59*騎士の二人 -01-
本日3話同時に公開します。
こちらは2回目の更新です。
おまけ話もあります。
一つ目は「リアンを時期国王としてサポートしてほしい」というもの。やはりバルウィンはリアンを国王にしたいようだ。自分よりも相応しいだけでなくそれだけの力量があるからと。気持ちの面でも、リアンに任せたいと。
そして二つ目。能力者がいるであろう外交の供にロイを指名した。ミンティス王国での実績、信頼の面から必要な人材であると抜擢されたのだ。これによりロイの貴族としての地位も確かなものになっていくわけだが、その分他国に行くことが増え、会う時間が減る。バルウィンはそれを許してほしい、と頼んできた。
その代わりと言ってはなんだが、ロイも外交メンバーに入ることを公で発表した後、アイリスとの婚約の話も貴族達に伝えるらしい。バルウィンからの指名なので誰も文句は言わせない、と言ってくれた。
以前結婚式の話をしてくれていたが、外交の方が優先されるため、すぐに式を行うのは難しいかもしれない。準備に時間がかかるし、ロイの不在がおそらく増える。なら、もう少し落ち着いてから式を挙げることになるだろう。
「アイリスも忙しくなるわね。リアン殿下の側近として」
「…………そうなのよね」
目の前にある大量の書類を見ながら遠い目になる。
リアンの側近として護衛をするだけでなく、事務的な部分もジェシカと共に手伝わされている。実はアーノルドがもっと公務をしろと急にリアンに仕事を振るようになった。
これはやはり次期国王として育てるためではないかと思いつつ、リアンはモネのことで各方面に迷惑をかけたので、文句も言わずに一つ一つ向き合っている。モネという大切な婚約者が出来たからこそ、自分に対しより責任感を持つようになったのかもしれない。
「そういえば私があげたワンピースは着たの?」
「…………まだ」
いつか着ようとは思っていたのだが。なかなか時間が取れない。最近忙しすぎてあまり眠れていない。ロイも走り回ってあまり姿を見ていない。
一緒に屋敷で過ごしたりはしているが、本当に少しの時間であるし、油断するとすぐ寝落ちしてしまう。睡眠を取ることは仕事をする上でも大切になるので、二人共規則正しい生活を心掛けている。だから、あまりちゃんとした時間が過ごせていなかったりする。
「ミンティス王国でも一緒の部屋なのに一緒に寝てなかったんでしょう?」
「……誰から聞いたの」
「リアン殿下よ」
(あいつ……!)
実際その通りで、部屋は一緒で過ごした時間はあるが、結局ロイは最後までミアノの護衛の方に回っていた。ミアノのためだとは思うが、あれは遠まわしに気を遣ってくれたのでは、と思ったりする。
スキンシップを日常的に少しでも行うと、離れている時間がより寂しく感じたりする。前は恥ずかしがっていたのに、案外慣れてしまうものだ。いや、会える時間があまりに短すぎて、ロイ不足と言ってもいいかもしれない。
(……このままずっと忙しくなるかしら)
互いに王族に近い立場でいる。
その可能性は否めない。
でもそれでもロイは、いつだって会ってくれるし一番大事にしてくれる。どんなに忙しくてもロイは笑みを絶やさない。そしていつだって優しく受け止めてくれる。
あれからミアノも王女としての勉強を一生懸命頑張っており、城の人達とも以前よりより打ち解けているようだ。わざわざアイリスにも手紙をくれた。「今を大切に生きてみてるよ」の言葉に、アイリスも影響を受けている。
(今を大切に、か)
アイリスは少し考えていることがあった。
「ロイ殿」
リアンの執務室に入ると、そこにはロイがいた。
机を見ながら少し難しい顔になっている。
「ああ、アイリスか」
「それは、剣術大会のことですか?」
机いっぱいに色々と書き込まれた紙が並んでいる。見れば剣術大会の出場者、当日の段取りなどが書かれていた。当日に準備するものもあるようで、内容を頭に入れようとしていたようだ。ゼロが出場するかどうかは第一部隊と相談するという話になっていたが、正式に出場することは決まったようだ。リストに名前がある。
「ゼロ殿も出るんですね」
「ああ。出るからには優勝したいと言っていた」
涼しい顔で言っただろうなということは容易に予想できた。第一部隊の出場者は今までおらず(基本的に仕事が忙しいからだ)、彼の身分や顔立ちからして観客は多くなるだろう。
