58*今を生きること -02-
本日3話同時に公開します。
こちらは1回目の更新です。
(婚約……!?)
表情を悟られないよう、アイリスは必死に耐える。
ミアノは信じられないものでも見たような顔になっている。
「婚約……?」
「うん」
「婚約って……」
「結婚の約束だね」
「…………え!?」
ミアノはやっと言葉の意味を理解した様子だった。そりゃあそんな反応になる。今まさにバルウィンに好いてもらえるように話していたところだ。
「な、なんで……?」
アイリスも理由が一番気になった。
予知のことはバルウィンに話してないはずだ。リアンもおそらく言ってないだろう。結婚相手と認めてはいないだろうから。それに、バルウィンがこの短い期間でミアノを好きになるとも考えにくい。
第一王子として婚約者選びは慎重になるはずだ。一体何の意図があるのだろうと探ってしまう。するとバルウィンは話してくれる。
「婚約をすることでミアノにとっても国にとってもいいことだと考えたんだ」
(……うん?)
「予知の能力者が存在するなんて、僕の周りでは聞いたことがない。文献では能力を持つ人達が存在していることは明らかになっているけど、どれも遠い国に存在していて、会うことは容易じゃないからすぐに分かることは限られているんだ。類稀なる能力なのか、能力を持つ人達に何か特徴があるのか、調べる必要はあると思う。ミアノが今後、上手く予知の能力と付き合うためにね」
「……それでどうしてバルウィンと婚約することになるの?」
「婚約すれば助け合うことができる。僕はミアノを守りながら、外交できる。ミンティス王国は外交を一切していなかったから、急に外交するとしても、相手が信頼できるか判断するのが難しいでしょう? 僕は橋渡しができる。僕らの国とミンティス王国の結びつきが強いと分かれば、他の国はミアノに手出しはできない」
(つまり……契約結婚ってことね)
ミアノの能力が他国で利用されないようにするため。バルウィンはバルウィンで、別の国、能力者がいるかもしれない国に外交ができる。ミアノと婚約すれば、他の国から目をかけてもらえる可能性も出てくる。互いにとって利益があるから婚約という形を取るわけか。
アイリスは心の中で唸ってしまう。
(でもそれって……なんだか……)
ミアノを守る手段として婚約するだけで、二人の間に愛はない気がする。バルウィンのことだから、それに関してはおそらく考えていないだろう。二人の年齢差を考えると、十は軽く超えている。今だから婚約するつもりなのだろう。永遠に愛を誓う結婚の約束かと言われたら、少し違う気がする。
「分かった。いいよ」
(え!?)
ミアノはあっさり承諾していた。
先程は恋する乙女になっていたのに、今では落ち着いた様子だ。バルウィンの提案にどう思ったのだろうと、アイリスは心配してしまう。
「婚約したら、バルウィンは他の人と結婚しない?」
「今のところね」
さらっと未来がどうなるか分からないような返答をする。上手い逃げ方だ。アイリスはどきどきしながら二人の会話を静かに聞く。
「じゃあバルウィンに逃げられないように、私頑張るね」
「逃げられないように?」
「私が魅力的になったら、バルウィンは離れないでしょう?」
(!)
バルウィンは瞬きを何度かする。
ははっ、と大きく口を開けた。
「確かに、そうだね」
「私、これからもっと勉強を頑張る。見た目ももっと綺麗にするし、周りの人達に認めてもらえるように、王女として努力するね」
バルウィンは微笑んだ。
「うん」
声色が、今までで一番柔らかく聞こえた気がした。アイリスがちょっと微笑ましい眼差しを向けていると、バルウィンは咳払いする。
「ティントレット陛下にも伝えておいで。ミアノがなんて返事をするのか、気にしてるみたいだから」
「はーい」
ミアノは素直に返事をして、その場から小走りで行ってしまう。バルコニーに二人きりにされる。アイリスは分かりやすく横目で見てしまう。
「言いたいことがあるなら言っていいよ」
「ミアノ殿を泣かせたらぶっ潰しますよ」
「アイリスは他国の王女に忠誠を誓うの?」
「バルウィン殿下への忠義はありますが、私は女性の味方でいたいです」
「なるほど。満点の返しだね」
バルウィンは息を吐く。空はいつの間にか夜を引き連れている。夕から闇の色に変わるそれを眺めながら彼は笑った。
「ティントレット陛下にも似たことを言われたよ」
婚約の提案をした時、最初に言われたのは「ミアノを泣かしたら許さない」だったらしい。ティントレットは穏やかな人柄だが、その時ばかりは背後から何やら強い念のようなものを感じたようだ。
「本気の目をしていたから、泣かせたら僕は殺されるだろうな」
「……。婚約を提案したのは、ミアノ殿下のために、ですよね」
