可能性はゼロではないんだな?
そういうことがあって彼女にはこれ以上嘘を尽きたくなかったのかもしれない。
「そう……」
彼女の手がゆっくり下がる。すべて納得してくれたわけではないのだろうが彼女は理解を示してくれた。大人だ。
「第三との繋がりは」
「それなんだがな」
話が変わり一旦間を置く。これは今までの話とはまた違う。どう言ったものか。考えるが方法は正直に話す以外ないだろう。
「第三の学園長とその教師は父の元同僚だそうだ。それで今回警備を引き受ける代わりになぜ父が事件を起こしたのか、その動機を教えると取引を持ちかけてきたんだ」
「それで!?」
彼女の表情が変わる。
「宗作は」
賢条の言っていたこと、それが本当なのかは分からない。結局口だけの情報だ。だけど嘘を言っていたようには見えずその言葉には救いがあった。
宗作のことは彼女も気にしている。彼の秘密、それは彼女だって知りたいはずだ。
「俺や、家族のためだったそうだ。世界をやり直すためと。それがどうしてあんなことになるのかは教えてはくれなかったが動機はそうらしい。世間で言われているようなものではなく、な。なんであろうとあんな行為が許されるわけがないし俺は許すつもりもない。ただ、俺の知らない面があった。それは事実なんだろう」
エフェクトの創設者にして全世界の悪人。それが常識だ。当然彼の行いは許されるものではない。
だけど、彼の中にも正義はあった。それだけがせめてもの救いだ。彼は間違えたが、その信念までは悪ではなかったと。
「それは、本当なの?」
「嘘には見えなかった」
彼女も宗作を知る人物として気になるのは分かる。彼女こそおそらく誰よりも彼を信じている人だから。
そんな彼女は張り詰めた表情を若干緩ませた。
「新世界を作ろうとしていた男が、今度は世界をやり直す、か。まったく」
片手で涙を拭う。
「ほんと、勝手な人」
ぽつりと出た涙。それにどれだけの思いが詰まっているのか。
世界の敵となってしまった偉大な科学者は誰に知られることもなく姿を消した。今後彼が認められる日は来ないだろう。
だけど彼にも正義はあった。それで十分。それだけで心は救われる。世界中から非難されようと。
彼の目指した理想は間違っていなかったのだから。
真実を知った夜。二人は闇に包まれる中街灯の光に照らされていた。
それから。あの夜から日が経ち錬司はレオンカンパニーの自室で目を覚ましていた。高級ホテルさながらの一室にももう慣れ不自由ない生活をしている。行き場を失った自分を拾ってくれたのが父の遺産というのは皮肉ではあるが。
結局自分は父の因果からは逃れられない。そんな鬱屈した思いに縛られてはいたが伊吹との出会いや賢条からの話以降そうした思いは薄れていた。
この豪奢な部屋も含めて父の偉業だ。彼は断罪されたがその発明と理想は引き継ぐ価値があるのかもしれない、そう思い小さく笑う。以前の自分では思いもしなかったことだ。
そんな時スマホが着信音を鳴らし、見れば信也からだった。名前を見て思い出す。そういえば彼には何も話していない。自分が出所したこと、アーク大運動でのこと。
通話の内容は予想が付く。それで話を付けたのだが二回目の通話の後錬司の表情が僅かに曇る。
「エフェクトが……?」
信也から聞いたエフェクトで武装した二人組が少女を襲ったという事件。少女は信也が保護するそうだが犯人については手がかりはゼロ。錬司としては見逃せない話だ。
エフェクトはレオンカンパニーの代名詞だ。それが犯罪に使われたなどマイナスイメージがつけば会社もただでは済まない。
すぐに部屋を出て廊下を歩く。エフェクト研究棟にある主任室の扉をノックするが返事はない。鍵は掛かっていないようなので錬司はそのまま入っていく。
中に入ると白衣を着た伊吹の後ろ姿があった。一目で分かる、行き詰まっているようだ。
「うーん」
入室した錬司には気づかず中央の台に置かれたエフェクトを凝視している。そこには白色をした片手のエフェクトが置いてある。