「剣術大会か……クロエが少し心配ですね……」
優勝してしまえば確実にゼロとの関係は続く。
とはいえ今も関係があるといえばある。クロエはゼロの姿を見かけたら猫の如く素早く逃げているが、最近のゼロは追いかけてくるらしい。前は仕事の関係で追う暇がなかったが、今はそれもお構いなしだという。仕事はしろと上司に言われるらしいが、後で自分の仕事分はちゃんと回収してくるらしく、上司も文句が言えなくなっているようだ。心労が増えたとクロエは嘆いていた気がする。
「当日、観客席で見ることを約束させたらしい」
「えっ。それは承諾したんですか?」
「承諾すれば剣術大会までは追いかけないと」
「…………」
戦略がすごい。
クロエもさすがにしんどくなったから承諾したのだろう。聞けば観客席にいる時は騎士の制服ではなくちゃんと着飾れと言ったらしい。なぜ、と激怒したようだが、当日ゼロの使用人が来る予定になっているらしい。侯爵家の使用人なら手腕揃いだろう。
(ここまでくれば興味どころの話ではないわね)
以前クロエのことが好きか聞いたが、ゼロは興味があると答えていた。恋愛的な好きかどうかは分からないと。だがこのままいけば、いつかゼロはクロエを捕まえるだろう。一度捕まえたら離さない気がする。それはつまり、そういうことだ。
「アイリス」
「?」
「少し稽古に付き合ってくれないか?」
剣が交わる音が聞こえる。
稽古場で二人は久しぶりに剣を振り回した。
護衛をするばかりで剣を動かす機会がなかったからだ。二人共、今あることを全て忘れ、ただ夢中で体を動かす。騎士になったのは剣を扱うのが好きなのもある。いつの間にか互いに喜びを滲ませる表情になっていた。
「ありがとう。いい時間になった」
ロイが剣を下ろす。
アイリスも同じように姿勢を正した。
「こちらこそ。楽しかったです」
「やっぱり俺達は、この時間が好きだな」
「本当に」
思わずふふっと笑い合う。
休憩しようと、近くのベンチに腰を掛ける。
二人共、空を眺めながら息を吐いた。
「これからもっと忙しくなるな」
「ですね……」
ロイはバルウィンの護衛に入るし、アイリスは今までと変わらずリアンの側近。いや、リアンがいずれ国王となるなら、もっと責任ある立場を任される可能性もある。とはいえ他にも側近はいる。筆頭はグレイだろう。隠密ではガクがいる。アイリスはどの立ち位置になるのか、いまいち分からないところはある。
「アイリスは、これからも騎士でい続けたいか?」
「え?」
まさかそんな質問をされると思わず、相手の顔を見てしまう。ロイは少しだけ考えるように視線を左右に動かしながら、慎重に言葉を選ぶ。
「もし本当にリアン殿下が国王になるなら、おそらく今以上に忙しくなるだろう。俺達もいずれは結婚をするわけだが、俺は屋敷を開けることが多くなる。屋敷の管理は使用人の方々に任せればいいと思っているが、将来的にアイリスはどうしたいか、知りたいと思って」
そう言われ、アイリスは頭を動かす。
いずれ子供を産むことも考えれば、確かにずっと騎士でい続けるのは難しいかもしれない。そこまでのことは考えていなかった。まだまだ騎士としてキャリアを積んでいくと思っていた。
ロイは分かっていたのか「今すぐの話じゃない」と優しく声を掛けてくれる。これからもっと会う時間が減るから、大事なことは早めに話し合った方がいいかと思っただけだと。すぐに決めることは難しいと思いながらも、アイリスは今の自分の気持ちを正直に伝える。
「私は……可能であれば、生涯騎士でいたいです」
「うん」
「でも……それが難しいという場面は出てくるのかなと思っています」
「……」
「でも、それまでは騎士でいても構いませんか?」
いつか騎士を辞めないといけない時が来ても、それが来るまでの間は、騎士のままでいたい。騎士として自分の役割を果たしたい。ロイが教えてくれた剣術を活かしていきたい。今与えられていることは全うしたい。
ロイは大きく頷く。
「もちろんだ。俺は騎士のアイリスが好きだから」
共に騎士の仕事を頑張ろうと、頭を撫でてくれる。
「はい。…………あの」
「うん?」
「ちょっと、提案があるんですが」
前々から薄々考えていたことだ。ロイは最初目を見開いていたが、次第に笑みが深くなった。話しながら、二人は手を絡め合った。
「遂に熱い夜を迎えたのね」
にやにやした顔でジェシカが言ってくる。
