ようこそ、アークアカデミアへ。いらっしゃいね、獅子王錬司君
第二章
それと同じころ、空は夕日に染まりオレンジ色の世界に錬司は足を踏み入れた。白のシャツにジーパンという質素な服装、本人としてはやや不服だが今はこれしかない。それよりも久ぶりの外出を楽しむべきだ、なんてことのない風が感慨深く思える。
錬司は黒の車から降りると正面を見る。アークアカデミア。かつて自分が標的としていた学園の一つだ。
「ふーん」
その学園からの呼び出しだ。さらに条件付きの仮釈放、きな臭い雰囲気が漂ってくる。だが錬司に不安や心配はなくとても平然としている。正門のさきにそびえる校舎を見上げ続けた。
「こっちだ」
迎えにきたアークアカデミア職員は黒のスーツをビシッと決めており纏う雰囲気もただ者ではない。政府要人のSPだとしても疑わないほどだ。
そんな彼らに両側を固められ錬司は理事長室にまで案内される。
扉の前に立つ。職員は案内までらしくそこからはなにもしない。自分で入れということらしい。
錬司は二人の様子を伺いながら扉を開ける。そうして中へと入っていった。
室内の内装はその他の学校のそれとさほど違いはない。応接用のソファに本棚がならび学園長用の机、その背後には窓があり夕日が差し込んでくる。棚の上にはまだ出来てばかりだというのにいくつかのトロフィーが並んでいた。そこそこ優雅さは感じるけれど決して豪奢というほどではない、アークアカデミアという特別な場所にしては控え目な場所だ。
だが錬司はこの部屋に一歩足を踏み入れた瞬間から目つきを、意識を引き締めていた。
正面の机に座る男性、そしてその傍らにいる女性があまりにも異様だと感じ取ったからだ。
「ようこそ、アークアカデミアへ。いらっしゃいね、獅子王錬司君」
机に座る男性、笑顔で入室を迎えるその男はさきほどまで案内を勤めていた職員とは正反対だ。客人を迎える微笑と温かな口調。
だが錬司の反応はまるで逆だった。
油断ならない。この男こそ最も警戒しなければならない人物だと直感的に判断している。
「はじめまして、ぼくはここの学園長を勤めている賢条幹久。隣の女性は教員の牧野萌だ。あ、名前で呼ぶと怒るから気を付けね。ね、萌ちゃん」
「殺しますよ」
「だろう?」
賢条はにこにことした顔で冗談ぽく言うが錬司には一切笑えなかった。
この時、ここに来たことを僅かながら後悔した。異能学園を治める長が普通ではないとは思っていたがこうも不気味なものだとは想定していなかった。
「緊張しているようだね」
「…………」
錬司の心中を読むように、だとしては相応しくない優しい声色で話しかける。
「無理もない、知らない学園に一人で呼ばれたんだ。どうぞどうぞ、そこのソファに座ってもらって」
「いや、立ったままでいい」
「そうかい? 君の自由でいいよ」
座る体勢は隙が大きい。いざという時動けない。それに長居はしないというメッセージも込みで立った姿勢を取る。
「用件はなんだ」
ずばり切り込む。世間話をしに来たわけじゃない、知りたいのはそれだけだ。
「ふむ」
錬司の強硬な態度。初対面かつ大人に対して無礼ではあるが賢条から指摘はない。それよりも彼の意見を受け止める。
「長い前置きは嫌われそうだね。では早速本題に移ろうか。率直に言えば君の力を貸して欲しい」
「というと?」
この時錬司には二つの予測があった。一つは自分の力を行使するという意味。二つ目は自分の力を研究、分析するという意味。賢条の言葉はどちらとも取れる。
この男はどちらの目的で自分を呼んだのか、それとも両方か。油断のない目で彼を見る。
「私たちは君の力を高く評価していてね、巷で審判者事件と騒がれた犯人でありながら君はランクFであり、しかしながら非凡な能力を発揮した。それはアークではないね。強いて言うなら生まれ持った異常性、超能力だ」
この時、今まで柔和な笑顔だった賢条の顔が錬司には妖しく見えた。見た目上は変わらない。だが、雰囲気が違う。
「あり得ないことだ、念じたものを一ミリだけ動かす能力で物体を吹き飛ばそうとすれば優に一秒に数百、数千の発動を行わなければならない。だが君は実際にそれをやってのけた。君の異常性はアークよりむしろその連射性だ。君のような生徒は未だ確認されていない。とても興味があるよ」
「なるほど、言いたいことは分かった」
「ん?」
「あいにくだが、モルモットになるつもりはないんでね」
自分が持つアークとは別の特異性。それにアカデミアが関心を持つのは当たり前だ。このことを知っているのは現状アークアカデミアのみ。その他アカデミアよりも先んじイニシアチブを取るためにもこの事実は放ってはおけない。なにがそれを可能としているのか、分析し解析しその要因を解き明かすだろう。
それこそ脳に直接手を入れるようなことも。
人体に意図的に異能を与えるというのも広義的には人体実験だ、社会に広く浸透しているわけではないのだから実験の域を出ない。そんな場所がこんなお宝を見つければなんとしてもこじ開ける。鍵や暗号もおかまいなしに。
そういう意味では自分を犯罪者として収容するまで泳がせていたのも納得できる。仮釈放の条件として正当性を持たせつつ解剖するつもりか。最初からそのつもりだったのなら納得できる。最初会ったときから感じていた不気味さ、それも合点がきく。
やはり、この男は油断ならない。
「協力はしてもらえないと?」
「したければ力づくでもなんでもするんだな。できればだが」
瞬間、棚の上に置かれたトロフィーがすべて振るえ出した。それだけじゃない、部屋全体が震度3程度の揺れに襲われた。
「壊れるぞ」
揺れているのが明確に感じられる。机の足がガタガタと音を立て壁に付けられた時計自体が揺れる。
「止めなさい」
直後、牧野の一声に揺れが収まった。
(なに)
だが錬司は止めていない。それだけではない。
(発動できない)
再度発動してみても一切動かせない。目に見えない変化ではない、そもそも動いていない。
こんなことは初めてだ。どういう原理か考えるがそれよりも自分の立場の危うさを自覚する。すぐに逃げるか? いや、扉の前には案内をした二人の男がいる。逃げられない。
思考が巡る。この危機的状況をどう切り抜けるべきか。アークは使えない、脱出経路は一つ。武器もない。
どうする!?
「学園長、遊びもほどほどにしてください。それは本題と逸れています」
「いやー、ごめんごめん。つい話に乗ってみたくなちゃってさ」
「…………」
そんな中、二人は悠長に会話をしている。
気を張っているのは錬司だけだった。




