296.見捨てること
情勢は八割方、見捨てる方向に傾いているらしい。
「悪いな、譲ちゃん。せっかく来てもらったのに、回復役の出番はなさそうだぜ」
「それは……もう救出には行かないから、誰も怪我することはないし、あの四人も生きて戻って来ることはないから……ということですか……?」
悪いな、とケリーさんは言うけれど、それは本当はわたしに言いたかった言葉ではないのだろう。
「残念だが、そういうことだ」
「あとの二割は?」
「現在、うちの隊長代行が冒険者殿と交渉中さ」
「そう……ですか……」
魔物の数が多過ぎるのだという。
地上の魔狼を退けて近付こうとすれば、頭上のワタリに攻撃される。
空中のワタリを倒すには、遠距離攻撃手段が足りない。全てのワタリを撃ち落とすには、射手も足りなければ、弓も矢も足りない。
魔狼の群を退けるだけで手一杯なのだ。
少年たちを救出することは難しい上、断行すればこちらの被害が甚大になる。
悪ガキ四人を助けるために、村の貴重な稼ぎ手である傭兵団員を失うわけにはいかない。
命が助かったところで、重傷を負えば回復するまでの間は働けなくなるし、後遺症が残れば一生苦労することになる。
言ってみれば、悪ガキが引き起こした魔物騒動のために、村や、村の共有財産とも言える傭兵団が損耗を被るような選択肢を、軽率に選ぶわけにはいかないのだ。
そもそも少年らは、たとえ命が助かったとしても、村を危険に陥れた罪で追放である。
残った家族も、共に追放か、よくて村八分である。
ならば、助けに来た父親と一緒に、死なせてやるのが慈悲だろうという見解なのだ。
八人も食い殺せば、魔狼もワタリもある程度は満足して帰るはずだ。
という事情を、ケリーさんは懇切丁寧に話してくれた。
聞いていないことまで話してくれるのは、彼も完全に納得してはいないからだろう。
それか、わたしのような小娘が「見捨てるなんて酷い!」と喚き立てるのを恐れてのことかもしれなかった。
「いくら嬢ちゃんの言い分でも、助命嘆願は聞けねえよ。文句なら、族長代理と隊長代行に言ってくれ」
族長代理──ウランさんのことだ。
彼女も、立場的に苦渋の決断を強いられているのだろう。
「ウランさん……じゃなかった。族長代理はどちらに?」
「ガキどもの母親んとこだ。状況を説明に行ってる。最悪の事態を覚悟してくれ、ってな」
「そう……」
ウランさんと、少年たちの母親との会話に“冒険者”が割り込むのは、変に希望を与えてしまうかもしれないから避けたほうが無難だろう。
「直訴にでも行くつもりかい?」
「いいえ。この状況下で押しかけてもご迷惑でしょうから」
わたしが感情的に喚き散らさないので、ケリーさんは少し不思議そうにしていた。
わたしから言わせれば、そこで不思議そうにされるほうが不思議だった。
わたしは村の一員でもなければ、あの四人と親しいわけでもない。無関係の、ただの旅人なのだ。
村の損得を考えて、村人によって下された決断に対して、部外者が口を出す権利はない。
(こういうの、前にもあったような気がするのだけれど……)
シアンは、悪くすればダンジョンで死んでいた。
本人に生きる気力がないのなら、地上に連れ出したとしても、どうせ再び奴隷として捕まるだけだ。
ならば、いっそ今すぐ死なせてやるのが慈悲だろう。
そういう結論に、なりかけたのだ。
結局のところ、シアン自身が生きることを選んだために──というか、そうなるように誘導したのだけれど──シアンは命を救われた。
今のケリーさんからは、あのときと同じ空気を感じた。
事情も知らず、感情的に助命を訴えてきそうな小娘が、何も言わない。
なんで「見捨てるなんて可哀想だ」と罵ってくれないのだろう。
そうすれば、少しは罪悪感が薄まるかも知れないのに。
自分の口からは、本当は助けてやりたいとは言えないから、代わりに声高に助命を訴えてもらえないだろうか。
そうすれば、俺らは同族を助けに行くことができる。
──そう、主張したいのだろうなと思った。
(獣人族の人は、本音を隠すのが下手なのよね……)
どんなに本音を隠そうとしても、耳や尻尾が雄弁に語ってしまう。
冷徹な戦士を演じようとしても、無理なのだ。
「ケリー副団長、斥候が戻りました」
「わかった。今行く」
不思議な生き物を見るような、納得のできない表情をしたままのケリーさんは、部下に呼ばれて背を向けた。
「あの……」
わたしには、ケリーさんの疑問を解消してあげる義理はない。
望み通りに、頭の悪い小娘として振る舞うつもりもない。
やるべきことは、一つだけだ。
それは、正しい情報を伝えること──。
「なんだ、譲ちゃん?」
ケリーさんが、期待したように素早く振り返る。
「ノアさんから、聞いたことはありませんか? ──地下闘技場からの、奴隷救出作戦の顛末を」
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