チョコレート、チョコレート
バレンタインなんてもんはそもそも、欲しいモンのある連中が、体よく戦利品を巻き上げる為の投資だ。
ずっとそう思ってた。
毎年、施しにも近い義理をいくつか貰って、そんで終わりだったせいもある。
こっちからくれてやらにゃあならんもんだとは、カケラも思っちゃいなかったんだが。
「今年は期待してたのに期待してたのに期待してたのにィ」
帰宅するなり、露骨に演技だとわかる仕草でメソメソと泣き崩れた幼い恋人を、どうしたもんかとげんなり見下ろす。
どうやら、にっこり笑って差し出された手作りチョコを受け取ったら、オレからもなんぞ渡してやらにゃあならんもんだった……らしい。
そういや、退社間際に毎度の義理チョコを運んできたカエラが、なんかごちゃごちゃ言ってたような気はする。
焼きもちを妬いた小鳥遊に引きずられて退社してきたせいで、碌に聞きとれちゃいなかったが、コレのことか。
アイツもなあ。
忠告すんなら、もっとわかりやすくしてくれっつーんだ。
「おまえ、いい加減オレに行事事期待すんのやめろよ。毎回嘆いてんだろが」
「毎回嘆いてるから、少しは学習してくれてるかと……ッ」
「だぁかぁらぁ。基礎知識がねえの。わっかんねえの。前フリしてくれっつってんだろ」
「バレンタインは去年もしましたぁ」
「去年は他の連中と一緒で、ホワイトデーにお返しでよかったじゃねえかよ」
「オレ、今年も他の人とおんなじ扱いなの?」
さめざめと横座りで泣き真似をして嘆いていた小鳥遊が、恨めしそうにチロリとオレを見る。
「あ? あー……」
そうか。
そういやコイツ、オレの恋人なんだっけか。
他と一緒じゃ、そりゃ気分も悪いわな。
つーても、オレがこういう事に関心ねえの、小鳥遊だって知ってるくせしやがって。
「わぁるかったよ。オリャ、こういう行事にゃ疎いんだ。したいことあんなら、前もって言えって」
「前もって言ったら、ちゃんとしてくれるんですか?」
「どうせ、なんだかんだ理由をつけて、いちゃいちゃする口実が欲しいだけだろが?」
「そおなんですけどぉ。それを言ったら風情がないってゆーか……じゃあ、はい。これお願いします」
オレがお遊びに付き合うくらいはするとわかって安心したのか。
ただただ阿呆なだけか。
恥ずかしそうに身悶えながらもじもじと差し出されたモノを見て、首を傾げる。
「――――……チョコレートのソースでオレになにをしろって?」
コレ、たんまにデザートのアイスクリームやらにかかってくるやつだよな?
こんなもん渡されても、料理なんざできやしねえぞ、と。
そう続けるより早く――……。
「もちろん、チョコレートソースプレイですッ!」
――――……いつものお馬鹿が炸裂する。
たぶん、この手の流れになるなとは思っちゃいた。
職場では優等生キャラで通してるくせして、ふたりっきりになるとすぐコレだ。
まあよ。
甘えてるだけだってのがわかるから、無下にはしねえけども。
方向性がなあ。
なんでエロいことになるとおつむが緩むのか、今度ゆっくり――……話したら後悔しそうだからやめとくか。
いい加減、コイツのコレにも慣れたしな。
つーか、慣れを通り越して、あきらめの境地に達しつつあるような気もするが――……。
「チョコレートソースプレイって、おまえなぁ」
キメポーズのつもりか、意気揚々と腰をつき出されても、だ。
オレからおまえにくれてやるんだろう?
だったら、よ。
「……………………オレが全身にコレかけて、おまえのいいようにされろってことか?」
そういうこったよな?
