父の遺産を引き継ぐにしても弁護士を通してもらわなくては
異様な雰囲気だ。漂うのは疑念や警戒、訝しむ全員の眼差しだ。この会議室そのものが敵の胃袋の中のような重苦しい空気に満ちている。
間違いなく錬司は歓迎されていない。白鳥の群れに迷い込んだアヒルのような異物として扱われている。ここにいるのは錬司以外輝かしい経歴を持ったエリートたちだ。そこに血筋だけの子供が現れ突然の社長就任意向の発表。受け入れられるはずがない。
レオンカンパニー社長の座はみなが狙う競争の頂き。運だけで掴もうなど世間知らずの小僧なのだ。分からせなければならない。
そんな役員たちの思惑と敵意。それが十六歳の少年にすべてがぶつけられる。
普通ではいられない。
普通なら。
「俺が誰かは知ってるな」
そんな空間に、錬司は一石を投じた。それは爆弾に火を点けるようなものだ。
(マジ?)
背後では伊吹が苦い表情をしている。
ただでさえ快く思われていないというのにこの男はなにをとち狂ったのか上から目線の物言いだ。ご機嫌取りでどうにかなる相手ではないが関係が悪化しかねない。それかあえて強気に行くことでイニシアチブを取りにいったのか。とはいえ彼女にはそれが最善の手とは思えなかった。
実際錬司の一言でこの場の雰囲気がさらに険悪なものになっている。しかし錬司は止まらない。この調子で話を進めていく。
「知っているとは思うがこうして会うのは初めての者も多い。獅子王錬司、レオンカンパニー前身である獅子王カンパニー創設者獅子王宗作の息子だ。この度この会社を引き継ぎ父に代わって俺が社長になることにした。そのため役員であるみなに集まってもらったわけだ。議題は承認の是非だ。ここにいる者の過半数の同意が得られれば晴れて俺が新たな社長となる」
錬司が社長になるのは父の遺産を継ぐだけでは無理だ。ここにいる役員たちの承認を得なければならない。
(普通に考えてそれはあり得ない)
錬司の背後から会議室全体を見渡し伊吹は厳しい印象を抱く。創作者の息子とはいえ社長の座を譲る道理も利得も彼らにはない。
根回しがないのだ、それが最大の欠点。時間がなかったのは分かる。だがそれを怠ったミスは致命的。
やはり子供、こうした政略的場面の経験がない。それ故の失敗。
「ずいぶんと急ですな」
(きた)
一人の男性が口を開く。六十代ほどで口調こそ穏やかだがその表情は芳しくない。
「錬司君。さきほど自分のことを知っているかと聞かれたが、君は我々のことは知っているのかな? 社長になるというのはその会社の代表だ。誰よりもその会社に精通し責任と実力のある者がならなければならない。まさか役員も知らないでなろうとしている、なんてことはないだろうね?」
(役員は全員で十二名。名前は名簿を見れば分かるけど顔までは。錬司は会うの初めてだしこれは)
彼の言うことは尤もでその質問は筋が通っている。よって強烈。これをこなせなければダメージは大きい。
「当然だ岡田銀次郎。六年前に入社、以前は一条商社の経理部門に所属、か。天下りで得たレオンカンパニーの蜜は旨かっただろうな」
(いつの間に)
苦しいと思われたが錬司は顔と名前、それだけでなく経歴まで言い当てた。錬司の迷いのない言い方からして全員を把握していると見て間違いない。
(さすがね)
感心する。だがあくまでもこれは最初の壁、問題はこれからだ。
「錬司さん。あなたが創設者である宗作氏のご子息だというのはここにいる皆が存じていることです。ですがその上で私は反対です。あなたのことを調べさせていただきましたが素行に問題があるのでは? 刑務所にいた人物が社長になれば世間の反発は目に見えています」
当然だ、この反撃は容易に想像できる。彼ら彼女らとて無策でこの席に座っているわけではない。自分たちの立場を守るための策を講じている。
「刑期は全うした上での出所だ。それを非難の根拠にするのならばすべての出所者への謂れなき差別だ。それに罪状も学園外でのアークの発動、それだけだ」
錬司も反論するが社長反対の声は次々上がる。
「私も反対ですね。錬司さん、あなたは自身が社長に相応しいと思っているかもしれませんが周りは残念ながらそうは思っていません。あなたが社長意向のニュースが出てからうちの株価は三%も下落しています。これが世間の評価です。今までなにもしてこなかったただの少年が創設者の息子というだけで社長になるという危機感の表れです」
「まずはこの会社に入社し経験を積んでみては? 社長になるならそれが筋でしょう。そこであなたが社長に相応しい人物であると証明するのがいいと思います」
「父の遺産を引き継ぐにしても弁護士を通してもらわなくては。どれが私財で会社の所有物はどれなのかはっきりしておく必要があるのでね」
「その通り」
役員たちから否定の言葉の数々が述べられる。出世は実力でなるものだがある程度上までいけばそこから先は政治だ。駆け引きが出来ない者はここにはいない。そういう意味では根回しをしていなかった錬司は下の下と言える。だから反発を招いた。
(ま、当然ね)
役員たちの反応は協力的とは言えないが予想通りではある。




