大丈夫大丈夫、簡単なやつだからさ。ほら、これ見てみて
青華は連れ去られ姫宮と一緒に鏡状の壁の前に立つ。なにをさせられるのかびくびくしている青華も新鮮だがそれを背後でにっこにこの笑顔で立ってる姫宮もかなりインパクトが強い。ちょっとしたホラーだ。
「それじゃあ今から青華ちゃんのアイドル部体験入部を始めまーす! 青華ちゃん! 意気込みをどうぞ!」
「ないです」
「ありがとうございました! それでは始めていきます!」
「聞いて!」
なんでもありだ、なんで聞いたのか。
「まあまあ。そんな気にしなくても大丈夫だよ。いきなりそんな無茶なことさせないからさ」
「ほ、ほんと?」
本当に緊張している。むしろ怯えているようにも見える。
「大丈夫大丈夫、簡単なやつだからさ。ほら、これ見てみて」
姫宮はスマホの画面を青華に近づける。気になって信也も近づき背後から覗き込んでみた。
それはティックトックの映像だ。二人の女の子が並び手だけを使って振付している。可愛らしい短い映像だ。
なるほど。これなら青華にも出来るし華がある。歌やダンスよりも敷居は低そうだ。
「ね? これ一緒にやってみようよ。ね?」
「いや、これはその、私にはきつくないか? 私はこういうのは」
「ね?」
「だから」
「ね!?」
「はい……」
やはりパワー、パワーはすべてを解決する!
それで姫宮と青華の振付が始まった。まずは映像を見ながら手を動かしてから次は鏡の前で。二人で動きを合していく。
「違う違う、右手はこうで、左手がこっち。ほらほら、笑って笑って」
「は、はぁい~」
(大丈夫か?)
青華の動きは相変わらず固い。それを姫宮が明るい指導で直していく。元々難しい振付ではなく、そうしたおかげでだんだんと形になってきた。
「それじゃいくよ」
二人の前にスマホを置いて録画する。二人の振付が始まった。
カメラに向かって笑顔を作り腕を器用に動かしていく。姫宮は楽しそうに、青華は口元が浮かんでいるが目だけはバキバキに見開かれいる。それでもなんとかやり遂げるあたり彼女も真面目というかなんというか。
「どれじゃあ見てみよっか」
「いや、私はいいや」
「なんでぇ~、一緒にみ、よ、う、よぉ」
「うあああ~!」
姫宮は青華に抱きつき一緒に映像を見返している。姫宮は可愛い可愛いと連呼し青華は地獄でも見ているように悲鳴を上げている。なんなんだこれは。
そうして今日のアイドル部の活動は終わっていった。姫宮も学生服に着替えており三人で通学路を歩いていく。青華の車いすは姫宮が押し彼女の荷物は信也が持っている。夕暮れのオレンジに染まった道を三人の影が移動していく。学生寮は学園のすぐ傍だ、学園のフェンス横を三人は進んでいた。
「いやー、今日は楽しかったなあ」
「お前はそうだろうな」
「私は疲れた……」
三者三様の様子だ。特に姫宮は上機嫌で青華はぐったりしている。肉体的疲労は姫宮が多く青華は精神的な疲労が大きい。それでこの差が出るのはなんだか感慨深い。
「私は青華ちゃんと動画取れて嬉しかったな。こうして青華ちゃんとなにかすることなかったからさ」
「それは、まあ」
もしかしたら姫宮なりに青華と仲良くなるために考えた結果だったのだろうか。かなり強引だったけど二人の仲は縮まったと思う。言いたいことを遠慮なく言えるくらい。そうなるのはけっこう時間がかかったりするものだけど姫宮の人柄と行動のおかげか、もうすっかり打ち解けている。
「詩音の狙いは察してはいた。だがもっとだな、他に方法があったというか」
「うえーん、許して青華ちゃ~ん」
「下手な噓泣きを。愛嬌は認めるが」
「まあまあ、こうして二人の親睦が深まったことだしいいんじゃないか?」
「それもそうだな、詩音はいい。だがお前は許さん」
「なんで!?」
「そうだそうだ! 信也君は駄目だ!」
「なんで!?」
「どう落とし前を付けるんだ神崎」
「ハーゲンダッツをおごれ!」
「そうだそうだ」
「ええ」
姫宮は許されて自分は許されないそんな理不尽が信也を襲う。
意味不明な主張と完璧な連携で結局アイスをおごるはめに。
コンビニからの帰り道。そんなこんなで二人は青華を学生寮にまで送り届けていった。二人はアイスを食べながら談笑している。姫宮はにこにこで青華も微笑んでいる。そんな二人を傍から見ながら信也はアイスバーをかじった。
二人は本当にいい友達になった。学校生活や趣味、夢を語り合い笑っている。そうした関係になれたのもきっと姫宮だったからだ。
車いすのアイドルなんて聞いたことなかったし想像したこともない。だけど可能性はゼロではない。どこかにやれることがある。そしてそこから発展していけばきっと夢は叶う。すくなくとも道は見つかる。
人間の可能性。自分を信じる心。普段は信也が口癖のように言っているのに姫宮は信也以上に可能性を信じていた。彼女がアイドルになれる可能性を。
そして青華もいやいや言いながらも彼女の思いに応えた。それでこうして笑っている。それは強いことだ。記憶喪失、男たちの襲撃。不安要素はまだ解決していない。だけど今はそれを感じさせない。
友人関係というなんでもない風景の中に彼女たちの強さが詰まっている。伝わってくる。チョコレートとバニラアイスの甘さを口いっぱいに味わいながら信也は彼女たちの友情を見つめていた。その笑顔を見れたならおごったアイスも安いものだ。
夕暮れに包まれながら談笑する二人の後ろ姿は明るい未来が待っていると思わせるほどに輝かしいものだった。