いい年して、さすがにソレはない。
いくらなんでも萎える。
つーか、食い物オモチャにしてる時点で、オレにゃあ無理だ。
小鳥遊の願望とも異なっていたのだろう。
半眼で突っ込んだオレを、小鳥遊がきょとんと見返してくる。
ったく。
毎度のことながら、エロい事が絡むとお馬鹿全開だよなあ……おまえ。
「あれ?」
「つかコレ。帰りに寄ったスーパーで買ってたろ」
「えへ。だって兎場さん、チョコレート買ってる気配なかったし。チャンスかなって」
「なんのチャンスだ、なんの。しょーもない計画ばっか立ててんじゃねえよ、ばあか」
「だあってぇ。こんな時でもないと、兎場さんエロエロなことしてくれないんだもん」
「してるだろが」
「お道具も緊縛も野外もダメって言うくせにィ」
「――――……ふつうはそうダロ」
「コスプレもシチュエーションエッチもしてくれないしィ」
「だからソレ、なにが楽しいんだよ?」
「う〜〜ッ。いっつも一回しかさせてくれないじゃないですかぁ」
「おまえがねちっこいことしてなかなか終わんねえから、二回戦に挑む余力がなくなるんだっつの」
「だって兎場さん、一回しかさせてくんないからぁ……ん?」
とんとんとん、と投げ合っていた言葉が、ふいに途切れる。
阿呆が。
自分で口にしてようやく、矛盾に気がついたらしい。
ひたすら首を傾げる小鳥遊の横を素通りして、台所に入る。
じゃれて遊びたいにしても、一息ついてからにしろってんだ。
帰るそうそう、いきなりコントはじめやがって……。
お茶くらい飲んでから――……って。
ああ、そういや、今年貰ったチョコレートの中に、いいもんがあったっけか。
とりあえず、ミネラルウォーターでも与えて落ち着かせるかと開けた冷蔵庫の中に牛乳を見つけ、玄関に戻る。
確か、紘子のくれたのが――……ああ、やっぱそうだ。
甘いもんより酒ってわかってるあたり、たいがいアイツもオレの扱いに慣れてきてやがる。
そんなだから、カエラの留守に、オレの世話係りを任命されちまうんだ。
まあ、身内で固まりたがるのは、なにも。
オレだけじゃなく、他の奴らも含めた、習い性ではあるんだが。
今回のコレは、正直助かった。
氷を入れたロックグラスに材料を注いでステアしたら出来上がりの簡単なカクテルだが――……。
チョコレートはチョコレートだしな。
材料はありあわせともらいもんだが、作ったのはオレだ。
これでも文句を言いやがるようなら、変な行為に持ち込まれる前に、逆ギレして逃げるとしよう。
「兎場さん?」
珍しく台所でごそごそやってるオレが気になるのか。
はたまたテリトリーを荒らされてはたまらないとでも思ったか。
小鳥遊が、ひとり遊びをやめて、後ろから抱きついてくる。
あ〜あ。
このバカ、コートも脱いでいやがらねえよ。
「ほれ『モーツァルトミルク』。チョコレートリキュールのカクテルだ。これでいいだろ?」
「カクテルとか作れるんですか?」
「ああ。つか、コレは混ぜるだけだしよ」
グラスを持たせる前にコートをひっぺがし、オレのと一緒くたにして、ソファの背もたれに放り投げる。
シワになるもんでなし。
後でちゃんとすりゃいいだろ。
「ふふ……またなんか、オレのために作ってくれます?」
とりあえず、オレからチョコレートらしきものが出てきて、一応は満足したらしい。
小鳥遊が、嬉しそうにカクテルを口に含む。
甘ったるい味のするカクテルだ。
オレならもっと酒を多目に作るが、コイツのは、ほとんどが牛乳にしてある。
口当たりがよかったのだろう。
一気に飲み干しておかわりを欲しがるのに小さく苦笑して、もう一杯作ってやる。
オレが作ったモンを差し出される事が、どうやら嬉しくてたまらないようだ。
コイツのこういう単純さは、他愛なさすぎて、こっちがなんだかくすぐったい。
「あっちの家になら道具もあるし、いくらでも」
「ありがとうございま……ああッ」
「うん?」
ふんわり微笑んで納得しかかっていた小鳥遊が、何を思い出したのか。
飲みかけのグラスを握りしめ、わなわなと震え出す。
あー……ダメだこりゃ。
まだ駄々をこね足りてねえらしい。
つか、オレになんかやらせようと目論んでやがったんだっけか。
「うわぁん。飲んじゃった! せっかく兎場さんにベタなチョコバナナしてもらおうと思ってたのにィッ!! でもこれ美味しいし……」
「ああ……。そういやおま、酒弱かったんだっけ。いい子だからもう、それ飲んだら寝ろ。な?」
「やぁでぇすぅ。チョコバナナぁ」
「だから、なんだよそれ」
地団駄を踏む小鳥遊を台所から連れ出し、ソファに座らせる。
ついでにグラスも取り上げたかったんだが、離しゃしねえ。
「チョコレートソースをコレにかけて、お口でこう……」
『コレ』と自分のイチモツを指差した小鳥遊の仕草で、なにをして欲しがっているのか、だいたいのところを察する。
たまぁに、裕太と一緒んなって見てやがる変な動画の影響かよ。
ったく、次から次へとまあ、ネタに尽きないもんだ。
許容の範囲内なら遊んでもやるが。
