なんですか、私に渡したいものって
「おらあああ!」
相手も殴ってくる。怖いけど。でも。
天王寺も拳を打ち出した。ランクAとはいえ女子でしかない非力な拳。普通ならまず勝てない。
だけど並行世界には無数の私がいる。一人では勝てなくても私たちなら戦える!
並行世界で私が起こした事象。
それを重ねれば!
「くらえ!」
殴る。それは彼には届かなかったけど、私が殴ったという事象が呼水となりゲートが開く。
彼を殴ったという事実が同じ事実を持つ並行世界へと繋がりここに集まる。
それは彼の頬を右から殴った私と左から殴った私。それがこの次元に現れる!
「がああ!」
顔を両方から殴られ彼がふらついた!
「なんだ?」
目に見えない打撃に戸惑っている。それも当然。食らった方は訳が分からないだろう。
「はあ!」
「ぐう!」
さらに続ける。相手の前後左右、予測不能の場所から攻撃する。察知出来ないから見切ることも出来ない。
「調子に乗りやがって!」
だが倒すには力が足りない。そこはしょせん女子の拳だ。倒すに至っていない。相手も右腕で反撃してきた。
「ディメンション・エスケープ!」
それをアークで躱す。そして彼の正面に立ち助走をつける。
腕ではどうしても弱い。それなら仕方がない。あまりしたくはないけれど仕方がない。
「はあああ!」
天王寺は体を回転させて、助走の勢いのまま回し蹴りを放った!
「があああ!」
その蹴りは見事相手の腹に決まりさらに側頭部や足にも並行世界の蹴りが決まる。そのすべてが命中していた。
「え?」
「ようやく捕まえたぜ」
やった、そう思った。
しかし駄目! それどころか足を掴まれてしまった。これだけの蹴りを当てても倒れない。
男の右腕が降り上がる。まずい。足は掴まれ身動きが取れない。ディメンション・エスケープも掴まれてたら出来ない。
絶体絶命だ。
「そこまでだ」
そこへ、声が掛けられた。
その声に不良の動きが止まり声の方へ振り向く。天王寺も同じ場所を見た。
「会長……」
そこにいたのは神崎会長。不良生徒を不敵な笑みで見て右手は腰の辺りに浮かせていた。
「生徒会長かよ」
「聞こえただろ、さっさと放せ」
「ああ? いい気になるなよ、お前もしょせん俺と同じランクDだろうが」
神崎は放すように言うのだが男は聞かない。相手は生徒会会長なのだがそこまで怖がっているようには見えない。それは神崎のランクが同格なのが大きい。
「おい」
しかしアークのランクが同じだからといって能力の強さまで同じとは限らない。
「二度は言わねえ。それとも俺に抜かせるつもりかよ?」
そう言うと神崎は右手を小さく動かした。それは西部劇のガンマンが銃を抜く時の動作と同じで。会長は発砲するぞと脅していた。
「ち」
それを見て分が悪いと判断したか、不良は乱暴に足を放しそのまま二人はそそくさと去っていった。
その後で呆然と立ち尽くす。緊張感が弛緩して終わったことをゆっくりと認識していく。
終わった。初めての戦闘、あのままならやられていたという恐怖。そうしたものが希薄になってようやく現実感がやってくる。
そこでようやく会長がやってきてくれたことに気が回ってきた。
「会長!」
「よ、頑張ったな」
来てくれた神崎に駆け寄る。
「どうしてここに?」
あの時神崎が来てくれなければ間違いなく危なかった。
「タレコミがあってな、正門で事件か起きてるから助けてくださいって慌ててやってきたのさ、こいつがな」
「え」
神崎が振り返る。そこには最初にからまれていた男子がいた。
それで納得する。。逃げたわけじゃなく、知らせに行ってくれていたのだ。
「あの、ありがとうございました」
「え」
「おかげで助かりました」
彼が頭を下げる。まるで自分が深優にしたように。彼の姿にかつての自分が重なる。
(ああ、私もなれたんだ。あの時の真田さんのように)
実感が、胸に広がった。
「ううん、いいよ。だって」
彼が顔を上げる。自分を見つめる彼に、とびっきりの笑顔を見せる。
「私は、生徒会だからね!」
これが生徒会。困っている人を助ける。そんな人になると誓ったから。
この出来事は天王寺にパラレル・シフトの使い方と素晴らしい成功体験を与えてくれた。
その後放課後の生徒会ではみんなが褒めてくれた。時雨も瑠衣も、ゲームしながら奏音も一言おめでとと言ってくれた。ぜひとも深優にも言って欲しかったけど、あいにくパトロール中ということで会えなかった。残念だ。
会長は渡すものがあるということで外周中。それで生徒会の事務仕事を済ませつつ会長の戻りを待っていく。生徒会室から一人、一人と消えていき夕方。窓から差し込む夕日の光が強くなる頃にはここにいるのは天王寺だけだった。
「悪い悪い、遅くなった」
「ほんとに遅いですよー」
扉が開くと同時に聞こえる会長の声にようやくかと振り返る。言葉と裏腹にその態度は悪びれた感じはない。
「なんですか、私に渡したいものって」
「まあまあ、そう急くなって」
(もう、あなたが遅かったからなのに)
会長は対面のソファに座る。
「とりあえず、今朝の一件はよくやったな。お疲れ様」
「いえ、会長こそありがとうございました。正直助かりました」
「はっはっは! そうだろそうだろ」
「…………」
遠慮のない男だ。
会長は笑うのをやめこちらを見る。




