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57*今を生きること -01-

「……ねぇ」

「はい」

「これ何?」


 ミアノは両手を広げて見せる。


 彼女は普段着ている白のワンピース姿ではなかった。上下共に簡素な目立たない服装、髪は帽子で隠し、丸眼鏡。まるで男の子のような見た目になっている。対してアイリスも街娘のような格好だ。


「二人共よく似合っているね」

「「…………」」


 笑ってそう言った人物は全く輝きを隠せていなかった。格好は街で暮らす青年のように地味なのに、顔周りは何も隠していない。そのせいで見目麗しく気品ある雰囲気が出ており、街を歩く人々に、特に女性達からちらちら熱い視線を受けている。


 アイリスとミアノの半眼になる。


「バルウィン殿下、さすがにもう少し隠しませんか」

「きらきらが溢れてるよ」

「ええ?」


 バルウィンはわざとらしく首をすくめる。


「許してよ。僕、いつも隠れる生活をしているんだから。こうして自由に歩いてみたかったんだ」


 王子だから自国では堂々と振る舞うか隠れるしかない。リアンさえも城下では変装をしているし、息が詰まるということを言いたいのだろう。その気持ちは分かるものの、なまじ顔がいいせいで人を惹きつけている。女性だけでなく男性の中にもバルウィンを二度見する人がいた。


「それで、目的の場所というのはどこですか」

「ああそうだった。こっちだって」


 バルウィンが歩き出す。


 実は彼の前には変装している城の使用人が歩いている。なぜ皆で変装をしているかというと、バルウィンが昨日、ミアノ以外の皆にあることを頼んだのだ。それは「不幸になったと言われる人々のその後が知りたい」というもの。


 不幸の道を選んだ人達の予知を見て悲しんだミアノに対し、バルウィンはその予知が全て当たっているとは限らないと考えた。それは自身に関する予知が関係している。「王子を辞めたい」と思ったことはあるようだが、それはあくまで一時の感情、一時の期間。色々思うことはあるものの受け入れているようだ。だがミアノは予知が全て合っているかのような発言をした。そして自ら悲しみの感情に溺れた。


 だからバルウィンはミアノを叱ったようなものだが、言葉でどれだけ説明しても、すぐに理解してもらえるわけじゃない。特にミアノは、予知とずっと生きてきたのだから。だからバルウィンは考えた。実際この目で見ればいいと。


(……百聞は一見に如かずとは言うけど)


 王女と王子が城下にお忍びで移動するだなんて、かなり難しい注文だ。陛下も最初は渋い顔をしていたが、ミアノのためならと許可してくれた。今アイリスだけが同行しているように見せかけて、ミアノにバレないように何人も周りに護衛がいる。


(こんな無茶な注文をバルウィン殿下がするだなんて)


 あまりイメージになかった。


 正統派の王子として、リスクがあるようなことをする人ではないし、常に慎重に行動している。リアンならやりかねないと思いつつも、ミアノのためだろうということはすぐに分かった。バルウィン自身が何かしたいなら、ここまでのことはしない気がする。ミアノのためだから無茶でも行おうとしたのだろう。


 二人には二人にしか分からない抱えているものがある。だからバルウィンは彼女を叱ることができた。前を向いてほしいから。ただ辛く大変なことばかりではないから、と。第一王子としてのプレッシャーを考えれば、ミアノのプレッシャーも理解できるだろう。人の上に立つ、人の前に立つということは、想像以上に気を張らないといけない。


(つくづく私は、恵まれていることを感じるわね)


 アイリスは心の中で溜息をついてしまう。


 貴族ではあるが家は弟が継ぐし、自分は騎士の道を歩めている。なにより尊敬する師が傍におり、そんな人が将来の夫だ。王族の幼馴染という立場も、人からすると羨ましい要素になりうるだろう。


 ずっと自分の強さに関して自信がなく、むしろ女性らしくないと悩んできた。もっとこうすれば、ああなれば、と、悩み、迷い、考えてきた。周りに自分を認めてくれている人達がいるから、こんな自分でもいいと、むしろ今いる自分を誇りに思おうと、もっと前に進もうと、思えている。それは周りの人達のおかげだ。自分の力ではない。


