☆バレンタインとチョコレート☆
年末年始の慌ただしさが終われば、街の喧騒も多少は落ち着く。
街だけじゃあない。
会社でも、長期の連休を取ってた連中がちらほらと出社しだして、ある程度は暇になるのがこの時期だ。
冬の寒さがそうさせるのか。
年が明けて一段落するからか。
1月2月は幸いにして、たいした事件もなく、毎年まったりとやり過ごせる。
いや、やり過ごせていた、というべきか。
いままでは、恋人同士のイベントなんぞ、オレにゃあ無縁の代物だった。
義理チョコとやらを受け取って、翌月お返しをする。
いつの間にかそんな流れが出来上がり、人付き合いの基礎もわかってねえような人間に構ってくれてるんだ。
人間関係が円滑になるならまあいいか、と。
ただの惰性でやり過ごしてきたイベントである。
今年もそのつもりで、チョコレート商戦で彩られた街中を、何の気なしに眺めてたんだが。
飲みに誘われたはずがデパートに引っ張りこまれ、柄にもなく真剣にチョコレートを選びはじめた昔馴染みの連中の姿を見て。
そういや、オレにも関係のある行事になったんだっけかと独り言ちる。
安価で可愛らしい子供向けから、ちょいと手の出ないような高級品まで。
多種多様なチョコレートが飾られた特設コーナーを、大の男が四人並んで彷徨く様は、端から見たら異様なんじゃなかろうかと思ったものの。
真剣な顔をしてチョコレートを見ている悪友どもに突っ込むのも憚られて、華やいでいる売り場へと視線を流す。
たかがチョコレート。
されどチョコレート。
チョコレートひとつで何がどう変わるのか不思議でしょうがねえ。
なんてことを、以前のオレなら思ったまんま、そう口に出して言っていただろう。
だがいまは、小鳥遊のお陰で、大事なのはチョコレートそのものではなく、お互いへ向ける想いの程を確認することなのだと理解している。
ああでもないこうでもないと、雁首付き合わせてチョコレートを選ぶ昔馴染みどもを笑う気にもなれず。
かといって混ざりに行くほどの興味もなく。
ひとりふらりと場を離れ、フロアを順繰りに見てまわる。
靴やらアクセサリーやら鞄やら。
どうやらバレンタイン商戦とやらは、身につけるモノにまで展開されているらしい。
ハートマークの飛び交うフロアを、あちらこちらと冷やかしつつ、ぐるりとまわる。
小さなチョコレート一粒の値段にしちゃあ高価なソレを、真剣な顔をして選ぶ若い娘っ子もいりゃあ、小遣いを握りしめてオモチャみてえなチョコレートを見比べている子供もいて。
そんな中にオッサンが混ざるのはさぞかし悪目立ちするだろうと遠慮してみたんだが。
どうやら、そんな必要はなかったらしい。
サラリーマンらしき人間が何人か。
メモを片手に大量のチョコレートを買い漁っているのを見かけ、チョコレート売り場へと戻る。
義理は義理で、人間関係の潤滑油として大事なんだろうけれどなあ。
ああなってくると、お歳暮やお中元とどう違うのかと首を捻りたくなってくる。
とはいえ、恋心の行く末を案じる娘っ子の邪魔をするよりゃあ、お使いに出されているらしい男どもに混じってる方が、オレも気が楽だ。
美濃班と同室になってからこっち、なんらかのオヤツを買い込んで与えるのが、なんとなく習慣づいちまってるこったし。
明日のオヤツにでもするかと、毛色の変わったチョコレートばかりを選んで、ヒョイヒョイとカゴに入れていく。
花の形をしたのやら、動物を型どったのやら。
あげくは爬虫類やら虫やら工具やら。
高いのから安いのまで。
変わり種を探してみたら、けっこうあるのが面白い。
「ウサギさん、そんなに買ってどうするのさ」
「ガキどものオヤツ」
「おまえ、ヒヨコはこういうイベントが大好きだろう。そんなんじゃ拗ねられるぞ」
「そうよ。今年はわざわざ誘ってあげたんだから、なんか買ってあげなさいな」
