んー、この香りが癒しだわ~
白い外見の一目で分かる高級車。それだけで家が買えそうな車は資産家や金持ちにしか許されない選ばれた者のみが持つ所有物。
その外に立つ女性は、しかし白衣を身にまとっていた。その出で立ちは研究職の証であり金持ちという印象はない。
「俺か?」
研究者が身につける白衣。その白とは対照的な黒くて長い髪。二十歳そこそこの若さもあってなおさら高級車が浮いて見える。
「そうよ、他にいないでしょ」
確認するが自分のようだ。確かに周りに人はいないが彼女とは面識がない。
「獅子王錬司君、よね?」
「他にいないだろ」
「ふーん」
意趣返しに言ってやる。彼女はそんな錬司につまらなそうな顔を浮かべている。
「まあいいわ。私は伊吹真理。レオンコーポレーションの技術主任よ」
「レオンコーポレーションだと?」
彼女は首から下げた社員証を見せる。そこには確かに彼女の名前と技術主任の記名がある。
その言葉に錬司の表情が変わった。その名前は彼にとって忌まわしいものだからだ。
「そうよ、あなたの父、獅子王宋作が作った会社。今からそこに連れていくわ」
「どうして俺が」
「行く宛はあるの? あなたの家なんにもないわよ? 所持金は?」
言われて気づくが家に帰ったところで食べるものなんてない。金もない。詰んだ。そんなことに気づかないほど考え込んでいたことも併せて忌々しい。
「……ち」
現実的に考えてここは乗った方が得策だ。食事すらままならない我が家に戻ったところで空しいだけだ。
気は乗らないが錬司は助手席に乗り込んだ。一般とは違う高級車ならではの雰囲気がある。
真理も乗車し走り出した。
夜の町を走っていく。整った道路と静穏性の高い車内の空気はそれだけで優雅だ。音楽はないが高級車ならではの雰囲気と静けさ。それは開演前の映画館のような特別な空間を生み出している。錬司は窓から等間隔に並んだ街灯が流れていく様を眺めていた。
「これから向かう場所、君はどこまで知ってるの?」
「なにも。親父が作ったってことだけだ。知りたくもなかったしな」
「そう」
真理からの質問に振り返らずに答える。錬司としては親しくなるつもりはない。とりあえず成り行きに任せているだけだ。この女性の真意だって分かったものじゃない。
「レオンカンパニー。今でこそ医療や遺伝子研究、技術開発から様々な分野で事業を行う巨大企業だけど、もとはエフェクト研究によって作られた会社だった」
エフェクト。その言葉が脳裏に残る。
それは異能の一つだ。アークやフォースと並ぶこの異能都市を形成する三つの異能、その一つ。その中でとりわけ異彩を放つと言えるのがこのエフェクトだ。
「私はね、宋作博士の部下だったの。赤の他人ってわけじゃないわ。それで彼の息子が今日出所するって聞いたから迎えに来たの。そしたらさきを越されたみたいだけど」
「頼んでもないのにご苦労なことだ」
「まったく」
無愛想な返事に真理が小さく息を吐く。そうして二人を乗せた車は走り続け目的地へとたどり着いた。
エフェクトアカデミア。レオンカンパニー出資の異能学園であり学園の敷地内に本社はある。いや、本社の敷地内に学園があるのだ。民間出資ということもありアークアカデミアよりも敷地面積は少ないもののここも最新設備であることに変わりはない。真新しい校舎と整った歩道や街路樹。しかしそれには目もくれず真理は反対側へと歩いていく。
真理の後を錬司は歩く。完全に日は沈んでいるが街灯や建物の光のおかげで暗いとはまったく思わない。
そうして歩いていくと錬司は足を止めた。そして正面に現れた巨大ビルを見上げる。
レオンカンパニー。何階立てなのかも分からない摩天楼がそこにはある。夜だというのにすべての階の窓に明かりが点いているのは流石だ。今も労働に励んでいる大人がたくさんいるんだろう。
ここが、父が作った会社。世界的大企業の異能開発会社。
「まだ見てる?」
伊吹に呼ばれ錬司は視線を戻す。立ち止まりこちらを振り向く彼女に錬司は歩き出した。
入り口の自動扉を通り中へと入る。
瞬間、錬司の目を強い光が閉ざし開けた視界には豪華なロビーが映っていた。高い天井と広い空間が錬司を迎える。受付には制服姿の女性が立ち大勢の人たちが行き来している。多くはスーツ姿だが研究開発が主だからか伊吹と同じく白衣姿の人も目立つ。そういう意味ではまるで病院のようにも見える。
これが親父の会社。初めて見る社内に目が移ろってしまう。
「こっちよ」
言われて彼女の背中を追いかける。すべてが新鮮だった。嫌いなはずの父、その男が作った会社だというのになぜか感慨深く感じてしまう。興味なんてないのに無関心ではいられない。
「ち」
そんな矛盾した自己に嫌気が差す。
彼女が立ち止まる。たどり着いた先にはエフェクト研究部門主任伊吹真理と記された部屋がある。ここが彼女のオフィスのようだ。
木の色をした扉を開け中に入ると小さな部屋がそこにはあった。大企業の、さらに最新鋭である異能、エフェクト開発主任の部屋としてはここはだいぶ小さい。彼女の机と来客用の黒のソファ。取り揃えてある設備も真新しさとは対照的で湯飲みはあるが自動でコーヒーを煎れてくれる機械ではない。なんというか、普通だ。
「コーヒーは飲む?」
「あ、ああ」
予想していたものとは大きく異なり逆に面食らってしまう。
「適当に座ってていいわよ」
そう言われとりあえずソファに座る。手持ちぶたさなので部屋を見渡すがそこで棚の上に伏せられた写真立てを見つけた。
「思ってたよりしょぼくてびっくりしたでしょ?」
「いや、そんなことはない」
「いいわよ、そんなとこで気を使わなくても」
彼女には悪いが実際のところしょぼいとは思う。だが当の本人は気にしていないのかすでに慣れてしまったのか至って普通だ。
カップを二つ用意しインスタントコーヒーをセットしていく。
「んー、この香りが癒しだわ~」
それなりにこだわりを感じる、それでいて一般販売されているコーヒーパックに頬を緩ませている様からも気取った感じはない。彼女にとってはこれだけでも贅沢なのだろう。
「砂糖は?」
「ブラックでいい」
「へえ」
伊吹はカップを持ち近づいてくる。錬司の座るソファの前、そのテーブルに置いてくれた。白のマグカップには湯気を上げる熱々のブラックコーヒーが注がれている。
「はい、どうぞ」
彼女は自分の机へと行き腰を下ろす。コーヒーを一口含むとすべてが報われたような満面の笑みを浮かべていた。
そんな彼女の様を横目で見つつ錬司もコーヒーをとりあえず飲む。
うまい。




