見たことないな、それがエフェクトとどう関係しているんだ?
乱暴にベッドから飛び起きシャワールームへと向かう。今日は駄目だ、いろいろ冴えない。錬司は熱いシャワーを浴びると早々に眠りにつくことにした。熱く濁った胸中に反して眠気はすぐにやってきた。
『錬司』
男の声がする。両肩に手を置かれその男は屈んで目線を合わせていた。
いつもより低い視界に映る白髪の男は痩躯で疲れが見て取れた。妻は死に、残された息子には白い目で見られ男の唇は僅かに震えている。それでも意を決し男は言葉を続けた。
『いいか、今から言う言葉をよく覚えておくんだ』
なぜだろう、思い出すことなんてなかったのにその表情はよく覚えている。まるで時間が遡ったようにこうして鮮明に現れる。
それは、その男が浮かべる顔があまりにも悲しそうで、それでいて確かな覚悟を感じたからかもしれない。
『錬司、愛している』
それが、父からの最後の言葉だった。
それは親が子へ向ける愛の宣言。そんな言葉を言われてこれを悪夢だと認識するのはなんたる皮肉だろう。
錬司は朝の空気に目を開く。両腕を広げてもなおスペースを残したベッドは十分仕事をしてくれた。気分はともかく疲れはない。
錬司は洗顔や着替えなど身なりを整えてから前もって言われていた部屋へと向かう。レオンカンパニーの最上階付近にあるガラス張りの部屋。広々とした空間には一つの長テーブルにいくつも椅子が並んでいる。椅子のデザインや調度品から凝った品が多い。その一カ所にはすでにナイフやフォーク、グラスが置かれている。
「おはよう、よく寝れた?」
その対面には伊吹が座っておりすでに食事を始めていた。白い丸皿を見ればベーコンエッグトーストが洒落た盛りつけで置かれている。
錬司は空いている席に座る。伊吹は気にせずフォークですくった目玉焼きを口に運んでいった。
黙々と食事を進める彼女を尻目に錬司は部屋を見渡す。高級感のある高層ビルの一室、さらにガラス張りのため外の景色を一望できる。今日は曇り空なため薄暗いが夜景なんかはさぞきれいなことだろう。
「会社というより豪邸だな」
彼女は最後の一口であるパンをつまみ皿についた黄身とソースをすくって口へと運んでいった。そこで目に入る皿を確認するため目線を自分の皿に向けるがこれら食器類をとっても高級品だと分かる。どこかしらのブランド品のはずだ。
「そうね、というか実際そうだったし」
伊吹はナプキンで口を拭いている。
「実際宋作さんはここを居住としていたんだもの、当然といえば当然の評価ね」
「ふん」
気に入らない。自分たちは経済的に困窮した生活をしている中死亡と偽っていた男はこんな生活をしていたのか。
「仕方がないわよ、元々は特殊な機関で働いていたようだし身分は隠しておかなければいけなかった。ま、とはいえ気持ちは分かるけどね」
そこで係りの者が朝食を乗せた台を押して入室してくる。錬司の前に料理を並べていく。
「いいでしょ? 食堂の食事も好きだけどこの時間はやってないからね。役職の特権よ」
伊吹はニコっと笑う。錬司から見れば大人の、けれどまだ二十代の女性の無邪気な笑みだ。その笑みもすぐに引っ込める。
「とりあえず君の今後のことだけど、住居に関してはここを使ってもいいわ。嫌なら出ていくもいい。食費とかどうなるかは分からないけど多少の融通は利くでしょ、他の連中もそこを突っ込んで評判を落とすなんてことしないだろうし。きっとそれをあの人も望んでいる。せめてもの償いとしてね」
彼女は立ち上がる。錬司は彼女を見上げた。
「君がどう思おうが君は宋作さんの息子、その肩書きはついて回るわ。ここでは特にね。そうしたしがらみをどう受け止めるかは君次第よ。それじゃあね、私は仕事があるから」
それで彼女は退室していった。残された食器は係りの者が回収していく。それでこの部屋は錬司だけだ。目の前には今まで経験したことがない朝食が芸術的なまでの盛りつけと配置で置かれている。
それを見下ろしても錬司の表情に期待感はない。どこまでも冷淡な目で見下ろしている。
「……分かってる」
誰に言うわけでもなくつぶやいた。独り言は虚空に消えていきなんの証にもなりはしない。
錬司は食事を済ませ立ち上がる。食器を見るが片づけはしなくていいだろう。
そのまま一旦自室、と呼んでいいのか不確かだが一晩泊まった部屋に戻りこれからを考える。普通に考えて自分がすべきことは入学が就職だ。住居も決めなければならないし収入も確保しなければならない。そういう意味ではここに住み込み状況を立て直せるのは好都合だ。
とはいえ目指すべき道が分からない。かつては特別になりたいという思いからフォースアカデミアに入学したが皮肉にもそこで夢は潰えた。叩きつけられたランクFという烙印は消えることはない。ではどうする?
時間はある。腰を落ち着ける場所もある。だが指標だけがない。唯一あるにはあるがそれははなはだ不愉快なものなので選択肢に加わえたくない。
思考は迷走し結果として錬司は部屋を出た。それから案内板や職員から場所を聞き出しとある研究室にたどり着く。
そこには第二エフェクト研究の札が付けられている扉だった。白い扉の向こうからは物音が聞こえ作業中だというのが分かる。錬司は関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を無遠慮に開き中へと入った。
中はロボット工場といった具合で天井からいくつものアームがぶら下がり他にも研究室や工具が置かれている。それらがいくつものブースによって区分けされていた。最先端の異能研究部門ということもありどれも目新しく様々な部品や薬品が整然と並んでいる。
その中でも一際目を引くものがあった。
壁際に並んだパワードスーツの数々だ。まるでSFやゲームで見かけるアーマーが色違いの車のように陳列されている。それは赤の消防隊員用であったり一際大きなものは災害救助用であったり。中には介護用に足や腕を部分的に補助する簡易的なものまである。
それらはすべて錬司が見たことがないものだった。一般的なものでもない。これが異能とどう関係しているのか分からず錬司はただ物珍しさに見つめる。だが当初の目的に引っ張られ名残惜しいが視線を戻した。
中にはスーツ姿や白衣を着た人たちが行き交っている。
「なあ、主任は?」
「伊吹主任ならあっちだけど。ちょっと君!」
すれ違った職員に場所を聞き錬司は奥へと進んでいく。
すると研究室の一室、そのガラス越しに彼女の後ろ姿が見えた。錬司は入室する。
伊吹は机に座りパソコン画面を睨みつけキーボードを親の仇のように打ち込んでいる。ずいぶん苛立っているようで打音が強い。デスクトップには黒い画面に緑色の文字が浮かんでいる。
彼女の机の先には台がある。まるで集中治療室の台のように中央に置かれ直上のライトに照らされている。これがこの部屋の存在意義なのだと分かるがその上に置かれているのは患者ではない。錬司にはそれがなんなのか分からなかった。
銀色の、スライム状のものが置かれていた。大きさはバスケットボールほど、それが溶けだし楕円形になったような形状だ。固形には見えず柔らかそうであり鋼鉄のジェルといった印象を受ける。
「それは?」
「わ!」
錬司の声に驚き伊吹は椅子の上で飛び跳ねた。
「なんでここにいるの!?」
「見たことないな、それがエフェクトとどう関係しているんだ?」




