獅子王宋作襲撃事件
コーヒーに目線が向かう。苦味は強いが雑味はなく飲み込むとクリアな感覚になる。意外な発見についコーヒーを凝視してしう。
「どう、君のお父さんが作った会社は? ずいぶん気にしていたみたいだけど」
「別に」
「強情なのね」
彼女としても錬司の反応は気になるのだろう。彼女は父と面識があるようだしその息子であることも知っている。好意的な反応を求めているのが伝わってくるがあいにくその期待に乗るつもりはない。そんな態度に彼女も少しだけがっかりしたような声をもらす。
「あの人とは大違いね」
「親父の話は止めろ」
「……そう」
態度だけじゃない、言葉でもはっきり伝える。宋作は錬司の中でタブーだ。その名を聞いただけで虫酸が走る。
「ちなみにあの人もブラックだったのよ」
「止めろと言ったはずだ」
「はいはい」
それでもなんとか興味を持って欲しい伊吹から最後の抵抗を受けるが無慈悲に切り捨てる。それで彼女も観念したようだ。
「君がお父さんのことを毛嫌いしているのはよく分かったわ。それは、正直正しい。彼を正当化することは出来ないし君も大変な思いをした。それを軽々しく分かるとは言わない」
伊吹はコーヒーを時折口に運びながら話すがそこにはさきほどのような笑みはない。深刻な事態を受け止める固い表情だ。
「獅子王宋作襲撃事件。たいてい事件っていうのは地名で呼ばれるんだけど個人名なのは襲撃地点が複数あるのと当時の時点で彼が有名だったから。なによりその事件性が大規模であった点。あれで、多くの人が亡くなったわ」
「知ってたんだな」
「当たり前でしょ」
とりあえず嫌味を投げておく。
「遺族の方や関係者にはとても申し訳なく思っているわ。会社も大きなダメージを受けた。なんとか存続はできたけどね。だけどそういうこともあってレオンカンパニーはエフェクト部門を縮小せざるを得なかった。他の分野に力を入れてなんとか体面を保ってる。とはいえパイオニアとしての強みを出せないのは痛いけどね。エフェクト事業では他の企業の追随を許してる。エフェクト自体に罪はないんだもの」
創設者が起こした大事件。それが本人一人だけの犯行だとしても会社だって無関係ではいられない。世間やメディアからのバッシングもあった。そんな中存続できただけでも奇跡的だ。それだけでかい企業と将来性のある事業をしていたからという理由もあるが潰れていてもおかしくはなかった。
「そういうわけで、今この会社は伸びるか下がるかの大事な時期なの。そんな時に彼の息子が非行をしてるなんて知られたら君の人生だけでなく会社にとっても傷なの」
「それが本音か」
「一部だけど事実ね」
ようやく本題が見えた。そういうことなら最初に言えよと錬司はソファに背中を反らす。
「俺に大人しくしていろと」
「というか」
「?」
そこで伊吹の様子が変わる。急に歯切れが悪くなり考え込んでいる。
「ふうー。まあ、どう言い繕っても無駄か」
どうも納得できる言い方は見つからなかったようだ。代用として気合いの入った眼差しを錬司に向けてきた。
「単刀直入に言うとね、錬司君。この会社を継ぐつもりはない?」
「なに?」
その発言は正真正銘錬司を驚かせた。今日一番の驚きだ。
「君は獅子王宋作の血縁よ、唯一のね。君はこの会社を継ぐ権利があるの」
「いい加減にしろ!」
その発言は錬司の平静さを吹き飛ばした。
「俺があいつの跡を継ぐだと? 馬鹿も休み休みに言え。あいつのせいでおふくろは死んだ。家族を捨てて人類に牙を向いた極悪人だ。そんなやつの跡を継ぐなんてあるわけないだろッ」
胸の奥、心の水面の底に貯まったヘドロのような感情が舞い上がる。黒くて粘り着く、決して消えない思い。
それを聞いて伊吹は視線を逸らし寂しそうな顔を見せる。錬司の言っていることはすべて本当だ。獅子王宋作が起こした凶行は今も記憶に新しい。
「どうして彼がそんなことをしたのか、それは分からない。あんなことをする人じゃなかったのに」
自分の知っている人物像とあまりにもかけ離れた行いに彼女は戸惑いと後悔の表情を覗かせる。
「私の知ってるあの人は、いつも温厚で優しい人だった。気さくで、たまに言う冗談はおもしろくなかったけど、とても尊敬できる人だった。決して」
最後の言葉の語気を強め、けれど諦めたように口調を落とす。
「人を、傷つけるような人じゃなかった」
「あんたがどう思おうが事実は事実だ。あいつはクズであんたの見る目がなかったのさ」
「それは、そうなんだけど」
事実を前に出されては彼女の印象は幻も同然だ。
「でも、それでも。どうしてそんなことをしたのか、その理由は教えてくれなかった。でも、彼が変わったのは君のお母さんが亡くなったからなのは間違いない。その時だもの、彼が姿を見せなくなったのは。あの人は、とても悲しんでいたわ」
「…………」
「君は捨てられたと思っているかもしれないけど、彼は家族を愛していたわ」
伊吹から告げられる言葉。その言葉に錬司は思い出すことがあった。
母が死んだ時、父が会いに来た時があった。死んだと聞かされていたのに実は生きていて自分たちを捨てた男。おまけにこの男のせいで母は死んだ。この時から錬司はこの男のことをよく思っていなかった。
話すこともなく、ただ男の顔を見上げる。父ではない、家族ですらない、そんな目で。
息子からそんな態度を取られ男は屈んだ。錬司と目線の高さを合わせ、肩に手を置いてきた。
『錬司。今から言う言葉をよく覚えておくんだ』
男の表情は悲しそうで、寂しそうで、けれど強い眼差しを向けていた。
『錬司、愛している』
その時のことを、今も覚えている。
「止めろ、死んだ男のことだ。今更それがなんだっていうんだ」
亡霊のように蘇った記憶を払拭し錬司は言い切った。あの男がどう思っていたとしても過去のことだ、意味がない。
「ふうー。そうね」
伊吹は息を吐き椅子を回した。体を横に向け天井を見上げる。その顔は観念したような諦めの表情だ。
「はあ、この会社もお終いか」
「なんでそうなる」
錬司が引き継がなくてもレオンカンパニーは大手も大手だ。経営不況も聞かないし誰かが継げばいい話だ。
「なにかあるのか?」
が、そんなことは当たり前であって、その上で彼女は終わりと言ったに違いない。
それ意外の理由がある。でなければ錬司が継がなかっただけで終わりなど早計が過ぎる。
「最近役員の人事があったんだけどさ、そいつは異能技術産業に乗り気なのよ」
「良かったじゃないか、この部屋も広くなる」
「違うの。そいつはね、エフェクトじゃなくてよりもよってフォースに目を付けてるの。フォースアカデミアとの技術提携を提案してるのよ」
「ファースアカデミア」




