ロンドンブリッジ、フォーリンダーウン
「あいつはすでに現地入りだ。第二段階開始とともに動く」
「用意周到なこと。私は聞いていないのだけど」
「私も開戦直後に知ったところだ。また勝手ばかりを」
同じトライリッター、仮面をつけた男がここにいない。その名前も正体も誰も知らずただ彼が自称する思想で呼んでいる。
ヴィクター。勝利を信奉する狂信者。勝つためなら手段を選ばない非情さと掴みどころのない態度は扱いの困る人物だ。そんな彼がトライリッターなのはその実績と実力ゆえではあるが彼女はよく思っていない。
「勝利主義者……。勝てばよかろうなど、勝利の前に跪いた小人の戯言が。貴賤もなければ誇りもない、やつは獣と同じだ」
「きつい物言いね」
同僚とはいえ嫌悪を隠しもしない。そこも彼女らしいと言えば彼女らしい、
「人とは十人十色、それぞれが個々の思想を持つ故に分かり合えない面もある。でもあなたもヴィクターにも共通点がある。同じ目的がね。それでいいじゃない。それに」
シフォンは紅茶をスプーンでかき回していたがその目を彼女に向けた。
「見せてもらいましょうか、彼の戦い方が気に入らないというのなら。フォースアカデミアの輝星と呼ばれるあなたの戦い方をね」
他人のやり方が気に入らないなら自分で手本を示すべき。自ら行動しない者に他者を非難する資格などありはしない。
「ふん。これが戦場なら喜んで参戦してやる」
「あら、しないのかしら」
が、当然出陣するものと思っていたのだが乗り気ではないようで拍子抜けしてしまう。
「こんなものは戦争ではなく虐殺だ。私が出れば余計にそうなる。相応しい相手がいるのならその時出てやる。それに、やりたい奴らはいくらでもいる。鼻息を荒くしている後ろの連中にでもくれてやれ」
「そ。ならそうしようかしら」
彼女は軍人気質で騎士道のような思想も持ち合わせている。なるほど、ヴィクターと馬が合わないのも納得だとシフォンは紅茶と共に飲み込んだ。
そんな二人のやり取りを背後で控える九人の男女がいる。片や戦場に興奮し戦意を高め、片や静観を貫く者。その態度は様々だ。共通しているのは誰もがただならぬ雰囲気を放っていること。
「聞いていたわね、出動よ。アークホルダーを殲滅なさい」
会長命令に生徒会役員が歩き出す。作戦の第二段階だ、出しゃばってきたアークホルダーなど敵ではない。自身たちの正義こそが正しいのだと証明する時だ。
役員たちがメインデッキから離れシフォンは紅茶に口を付ける。
「ふん、冷めてしまったわね」
戦いが始まってそれだけ時間も経っている。
そう言うと銀髪の彼女が近づきティーカップの縁を指でなぞる。すると紅茶からは湯気が立ち上がり中央には氷が浮かんでいた。
「ありがと」
シフォンはスプーンで氷をすくい再びホットミルクティーに表情をほころばせる。
戦いの苛烈さはますます加速していく。
*
突然始まった第一アカデミアからの襲撃。これに対抗すべく生徒会は即座に出撃、数で勝る敵部隊相手に健闘していた。彼ら彼女らの活躍で助かった人がいるのは間違いない。そこに天王寺も加わり戦力はさらに増していく。
アークアカデミアここにあり。アークホルダーとしての力と団結、それは簡単に滅びることはない。普段から研鑽してきた強さを野蛮なる敵勢に見せつける。
だが、力を見せるのはフォースターたちも同じこと。先遣隊の雑魚はいわば釣り餌。
第一の真の力を見せるのはこれからだ。
「ロンドンブリッジ、フォーリンダーウン、フォーリンダーウン、フォーリンダーウン」
アークアカデミアの警備隊と繰り広げられる銃撃戦の最中、その男は質の悪い冗談のようだ。白い仮面に黒い長髪、白のロングコートの裾を揺らし歌いながら戦場を歩く。
「ロンドンブリッジ、フォーリンダーウン」
ヴィクター。はっきり言って意味不明、なにがしたいのか分からない。普段勝利を信奉しておきながら遊んでいるようにしか見えない。だが彼の銃弾は正確に敵を射貫きこの場を制圧していった。
「マイ、フェア、レディ」
銃撃と爆発で荒地と化した学園、いくつもの煙が立ち上がる中ヴィクターは校舎を見上げていた。仮面の下ではどんな表情をしているのかは分からない。
「皮肉なもんだねえ、ギャハハハハハ!」
別の場所、アークアカデミアの不良のトップに立つ田口はその暴力性を遺憾なく発揮していた。相手は実弾仕様の兵隊だ。撃たれれば田口とてただでは済まない。
だが彼の両腕がそれを許さない。流れる二つの電流が放つ閃光と熱、なにより破壊力は絶大だ。第一が誇る防御服やヘルメットも意味をなさず悪魔も感電死していく。
そこに新たな足跡が加わった。振り返れなそこにいたのは三人の男たちだった。全員が同じ顔をしており黒い髪の坊主頭、白の制服を着ている。
「あいつが標的か」
「見れば分かるだろ兄ちゃん、ランクCだ、悪くない」
「俺たちには通用しないがな」
「なんだ、てめえら?」
田口は新手の三人組を睨む。
その頃琉衣の前にも第一の刺客が現れていた。一目で分かる、今までのような先遣隊ではなく彼こそが主力だと。
「一応聞いておきましょうか、あなたも第一の関係者ですか?」
「フォースアカデミア生徒会役員、ジェイコブ・トールキン」
答える男は異様と言えば異様だった。ドレッドヘアーの黒人でありサングラスをかけ灰色のスーツを着こなしている。スーツの上からでも分かる体格は筋肉質でありその風貌はどう見ても三十代の半ばか後半であり手には日本刀が握られていた。
戦場に似つかわしくない服装ではあるがそれ以上に気になることがある。
「生徒会? 教員かと思いましたわ」
「雇われの身だ、気にしなくて」
「なるほど、傭兵ですか」
実際の生徒というわけではなさそうだ。むしろ戦力のためだけに参加している。第一は形には拘らない方針のようだ。だからこそ見えてくる。
決めるのは力なのだと。
「君たちには申し訳なく思っている。だが私も引けぬ身だ」
ジェイコブは腰を落とし日本刀を構える。それに合わせ琉衣もナイフを取り出した。いつでも攻撃可能。回避だって出来る。
こんなところで負けられない、終われない。
琉衣が動く、その刹那。
「本当にすまない」
同時刻、揚陸艇の残骸が転がる中庭で奏音は大きな息を吐く。今しがた敵の部隊を倒したところだ。彼女のドッペル・シャドーの広範囲かつ身動きを封じ操るという特性は防衛に向いている。要所に陣取り攻めてくる敵を迎え撃つ。彼女自身にそこまでの機動力はなくても守りに徹するならこれで十分。
「来るならもっと来なさいっての!」
気合もまだある。連戦ではあるが彼女の戦意は未だ高ぶっていた。
「へえ、こいつがアークアカデミアのアークホルダーかよ」
「ん?」




