番外編 シャイン12歳③
神殿の空気は張り詰めていた。
シャインの周囲に渦巻く感情。
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
それらがまるで嵐のように神殿の空気を震わせている。
感情の神はその様子を静かに見ていた。
そして心の中で思う。
――まさか、ここまでとは。
――まさか、こんなにも早く対立するとは。
シャインはまだ十二歳。
だがその力は、すでに神の領域に届いていた。
このままでは、止められない。
感情の神は静かに息を吐いた。
そして――
シャインの心へと入り込む。
神にしかできない力だった。
心の奥へ潜り込み、戦意を奪う。
怒りを沈める。
それが感情の神の本来の力だった。
だが――
その瞬間。
感情の神の動きが止まる。
そこにあったのは、
想像を超える感情だった。
憎悪。
深く、濃く、重い。
まるで底の見えない闇のようだった。
母の死。
孤独。
迫害。
捨てられた記憶。
それらすべてが、シャインの心を満たしていた。
その感情の深さに、
感情の神は一瞬怯んだ。
その瞬間だった。
シャインの目が開く。
「……今さらだ」
低い声。
怒りが爆発する。
空気が震える。
シャインの周囲から、まるで魔法のような力が溢れ出す。
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
その感情が、そのまま力になっていた。
シャインは父へ向かって手を振り上げる。
次の瞬間。
見えない衝撃が走る。
感情の神の身体が弾かれる。
神殿の柱が砕ける。
石床が割れる。
神の身体に傷が刻まれていた。
感情の神は体勢を立て直す。
そして応戦する。
神の力が神殿を満たす。
だが――
シャインの力は、それを上回っていた。
憎悪の感情が、圧倒的だった。
神の攻撃は届かない。
シャインの力だけが、神殿を支配していた。
感情の神は理解する。
――勝てない。
だが、問題はそこではなかった。
もしこのままシャインが感情の神になれば。
怒り。
憎しみ。
悲しみ。
負の感情だけが、この世界を支配する。
その時。
世界の均衡は崩れる。
感情の神は静かに目を閉じた。
そして決意する。
――ならば。
最後に残された手段は一つだけだった。
感情の神は、ゆっくりシャインを見た。
そして言った。
「……そうか」
その声は静かだった。
「そこまで憎んでいるのか」
シャインは答えない。
ただ憎しみの瞳で父を見ていた。
感情の神は小さく笑う。
「ならば」
「最後に一つだけ残してやろう」
その瞬間。
神の身体から光が溢れた。
神の力。
感情そのものの力だった。
シャインが眉をひそめる。
「何を――」
次の瞬間。
光はシャインの身体へと流れ込んだ。
いや、
溶け込んだ。
感情の神自身が。
命をかけて。
シャインの心の奥へ。
神の声が響く。
――感情とは。
――怒りだけではない。
――憎しみだけでもない。
――喜びも。
――安らぎも。
――希望も。
――それもまた、感情だ。
光が消えていく。
感情の神の姿は、ゆっくりと崩れていった。
そして消える。
この世から。
完全に。
神殿は静まり返った。
シャインは立ち尽くしていた。
胸の奥。
そこには相変わらず渦巻いている。
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
だが――
ほんのわずかに。
小さな光が残っていた。
温かい感情。
それが何なのか、
シャインには分からなかった。
神殿の空気が震える。
世界が反応していた。
神が一柱、消えた。
そして――
新しい神が生まれる。
シャインはゆっくり顔を上げる。
その瞳には、
深い闇が宿っていた。
だが、その奥には
ほんのわずかな光が残っている。
シャインは静かに呟いた。
「……俺が」
その声は低く、冷たい。
「感情の神だ」
その日。
世界に、新たな神が誕生した。




