初めは自分の存在を証明するためだった
顔を正面に戻し、今度こそ錬司は部屋を後にした。
夕暮れから夜に移り変わるころ、アークアカデミアの正門を抜けるとそこには黒塗りの高級車が止まっていた。傍らに立つ伊吹がこちらを見る。
彼女と会うのはアーク大運動会の時以来初めてだ。とはいえあの時は錬司としてではなくジャッジメントとしてだった。しかし彼女の窮地を救ったときに言った言葉で彼女も察しているはず。
二人の視線が交わる。交わす言葉はなかった。
代わりに棘のある視線が彼女の目が言いたいことを告げている。
夜の冷たい風が二人の間に流れていった。
「少し歩きましょうか」
「……そうだな」
アークアカデミアを離れ近くの公園に移動する。木々に挟まれた歩道、街頭の光に二人の姿が照らされる。
「またあそこに行ったのね」
「まあな」
出てくるところを見られたのだから否定しようもない、ただ会話に沿って肯定していく。
「そういえば聞いてなかったわね、なぜここに来ていたのか。突然の出所もそう。繋がっていたわけか」
「…………」
錬司は答えない。わざわざ答えなくても隣の女性はすべて理解している。
伊吹は立ち止まった。
「あなたが、そうなの?」
振り返り錬司の顔を見る。周りに人はいない。けれど濁して聞き、彼女がなにを聞いているのか錬司も理解している。
アーク大運動会。そこにジャッジメントは現れた。彼女を救い、彼女にもらった言葉を残して。
「そうだ」
嘘は、吐かなかった。自然と偽る気も起きず素直に打ち明ける。彼女には嘘を言いたくなかった。
どこかで、信頼していたのかもしれない。付き合いは短いが彼女を傷つける真似はしたくなかった。
「でもどうやって? あなたのアークは、その」
彼女の疑問。錬司のアークはランクF。あんな大それたことができるものではない。だから彼女は確信が持てないでいる。どうやって? その答えが出ないからだ。
「念じたものを一ミリ動かす能力。それを何度も繰り返し発動している。別段特別なことはない」
「はあ?」
だから問題を解くためにはノーベル級の公式が必要だと思っていたところに実はごり押しでしたと聞かされれば間の抜けた顔にもなる。彼女の反応は当然だ。
「人一人空を飛ぶために何回もアークを発動しているってこと? それって一秒間に何回発動してるのよ」
「さあ、数えたこともない」
「嘘、不可能よ。人間が出来るレベルじゃない」
信じられないのもまた当然。そんなこと受け入れられるはずがない。
錬司もそれは分かっている。理屈は単純だが問題は出力だ、一秒で百メートル走れると言って誰が信じるだろうか。
だから信じさせるのではなく錬司は教えた。
「うお」
アークを発動し彼女を少しだけ浮かす。地面から五センチほど、それだけの高さではあるが今まさしく浮いている。突然の上昇に腕をばたつかせるが次第に状況を飲み込んでいく。
ゆっくり下す。唖然としながらも彼女は地面についた自分の足をまじまじと見つめた後錬司に振り返る。
「ほんとなのね?」
「ああ」
正真正銘、錬司こそがジャッジメントだ。低いランクのアークを才能と努力で補い格上を倒す恐怖のアークホルダー。
錬司を見る伊吹の表情。それが驚き、だんだんと真顔に、そして険しくなっていく。
次の瞬間パチンと音が響いた。
頬に残る痺れを感じながら錬司は彼女を見る。彼女の棘のある瞳が自分を見上げていた。
「宗作さんも、あなたも勝手よ」
その瞳を無言で見つめ返す。
かつての隣人も今も隣にいる人も、彼女になにも明かさないまま戦いを始める。相談もなにもなく。それを彼女はどう思うだろう。信頼されてないと思うか、疎外感を覚えるか。居た堪れない思いを抱くのは想像に難くない。
彼女の思いが突き刺さる。それを錬司は受け止めなければならない。
伊吹は二度裏切られたも同然だ。
「どうして、そんなことをしたの?」
彼女に対し申し訳ないと思わないわけではない。
「初めは自分の存在を証明するためだった。ランクだけで俺を否定する連中を見返すためにな」
「そのために暴力を?」
「それしかなかったんだ、それしかないと思っていたんだ。お前に言われるまではな」
彼女に言われた言葉。人に認められたければ倒すのではなく役に立てと。その言葉は間違いなく錬司を変えるきっかけだった。そんな発想は憎しみの中からは生まれない。彼女と出会わなければ錬司はずっと以前のままだったろう。




