しかしこの日、彼女の幻想は砕かれる
天王寺未来のアークアカデミア生活は波瀾万丈と言っても差し支えないものだ。始まりは不幸だがそこから生まれた出会いは彼女を変えた。
人との縁とは不思議なもので今ではこの生活以外なんて想像できない。不良に絡まれた出来事にすら感謝しそうになる。
あれから月日は経ってすっかり生徒会に馴染んでいた。最近入った新人がすごいらしい。そんな評判も耳に入るようになり私毎日楽しく過ごせている。
ここに来て、変わった。それは特別になれたことがじゃない。
扉を開ける。そこにいる仲間に向かって声をかける。
「お疲れ様です!」
それは、自分らしくいられること。信頼し合える仲間がいること。
だからいいんだ。特別な力の有無じゃない。みんながいるから今の自分がある。
天王寺未来が求めた場所がここにはあった。
「お疲れ様、未来」
「お疲れ様です、未来さん」
入室するなり時雨と瑠衣が返事をしてくれる。時雨は相変わらずソファで紅茶をストレートで飲んでいる。イメージ作りは今日も継続のようだ。
天王寺が隣に座ると瑠衣が笑顔で紅茶を淹れてくれる。自分はミルクティーだ。砂糖はなし。ミルクが入ったことで味がまろやかになり飲むとホッとする。
「ありがとうございます、いつもおいしいです」
「いえ」
瑠衣はにこったと笑い元の場所に戻って行く。
「こら、奏音。失礼でしょう」
天王寺たちの対面ではこれまたいつも通りに奏音がソファで横になりゲームをしている。本当にゲーム好きだ。
「お疲れ、天王寺」
「はい」
そう言って奏音はゲームに戻っていった。
「まったく、あんたはいつもそういう態度で」
「今いいところなんだから説教はあとにしてくれない? それに態度って言ったら会長はどうなのよ?」
そう言われ天王寺たちは会長の席を見る。
そこには椅子に背もたれ顔面に広げた雑誌を乗せて眠っている神崎がいた。その有様に時雨はため息を吐き顔を振っている。
「ははは」
天王寺は苦笑いで誤魔化すので精一杯だ。
「そういえば真田さんはどうしたんですか? またパトロールですか?」
「そうね。でも」
そこで時雨は目を閉じ集中するとこちらを見つめてきた。
「そろそろ戻ってくるわよ」
ガチャリと扉が開く音がする。見れば深優が戻ってきたところだ。
「ね」
さすがランクAの藤原時雨。未来視はやっぱり便利だ。
それから深優とも挨拶を交わし天王寺たちは雑務をこなしていた。話題は以前あった不良たちとの戦いになっている。
「ランクC、はじめて戦いましたけど危ないですね。汎用性はともかく攻撃性能なら私より上に思いました。接近するのもやっとで」
その時のことを思い出す。敵の首魁である彼のダブル・サンダーヘッドは両腕から電流を放ち攻撃する人だった。周囲を暴れる二つの電流はかなり危険だ。
「あいつは厄介だぞ」
「起きてたんですか?」
雑誌を取り会長が起きる。
いつから? もしかして最初からだろうか。
「未来、あれは擬態だから騙されちゃだめよ。ああやってサボってるんだから」
「ひどい! 会長もこの書類手伝ってくださいよ!」
「諦めろよ天王寺、俺に出来るわけないだろ!」
「なんですかそれ! 生徒会の会長なんですからそんな言い訳」
「あ、寝る」
「聞いてるんですかああ!」
「無駄よ未来、私も頑張ったけど奏音とこれは無理」
「そうだ小笠原、お前ステージどこまで進めたんだよ?」
「今7、グレルソード回収」
「マジかよ! 早すぎだろお前!」
「どおりで二人の仲がいいわけですね」
「ほんと、未来が来てくれて良かったわ」
時雨のしみじみとしたつぶやきにこれまでの苦労が伺える。
これが彼女のいる生徒会。しっかり者だけどちょっと抜けてる藤原時雨。いつもゲームばかりしてマイペースな小笠原奏音。周りへの気遣いを一番してくれる宍道瑠衣。冷たいように見えて本当は優しい真田深優。そして、いい加減なようでやるときはやる神崎信也会長。
それが、天王寺未来の居場所。彼女が特別でいられる場所だ。
「ん?」
会長が雑誌を外し窓を見る。
「今、なにか起きたか?」
「え?」
会長の言葉に筆を止め窓から外を見る。三階からの眺めはいつも通りだ。放課後のこの時間、グランドで部活動に精を出す運動部、談笑しながら下校する生徒たち。特に変わったところはない。強いて言うならガラスの汚れだろうか、空の一部がボヤけて見える。
いや、違う。目を凝らしてそれを見る。それは汚れじゃない、本当に空の一部が歪曲し空間が捻れている。さらにそれは広がり赤い点となっていく。
異常を察知した瑠衣が窓際まで空間転移でやってきた。
「瑠衣さん、あれ」
「違う」
「え」
「空間転移じゃありません」
「なら」
空間の異常だけど、空間転移じゃない。
「まさか、並行世界移動?」
(私と同じ?)
その時時雨もみなと同じように窓越しにその特異点を見つめていた。はじめ不思議そうに見ているだけだった表情がみるみると凍り付いていく。持っていたティーカップが床に落ち中身が広がった。
「時雨さん?」
その音に振り返るが時雨は気にする素振りもない。それどころか口元を手で覆い、それから涙を流し始めたのだ。
「時雨さん!? どうしたんですか?」
「いや……」
駆けつけるも時雨はこちらを見てくれない。赤い点を凝視しているかと思えば両手で頭を抱えてしまった。
「いやああああ! こんな、どうして!? どうしてこんな!」
「時雨さん? 落ち着いてください、なにがあったんですか?」
隣に座り彼女の肩に手を置く。それでも時雨は反応してくれない。取り乱し、泣き叫んでいる。ただ事ではない、彼女は未来を視たのだ。それも最悪の未来を。
彼女の反応に神崎も席を立ち、けれど歩み寄るのは窓際だった。その手は腰に置かれいつでも銃を抜ける構えだ。そこには隙も油断もなくすでに臨戦態勢になっている。
ずっと続くと思っていた、この毎日が。大変なことはあってもここの人たちならやっていける、そんな確信が天王寺にはあった。
しかしこの日、彼女の幻想は砕かれる。




