人に認めて欲しかったら人を助ければいい
その名前は知っている。知っているもなにも錬司はその生徒だった。すでに中退の身だがフォースアカデミアに籍を置いていたのだから詳しい。
「この会社はエフェクトででっかくなったてのに。それを切ってフォースなんて」
「ご不満か?」
「当たり前でしょ! フォースなんてエフェクトの思想設計とは真逆じゃない」
「そうなのか?」
「呆れた」
ただでさえ天井を見上げていた彼女の頭がさらに後方に反る。
「エフェクト理論って知ってる?」
「名前だけならな」
「本当に父親とは距離を置いていたのね」
「臭いものは遠ざけるだろ」
「はあ。ほんと世の中って……」
認識と現実のギャップに伊吹は打ちひしがれている。
「エフェクトはもちろん宋作さんの発明だけどそこには彼の考えが反映されている。すべての人の手助けになれるようにっていう。エフェクトは異能だけど平等で公平なの。他にないわよ、こんな異能。だっていうのに、フォースなんてごりごりの特権階級、超が付くほどのランク至上主義じゃない。エフェクトは全然違う。こっちが平等ならあっちは特別しか存在しない。だからね。そんなのと共同開発なんてこの会社の理念は死んだも同然よ」
彼女の話で思い出す。フォースアカデミアは彼女の言うとおりの場所だ。だからこそ錬司は奮起し自分のために戦った。結果は成功とは言えないがやる価値はあった。それも久しぶりに再会した友のおかげだ。しばらく見ないうちに変わったんだなと嬉しさと悔しさが同時に浮かぶ。
「そういえば最近あったわよね、あれ。なんだっけ? ジャッジメント事件? まったく。異能をなんだと思ってるんだか」
と、伊吹も共通の事を思い出したようだ。まさか錬司が犯人だと知っての発言ではないと思うが。彼女の表情や態度から察するにたまたまのようだ。
「高ランクの異能者ばかりを狙った襲撃事件だったな。ずいぶん大胆な犯行だ、よほど自分の力に自信があったんだろうな」
それならそれでいい。ここは無難に答えておくに限る。
「幼稚な発想よ」
「…………」
遠回しなストレート批判に言葉が止まる。
「誰かを傷つけないと自分を認めることが出来ないなんて、哀れだわ」
彼女の率直な意見が痛い。それを黙って聞き流すのが得策であるのは分かってる。
「正論だな。どんな理由でしてたかは知らんがやってることは通り魔だ。が、なにか事情があったんじゃないか? ランク至上主義などいろいろあるだろ。あの閉鎖的な環境で自分を認めさせようとするなら高ランクを倒すしかない、そう思い至るのも分からんでもないがな」
が、錬司は我慢を止めた。これくらいいいだろうという欲が薄い膜のように得策を切り裂く。
「だからと言って暴力を正当化なんて出来ない。やはり発想が子供よね」
「それならどうしろと?」
彼女が知る由もないがその言葉の一つ一つが錬司の胸を刺す。ではどうすればよかったのか。ランクですべてを決められるあの場所で己を認めさせるなど不可能だ。それがランク至上主義でありそれを知らない者が言っても納得なんて出来ない。
実力で分からせる。それ以外になにがあるというのか。
「人に認めて欲しかったら人を助ければいい。くだらない傲慢や支配欲を持っているからそんな簡単なことにも気づけないのよ」
「…………」
彼女から部屋の壁に視線を向ける。虚空を見つめつぶやく。
「なるほど」
そういう意見もある。
「そういえば第三に行ってたわよね? 第一じゃかったかしら?」
「友人がいるから会いに行っていただけだ」
「ふーん、そう。そういうことならちょうどいいわ。近々第三でアーク大運動会っていうのが開かれるんだけど」
「ああ、みたいだな」
まさに第三に呼ばれていた理由がそれだ。
「一般観戦は倍率すごいみたいね、当然といえば当然だけど。それでそのアーク大運動会のチケットなんだけどいる?」
「持ってるのか?」
「エフェクトの技術主任だからね、特別にもらったのよ。私も異能に携わる者として興味あるし。もしいるなら一枚あげるわよ?」
「いい。別に見たいとも思わん」
「友達がいるんでしょ? 応援したり一緒に見たりしないの?」
「有難がって見るものじゃない」
「そう」
信也が第三にいるのは事実だがどんな顔をして会えばいいのか。気恥ずかしいとは違うが一緒に遊ぶというのも違う。もともと誰かとつるんでなにかをするタイプでもない。信也が特別なだけだ。
「それで、俺はこれからどうすればいいんだ?」
彼女の用件は終わっている。今後のことは聞いていない。
「部屋を用意しているからそこに泊まっていけばいいわ。食事は社員食堂がタダだからそこで食べてくれればいい。てか、私も行くわ。そういえばお腹すいた」
それから彼女と一緒に部屋を出て食堂に向かうと夕食を済ませ案内された部屋に通された。客室はホテルの一室かと見まがおうほどきれいで一流企業の豪華さを感じさせる。社員は無料で利用できる食堂の料理も種類が多くかつ健康に気を使った料理だった。もちろん味もいい。これは創設者である宋作が社員の健康を思って作ったらしい。伊吹が教えてくれた。
錬司はベッドに横になり天井を見上げる。久しぶりのシャバは自分が予想していたものとは大きく違った。
なにより、父の影を大きく感じる一日だった。こんなにも父の存在を感じたのは久しぶりだ。
忘れようとしていた。嫌な思い出しかないから。
悪だと思っていた。悪人だから。
だが自分はあの男のなにを知っている? 一般的な家庭と比べ父と接してきた時間はとても少ない。
思えば彼のことをなにも知らない。知ろうともしなかった。伊吹真理。彼の助手であった彼女からは彼の人柄を知らされた。アークアカデミアでは知らない真実があると告げられた。
そして、その真実を教えると。彼女ですら知らない宋作が犯した凶行の理由を。
「…………」
錬司は天井を見上げ続けた。
胸に、今までになかった熱が灯っている。蝋燭のような小さな火でありながらそれは暗闇を照らす道標でもある。自分の進むべき道を示す一つの光。その光を追うべきだと足は下り坂のように前へ出ようとしている。
その熱は好奇心でもあり、その光は家族としての絆だろうか。これが赤の他人でも同じ熱を自分は宿しただろうか?
いいや、きっと違う。それが自分でも分かる。この熱は歴史的ミステリーを解きたいという単純な好奇心では収まらない。間違いなく自分の父へと向けられた探求心だ。それが自分を突き動かそうとしている。
それが不快だ。自己矛盾に腹立たしさが募る。