 だからこそ、周りに対してより、何かしたいと、喜んでほしいと、思っている。臣下だからという話ではない、自分が人からもらったものを、今度は人に返したい。そう思っている。


(……そう思えるようになったのは、間違いなくロイ殿のおかげもあるわ)


 常に近くで見てくれて、褒めてくれて、声を掛けてくれて、愛してくれて。変わらない愛情がそこにあるからこそ、前よりももっと広い視野で考えられるようになったのかもしれない。ロイがいなかったら、自分は何も変わっていないかもしれない。今の自分がいるのは、ロイのおかげだ。


 別の準備に駆り出されてここにいないロイのことを思いながら、アイリスは自然と口角が上がる。愛する人が尊敬する人であると、人はより成長したいと望むのかもしれない。いや、成長するのかもしれない。


「……にやにやしてる」


 はっとすればミアノに顔を見られていた。

 なぜか彼女は眉を寄せる。


「らぶらぶはよそでやってくれない?」

「えっ、な、何を見たんですか」

「別に」

「ミアノ殿下……!」

「? 二人共。着いたよ」


 小さい家のようだった。


 三人はこっそり別の建物に隠れるようにしてその家を見つめる。すると家から何人もの子供達が出てきて、大きな果物が入った籠をみんなで持って、笑いながら走っている。はしゃいでいるようだ。


「果物は一人一つだからね。ちゃんとみんなの分あるから」

「取り合いはしちゃだめよ」


 中年の女性と男性も出てくる。

 子供達を見て微笑んでいた。


「あ……」


 ミアノは声をもらす。

 見覚えがあるらしい。


「孤児院を作りたいと思っていたご夫婦が、お金を頑張って貯めて本当に作ったんだって。最初は経営難で大変だったようだけど、周りからのサポートもあって、今は落ち着いたらしい」

「…………」

「孤児になった子供達も、あの夫婦に引き取られて上手くいっているようだよ。変なところに売り飛ばされなくて本当によかった」


 話を聞けば、経営難で二人の生死さえも危ない目に遭うのではないか、孤児院として引き取られるはずの子供達が、行き先もなく売り飛ばされてしまうのではないかなど、ミアノは予知で見て色々と気になっていたようだ。孤児院を作るのを止めるよう、子供達は城で保護するなど、色々とミアノは動いていたようだが、立場の問題等で何もしてあげられなかった。それを悔やんでいたらしい。


「みんな笑ってるね」


 バルウィンが柔らかい声色で言う。


 確かにみんな、笑っている。

 無邪気に、笑っている。


 過去に悲しかったことがあったなんて思えないくらいに。あったとしても、今は笑っている。それを乗り越えた先の今を、見せてくれている。


「…………」

「他にも、結婚をするか悩んでいた女性が、今は素敵な家庭を築いているようでね。家族のために売られそうになった子も、絵の才能が認められて、今や画家として有名になってるよ」


 ミアノはゆっくりバルウィンを見上げた。

 まるで、本当に? と聞くように。


 彼は大きく頷く。


「みんな、今を生きて、前を向いているんだよ」

「…………」

「ミアノもそうなれたらいいね」

「……。っ!?」


 急にバルウィンはミアノを横抱きにする。


「えっ、なに……!?」

「男の子の格好はここまで。さ、おめかししよう」

「え!?」


 アイリスはふふっ、と口元が緩む。

 ミアノための時間は、ここからだ。







「ミアノ! とても綺麗だわ」


 会場に先に入っていたのはモネだった。いつもは落ち着いた色合いのドレスを身にまとっているが、今日は淡い薄桃色のドレスを着ている。彼女も綺麗な格好で、その隣には、ちゃんと王子として身なりを整えているリアンだ。珍しい白のタキシード。この国のタキシードを用意してもらったらしい。


