プロローグ
プロローグ 1・10
暗がりの場所、暗黒が質量を持ったように重苦しい闇がある。唯一の光が通路側から差し込み床を辛うじて照らしている扉ののぞき穴だけだがそれ以外は存在しない。窓もない地下の穴倉。地上から追放され罪と共に埋葬された者たち。
ダウンフォール刑務所。異能者を収容するためにアークシティに建設された専用の刑務所だ。ここには大小の違いこそあれすべてが異能犯罪者だ。力と欲望が渦巻き法を犯した者たちがここにいる。
ここはその中でも最下層に位置する暗黒の独房だ。より深く、より静寂に。ただ闇が広がるかのようにそこにある。
とりわけ、その一室は不気味な静けさを湛えていた。
最下層の独房とはいえ遠くからは怒声や奇声の類が聞こえてくる。この闇に耐えられないのだ。時計がないため時間の経過が分からない。一日に変化がない。それは認知機能に悪影響を与え耐えられなくなった者から発狂していく。それは異能によって力を得た者も例外ではなく人である以上この痛みのない拷問は精神を想像以上に削り落としていく。
だが、彼は不動だった。洗面台とトイレ、ベッドしかない狭い部屋。そのベッドの上に腰掛け微動だにしない。男にしては長めの白髪を垂れ下げこの闇と一体化している。少年らしからぬ眼光と威圧、その様はまるで巨大な岩のようだ。
獅子王錬司。アカデミアを震撼させた審判者事件の犯人でありアークのランクはFという最底辺にも関わらず類い稀な才覚で高ランクのアークホルダーを撃破してきた生きるランク至上主義の破壊者。
信也が認めた第一のグレイントだ。
かつては強靭な意志で暴れ回った彼だがここでは沈黙している。だがそれが返って不穏。彼の場合は油断がならない。変化の兆候も体調の悪化もない。他の者が虚無に耐えられないこの環境でも錬司は平然としている。だがそんなのは当然だった。
時間が分からない? 変化がない?
そんなもの凡人の理屈だ。常人の都合だ。
彼の精神は暗闇ごときで劣化したりしない。
純然たるグレイントなのだから。
そこへ足音が響いた。食事は独房に備え付けの小型エレベーターで行われるため足音がするだけでここでは大きな変化だ。その音は錬司の独房へと近づいてくる。
錬司はそれでも気を向けることなく、看守は扉の前に立つ。そして鍵が開き扉が開かれた。
部屋に入り込む大量の光。独房と錬司の全容を明らかにする。白の囚人服を来た錬司はようやく扉の外を見た。
「まだ刑期はさきだろ? どうして釈放なんだ?」
「……まだなにも言ってないんだがな」
「考えなくても分かるだろ。それ以外の理由があるのかよ」
「まったく」
看守は帽子のつばを持ち顔を隠す。
「癪だが当たりだ。条件付きで釈放となる。話は外で聞け」
「ほう」
条件付き。つまり自分の能力と素性を知っている者ということだ。でなければランクFの自分を頼ることなどない。
いったい何者が。どんな目的で。
「まあいいか」
それは聞けば分かること。看守も聞けと言っている。
錬司は独房から出ていく。この地中深い底から。闇から光へ、裏から表へ顔を出す。
そこで世界は再び知ることになる。力とはなんなのか。
真の天才が解き放たれた。




