切羽詰まっていますね、今度は運動会ですか
その頃、天王寺は一人学園長室に向かい歩いていた。学園長室のある棟に移り廊下を一人歩く。夕日も沈みかけさきほどの喧騒と比べここは別世界のように静まり返っている。
天王寺は学園長室にたどり着く。扉の前に立ちノックのため手を伸ばす。
が、その手が不意に止まった。
みなとの会話が思い出される。ここは異能学園。特別を与えてくれる夢のような場所。そして最先端科学の結晶だ。ここは政治的にも軍事的にも重要な場所なのだ。普通な訳がない。そんな場所を任される人物とはどんな人なのか。
ある意味で、この先にいる者こそが誰よりも普通ではない。もしかしたら彼らこそが真の怪物なのかもしれないのだ。
だがそれがなんだというのか。自分にはやるべき目的がある。その信念もある。そのためならなんだって構わない。
天王寺は自身の身なりをチェックしてから扉をノックした。
「開いてるよ〜」
気を張る彼女とは対極な気の抜けた声が返ってくる。天王寺は扉を開け入室する。
「こんにちわ。もう遅い時間なのにまだ残っていたんだね」
「お疲れ様ですね、天王寺さん」
「こんにちわ、学園長、牧野先生」
部屋には学園長である賢条と牧野先生がいる。黒のスーツに黒髪のオールバック、横長の縁をした眼鏡を掛けている賢条は満面の笑みで席に座り天王寺を見つめている。その机の前に牧野先生は立っており白のスーツとタイトスカート、ショートカットの黒髪に丸い眼鏡を掛け理事長とは反対に一切笑みのない顔が天王寺を見る。
「まだやるべきことがあったので」
「そうなんだね。自分に任された仕事に責任を持ち行動することは素晴らしいことだ。だがそれだけでは人生足りるものではないと僕は考えていてね。休息も仕事と同じくらい人生において大事なことだ。最近遊んでいるかい? 僕から見て君は働きすぎな気がしてね。君も学生なんだし今でしか出来ないことをしておくべきだ。なんでも校門を出た先に出店のクレープ屋があってね、それがおいしいと評判らしいよ? 友達と一緒に食べにいくなんてのはどうだい?」
「お気遣い痛み入ります。ですが早急にしなければならない事柄がありまして。それに、私にはこの学園に返すべき恩があります。私を拾って置いてくださったこと、今でも学園長には感謝しています」
「君は難しい言葉を使うなあ。それに感謝と責任を混同しなくていいよ。でもそれも君の長所と受け取っておこうかな。それに、あらあら、それは大変だ。ここに来たのはそれが理由かい?」
「ご明察です」
賢条からの柔らかい口調と気遣いの言葉は誰が聞いても気を許してしまう温かさがある。天王寺も周りの声から聞こえる彼の好評に納得する。それかこうした振る舞いによって人望を獲得したからこそ今の役職につけたのかもしれない。
深読みし過ぎか? 奏音が時雨に言った言葉が自分に跳ね返ってくる。
「実は生徒会から提案とお願いがあります」
「聞こうか」
「実は私たちで希望者参加型のイベント、アーク大運動会と称した催しを開きたいのです。その費用と運営を任せてもらえないかと伺った次第です」
「大運動会ですか?」
「はい」
表情を変えることなく牧野先生が聞いてくる。きつい印象はないが彼女は手ごわそうだ。印象でしかないが彼女は冷静で計算ができるタイプだ。この提案に難色を示すのは目に見えている。
「それはまたずいぶんと大胆な提案だね」
それは賢条も同じ。物腰は柔らかいもののすぐに認めることはしない。それも当然か。こんなものが本来通るはずがない。莫大なお金、それも税金。その使い道と運営を生徒に任せるなど真っ当な判断ではない。
(時雨、信じているぞ)
言っていて不安になってくる。時雨の保証付きがあるからこそ言えたが、ここからどうやって話が通るのか正直自分でも想像が付かない。
「うん、いいよ」
「え」
不安に下がっていた顔を持ち上げる。聞こえた言葉が一瞬理解できない。
そこにいる賢条はニコニコと笑っていた。
「運動会なんていいじゃないか、学校といえば外せないイベントだよね。設立当初は生徒の人数の問題やこちらの体制が整っていなかったため実現できず残念だったけど、本当は僕もしたいと思っていたんだ。むしろそれを生徒に言わせてしまうことに恥じ入るばかりだ。ごめんね、寂しい思いさせちゃって」
「いえ」
あまりにも呆気ない承諾に逆に引く。こんなにも簡単に通るものなのだろうか? 社会人経験のない天王寺だが本当なら違うと感覚的に理解できる。
彼はこう言うが牧野先生はどうなのだろうか。彼女はもっと現実的な立場から考えていそうだが。
「牧野先生はどう思うかな?」
「いいのではないですか?」
それは杞憂だった。