「よ」


 若干気まずいのか軽い挨拶をしていた。


 一応二人が結ばれた報告はすでにしているのだが、ミアノは戸惑っている様子だった。二人に対してというより、今この状況に対して。


 ミアノはライトブルーのドレスを身に着け、髪はゆるく編み込んでいる。髪には白い花がたくさんついており、彼女に似合うようにメイクも施されていた。少し高さのある靴を履いており、少しぎこちない歩き方になっている。外交もせず人前にもあまり出ていなかったから、着飾ることも慣れていないのだろう。


 そんな彼女は会場を見て目を見開く。パーティーのように飾り付けたそこには、城の使用人達が中にいっぱいいた。


「ミアノ様!」

「ミアノ殿下、ドレスとても可愛いですわ……!」

「こっち、こっちに来てください。我々で準備したんですよ!」


 メイド達や騎士が手招きする。

 まるで子供にするように。


 みんな、喜ばせたいのだと笑いながら。


「……」


 ミアノは少しだけ後ずさりするが、彼女の背中が何かに当たる。振り返った先には、おそらくこの国で一番見目麗しい姿であるバルウィンがいた。髪を上げ、わざわざ持ってきたのか、自国の正装に身を包んでいる。ぽかんとしているミアノに対し、バルウィンはにこっと笑みを見せた。


「お手をどうぞ。お姫様」


 彼女の返答も聞かず、バルウィンは手をさらって歩き出してしまう。「え……ちょ、ちょっと……」とミアノは口ごもるが、歓迎をする使用人達の前に連れていかれてしまった。


 アイリスは二人の背中を目で追いながら微笑む。


「全てバルウィン殿下のアイデアか」

「ロイ殿」


 いつの間にかロイが傍に来ていた。


「すごいですね。これだけの準備を……昨日と今日で」

「城の者達もずっと歯痒い思いをしていたんだろう。ミアノ殿下に対して何かしてあげたいと思いながら、予知のこともあって何もしてあげられなかった。だからか、みんな張り切っていた」


 思い出したのか、ロイはくくっと笑う。


 聞けばみんながミアノへの愛情で対抗心を燃やし、より準備が早く進んだようだ。特に世話係を任されている侍女達や護衛をする騎士達。近い距離で見守っているのは自分達であると、ぎゃあぎゃあと言い合っていたらしい。傍から見ればだいぶ微笑ましい光景だ。


「……ミアノ殿下にも伝わるといいですよね。皆さんの愛情が」

「そうだな。すぐには難しいかもしれないが……でもきっと、この光景は忘れられないものになるはずだ」

 

 ミアノはまだぎこちない様子だったが、みんなと話しながら自然と笑みがこぼれていた。バルウィンのアシストもあるのだろう。彼のおかげでより輪に入れている。モネやリアンも一緒に参加していた。みんなで談笑している場面もあった。


「ロイ殿」

「ん?」

「私も、分かったことがあったんです」

「聞きたいな」

「愛情というのは、たくさんもらえればもえるほど、心が豊かになるのだなと。そしてもらった分、今度は自分が返したくなるのだなと」


 ちらっとロイに目を向ける。

 すると彼は、ふっと笑った。


「誰と誰の話か、聞いても?」

「聞かなくても分かるんじゃないですか?」

「アイリスの口から聞きたいな」

「私とロイ殿の話ですね」


(今日の私は素直みたいね)


 自然と口にすることができた。

 あなたのおかげであると、言いたくて。


 ちょっとだけ得意気になっていると、急に彼は額に触れてくる。手で前髪を上げたと思えば、額に口づけされた。固まっていると「嬉しくてつい」と言われてしまう。


「ひ、人がいる中で……」

「みんなミアノ殿下を見ている」

「そう言われたらそうですけど……!」

「これからも俺は、アイリスに愛を伝える。言葉でも、行動でも」


 今度は手の甲に口づけされる。

 アイリスは微笑んで応えた。








「アイリス。ありがとう」

「お礼なら、バルウィン殿下や皆さんに」

「うん。みんなにも伝えた。アイリスにも言いたかったの」


 パーティーが落ち着いた頃、ミアノに二人で話したいと言われ、バルコニーに移動した。ティントレットやアガサもパーティーに参加して、バルウィン達と何か話している。ティントレットが少し涙目なので、ミアノの話をしているに違いない。