それぞれ、照れと恋心と予算との折り合いがついたのだろう。
会計を済ませ、ひと仕事終えたような顔をしてオレを探しにきたらしい連中を、呆れて見やる。
チョコレートひとつ選ぶのによくもまあ、そこまで真剣になれるもんだ。
「ウチは、小鳥ちゃんが張り切ってチョコレートケーキ作る用意してっからいらねえの」
「貰うばっかじゃ小鳥ちゃん拗ねちゃうよ?」
「チョコレート貰うのにチョコレート買ったってダブるだろうよ」
仲良しこよしのお仲間連中が連れ合いからチョコレートを受け取って、自分だけ貰えなかったとなりゃあ、小鳥遊は確実にしょげる。
オレがいくら鈍かろうが、その程度の予想はつく。
つーか去年、受け取るだけでいいもんだと思い込んでたら、オレからなにがしかを貰う気満々だった小鳥遊が、馬鹿な遊びに持ち込もうと画策しやがったのを、さっき思い出した。
「んだから、オレは時計にしといた」
うろうろとフロアを歩きまわっている最中に見つけた、高度計深度計方位磁石付きの、厳ついデザインの時計だ。
好みでもなんでもないのにふと目についたソレがどうしてだか気になって。
店員を呼び、よくよく見せてもらったらば、なんのことはない。
遊びに来た裕太と一緒んなって広げた雑誌を見て、小鳥遊が欲しがっていた代物だった。
いま持ってるのが古くなって壊れかかっていると言って、雑誌を眺めては羨望の眼差しを向けていた小鳥遊の。
物欲しそうな横顔が、ふと脳裏をよぎって、ついつい手が出た。
馬鹿馬鹿しくも可愛らしいバレンタインデー仕様とやらの包装にされたのにゃあ参ったが。
これでもかと飾り立ててある方が小鳥遊が喜びそうだと思い直し、そのまんま受け取ってきた。
「うわ、ウサギさんてば豪気な」
「時計なんて好みの別れる物より、もっと無難な物の方がよくなあい?」
「そもそもおまえ、若者の流行りだとかわかってないだろう。他のも買っておけ」
「大丈夫だろ。裕太といっしょくたになって雑誌見ながら欲しがってたヤツだし。つかおまえら、なんでガキどものお遊びにそこまで必死にのっかってんだ?」
バレンタインなんてもの。
去年までは対岸の火事みてえな顔してやり過ごしてやがったくせに、なんだよと。
そうからかうつもりが薮蛇ついて。
「ウサギさんが小鳥ちゃんを甘やかしまくるからでしょ!」
怒濤のごとき勢いで責めたてられる。
どうやら、小鳥遊が行事ごとの度にいそいそと準備を整え、人目を憚らずにいちゃいちゃしたがるのを放置していた結果。
オレの知らない所で、『恋人が満足するまで甘やかしてやれてこそ、男の甲斐性』といった認識が、社内に浸透していったらしいと理解する。
実際には、小鳥遊が匙加減覚えやがって、オレが叱る一歩手前でじゃれるのを止めてるだけなんだが。
んな言い訳。
誰も聞いちゃあくれなさそうだ。
「あの子たちの仲がいいのが困りものなのよ」
「ねえ。ウサギさんとおんなじだけ甘やかしてもらえるって、無意識に思い込んでるんだもん」
ぶつぶつと文句を言いつつも、まんざらでもなさそうな表情の悪友どもは。
どうやら自覚なく、若い連れ合いを甘やかしまくってやがるのだろう。
チョコレートひとつを必死に選んでる辺りで気づいてもよさそうなもんだが――……。
得てして、自分のことはわからねえもんだ。
「なのにちゃっかり自分だけ点数稼ぎしちゃってさ」
「ならおまえらも、ガキどもの欲しがってるもんを買ってやりゃあいいじゃねえか」
「それがわかれば苦労しないわよ」
「わからんから、こんな遊びに本気で付き合う羽目になってるんだ」
不満そうに下唇を突き出してオレをつつきまわしてくるのに、小さく笑う。
「なんで。寄ると触ると雑誌広げて、ボーナスが出たらアレを買うだのコレが欲しいだの、ピーチクパーチクやってっぞ?」
