第3話 バレンタイン
そんな二人の気持ちは通じ合えないまま季節は過ぎて行く。
互いにすれ違い、思いを通じ合えないまま。
彼は自分の気持ちを恋だと気付き始めていた。
彼女は彼に憧れるあまり話せないどころか直視できないでいた。
近所で幼なじみだと言うのに、おかしな二人だ。
「セイヤ。セリナちゃんちに回覧板置いて来て」
「え……?」
ある休日の午後、彼の母親がそうお使いを頼んで来た。
瀬里奈は彼女の名だ。
彼はドキドキしながら、回覧板を持って感電したようにしびれた。
持って行くのに足取りが重い。
たかだか数十メートルなのに。
彼は、彼女の家の窓を一つ一つ上から下まで眺めながら玄関先に立った。
ひと気がない。
彼女の母の姿が見えない。
留守だったら、自分の母親に言い訳が出来る。
いなかったと返却できる。
そう思って、呼び鈴を押した。
ピンポーン
その時、彼女は二階の自室で本を読んでいた。
「ママー。お客さんだよ〜。……あれ? 買い物かなぁ?」
二度目の呼び鈴がなった。
仕方なく彼女はイスから立ち上がって玄関に行き、ドアを開けた。
「はい」
ドアを開けた瞬間、神々しい光だ。
天使長がそこに立っていたのだ。
見事な立ち姿に後光があふれ出ている。目が焼ける思いに彼女は下を向いた。
自分の服装と言えば中学ジャージに白いTシャツ。
恥ずかしくて真っ赤な顔をしてそこに立ちすくむしか無かった。
「よぉ。久しぶり……。」
しかし、彼女は言葉を発せず下を向いてしまったまま。
彼は相当なショックを受けた。やっぱり嫌われている……。
彼女の顔の下に回覧板を差し出して
「これ、回覧板。……じゃ……」
そう言って手渡し、ポケットに手を突っ込んでうつむきながら帰って行った。
彼女はその後ろ姿をじっと見ていた。
声をかけられた。
声をかけられた!
やったぁ!
久しぶりに話してくれた。彼女の気持ちは頂点に達した。
自分からは話せなかったが、「久しぶり」と言ってくれた。
それだけで満足。
もう本なんて見てる場合じゃなかった。
気持ちを落ち着かせるために、冷蔵庫にあるものでたくさんの料理を作った。
勝手なことをして後ほど、母親に怒られるのだが。
この調子ならば、バレンタインでも楽勝に成功するのでは?
彼女はそう思って自室のカレンダーに赤丸を記した。
指折り数えてバレンタインデー当日。
彼女が作ったチョコレートはまさに会心の出来映え。
一口サイズのトリュフというヤツだ。
彼女はそれを持って彼の家の玄関先に立った。
でも……。
どうすればいいのか?
呼び鈴を鳴らして親が出て来たら、恥ずかしい。
彼がいる確率はどうなのだろう?
携帯の電話番号なんて知らないし……。
そこに立ってしばらく悩んでいたが、いつまでも悩んでいても仕方がない。
高鳴る胸をおさえて呼び鈴を押した。
ピンポーン
「はーい」
出て来たのは……彼
の
母親だった。
「あら? セリナちゃん。セイヤ今出かけてるのよ」
「あ、あ、あ、そうですか。ごめんなさい」
「どうする? 帰って来たら連絡させる」
「い、いえ」
「上がっていったら?」
「いえ、大丈夫で……」
「ああ、今日バレンタインよね? それで?」
「あ! いや! あのその……テストの範囲! 聞こうと……思って……」
「テスト、終わったんじゃなかった?」
「あの、しょ、小テスト」
「あら、アイツなんにも言ってない。バカにしてるよね〜。そうやって隠すからダメなのよね? 帰って来たら叱りつけてやらないと……」
「あの! 失礼します!」
彼の母親のデリカシーのない発言に、口からでまかせで言い訳したものの、彼はいなかった。
恥ずかしい思いをして彼の家の玄関先から出た。
下を向いて歩いていると、T字路の細い曲がり角から出て来た人とぶつかりそうになった。
「おっと! あぶねぇ!」
「あ。ごめんなさい……」
「あれ? セリナ?」
「セイ……」
彼だった。一度は天使長の顔を見るものの、また真っ赤になってうつむいてしまう。
彼の方でも、そんな彼女の姿を見てますます自分が嫌がられていると頬をかきながら横を通り過ぎようとした。
「そんなに嫌われるなんて……」
そう聞こえた。彼の背中が2メートルほど行きかけたとき
「ま、待って!」
言葉が出た。彼は足を止めて振り向く。
彼女は紙袋から、ラッピングしたチョコレートを取り出した。
「き、嫌いじゃないの……」
「ま、マジかよ……」
彼は、近づいて彼女からの贈り物を受け取った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「行って来まーす!」
二つの家から元気のいい声が聞こえる。
二人の待ち合わせ場所は彼の家の前。
二人はひやかされながら学校までの道のりを歩く。
話すことはたくさんある。
今までのこと。
今のこと。
これからのこと。
【おしまい】