互いの国に利益があるとはいえ、一番はミアノのためのように思った。彼女の能力が利用されないように。彼女が上手く能力と付き合って生きていくために。そして外交を上手くするために。
「うん」
と言った後、バルウィンは「あ、でもね」と言葉を付け足してきた。
「僕から婚約を取り消すことはないよ」
「……えっ?」
「え? あ、取り消すと思った?」
「先程ミアノ殿下の問いに意味深に返していましたよね」
婚約している間はミアノ以外の人と結婚はしない、という意味合いの返し方をしていた。それを咎めると「あれは保険だよ」と付け足される。
「つまり、バルウィン殿下がいつ婚約を取り消すと言ってもいいようにという」
「いや、ミアノに保険を持たせたかったんだ。僕がいつ捨てられてもいいように」
「ええ……?」
思わず訝しげな目をしてしまう。
そんなことあるだろうか。
相手はふっと笑う。
「歳の差はあるしミアノはまだ幼い。これから先、いくらでもいい人は現れる。でも彼女の能力を利用する奴なら相応しくない。見極めるためにも、僕は側にいるってわけだね」
「…………本当にそれだけですか?」
互いに利益があるから国としてもこの婚約話は進むだろう。だがいつまでも互いに価値があるとも限らない。婚約を取り消す意志はないということは、バルウィンはミアノと本当に結婚するか、一生結婚しないの二択になる。いや、王子として立派な彼を放っておく人はいないと思うが。
「何か引っかかる?」
「ミアノ殿下のために婚約するのは分かりますが、バルウィン殿下がそこまでミアノ殿下を気に掛けるのには何か理由があるのかと思いまして」
すると「ああ」と納得するような顔をされる。
「アイリス。僕は今から信じられないことを言うと思うけど、聞いてくれる?」
「はい」
「ミアノを見た瞬間、僕はこの子と結婚するんだなって思ったんだ」
(……え!?)
「勘のようなものだから、言葉で説明するのは難しいんだけど、この子なんだなって感じてね。彼女と話してみて、抱えているものを知って、彼女の為に何かしたくなった。普段の僕じゃしないことばかりしたよ。初対面の女の子を説教なんて僕らしくないし、城下を歩くなんてリアンみたいなこともしない」
(それは……確かに)
普段のバルウィンらしくないとは思った。
でもまさか、そう感じたなんて。
ある意味ミアノの予知は当たったことになる。今の彼女は、それだけで判断しないかもしれないが。
「だからかな。婚約の話をすぐティントレット陛下にしたんだ。いつもより頭もよく働いてね、婚約するのに相応しい理由も提示できた。彼女が別の人を好きになってもいいように保険もかけた。でも僕は、彼女と結婚したいと思ってるよ」
「……ミアノ殿下を、愛していますか?」
すると相手は少し考える。
「どうだろう。人としては愛していると思う。女性として愛しているかと言われると、それは彼女が成長してみないと分からないと思う。幼いからね。メイベルよりも年下のようだし、妹のように思っているかも」
アイリスは微笑む。
「十分な答えだと思います」
現時点でこれ以上にない理由だ。それならばきっとミアノも満足してくれると思う。だがバルウィンは「この話はミアノには内緒ね。未来はどうなるか分からないし、この直感が当たっているかすぐに判断できないから」とはにかんだ。
帰国したら真っ先に父にミアノとの婚約話のことを話すらしい。国同士の結びつきも深くなるから勝算はあり、能力者がいるであろう国との外交の話も早く進めたいようだ。アイリスは頷いて聞いていたが、あることに気付く。
「あの」
「?」
「時期国王の話はどうなるんですか?」
するとバルウィンはにっこり笑った。
(あ)
「気付いた?」
(まさか)
「リアン殿下になるように仕向けてますか?」
「そう。よく分かったね」
「……まさかそのためにミアノ殿下を」
すると慌てて否定される。
「それは違う。そのためにミアノと婚約するわけじゃない。でも、そういうことにはなるよね。ミアノと出会ったことで、僕の願いが叶えられそうで嬉しいよ」
そういえばバルウィンに言われたことを思い出す。今度は僕の願い事も叶えてもらいたい、と。
「ねぇアイリス。僕の願い事を叶えてくれる?」
思った直後に言われてしまい、なぜか居心地の悪さを感じてしまう。今までの話全て含めると、無理難題を押し付けられそうな予感がしたのだ。
「…………何がお望みですか?」
「色々と協力してもらいたいな」
バルウィンは優顔で悪魔のような囁きをしてきた。
「…………疲れた」
アイリスはげっそりした顔になる。
机の上には大量の書類が並んでいた。
帰国からすでに一か月は経っていた。
時間が過ぎるのはあっという間だ。
「お疲れのようね」
