側の事情も知っとって、そんで。


坊を好きなだけ甘やかしてやれる立ち位置におる自分の環境がどれだけ恵まれとるんかも、ちゃんと理解したはる。



せやからこうして、姐さんもオレたちも、とことん甘やかしてくれるんや。



なんでついてくるんだろう。


そんな顔をして心底不思議そうにオレを見る砂兎さんへ、いま制作中の報告書とまとめて提出するつもりで置いとった書類の束を、ちらりと見せる。


口であれこれ言うよりこの人は、態度で示した方が、なんでか知らんが納得しはる。



もう随分と長いこと、暗い目をして他人の優しさを、やんわり拒絶し続けてきたお人や。


ようよう他人と触れあう術を覚えてもまだどこかぎこちなさが残っとるんは、たぶん。


この人が、まったくもって世間ずれしたはらへんからやろう。



事ある毎に美濃班の雌豹どもが砂兎さんを着せかえ人形にして遊んどるいうんは、ぼちぼち周知の事実となりつつある。


『なんだか怖い人』で通っていたお人が、いまや『美濃班への人身御供』とまで言われとるのを、本人だけが気づいとらんのや。



砂兎さんがどれほどおぼこいか、周囲が察するに余りある。



もっとも、このお人がおぼこいんは、人付き合いに関してのみで。


その他のことに関しては老獪でしたたかなんをすこんと忘れとったオレは。



「香乃子、ただいま帰りましたあ」



「文緒、ただいま戻りましたあ」



廊下をほてほて歩く砂兎さんへと、きゃっきゃうふふと走り寄ってきた雌豹二匹の持ってきた紙袋の中身を、何気なく覗いて凍りつく。



「おー。早かったな」



「そりゃもう」



「目一杯急ぎましたもぉん」



「ちゃんと制圧してきたのか?」



「んふふ。もちろんですよう」



「最近の殿方は、あちらもこちらも弱くってえ」



「駆けつけ五分で終了でぇす」



「ん。じゃあよし。遠慮なく好きにやっていいぞ」



「「はぁい」」



普段の砂兎さんは、ほとんど気配を感じさせずに移動する。


習い性のようなもの、と。


本人はそう言うたはったけど。


それは即ち、無意識の領域での行いであるということや。



そんなお人が、こないに目立つ格好で飄々と人目を集めて歩いたはった時点で、違和感はあった。


なんでその場で問い質さんかったんやろうと思うても、後の祭り。



自らも猫耳を装着した――……ちゃんとオレの頭にも猫耳を乗せてった――……雌豹二匹を引き連れ。


砂兎さんが、長谷川部長の執務室を襲撃する。



ついて行きたないけど。


こんなとこでひとり、猫耳をつけて立っとるんも嫌や。



「んなッ?! ちょ、ウサギさんッ! オジサン、猫耳はさすがに無理ッ。てか、え、なに? なにこれ? なんで襲撃されてんの?!」



「同い年のくせしてなに言ってやがる。てめえの連れ合いの機嫌くらい、てめえでとりやがれ。オレをスケープゴードにすんじゃねえよ」



「だあって、事の善悪より立場が優先って時もあるでしょ〜」



「だぁから。後のご機嫌とりをオレに回すな。その場でフォローしろ」



「って、それと猫耳となんの関係があるのさ!」



必死に逃げようとしとる長谷川部長には申し訳ないけれど。


砂兎さんがわざわざ目立って艶姿を見せびらかしてきたからには、逃げ道はないに等しいんやないやろか。



と、ゆーか。


問答無用でオレの頭にも猫耳が乗っかったっちゅうことは、間違いなくこれは、姐さん主催のお遊びや。



「今日はあ、にゃんにゃんにゃんの日なんでえ」



「部長たちと砂兎さんをにゃんこにしたいねえ、って昨日お喋りしてたんですよう」



「「だから、長谷川部長がにゃんこになったら、班長も許してくれると思うのお」」



きゃっきゃと無邪気さを装いながら。


引きずり倒した部長に馬乗りになった雌豹が二匹。


艶やかに鮮やかに笑う。



たぶんきっと恐らく。


砂兎さんを飾りたてて遊んどる途中で、姐さんは恋人への細やかな意趣返しを思いついたんやろう。


坊のためなら、少々意に添わぬ格好であれども、砂兎さんはしぶしぶ受け入れてはる。


ほなら、自分の恋人はどうなんやろうと姐さんが思うたとしても、不思議はない。



そんでもって砂兎さんは、なにがどう転がっても、坊を中心にして物事を考える。


姐さんの機嫌が悪ぅて坊が迷惑を被るのなら、防波堤になるのは当然ながら。


原因そのものを排除しようとするんやないやろか。



てか、このお遊びの主催は、ひょっとしたら砂兎さんなんかもしれん。


ちぃとばかし恥を捨てればそんで。


姐さんのご機嫌取りができて、坊が被害を被った仕返しもできる、一石二鳥な遣り口や。



毎度毎度、姐さんと長谷川部長が喧嘩する度、仲裁させられるんもええ加減うんざりしたはるやろし。



この際や。


いっそのこと、長谷川部長も雌豹どもの玩具にしてしまえとまで、砂兎さんが思うたかどうかはわからんけれど。



いったん『よし』をもらった雌豹どもに、遠慮なんてものは存在せん。



「加地、加地。肉きゅうミトンと肉きゅうスリッパ、どっちがいーい?」



「両方つけよう。ね、両方つけてくれるでしょ?」



長谷川部長をひんむいて、砂兎さんより際どい格好に飾りつけてご満悦な雌豹が二匹。


きゃるんと可愛らしい顔をして、にこにことオレを見つめる。



腹の立つことに、顔だけは極上で可愛らしいんや、この雌豹どもは。



しかも悩ましいことにこのふたり――……。


どこでどう間違うたんかさっぱりわからんのやけど。


なんの因果か、どっちもがオレの可愛い恋人や。


わがまま三昧振り回されても、しゃあないっちゃあしゃあないねんけどなあ。



すでに遊ばれ慣れてるのか。


はたまた、昔馴染みを雌豹どもの餌食に差し出して気が済んだのか。



あられもない格好にされた長谷川部長を引きずった砂兎さんが、ほてほて歩いて総務課へと向かう。



ザワリざわめきと動揺が廊下を駆け抜けたが――……それも一瞬のこと。


すぐ後ろに付き従うにゃんこのふりをした雌豹どもを見るなり、ほぼ全員が巻き込まれることを恐れてやろう。


サササッと目を逸らす。



ホンマやったらオレも、皆みたいに目え逸らして知らん顔したいんやけど。


手を引かれるがまま雌豹どもについて行くオレは結局のところ。


砂兎さんほどではないにしろ、可愛い恋人には甘甘なんやろなあ――……。













※朱に交われば赤くなるとうふお話。端から見れば、五十歩百歩な人々(笑)※














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