ようこそ、アークアカデミアへ。君のお名前を教えてくれるかな
それから二人は学園長室に辿り着いた。改めて彼女にお礼を伝えると真田はそれを路上で配られる広告入りのポケットティッシュのように受け取り去っていった。恩を着せない人なのだろうか、ますますかっこいい人だ。
「ふう」
これから学園長との挨拶がある。余分な緊張を吐き出し、覚悟を入れる。
「よし」
扉をノックし中から返事が聞こえてくる。
「失礼します」
扉を開ける。中は応接用のソファが対面に並び、その奥に机か置かれている。壁に飾られる絵画や棚の上には生徒が打ち立てた賞状や盾が並ぶ。
特別な雰囲気がする、さすが学園長室といった部屋。自然と気が引き締まる。しかし机に座る人は厳格とはほど遠い人だった。
「ようこそ、アークアカデミアへ。君のお名前を教えてくれるかな」
黒い髪をオールバックで固めたスーツ姿の男性は仏のようにニコニコと笑っていた。年齢は四十代くらいだろうか、役職を考えるとかなり若いほうだ。
「天王寺未来と言います。本日からお世話になります、よろしくお願いします」
「うんうん、君はしっかりしているね」
「いえ、そんな」
お世辞なんだろうけど、学園長ほどの立場の人からそう言われるとちょっと嬉しい。
「ここは普通の高校とはちょっと違う。特に君には期待を寄せているんだ、天王寺さん。君のアークはここでも特に特別だ」
「は、はい」
「君には他の人では出来ない、多くのことが出来るだろう。ちなみになにかしたいことや目指したいとのはあるのかい?」
言われて少しだけ考える。憧れや期待というのは持っていた。特別な力のある場所だ、それは当然としてある。
でも具体的にどうというのは考えていなかった。漠然とした期待感に浮かれて足を踏み入れた。道なんて決まっていない。
そんな感じだったけど、それがつい先程見つかった。
「私、やりたいこと出来たんです」
怪我で皆よりも遅れて入学する天王寺にはそれなりに不利なこともある。たとえば友達だ。クラスに通されクラスメイトたちを前に立って思う。きっとみんなにはすでに友達がいるんだろう。そこに自分が入る余地はすでになく開拓し尽くされた廃坑を一人虚しく掘っていくんだろうな、と。ただでさえ人見知りがちで友達なんて作りづらい性格の彼女には無理ゲーだ。辛い。
そう思っていたのだが、いざ自己紹介とホームルームが終わると隣の席の子が話しかけてくれた。それだけでなく他の子たちも気さくに話しかけてくれたのだ。これは転校生効果? 怪我で入学が遅れたことが幸いし一人にするのはよくないよねと親切心が天王寺に集中している。人生どう転ぶか分からないものだ、ありがたい。
そこが不安だったのだがいざ蓋を開ければ杞憂に終わり天王寺の明るい学校生活は幕を開けたのだった。
授業が終わって放課後、担任の先生と今後のことなど話し終え天王寺はようやく自由な時間を得た。夕暮れに染まり始めた空は美しく廊下に伸びる影は物寂しい。
そんな時間帯、彼女はある扉の前に立っていた。聞いていた通り、そこに目当ての名札が掲げられているのを確認しノックをづする。
「失礼します」
教室よりは小さいけれどそれなりに広い部屋。そこには身知らない生徒たちが思い思いに過ごしていた。ソファに座り紅茶を飲む人、対面のソファに寝そべりゲームをしている人、壁際に立ちティーポットを持つ人。
その中に、唯一知っている顔を見つける。
「あんた」
彼女も見つけてくれた。天王寺の登場に少し驚いている。
「なんでここに来たわけ? まさか、早速?」
「ううん、違うんです」
心配してくれるのは嬉しいがそうではない。それよりももっといい報告が出来ると思う。
「あら深優、あなたの知り合い?」
「知り合いていうか、今朝絡まれてるのを助けてやっただけだよ」
「はい。その時は本当にありがとうございました!」
「もういいって」
「あらあら、律儀な子なのね」
「私、天王寺未来って言います。一年生です」
「私は藤原時雨、二年生だけどそんな固くならなくていいからね」
「ありがとうございます」
紅茶を飲んでいた女性、ベージュ色の髪で毛先に軽めのパーマのかかったセミロングの人が微笑む。優しい雰囲気のする人だ、それにオシャレで上品な感じもする。
「あの、実は、ここに来たのはそれとは別に目的があって」
言いたいの今朝のお礼だけではない。ここにはちゃんとした目的があって来たのだ。天王寺の言葉にみなの視線が集中する。
天王寺は一旦目を閉じた。息を吐き覚悟を決める。脳裏に浮かぶのはあの瞬間、彼女の横顔を見たその時だ。その時に彼女は特別というものを覚えたから。
私もこの人のような特別になりたい。誰かを助けられる、そんな素敵な人に。
「私、生徒会に入りたいんです!」
そのきっかけとなった真田を見つめ目的を伝えた。胸にあるときめきが星のように輝いている。夜空という不安の中で、それでも煌びやかに光る期待の星々が!
「いや、無理」
そんなああああああ!
「な、なんでですか!? 条件ですか? なにか必要なんですか?」
彼女に詰め寄り問い詰める。自分が無理というのはどういうことなのか?
「ちょっと深優、それは酷いんじゃないの? せっかくの入会希望者なのに。いいことじゃない」
「そうよそうよ、今は猫の手も借りたいくらいなんだから入れちゃいなさいよ。それで私の仕事も減るんだしさ」
「奏音、サボろうとするのはよくありませんよ」
「ちぇー」
ソファでゲームをしていた子は歓迎というより楽をしたいだけのようだが執事の服装をした人に諌められている。先程持っていたティーポットは持っていない。
「いや、こいつはほら」
そんなみんなに真田は言いにくそうに言葉を濁している。
「ていうか、あんた生徒会の仕事知ってるの?」
「よくは知らないですけど」
「やっぱり」
そんなこと言われてもなにか出来るはず。なにかお手伝いくらいはなるはずだ。
「生徒会は風紀を取り締まるのも仕事だ。今朝のやつら覚えてるだろ? ああいうのだ。危ないし、あんた向いてないって」
「私頑張ります!」
「いや、だから」
深優は心配してくれているようだが天王寺の決意は固く断られてもやはりここにいたい。「危険なこともあるかも知れないですけど、それでも私頑張りたいんです! 真田さん、私のこと助けてくれたじゃないですか。それで思ったんです、私もこんな風に人を助けられるようになりたい。それで、私もかっこよくなりたいって。あの時の真田さん、とてもかっこよかったですから!」
ここなら、きっと私も特別になれる。そうした確信があった。