錬司はいつまで経っても気づかない彼女に若干呆れながら壁をノックした。
「おい」
「え!?」
彼女が気づいたのは声をかけてようやくだ。
「ノックした?」
「前と後で計二回もな」
「はあ~」
大きなため息とともに天井を見上げる。ノックに気づけないほど行き詰っているのか。
「トラブルか?」
「トラブルっていうか、技術革新の壁っていうか」
椅子にどかっと座る。視線は一直線にエフェクトを見つめておりお手上げといった様子だ。
「おかげさまでエフェクトの変形機構は手に入った。一応聞くけど知ってたんじゃないわよね?」
「違う。そんな機会もないだろ」
エフェクト自体あの時始めて見たのだ、それにエフェクトのコードなんて普通に生きていればまず知ることはない。正真正銘あの場の思い付きだ。
そうだとは思っていたのだろうが改めて現実を思い知らされ彼女は顔をゆっくりと縦に振っている。はいはい、といった感じ。
「変形可能になったことで携帯性は上がったんだけどどうやってレベルを上げるべきか、エフェクトの根本的問題なんだけどね。それに容量の問題もある。腕時計一つでどこまで覆えると思う?」
伊吹はキーボードのキーを叩くとエフェクトは変形し腕時計へと形を変えていった。腕時計だと片手を覆うだけで精一杯というわけだ。全身を覆うには程遠い。
「そうか」
なんとかエフェクトを形にしたい。今よりも良く、過去に近づけるように。まるで父の足跡を追うようだ。エフェクト開発が亡き父への弔いとは言わないが興味は惹かれる。
が、今は別の話だ。
「大変なところ悪いが聞きたいことがあって来た」
「なによ。ていうかなんで普通に入室してるわけ? ここのセキュリティどうなってるの!?」
彼女の言うことも尤もだがそれも後回しだ。
「第二地区でエフェクトを用いた事件があった。二人組の犯人は両腕にエフェクトを装着、二丁のアサルトライフルで武装していたそうだ」
伊吹が振り返り表情が険しくなる。エフェクトの名前は無視できない。
「ほんとに?」
「俺のダチからの連絡だ。それで聞きたいんだがエフェクトの軍事、武器としての運用を想定した開発や使用は?」
「あるわけないでしょ、あったら大問題よ。そんな開発を許可したことはないわ」
「だが事実としてエフェクトが犯罪行為に使われた。公になればここにも矛先が向くはずだ」
「なんてことよ、どうして。もう、どこの馬鹿よまったく!」
「心当たりは?」
他人事ではない、自分たちの商品で悪さをされれば商品価値、その商品を作っている自分たちの評判も棄損してしまう。どこで作られたエフェクトなのか、伊吹は顎に手を当てる。
「ここで作られたというのはあり得ないわね。考えられるのはエフェクトが流出してよそで作られたか。でもそんな研究施設ほかにあるとは思えないし。もし作れるなら」
さすがにここの施設でそんなものを作っていれば気づくはず。ではどこなら作れるか。
「いや、それはない」
「どこだ」
思いついたようだ。でも認めにくいのか、半信半疑といった顔だ。
「第二アカデミア……。あそこならエフェクトの研究、開発施設がある。でもないわ。あくまであそこはエフェクトを学ぶための学校、武器を作る場所じゃないわ。それに第二アカデミアはレオンカンパニーの出資元よ? 理事長だってうちの役員の兼任だし、うちの不利益になるようなことは」
第二アカデミアという存在。レオンカンパニーと対立する立場ではないしそんなことをする理由もない。しかしそこしか容疑者がいないのも事実だ。
「可能性はゼロではないんだな?」
「まあ、私はずっとここだし。実際なにをしてるのかは見たことないけど」
「分かった」
「どうするつもり?」
可能性が低くてもゼロでないなら検討すべき。ではどうやって? 伊吹の質問に錬司は答える。
「視察してくる。レオンカンパニー創設者の身内として興味がある」