(ほんの少しでも、役に立てたかしら)


 ほとんどバルウィンのおかげな気もするが。

 すると表情で分かったのか、念押しされる。


「アイリスにも感謝してるよ。女性だから我儘が言いやすかったし、付き合ってもらったし、私を連れ出してくれた。力技はアイリスにしかできなかったよ」


 力技、という言葉に思わず笑ってしまう。そう言われるとそうかもしれない。ミアノを急に抱き抱えて運ぶなど、他の女性はなかなかできない。


「ありがとうございます」


 アイリスは心から言えた。


「自分の目で見て、分かったの。私、全然目の前のこと見てなかったんだなって。ずっと、未来のことしか見てなかったんだなって」

「……」

「それをみんなに教えてもらえて……私って、独りじゃなかったんだって、気付けた」

「……よかったです」

「うん、ほんとに。よかった」


 ミアノは薄っすら、笑っていた。

 心から出た笑みのように見えた。


「あの、でね、アイリスに、聞きたいことがあって」

「なんでしょう」

「あの……バルウィンって、好きな人とかいるかな?」

「…………はい?」


 ミアノが急にもじもじし始める。


「バルウィンってずっとかっこいいよね。すごいね、あんな絵本の王子様みたいな人いるんだ。モテるよね。街でも色んな人から見られてたし。バルウィンは好きな人いるかな? 結婚の予定は? 婚約者とかいる?」

「……え、ええと」


 怒涛の質問攻めでアイリスは少し戸惑う。

 と、思い出して口にする。


「でも、予知では確か」

「あ、だめっ。それは、本当かどうか分からないしっ」

「ですが、」

「私、予知見てもあんまり信じないようにしようって決めたの。未来はどうなるか分からないし、よくない未来も、いつかよくなる可能性があるでしょ? それを自分の目で見て分かったから……。だから、予知じゃなくて、バルウィンに好きになってもらえるように、努力したいなって思って……」


(け、健気……!)


 予知の能力ではなく努力して好きになってもらおうと考えるなんて。

 最初は自分は相応しくないと離れようとしていたのに。


 思えばあの時のミアノは自分に自信がなかったのかもしれない。自分の目で未来は変えられること、周りの人達から思っていたより愛されていることを知ったことが大きいだろう。だから、自分の気持ちに素直になれたのかもしれない。成長を感じ、アイリスは心打たれてしまう。


 そういうことなら協力したい。

 頭をフル回転させた。


「好きな人ですか。今のところ聞いたことはないですね。婚約者の話も今のところないです」


 そもそもモネのこともあり、正式にバルウィンに相応しい結婚相手は決まっていなかった気がする。そういえば国王問題はどうするのだろう。帰国してから改めて話し合うのだろうか。


「――何の話?」

「!?」

「バルウィン殿下っ!」


 いつの間にか話の中心者がいる。


「僕も入っていい?」

「だ、だめ!」

「え。駄目なの?」

「これは、お、女の子同士の話だから」

「そうか。じゃあ明日、大事な話を聞いてくれる?」

「え?」


 バルウィンは膝を折り、ミアノに目線を合わせる。


「僕らは明日、帰るよ」

「え……」

「もうお帰りに?」


 アイリスが慎重に聞く。

 バルウィンは苦笑した。


「実は仕事をけっこう置いてきちゃってね。そろそろ帰らないと怒られてしまうんだ。それに、もうミアノは大丈夫だと思うし」


 するとミアノはバルウィンの服の裾を掴む。

 無意識だろう。顔色が曇っていた。


「大丈夫だよ。いい話もあるから」

「いい話……?」

「陛下と話したんだ。許しを得たから、明日、また話すよ」

「…………明日じゃないとだめ?」

「今がいい?」

「……うん」


 バルウィンはゆっくりミアノの手を取った。


「ミアノ。僕と婚約してくれないかな?」

「…………え?」

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