「……誰から聞いたの」
「グラディアン教官の顔がぽやぽやしてたって。何があったんだろうって持ちきりよ」
予想もしない理由でアイリスは思わず「えっ」と声を出してしまう。人から声を掛けられやすい雰囲気を持つが仕事の時はいつも真剣な彼だ。そんな彼が緩んだ顔をしていたなんて。
ジェシカはそっと近寄って来る。
隣に座ったと思えば微笑んできた。
「籍を入れたのね。おめでとう」
「ありがとう」
アイリスがロイに提案したのは「結婚式の前に籍を入れたい」だ。忙しくなるので結婚式はおそらくすぐに挙げられない。だが、籍を入れたら結婚はできる。結婚式と同時に籍を入れる人が多い中、アイリスはこの選択肢を取った。でないといつまでも結婚できないような気がしたのだ。
リアンやバルウィンも婚約の話はあるし、いずれは結婚するだろう。となると、いずれは結婚式の準備まで駆り出されるのが目に見える。
リアンは国王になるための教育、バルウィンは他国との外交の開拓、それぞれやるべきことが目の前にある。正直自分達だけの話じゃない。彼らの行く先も騎士として共に歩むと決めたからこそ、主君をやはり優先したい。
あの日ロイに相談し、快く承諾してくれた。
すぐに互いの両親にも報告し、最近籍を入れた。アイリスの父は案外「そうか。いいんじゃないか」とあっさりしていたし、母も「遂に夫婦になるのね~」と呑気な様子だった。ロイのご両親は娘になってくれることを改めて喜んでくれた。その日に結婚指輪ももらった。婚約指輪よりは長くつけるものだからとシンプルなデザインにしたが、アイリスの指輪には何個か小ぶりのダイヤがついている。
「これからはアイリス・グラディアンなのね」
「そうよ。いい加減グラディアン教官じゃなくてロイ殿って呼んであげて」
するとジェシカは、はっとする。
「あら。私ずっと教官呼びしていたのね」
今まで気付いていなかったらしい。癖になっていたのだろう。彼が教官であったことに変わりはないが。
「それで、あのワンピースも着たんでしょ?」
「…………着たわよ」
時間をなんとか作って籍を言れた後、お祝いしようと屋敷で使用人達と一緒に軽くパーティーを行った。その時にあの服も来た。ロイがくれたアクセサリーも身に着け、髪も緩く巻き、いつも以上に気合いを入れ、気持ちも上がっていた。彼は眩しそうな目をした上で綺麗だと、何度も言ってくれた。
そしてやっと、一緒に朝を迎えた。
互いに横に並んで眠っていた。
実はその時の記憶はあまりない。
緊張していたこともあってお酒をたくさん飲んでしまって記憶が飛んだのだ。服装はいつの間にか寝間着になっていた。使用人かロイが着せてくれたのだと思う。それさえも覚えていない。朝起きた時、ロイから「……アイリス。お酒は本当に飲まないでくれ」と懇願された。何があったのか聞いたのだが、彼は答えてくれなかった。なぜ。
おそらくそれらしい行為はあったのか、鏡を見ると首元や胸元に赤い花が残っていた。それがあったことさえ忘れてしまったのはちょっと申し訳なかった。
「ねぇジェシカ。私ってお酒を飲むとどうなるの?」
「えっ……」
ジェシカは一瞬気まずそうな顔をする。
何でも話し合う間柄だが、なぜか親友はこれだけ教えてくれなかった。だがこの質問をしたことで、相手は察したらしい。
「まさか、その日お酒飲んだの?」
小さく頷く。
すると「あら……」と言われてしまう。
「な、なによ。教えてよ」
「教えてあげてもいいけど……ちゃんと受け入れられる?」
(ど、どういうこと……!?)
そんなに言えないようなことをしでかすのか。血の気が引いた気がしたが、このままでは一生誰にも教えてもらえない。意を決して教えて、と伝えると、ジェシカは一度咳払いをする。
「アイリスはお酒が入ると、キス魔になるのよ」
「…………は?」
「誰にでもってわけじゃないわ。ちゃんと心を許している人にね。酔った顔でずっと顔を向けてくれるの。私とクロエは何度も迫られたわ。クロエなんて喜んで受け入れようとしたけど、さすがに可哀想と思って、私がずっとアイリスの唇を守ってあげたんだから。酔ったアイリスはすごく可愛いけど、あれはちょっと魔性過ぎて……人前では絶対見せない方がいいと思ったのよね」
アイリスは思わず顔を下に向けてしまう。
つまりロイに対しても煽るような行動をしてしまったわけか。
(は、恥ずかしい……!)
