番外編 シャイン12歳②
シャインはついに、その場所へ辿り着いた。
森の奥深くにある、古い神殿。
感情の神が座す場所だった。
長い石の階段。
苔に覆われた柱。
神殿の周囲には、重い静寂が広がっている。
普通の者なら、この場所に近づくだけで足が止まる。
神の気配が、空気そのものを支配しているからだ。
だがシャインは迷いなく歩いていた。
止める者はいない。
門番も、兵もいない。
まるで――
ここに来ることを、すでに知られているかのようだった。
神殿の奥。
広い石の間。
その中央に、一人の男が立っていた。
感情の神。
シャインの父だった。
黄金に近い長い髪。
静かで落ち着いた瞳。
その姿は神そのものだった。
感情の神は、ゆっくりシャインを見た。
そして小さく言った。
「……大きくなったな」
その声には、驚きも怒りもなかった。
ただ静かな事実を述べるようだった。
シャインは父を睨んでいた。
父は続ける。
「だが」
わずかに目を細める。
「力をつけ過ぎた」
神殿の空気が揺れる。
神の視線が、シャインの内側を見透かしている。
シャインはゆっくり口を開いた。
「……聞きたいことがある」
声は低かった。
「なぜだ」
一歩進む。
「なぜ、母と俺を捨てた」
神殿の空気が静まる。
長い沈黙。
感情の神は、少しだけ考えるように目を閉じた。
そして、短く答えた。
「不要だったからだ」
その一言だった。
シャインの瞳がわずかに揺れる。
胸の奥で、何かが軋んだ。
シャインはゆっくりと口を開く。
声は静かだった。
だが、その奥には抑えきれない感情があった。
「母は最後まであなたを待っていた」
神殿の空気が重くなる。
シャインは続ける。
「それでも来なかった」
拳が震える。
「それでも……」
シャインは父を見据えた。
「不要だったのか」
感情の神は、わずかに目を伏せた。
だが表情は変わらない。
そして静かに言った。
「神に家族は必要ない」
その声は冷静だった。
「神に愛は不要だ」
シャインの胸の奥で、何かが崩れ落ちた。
感情の神は続ける。
「私は一人で充分だ」
「神とはそういう存在だ」
そして言った。
「お前はエルフだ」
「エルフとして生きろ」
「それでいい」
その言葉は、あまりにも簡単だった。
母が苦しんだことも。
自分が孤独だったことも。
まるで関係ないかのように。
シャインの心の奥で、黒い感情が広がる。
絶望。
そして――
憎悪。
シャインはゆっくり顔を上げた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「……そうか」
神殿の空気が震え始める。
怒り。
憎しみ。
悲しみ。
それらすべての感情が溢れ出す。
シャインは父を見据えた。
「なら」
静かな声だった。
「感情の神の座を譲れ」
感情の神の眉がわずかに動く。
シャインは続ける。
「その座は俺が継ぐ」
神殿の空気が歪む。
憎悪の感情が膨れ上がる。
感情の神はしばらくシャインを見ていた。
そして静かに言った。
「無理だ」
シャインの瞳が鋭くなる。
感情の神は続けた。
「世界が保たれるためには」
「感情の均衡が必要だ」
神殿の空気がわずかに揺れる。
「怒り」
「悲しみ」
「憎しみ」
「それだけでは世界は壊れる」
「生きる者には」
「喜び」
「安堵」
「希望」
そうした感情も必要だ。
「正と負」
「その均衡こそが」
「感情の神に必要な力だ」
感情の神は静かに言った。
「だが、お前にはそれがない」
その言葉は、シャインの心には届かなかった。
シャインの中にあるのは、ただ一つの考えだった。
力。
力あるものこそが神になる。
それが世界の理だ。
シャインの周囲の空気が歪む。
憎悪の感情が膨れ上がる。
神殿の石床が震える。
シャインは父を睨んだ。
「……なら」
低く言う。
「力で奪う」
憎しみがさらに膨れ上がる。
シャインはもう一度言った。
「感情の神の座を譲れ」
神殿の空気は、すでに戦いの気配に満ちていた。




