これがエフェクト、有機金属よ
彼女の反応と質問は無視して彼女の隣に並ぶ。興味はもっぱら摩訶不思議な物質だ、それに比べれば彼女の質問は取るに足らない。
ここはエフェクトを研究、開発する場所だ。だがこれがどう異能と関係するのか、それが分からない。
「なに言ってるのよ。関係しまくりでしょ」
伊吹は錬司から台に置かれた物質に目を向ける。錬司は熱心に見つめるが彼女は手に負えない子供を見るような顔だ。
「これがそうなのか?」
「ご名答」
エフェクトと関係している、だがこの物質以外にはなにもなくなにかが作用しているようにも見えない。であれば答えは一つだ。
これこそがエフェクト。第二アカデミアの異能。
「これがエフェクト、有機金属よ」
錬司は凝視する。この液体状の金属がエフェクト、異能。少なくない衝撃に思考が駆け巡る。これを理解しようと錬司の脳内ではすさまじい計算が行われていく。
「異能というのは主に人間がその体に宿し行使するものでしょ? 中には動物への転用実験もあったようだけど、基本的には人間よ。異能というのは生物が行うもの。その前提を覆したのが宗作さんの発明。これは金属でありながら生物と同じ有機的性質を持つ。そのため異能を獲得できるのよ。そして異能を獲得した有機金属を人間が行使する。異能を本人が宿すのではなく異能を宿した道具を行使するのよ」
彼女の説明は分かりやすい。エフェクトの特徴に錬司の興味が膨れていく。
「これがエフェクトがアークやフォースと大きく違う点よ。唯一無二と言っていい。有機金属に異能を与えそれを使用することで誰でも異能が使えるようになる。まったく同じ異能をね。それがエフェクト理論でありその根底にあるのは特別ではなく公平と平等なのよ。異能とは強さや個性だけで計るものじゃない。たとえ小さな力でも人や社会の役に立てる。エフェクトなら同じ規格、同じ出力の異能を生産可能だから誰でも同じ異能が使えるようになるってわけ。それは特別や個性とはかけ離れた思想だけど、人の役に立つならそれで十分なのよ。具体的な例をあげれば耐火性に優れた異能や肉体を部分的に強化できる異能、そうしたエフェクトを開発しているわ」
さきほど陳列されていたパワードスーツを思い出す。あれがエフェクトで作り上げられたエフェクトそのものだったのだ。たとえば消防隊員用ならアーマーの耐火性だけでなく使用者自身も耐火性や対熱性を獲得できる。災害救助用なら肉体強度が上がる。
エフェクト、それは異能を持つ物質だ。異能を人間に与えるのではなく物質に与えそれを人間が使う。二度手間のようにも思える考えだが道具であれば個人差というのが生まれない。それは異能にとって革新的なものだ。
異能とは特別。そう思っていた。異能で平等を作ろうなど考えたこともない。
獅子王宗作。だがこの男は違う。異能を目の当たりにして及ぶ発想が常人のそれではない。こんなものを作ったこと、その思想設計。
悔しいが錬司は部分的に認めていた。あの男が天才であることを。そしてその根底にある人の良さを。
「誰でも同じ異能が使える、か」
新たに知る現実に若干目線が下がる。これを前もって知っていればなにか変わっていたのだろうか。
「確か、君のアークランクは、その」
「いい、Fだ」
錬司の心情を察してくれる。だが同情されたいわけではない。
「そうね。アークは最低限の異能は与えてもらえる。でもトップと比べて差があるわ。でもエフェクトならそんなことあり得ない。異能の優秀者も落ちこぼれもいない。ランク史上主義なんて制度はできないわ」
そう、アークならランクFに始まりAまであるがエフェクトにそんなものはない。どれだけ優秀なエフェクトが登場してもそれをみんなが使うだけだ。
「だがそれだとアークやフォースの意味がない。全員がエフェクトを選ぶはずだが実際にはそうなっていない。欠点がないわけではないようだな」
錬司の指摘に伊吹はむしろ嬉しそうな顔を浮かべる。そこに気づくかと彼を認めるような顔だ。
「そ。エフェクトは最低値の底上げは可能だけど同時に天井も低いのよ。言ったでしょ、落ちこぼれはいないけど同時に優秀者もいないのよ」
「なるほど」
真に完璧な異能は存在しないということだ。
「エフェクトはプログラムコードを設定することで起動するの。たとえばこれを身につけた時筋力が向上するってコードを打ち込めばその通りの異能を得られるわ」
「ほう」
