頼んだぜ。俺たちの、未来を、お前に託す
「はは、相討ちだな」
「会長! いま、いますぐ病院に」
「やめろ」
「でも!」
この怪我を放っておけば彼は死んでしまう。自分を守るために傷ついたのに。
また、自分のせいで死んでしまう!
「俺は、いい」
なのに、彼は救いの手を断った。
「お前は、並行世界に行くんだ。ここは、どの道、無理だ。だから」
撃たれた激痛に耐えながら、神崎は言葉を紡ぐ。その一つ一つに彼の思いと願いが込めながら。
見上げる神崎の顔。死が間近に迫っている中、彼は微笑んだ。
「頼んだぜ。俺たちの、未来を、お前に託す」
笑った。助からない命と敗北の戦争。それでどうして笑ったか。
希望が、まだあるからだ。彼女がいれば終わりじゃない。犠牲は無駄じゃない。だから神崎は笑って託し、静かに目を瞑っていった。
彼の重みを全身で支えてる。腕はだらりと垂れ呼吸の音はもう聞こえない。
命の火が腕の中で消えていくのが分かる。
涙が頬を落ちた。体中が熱くて、胸が苦しい。
悲しみや悔しさ、怒り。坩堝と化した胸中では様々な感情が暴れて今自分がどんな心情なのかも分からない。
「はい」
その、すべての感情が一つの思いへと形を変えていく。
「私、行きます。みんなの思いを、未来に繋ぎます」
決意という、切符に変えて。
「私が、第一を倒します!」
天王寺は旅立った。
無駄にしない。決してなかったことになんてしない。まだ、あの放送が聞こえる。それを次こそは覆してみせる。
生まれ故郷を捨て新たな世界に向かう。
そこでどうするか、なにが待ち構えているのか、すべてはその場次第だ。
だけど迷いはない。不安もない。
胸に宿る炎が暗闇を照らす灯台だから。
天王寺は引き締めた眼差しで並行世界に足を踏み入れた。
*
胸に宿る思いは炎のように。瞳の裏に秘める決意は鋼のように。
すべてをやり直すため、彼女は新たな世界に降り立った。
瞬間、周囲から物音が聞こえ出し、ゆっくりと瞼を開ける。
「あ」
視界に飛び込む光景に、声が漏れた。
第三アカデミアの正門。青い空には白い雲が浮かび、他にはなにもない。自分の周囲には生徒たちが変わらぬ様子で登校しており横を通り過ぎていく。
空に浮かぶ魚型の要塞、殺害を予告する不穏な音声。銃器を構えた兵士や怪物、戦場の傷跡もない。
無事だ。まだアカデミア戦争の起きていない並行世界に来れたんだ。
よかった、まずは一安心だ。
胸を撫でおろすが、正門をくぐる生徒たちの姿にある人を見つける。
「真田さーん!」
慌てて駆け寄った。フードを被っていてもその後ろ姿を見間違えることはない。といよりもパーカーと制服の組み合わせは彼女しかいない。
「ん?」
彼女が振り返る自分を見る。
「良かった、無事だったんですね!」
アカデミア戦争は起きていないのだから無事だとは分かっていたけれどこうして姿を見れるとやっぱり嬉しい。あの時救えなかった人がこうして目の前にいることが奇跡のようだ。
「えっと」
天王寺は喜ぶが、しかし彼女の反応は対照的に淡泊だ。二人の間に僅かな時間が置かれる。その間にだんだんと天王寺の熱が冷めていく。
「誰?」
その一言は天王寺に現実を突きつけた。
それから天王寺は学園で過ごし放課後、生徒会室の中央に立ちソファや壁際などには見知った顔が並んでいる。
「それじゃあ話を整理するわよ? 君は、天王寺未来さんだったわね。天王寺さんはこことは別の世界、並行世界からやってきて、そこであなたは生徒会役員だった。ある日第一アカデミアが襲ってきて私たちは破れ、あなた一人がここへやってきた、ということでいいかしら?」
「はい」
話を整理してくれたのは藤原時雨。知っている通りの彼女だ。それだけじゃない、深優はもちろん琉衣や奏音もいる。
ここが以前の世界と違うのは、神崎会長がいないことだ。
そして会長席には藤原時雨が座っている。
「ごめんなさい、急にそう言われてもね。すぐに信用できないというか、なにか証拠はあるのかしら」
「それは」
彼女は柔らかい表情で気を使いながら話してくれている。それは分かる。けれど理解されないもどかしさが顔に出る。
「ないです、けど! でも本当なんです! これから先第一アカデミアは来ます! 私たちもいずれ襲われるんです! 今のうちに備えておかないと!」
「落ち着いて天王寺さん。あなたが嘘を言っているようには見えないけれど、第一が襲ってくるなんて想像もしたことないし。今も未来視で見てるけどそんな予兆すらないわ」
「それは! やつらは並行世界から来るから現行の未来では観測できないんです!」
「うーん」
時雨は困った表情で首を傾げている。どれだけ熱弁しても根拠のない主張は空砲に等しい。相手を説得するだけの威力なんてない。
「琉衣、あなたはどう思う?」
時雨の傍らに立つ琉衣が答える。
「そうですね、私たちの素性や能力を知っていたのは少々驚きましたが能力だけなら学園で公表されています。素性に関しても聞き込みで十分知れる範囲ですし。なにより、第一が襲ってくる理由が分かりません。動機はなんですか?」
「う」
それは私にも分からない。どうしてやつらが襲ってきたのか、突然過ぎてそれどころではなかった。
「神崎会長は……、神崎さんはいないんですか?」
きっと時雨には信じてもらえない。未来に可能性がないというのも大きい。今までそのアークを頼りに生きてきた彼女だ、無理もない。一縷の望みに掛けて神崎の名前を出してみる。あの人ならもしかしたら信じてくれるかもしれない。
「奏音」
時雨の呼びかけにソファで寝転がりノートパソコンのキーボードを叩いている奏音が返事した。
「わーってるわよ。調べてみたけど神崎信也という人物はどの学年にもいないわね。在学だけじゃなく卒業生や関係者まで調べられるだけ洗ってみたけど該当なしよ。少なくともここにはいないわね」
「そんな!?」