「却下。食い物で遊ぶのはナシ」
こればっかりは、ちと無理だ。
下手に食べるモンで遊ぶ気がなくなるよう、今度の訓練で、サバイバルメニューでも組み込むか。
いっぺんあの極限状態を体験させてやりゃ、食料のありがたみがわかるだろ。
「じゃあじゃあ、せめてチョコ抜きでッ!!」
「いつもとどう違うんだよ?」
「あれ? でもだって、バレンタインなのにバレンタインなのにィッ」
グラスを握りしめ、駄々っ子全開で足を踏み鳴らす小鳥遊を、呆れ半分に見下ろす。
コイツほんと、酒弱えよなあ。
チョコレートリキュールなんざ、たいした度数もありゃしねえだろうに。
暴れるだけ暴れてメソメソ泣き出した酔っぱらいの。
支離滅裂な本音の暴露に耳を傾けることしばし。
酔っぱらってても体裁を取り繕ってやがる遠回しな言い分を一言にまとめるならば。
「…………ようするに、ヤりてぇの?」
これに尽きるだろ。
そういや、なんだかんだで正月以来、ちょろっと触りっこしたくれぇでご無沙汰だったからなぁ。
「だって兎場さんこの頃、オレとするの、嫌がるんだもん……」
「あのなぁ。何回か続けて『疲れてるから勘弁してくれ』とは言ったがよ。『おまえとすんのが嫌だ』なんて言ってねぇだろ?」
「う?」
「ちなみに、今日は出動もなかったし、わざわざ定時で帰れるよう、苦手な報告書も頑張ったんだがな?」
まあ、今日くらいは残業なしで若いのを帰らせてやれっつーて、カエラに叱られるからってぇのもあるが。
そこはそれ、わざわざ言う必要もねえだろ。
コイツが頭の上でそわそわそわそわ揺れてやがったせいで、仕事がはかどった面もあるしよ。
「兎場さぁん……大好……ふぎゅうっ」
ガバリとソファから立ち上がり、いそいそと走り寄ってこようとしたものの。
そこはそれ、酔っぱらいの悲しさか。
なんもないところですっ転び、ものの見事にひっくり返る。
グラスを離さなかったのは偉いがよ。
「つーても、おまえが使いモンにならねえか。あ〜あ頭からカクテル被って……」
牛乳ベースのカクテルを頭から浴びた小鳥遊が、泣きそうな顔をして、もぞもぞ床に座り込む。
フローリングだからまだいいが、カーペット敷いてたら大惨事じゃねえか。
「う、う、う、うわぁん。兎場さんの意地悪ぅ」
「オレが悪いんじゃねぇだろ? ほぉれ、万歳。風呂入って、酒抜いてこい」
牛乳まみれになった衣服をひっぺがし、これまた牛乳まみれの頭を大雑把にぬぐってやる。
コレ、このまま洗濯機に……放り込んだら後で文句言われそうだな。
ま、洗い物のカゴに入れときゃいいか。
「えっ、えっ、えっ。酔っ払いはひとりで入れません〜」
「んじゃ、ついでだし、一緒に入るか」
てか、一緒に入って洗ってやらにゃあ、風呂ん中で寝ちまいそうだしなぁ、コイツ。
弱いの忘れてうっかり飲ましちまった手前、風邪でも引かせたら気が引ける。
「じゃあ抱っこ! お風呂場まで抱っこ!」
「へーへー、仰せのままに。おま、酔ってるとホント、幼児返りするよなぁ」
ニコニコとご機嫌な笑みを浮かべる小鳥遊を抱えあげ、脱衣場へと向かう。
せっせと人の服を脱がそうとしてる辺り、酔っぱらっててもブレがないっつーか。
幼児返りしてる分、欲望に忠実っつーか。
「こぉら。風呂ん中じゃしねえぞ?」
「えーッ。せっかく一緒に入るのにィ。ケチ〜。兎場さんのケチ〜」
「おま、こないだ風呂場でサカって頭打ってただろが。狭いから却下。ほれ、下脱げ下」
「ぬぅ。じゃあここでする〜ぅ」
「牛乳くせぇからオレがヤダ」
「じゃあ、お風呂あがったらするぅ」
「おまえが起きてたらなあ。ほれ、お湯をためてる間にザッと洗ってやっからそこ座れ」
「ふぁい」
「ったく、寝るなら湯槽につかってからにしろ?」
「ねぇまぁせぇんよぉう」
うつらうつら船を漕ぐ小鳥遊を、頭の先から足先まで丁寧に洗ってやって。
自分もザッと洗い流して、寝落ちした酔っぱらいを湯槽に連れ込む。
こっちの風呂は、本来ならひとり用で狭っ苦しいんだがよ。
こうやって後ろから抱いて入りゃ、なんとかふたりで湯槽につかれる。
「ったく、結局寝やがってよ。オレの晩飯どーすんだ」
小さく含み笑い、つむじに軽く唇を押しあてる。
まあ、若いし。
好奇心旺盛な年頃だ。
いろいろとはしゃぎたい気持ちも、わからんではないが。
如何せん、こっちはそういうもんに、まるっきり興味なく過ごしてきた。
「しょーがねえから、来月はどっか遊びにでも連れ出してやっかなあ」
幼い寝顔を眺めながら。
穏やかな幸せを、オレひとりが満喫してるんだ。
それくらいはしてやらにゃあ、さすがに罰があたらぁな。
問題はそう――……。
コイツの喜びそうな場所が皆目見当もつかねえってこったが、まあ。
適当に水を向けてやりゃあ、コイツが勝手にどっか場所を決めるだろう。
とりあえず、いまは。
のぼせない程度に、この可愛い寝顔を満喫するとすっか。
※ 結局バカップルまっちぐらな、ウサギさんと小鳥ちゃんなのでありましたとさ※




