番外編 シャイン8歳
それから一年が過ぎた。
シャインは八歳になっていた。
だがその一年は、あまりにも長かった。
森の集落を追い出されてから、母とシャインは町の外れで暮らしていた。
古びた小屋。
屋根はところどころ抜け、雨が降れば水が落ちてくる。
それでも、二人にとっては唯一の居場所だった。
母は以前と同じように薬草を採り、町へ売りに行った。
だが生活は、さらに苦しくなっていた。
エルフの集落を追われたことはすぐに広まった。
人々は母を見ると距離を取る。
「あの子の母親だ」
そんな視線を向けられる。
それでも母は働き続けた。
シャインのためだった。
だが――
限界は、少しずつ近づいていた。
⸻
冬が近づいた頃。
母は咳をするようになった。
最初は小さな咳だった。
だが日に日に増えていく。
夜になると、苦しそうに息をする。
シャインは気づいていた。
母の身体が弱っていることを。
ある日、母はついに倒れた。
市場から帰る途中だった。
シャインは必死に母を支え、家まで連れて帰った。
布団に寝かせる。
母の体は熱かった。
「母さん……」
母はかすかに笑った。
「大丈夫よ」
だがその声には、力がなかった。
その日から、シャインは働き始めた。
八歳の子供にできる仕事は多くない。
それでも必死だった。
薪を運び、荷物を持ち、畑を手伝う。
少しでも金を稼ぐために。
母を助けるために。
⸻
その頃、シャインは気づき始めていた。
自分の力に。
あの日、怒りで起きた風。
それは偶然ではない。
感情が、力になる。
怒り。
悲しみ。
恐れ。
それらが強くなるほど、力も強くなる。
シャインはそれを少しずつ理解していった。
最初は怖かった。
だがやがて、意識して使えるようになる。
風を起こす。
空気を動かす。
小さな力だったが、確かに存在していた。
シャインはそれを使い、仕事を手伝うようになった。
重い荷物を運ぶ。
薪を運ぶ。
人には見せないように。
こっそりと。
力をコントロールする術を、覚えていった。
⸻
だが母の身体は回復しなかった。
それどころか、悪くなる一方だった。
身体だけではない。
心も、少しずつ壊れていった。
夜中、突然目を覚ます。
そしてシャインを見て言う。
「……ごめんなさい」
何度も謝る。
理由は分からない。
ある日、母は震えながら言った。
「もし……」
息が荒い。
「もし、あなたが……」
言葉が途切れる。
「いなければ……」
シャインの心臓が止まる。
母は涙を流していた。
「こんなことには……」
その先は言わなかった。
だが意味は分かってしまった。
シャインは何も言えなかった。
胸の奥が、静かに凍っていく。
母は本気で言ったわけではない。
苦しさの中で出てしまった言葉だった。
それは分かっていた。
それでも――
その言葉は、シャインの心に深く残った。
⸻
母の精神は、さらに崩れていった。
時々、シャインのことが分からなくなる。
怯えた目で見る。
まるで、知らない存在を見るように。
そしてある日。
母は静かに息を引き取った。
最後まで、意識は戻らなかった。
シャインはその手を握っていた。
だが母の目は、もうシャインを見ていなかった。
静かな部屋の中で、
シャインはただ座っていた。
泣かなかった。
涙は出なかった。
ただ思った。
――母にも見捨てられた。
その感覚だけが、胸に残った。
⸻
それからシャインは一人になった。
完全な孤独だった。
誰も助けてくれない。
誰も手を差し伸べない。
エルフたちは自分を追い出した。
町の人間も、自分を恐れる。
そして父。
神。
感情の神。
もしあの神が、自分を見捨てなければ。
母は苦しまなかった。
自分は一人にならなかった。
その思いは、次第に強くなっていった。
孤独。
怒り。
憎しみ。
それらの感情は、シャインの力をさらに強くした。
シャインは感情を利用することを覚えた。
怒りを力に変える。
悲しみを力に変える。
やがてそれは、完全にコントロールできるようになっていた。
そして十一歳になった頃。
シャインは決めた。
父に会いに行く。
感情の神。
自分を見捨てた神。
そして――
その神と、
対等になるために。
シャインは、さらに力を求めて歩き始めた。




