番外編 シャイン12歳①
シャインは十二歳になっていた。
母が亡くなってから、数年が過ぎていた。
だが、その年月がシャインの心を癒すことはなかった。
むしろ――
胸の奥に沈んだ感情は、時間とともに深く、濃くなっていった。
孤独。
怒り。
悲しみ。
そして憎しみ。
それらすべてが、シャインの力となっていた。
⸻
シャインは理解していた。
自分の力の正体を。
それは魔法ではない。
感情だった。
怒りは力を強くする。
悲しみは風を鋭くする。
憎しみは空気を震わせる。
感情そのものが力になる。
だが、それだけではなかった。
シャインは気づき始めていた。
自分の感情だけではない。
他者の感情にも触れることができる。
怒りを抱く者がいれば、その怒りをさらに膨らませることができる。
悲しみに沈む者がいれば、その悲しみを深くすることもできる。
逆に――
感情を抑え込むこともできた。
まるで心そのものを掴むように。
シャインはその力を、静かに磨いていった。
⸻
だが、その力が向かう先は決まっていた。
自分たちを迫害したエルフたち。
そして――
父。
神。
感情の神。
もし父が自分を見捨てなければ。
もし神が人々を守る存在であるなら。
母は苦しまずに済んだ。
シャインの胸の奥には、確かな憎しみがあった。
神への復讐。
それが、シャインの生きる理由になっていた。
⸻
ある日。
シャインは森の奥を歩いていた。
その時だった。
空気が変わる。
冷たい気配。
圧倒的な存在感。
シャインは足を止めた。
「……来たか」
小さく呟く。
次の瞬間、目の前の空間が歪む。
そこに現れたのは、一柱の神だった。
人の姿をしているが、その気配は明らかに人でもエルフでもない。
圧倒的な神気が、周囲の空気を震わせていた。
神はシャインを見下ろす。
その目に浮かんでいるのは警戒だった。
「お前か」
低い声。
「この土地で、神の気配を持つ者というのは」
シャインは黙っていた。
神は続ける。
「エルフでありながら、神の力を持つ存在」
「放っておけば、災いになる」
神の手に光が集まり始める。
「ここで始末する」
その言葉に、迷いはなかった。
シャインは静かに目を閉じた。
そして、小さく笑う。
「……そうか」
次の瞬間。
空気が震えた。
神の殺意。
その感情が、シャインの中に流れ込む。
怒り。
敵意。
そして、わずかな恐れ。
シャインはそれを感じ取った。
そして――
触れた。
神の感情に。
「そんなに怒っているのか」
シャインの声は静かだった。
だがその瞬間。
神の表情が変わる。
心の奥に、何かが流れ込む。
怒りが膨らむ。
悲しみが混ざる。
疑念が広がる。
シャインは神の感情を操っていた。
「な……」
神の声が揺れる。
感情が制御できなくなる。
怒りが暴れ、恐怖が広がり、心が乱れる。
神は攻撃しようとする。
だが手が震える。
心がまとまらない。
シャインはゆっくり目を開いた。
その瞳は、冷たかった。
「神も……」
小さく呟く。
「感情に縛られているんだな」
エルフも、人間も、魔族も。
そして神でさえ。
感情から逃れることはできない。
シャインはさらに力を込める。
神の心の奥へ。
深く。
深く。
触れる。
神の瞳から光が消えた。
膝をつき、倒れる神。
静かな森。
風だけが揺れている。
シャインは立ち尽くしていた。
「……」
目の前に倒れているのは神。
神。
本来なら、決して届かない存在。
だが今、その神が壊れている。
シャインの手によって。
シャインは自分の手を見る。
指先が、わずかに震えていた。
「……俺が」
小さく呟く。
「壊したのか」
胸の奥に、奇妙な感覚が広がる。
恐怖。
そして――
わずかな高揚。
神すら壊せる力。
その事実が、静かにシャインの心を満たしていく。
「……なるほど」
シャインは静かに笑った。
「神も、壊れるんだな」
息はしている。
生きている。
だが――
瞳は空虚だった。
精神は完全に崩壊していた。
シャインはその姿を見下ろした。
そして理解する。
自分はもう、ただのエルフではない。
神にすら届く力を持っている。
いや――
神すら壊せる力を。
森の風が静かに吹いた。
シャインは空を見上げる。
神々はきっと気づくだろう。
この力に。
そして自分を狙うだろう。
だがシャインは静かに言った。
「なら」
その声は冷たかった。
「俺が神になる」
感情の神。
その座を奪う。
そして――
すべてを壊す。
この世界も。
この神々も。
そして父も。
シャインは歩き出した。
父の元へ。
決着をつけるために。