ジェシカが紅茶を出してくれた。
バルウィンがミアノと婚約しようと言った次の日、本当に全員で帰国した。互いに礼を伝え合い、それぞれに絆も生まれているように見えた。
ロイは一緒に夜の見張りをした騎士達と。ガクはアガサと何やら話しており、揶揄うような素振りもあったり、アガサも満更ではなかったり、最初より仲良くなった様子だ。ティントレットは主にバルウィンに色々話していた。釘を差していたのかもしれない。リアンとモネはすっかり打ち解けたのか、恋人らしく何やら話し合っては笑い合っていた。
「リアン殿下も落ち着いたようでよかったわ」
帰国してから話を聞いてくれたジェシカは、リアンがようやく元気になったことに安堵していた。文官として仕事をしながらも気になっていたらしい。グレイも始終何も言わなかったが、気にはしていたようで、恋人であるジェシカには心の内を話していたようだ。
「ほんとにね」
もらった紅茶に口をつける。
やっとほっと一息つけた。
「バルウィン殿下とミアノ殿下の別れの挨拶がロマンチックだったんでしょう?」
出発前にバルウィンとミアノは少しだけ言葉を交わしていた。そろそろ行こうかという話になった時、急にミアノは屈んでほしいと頼み、バルウィンの頬に口づけをしていた。周りがわぁっと色めき立った声を出していると、バルウィンもミアノの左手を取って口づけていた。ちなみにティントレットが何やら言いそうになっているのを必死でアガサが止めていた。
ロマンチックなのはその後の会話だ。
『バルウィンに愛想尽かされないように、立派なレディーになるね』
そう言い切ったミアノにバルウィンはただ笑いかけたが、帰り際に呟くように「僕はもう君に夢中だよ」とだけ言って去ったのだ。
「まぁ……! バルウィン殿下がそのようなことをおっしゃるなんて」
「すごいわよね。周りも聞き耳を立てるために静かだったからその後大騒ぎよ。ティントレット陛下とリアン殿下だけ若干顔が引きつっていたわ」
「まぁ……。複雑な気持ちだったのね」
バルウィンがミアノに婚約した、という話をリアンが知ったのはその日だ。それはそれはだいぶショックを受けていた。まさか予知の話をしたのかとアイリスに目を向けてきたが、そうじゃないと首を振って答えた。二重でショックを受けていた。
現国王であるアーノルドは帰国した息子二人の話をしっかり聞いた。その上で、両者の婚約話を進めるように指示した。二人共、婚約は認められた。
ちなみに国王はどうするかという話は一旦保留になっている。が、噂ではリアンがなるのではと言われている。バルウィンがこのままミアノと結婚することになると、互いの国のために婿入りする可能性が出てきたのだ。その可能性があることをリアンは後に気付き、バルウィンに突っかかっていた。「策士野郎」と吐いていたがバルウィンは笑ってかわしていた。おそらく婿入りになることもバルウィンは最初から考えていたに違いない。
「バルウィン殿下がもし本当に婿入りするとなると、きっとご令嬢や関係者は悲しむでしょうね。イーデン公爵はどうするのかしら」
「バルウィン殿下曰く、とっとと嫁をもらって落ち着けと指示を出しているみたいよ」
モニカのことを指しているのだろうなと思いつつ彼女もまだ十六。貴族令嬢として歩んだばかりなのですぐに結婚とはならないだろう。というか、シリウスは頑なにモニカになびかない。モニカはそれでもいいと思っているようだが、あの頑固頭はいつ柔らかくなるのだろう。
「バルウィン殿下がいなくなったら、イーデン公爵はきっと寂しいでしょうね」
(寂しい……?)
寂しそうにしている姿が想像できない。
アイリスは思わず首を傾げてしまう。
「あの二人って普段どんな会話してるのかしら」
「結構面白いわよ」
ふふふ、とジェシカは思い出したかのように笑う。そういえば聞いたことがあるのか、とアイリスは少しだけ見て見たくなった。
「それで、グラディアン教官とはどうなの?」
急に自分達の話をされ、どきっとする。
「どうって?」
「恋人として進展はしてるの?」
「そういうジェシカ達は、」
「やることはやってるわね」
ふふふ、と余裕の笑みで言われてしまい逆に硬直してしまう。やることというのは何を、どこまで。知りたいような知りたくないような。ここまではっきり言われたら、答えないわけにはいかない。
「……。分からないけど、前よりは照れなくなったわ」
「あら。成長ね」
今では毎日、ほんの少しだけでもスキンシップを取るようにしている。相変わらず相手の方が上手な気がするが、こればかりは年齢や経験の差があるだろう。アイリスもだいぶ身を任せることを覚えた。
それは喜ばしいことだが、そうとも言えないこともある。
バルウィンからの「お願い事」だ。