そしてそのまま寝落ちしたのだ、きっと。
「ロイ殿に謝らなきゃ……」
「あら。ロイ様にしてしまったの?」
思わず口にしてしまいバレる。
「それは……男のプライド的に何も言わない方がいいんじゃないかしら」
「え」
「期待はしてしまったかもしれないけどね?」
「…………」
(ごめんなさい……)
「今度はお酒を飲まずに一緒に眠ればいいわ」
「そ、そうね……」
まさかのやらかしに落ち込みつつも、今ここで知れてよかったかもしれない。確かに今聞いてよかった。そして今まで自分は守られていたのだなと、反省した。
「でもアイリスがこうして幸せになってくれて、私は本当に嬉しいわ」
「ありがとう。ジェシカも絶対幸せになってよね」
「ええ。もちろん」
二人で笑い合う。
ジェシカがもちろん、と答えてくれたのが嬉しかった。今まで幸せを諦めていたような人だったから。恋人であるグレイのおかげで本当に毎日楽しそうだ。
ジェシカとグレイは今度モデルでファッションショーを行うらしい。きっと国中の人を魅了するだろう。
「さて、仕事しなきゃ」
気持ちを切り替えるように言えばジェシカも「そうね」と同意してくれる。互いに今日も仕事が溜まっている。アイリスは真剣な様子で書類と向き合う。
左手には指輪を光らせながら。
~おまけ話「あの日の夜」~
「アイリス。大丈夫か」
「んんん……」
ロイはアイリスに肩を貸していた。
アイリスは体に力が入っていなかった。
籍を入れたお祝いで屋敷の人達と一緒に軽いパーティーをしていたのだが、アイリスがいつの間にかたくさんお酒を飲んでいた。昔から酒は飲まない方がいいと周りに言われ、それを守っていたのに。今日くらいは飲みたかったのだろうかと、ロイはあえて止めなかった。
が、まさかこんなに酔うとは。
お酒に弱いとは知らなかった。
(……ジェシカ嬢に理由を聞いておけばよかったな)
酒が弱いだけならおそらく本人にも伝えるだろうに、周りの人達は全員理由を教えてくれなかったらしい。一体どうしてなのだろう。だがこの時のロイは、何が起きても対処できるだろうと思っていた。人の世話は比較的得意であるし、当時扱いが難しいと言われたアイリスの剣の指導もできたからだ。
「アイリス。部屋についた」
そのまま横にさせようとしたが、ロイの首にアイリスは腕を絡ませてきた。自然と覆いかぶさってしまう体勢になる。転ばないように気を付けつつゆっくり離れようとするが、そこでアイリスの目が開く。青色の瞳と目が合う。
「起きたか。水を持ってくるから、」
と、急に唇に柔らかいものが触れた。
それが彼女の唇であると知り、ロイは一瞬固まった。
今、何が起こった?
固まっている間にも、アイリスは何度も口づけてきた。ロイは頭が真っ白になる。彼女はこんなことを積極的にする人ではない。そう分かっているからこそ、目の前で起きていることに驚いている。ただ唇を合わせるだけでなく、噛んで舌に触れようとしてくる。
(待て。誰だこれを教えたのは)
と思いながら、それは自分であると思い出す。
まさか教えたことで自分が苦しむ日が来るとは。
「あ、アイリス、」
待ってくれ、ととにかく離れようとするが、アイリスは離してくれない。ぐっと首に回した腕に力を入れ、さらに密着しようとしてくる。ロイは必死で別のことを考える。そうしないもたない。
(まさか、酒の力で?)
これがもしそうなら、なんということだろう。確かに周りは何も言わないし、酒は飲むなしか伝えられない。酒の力とはいえ、今のアイリスの顔は高揚し、伏し目はいつも以上に色っぽさを運んでくる。このまま流されるなと言われる方が無茶な話だ。それでも必死に耐えていると。
「……て」
「?」
アイリスが何か言ってくる。
耳をすませば。
「……キスして」
甘い声はいつの間にか理性を飛ばした。
ロイは噛みつくように口づけた。
首元を緩め自分のものであるという跡を残す。
一つは少ない。いくつも残しているうちに。
すう……と寝息が聞こえてくる。
その瞬間、ロイの頭は冷静になる。
(……何をしてるんだ俺は)
そのまま部屋を出てもよかったが、なんだか負けた気がしてそれはできなかった。侍女に着替えを任せ、着替え終わった後で隣で寝た。いつか仕返ししたいという負けず嫌いな思いも抱えながら。
ちなみに一睡もできなかった。