待機室でも、自宅でも。
気がつきゃガキどもが額を付き合わせて、お悩み相談ごっこをしてやがる。
お互いのパートナーの情報を交換したり、目の届かない所での監視役を頼みっこしてみたり。
はじめこそ真剣な顔してあれこれ真面目に話し込んでやがるが、そこはそれ、仲良し集団だ。
ちょいと話題が外れれば、そのままなし崩し的に雑談になっちまう。
やれ、どこそこのブランドの新作が出ただの。
駅前に新しい店が出来ただの。
とりとめのない話を飽きることなく延々と、きゃっきゃうふふと話してやがるんだ。
聞くとはなしに聞いてるだけでも、いまなにを欲しがってるかくらいはわかる。
チョコレート選びごときで頭を悩ませてるくれえなら、ちょいとガキどもの話に耳を傾けてりゃあよかったんじゃねえの、と。
肩を竦めようとした刹那。
にゅうっと伸びてきた三人分の手にひっつかまれ、勢いよく人気のない場所まで引きずられる。
「ウサギさん家ってあの子たちのたまり場なの?!」
「たまり場っつーか。おまえらだってしょっちゅう来てるじゃねえかよ」
「おまえの家が一番広くて集まりやすいんだ。じゃなかった」
「ひょっとしてウサギさん、あの子たちのいま欲しいものとかわかったりする……の、かな?」
「ああ……」
壁際に追いつめられて何事かと思いきや。
そうか。
オレは家でも仕事場でも小鳥遊の近くにいるがコイツらは。
部長職と現場とを兼任してるせいで、わざわざ時間を作らにゃ一緒にいられねえんだっけ。
そりゃあ、おまえだけが狡いと言われても、反論の余地はねえわな。
そもそも、恋人と公私の区別も碌になく常に一緒にいること自体、どうかしてる。
まあその分、公私の区別も碌になくこき使われてっけどよ。
コイツらが雑務に追われてる間の子守り係りはオレで。
ガキどもの雑談の内容を知ってるのは、考えてみりゃあオレだけだ。
「えーとな……」
もう随分と長く、世界はオレたち四人だけだった。
薄暗い場所で立ち止まり、届かない日の光に恋い焦がれて。
出口を見つけられずぐるぐると、ただ暗闇の中をさ迷い歩くだけの毎日。
このまま、悔恨に呑まれて朽ちていくものだとばかり思ってた。
それがどうだよ、この様は。
あやふやな記憶を辿り辿り、誰が何を欲しいと言っていたかを思い出そうと努力しつつ。
ふと沸きあがってきた衝動を堪えきれず喉を鳴らす。
「なによ」
「いや……いい年した大人が集まってしてる会話が、ガキどもとたいして変わりゃしねえのがなあ……」
アイツらみてえな無邪気さはねえが、それでも。
惚れた相手の関心を引きてえのはおんなじで。
ひょっとしたら必死さにおいちゃあ、こっちが上かもしれねえってんだから、苦笑したくもなる。
「だって、若い頃にはこんな風に額を付き合わせて恋ばなとかしたことなかったんだし、いーじゃない」
「恋ばな!」
「恋ばなでしょ」
したり顔で全員を見回す長谷川と視線が絡み、誰からともなく吹き出す。
ガキの体温にあっさりやられて影響受けて。
こんな風に笑いあえる日が来るなんぞと、想像すらしたことがなかった。
暗い暗い場所で、お互いだけが拠り所だとばかりに繋いだ手は、いまも。
離すことなく繋がれたままだ。
きっとオレたちは一生涯、この手を離せはしないだろう。
だが、仲間に差し伸べたとは別の手で掴んだものもまた、一生涯手離したくない代物で。
「恋ばなっつーか、ただの密談じゃねえかよ」
笑いながらオレは、曖昧だった記憶をひっくり返し、ガキどもが交わしていた会話を、なんとかかんとか思い出す。
躊躇い躊躇い掴んだ子供の手のひら。
暖かくて心地よいソレも――……この先二度と離さず済むように。
年甲斐もなくはしゃいで選んだ品物は――……。
※大人組はやり直し中の青春を、まんざらでもなく楽しんでるよといふお話※




