錬司、その。さっきのは残念だったけど気にすることないわ
(ここまでの流れは事前に予期できたこと。錬司ならこれの返しも用意しているはず)
厳しい状況だ。だが伊吹はあえて期待を込めて錬司の後ろ姿を見る。
(どう切り返す、ジャッジメント?)
ここで社長にならなければ第二の内情は探れない。ジャッジメントとしての目的を果たすためにはここで承認を是が非でも得なければならない。
これは錬司の、そしてジャッジメントとしての戦いだ。
「俺が社長に相応しくない、要約すればそういうことだな?」
ひとしきり役員たちが話した後錬司が続く。
「相応しくないというのは語弊があります。経験と実績がない者を社長にするのは不適切だと考えているまでで」
「保身ばかり考えている人間は話が回りくどい」
ズバリ言う。歯に衣着せぬ物言いに伊吹も呆れそうになる。
「俺が社長に相応しいと証明すればいいだけのことだ」
錬司の言葉に役員たちがどういうことかと思案しながら見つめてくる。証明とはどういうことか。今からそれをするのか。錬司の意図を読もうと考え、しかし誰も分からない。
錬司は左手首をみなに見せる。そこには腕時計がある。一目で高級感が伝わるがそれくらいここにいる者ならなんら特別ではない。
そんな彼らが驚いたのはその腕時計が変形し錬司の腕を覆うエフェクトになったからだ。この出来事にみな一様に声を漏らしている。
(そうか、これをプレゼンに)
先日開発したエフェクトの変形機能。ここでお披露目と共に自身のアピールに繋げたのだ。
「それは」
「先日俺が伊吹主任との共同で開発したものだ」
(マジ?)
ほとんど彼一人の開発だと知っているのは彼女だけだ。
錬司の言葉に役員たちが一斉に伊吹を見てくる。どんな顔をすればいいのか分からず伊吹は会釈で応える。
「お前たちは俺のいないこの数年間なにをしていたんだ?」
エフェクトの変形機能、これはエフェクト業界において革命だ。売れる。約束された大ヒット商品になる。
あれほど反発していた声が静まり返っていた。それほどまでに錬司が打ち出した変形機能は次元が違ったのだ。
「お互い忙しい身だ。投票を取ろう」
*
伊吹は感慨に耽っていた。懐かしい感覚だ。この感覚は以前にも二回覚えがある。一つ目は高校の時。どのクラスにも一人くらい誰よりもいけている女子というのはいるものでそれと自分を対比した時。生まれ持ったキラキラというものを嫌というほど見せつけられた。
そして宗作と出会った時だ。彼が開発するエフェクトに自分は途中から加わった。エフェクトはほとんど完成していたため自分はあくまでお手伝いくらい。 自分が頭を抱えるほどの問題も彼は鼻歌を歌うほどの気軽さで解決してしまう。そして彼が発展させるエフェクト技術は異次元すぎて百年先の未来を見ているようだった。自己修復機能を発展させた自己生産能力。アンドロイドのエフェクト版ともいえるエフェクトロイドの草案。そのすべては個人の強化ではなく人類の発展のためだった。
彼は自分を強くしようなど考えていない。天才的な頭脳は常に人類への貢献に用いられた。
そんな彼を手伝いながらもどこか遠くに感じる日々。すぐ近くにいるのにとても遠い、そんな疎外感。彼我の差があり過ぎて。
そんな感覚の三度目を、少しだけ感じている。
「私、成長してないのかな」
錬司が見せたプレゼンは見事なものだった。エフェクトの変形機能の発見は彼の才覚だ、それは疑う余地がない。機転も努力もある。信念もある。そばにいるだけで自分との違いを教えられる。
少しだけ、自己嫌悪に浸っていた。
伊吹の目の前には錬司がいる。彼の自室でパソコンを操作している背中には強い意思を感じる。
錬司を社長とする投票結果は保留だった。答えを先延ばしにした役員たちの思惑は見え見えだ。錬司につくか、対立するか。どちらが自分にとって利になるのか考える時間が欲しいのだ。
そんな保身のせいでジャッジメントの作戦は失敗した。とはいえ仕方がない。むしろよくやった方だ。彼とて万能ではない、こればかりはどうしようもなくもともと不利だったのだ。
彼の背中になにを言えばいいのかを伊吹はずっと考えていた。そのまま今に至るわけだがずっと見ているわけにはいかない。自信すら感じる後ろ姿ではあるが気持ちは落ち込んでいるはずだから。
「錬司、その。さっきのは残念だったけど気にすることないわ。いい線いってたわよ」
「終わった」
慣れない慰めの言葉を頑張って喋っているのにこの少年はそんな気遣いも途中で断ち切ってくる。
いったいなにが終わったのか、かみ合わない会話に伊吹の眉が曲がる。あと慰めようとした気持ちを返して欲しい。
それで近づき背後からモニターを覗いてみるとそこには第二の実験映像と二つの音声データが表示されていた。
「会議中の音声データを録音した。照合すれば誰があそこにいたか分かる」
ハッとなる。
「そのためだったの!?」
そういうことだったのだ。




