冷静さと優れた分析力、なにより、自らが持つ強い信念。それは彼に通じるところがありますね
意味が分からなかった。理解ができなかった。ただ悔しくて、怒って、辛かった。だけどどうしてそんなことをしたのかどれだけ考えても分からない。
だから忘れるのが一番だ。怒りも悩みもすべてと共に。
なのに、完全に消えてはくれないようだ。
「君の言っていることは事実だ。彼は、自身の発明品を以て世界に宣戦布告した。理由を明かすこともなく、ただ武力を使い人類を襲い始めた」
「は」
馬鹿にした笑いを出す。人から改めて言われると本当に馬鹿馬鹿しく聞こえる。
「君の気持ちは察するに余りある。だが、なぜ彼がそのような凶行に及んだのか、その理由までは知らないだろう?」
「?」
凶行の理由?
獅子王宋作がなぜ襲撃を行ったのか、その理由は現在もはっきりとしたことは分かっていない。もっとも有力な説ですら自身の発明品が軍事転用されたことへの腹いせだとされている。
錬司も動機までは知らない。彼は父親だが同時に共にいた時間はとても少ない。
「あれは、悲しい事件だった。許される行いではなかった。あれで大きな被害が出たのは事実。だが、彼は暴力に取り付かれたわけでもなければ人類が憎かったわけでもないよ。エフェクト理論は知っているかい?」
「当然だ。あいつがそれの提唱者だってこともな」
錬司にとって宋作は最低な人間だとラベルが張られている。だが賢条は別の棚に置きたいようだ。
「彼は人々のために努力する研究者だった。あの事件は彼にとっても悲劇だったんだよ」
「あんなことをしておいてか!?」
そのことにさすがに声が荒げる。
「あいつのせいでどれだけの人間が死んだと思ってる? あいつが死んだことになってからどれだけおふくろが苦労した? すべてあいつのせいだろう、それが被害者ヅラか?」
「君の主張は間違っていない。世間一般が語る獅子王宋作という人物、それも事実だ。だが君の知らない彼の側面がある。その真実を知りたいとは思わないか?」
「なに?」
「もし我々の提案を受けるのであれば、釈放と併せなぜ君の父親が世界と戦ったのか、その動機を教えよう」
「…………」
「どうだい?」
賢条が聞く。錬司は思い悩んでいた。
彼の中でかつてないほどの苦悩が渦巻いている。自身の釈放や警備の件、そんなこと今はどうでもよかった。
父親の情報。ずっと悪人だと思っていた。そんな男の情報欲しさに仕事を受けるのか?
そんなのは、とても癪だ。
「あいつのことなど、知ったことか」
あいつは悪人だ。それ以上でも以下でもない。思い抱いてきた嫌悪を今更変えられるはずがない。たとえ自分の知らない真実があったとしても。それで心変わりするほど自分は甘くない。
「返事を待とう。明日、またここへ来てくれ。その時改めて返事を聞かせてくれ」
賢条の言葉に錬司は答えず黙って聞いていた。
来る必要はない。とは言えなかった。
錬司は踵を返し扉に向かう。話は終わりだ、ここにいる理由はない。
「錬司君」
そんな自分にまだ言い足りないことがあるのか、錬司は立ち止まり賢条に振り返る。
「これは、我々にできる、せめてもの恩返しだ。宋作へのね。共に戦った責任でもある。君は、真実を知るべきだ」
そこに笑顔はなかった。メガネの奥には真剣な眼差しがあり口も引き締まっている。
錬司はなにも言わず部屋から出て行った。それは言うまでもないという固い意思の表れだったのか、定まらない答えに迷っていたのか。
本人ですら分からなかった。
「行きましたね」
「行っちゃったね」
二人は錬司の背中を見送る。結局明確な答えは聞けなかった。得られたのは僅かな会話くらいだ。
「君はどう思った、彼の印象は」
それでも第一印象というものはある。少ない時間ではあったけれど彼の人となりは知れる。
「そうですね、まず彼とは正反対だと思いました。威圧的で敵対的な言動、堂々とした佇まいは普段の彼とは違いましたので」
「なるほど」
それは彼の父、宋作を知っている人物らしい感想だった。宋作という人物は気さくではあったが蛮勇ではないし物腰は柔らかい。今の錬司とは大きく違うイメージだ。
「しかし」
「?」
「冷静さと優れた分析力、なにより、自らが持つ強い信念。それは彼に通じるところがありますね」
「同感だ」
賢条は小さく笑った。
宋作と錬司。表面的な印象はまるで違うのに内面はやはり親子なのだと思う。互いに頭は切れる。そしてその力を自分の信念のために使う。
「戻ってくるでしょうか」
「さて。確かなことは言えないが、ぼくは戻ってくると思っているよ」
ぜひ彼には働いてもらいたい。そして父のことを知って欲しい。
「宋作の息子。彼が信念に生きる者ならば、必ずね」
期待を込めて、賢条は口にした。
天才を継ぐ少年。彼の帰りを。
*
アークアカデミア校舎から出て錬司は一人正門を目指し歩いていく。外はすでに暗くなり電灯が夜道を照らし出す。
足下が夜に染まる中錬司はそれよりもなお深い闇に足を踏み入れていた。
賢条が言っていた自分の知らない真実。その言い方は嘘とは思えない。父が有名な異能発明家なのは知っている。アークアカデミアと繋がりがあったことは初耳だがあり得ないことじゃない。それにこんなすぐバレる嘘を吐いたりしないだろう。
自分の知らない父の顔。それを知りたい気持ちがあるのが分かる。居心地の悪い気分が自覚させる。だがそれを知ることに躊躇う気持ちもある。
それを知ってしまったら、今まで自分が思っていた感情や現実が壊れてしまう気がするのだ。恨むことで自分を保ってきた。だが彼が善人だったら? 自分に許せるか? 家族を騙して捨て置き、負担を与えておいて。
出来るわけがない。だけど気になる。抜け出せない板挟みの答えに錬司の表情は苦いままだ。
とりあえず家に帰るか。そう思って正門を抜けた時だった。
「ねえ」
話しかけられた。視線を足下に向けていたから分からなかったがそこには一台の車と女性がいた。