「でも今はそれが限界。エフェクトはどんなに頑張ってもランクDまででそれもかなり出力が低い。筋力向上って言ったけどそれも女性がそこそこの男性並みになれる程度だし、そこそこの男性が使ってもそこそこしか向上しない。超人的な怪力なんて夢のまた夢。それよりもランクEまでグレードを下げた方が使い勝手がいいまである。本当ならもっと高性能なんだけどね。宋作さんが作ったエフェクトはこんなものじゃない。もっと強くてすごかった。その一つが変形機構でエフェクトを着込むことなく常に持ち歩け必要な時に展開できたのよ。でも例の事件のせいでエフェクトの情報は紛失、多くが今でもブラックボックスよ。はあー……宋作さんはどうやって」
伊吹は頭を抱えそうなほど悩んでいる。
「はあ」
「難しいのか?」
「今はエフェクトの変形機構を作ってるとこ。お願いだから邪魔しないで。好きにしていいとは言ったけどここに来ていいなんて言ってないわよ。……誰よ入室を許可したのはッ?」
「安心しろ、無断だ」
「はいはい」
錬司の奔放さに諦める。それよりも問題はこれだとモニターを睨みつける。
「そもそもなんで動かないの? コードは正常なはず。出力オーバー? でも実際に宋作さんは動かしてたしエフェクトの性能限界じゃない。それかなにか足りないとか? それならなにが」
ぶつぶつと問題提起と否定を繰り返しつぶやくが指はまったく動かない。原因不明。成す術なしだ。
錬司も同じモニターを見る。最初はなにかと思ったがこれがエフェクトの起動コードのようだ。それと異能の設計コード。これがエフェクトの設計図と言っていい。プログラママーよろしくコードで制御している。よってコードが間違っていると正常に動作しない。それに伊吹は苦しめられていた。
「C回路が邪魔してるな」
「はい?」
伊吹が回転椅子を回し錬司に振り返す。この素人はなにを言っているんだという表情だ。
「こいつのせいで他のコードに干渉してエラーを起こしている。机を持ち上げる場合掴む動作と持ち上げる行為がいるが、掴むという動作がさきに働いて拳になっているから机を持ち上げられない、そんな感じだ。そもそもコードの一つ一つがいちいち非効率的過ぎる。なぜバラバラなんだ、コードの役割ごとに統括するコードを設定しそこにまとめればもっとマシになるだろ、貸せ」
錬司はモニターの前に割り込みキーボードに打ち込んでいく。既存のコードを改ざん、もしくは消去しながら新たなコードを作り出す。その作業はプログラマーのそれと同じだ。
打ち込み終えた錬司は指を止め台に置かれたエフェクトを見る。指はエンターキーに置いたまま、その瞬間を見逃すまいと注視する。彼女もエフェクトに目を向けた。まさか。そう思いつつもこの瞬間に言い知れないものを抱いている。
そして、錬司はエンターキーを押した。
この場を緊張が包む。二人の視線が台に注がれる中エフェクトが震え出した。微動したかと思うとそれから変形していき形を変えていく。形を折り畳みみるみると小さくなっていくエフェクトは腕時計へと変わっていった。シルバーの腕時計は時計の針を動かす。さらに変革は止まらずその後金属製の手袋へと変形していった。さきほど見たパワードスーツの一部だ。
変形は成功した。エフェクトの持つ装着しなくてはいけない短所、道運びの難しさ、それを腕時計にすることで携帯性を確保した。エフェクト業界に革新が起きたのだ。
それを起こしたのは今来たばかりの錬司だ。素人以前の状態でありながら一瞬にして成し遂げてしまった。
「知ってたの?」
「理解しただけだ」
伊吹は目を丸くしている。
「えっと、ごめん、ちょっと待って。やばい、死にたい」
嘘でしょ? そう呟いて伊吹は項垂れた。無理もない、エフェクトに携わってきた自分の知識と経験が才能に負けたのだ。しかも一瞬で。事前の知識もなしに。
「蛙の子は蛙て言うけど、あなたの場合、鷹の子は鷹てことか」
「あいつと同じにするな」
彼女にとっては褒め言葉なのだが錬司はキッパリと跳ね除ける。
「あのねえ」
伊吹からすれば宗作と同列に語られるのは名誉かつ素晴らしいことなのだがそれを説明する気力も起こらない。この少年はたった一つの功績で彼女のプライドを粉々に砕いていた。
錬司は台へと近づきエフェクトを手に持ってみる。カラーリングはない。メダル色の鈍い光沢を持つ腕パーツをさまざまな角度から眺めていく。
これがエフェクト。第二の異能であり父宗作が作った、今となっては失われた技術。それを取り戻そうと彼女をはじめ多くの技術者が日夜取り組んでいる。
父は、どうやってこれを作り出したのか。たった一人でどれほどのものを作ったのか。なぜ、エフェクト理論を打ち出し平等に異能を与えようとしたのか。
そんな人が、どうして人類に牙を剥いたのか。
「親父が」
眺める内に父の発明品に吸い込まれる感覚がした。
「事件を起こした理由に心当たりはあるか?」
振り返り助手だった彼女に聞いてみる。
「いえ」
彼女は以前と同じ答えを返す。一見無駄な問答に見えるこのやり取りをしかし彼女は笑わない。




