番外編 シャイン7歳③
その日から、集落の空気は変わった。
シャインを見る目が変わったのだ。
子供たちは近づかない。
大人たちも同じだった。
森の道ですれ違えば、距離を取る。
小声で何かを囁く。
そして――
その視線は、母にも向けられるようになった。
「やはり、あの子は普通じゃない」
「父親が誰か分からない子だ」
「危険な力を持っている」
そんな噂が広がっていく。
母が市場に行くと、店の者がわずかに顔を曇らせる。
薬草を売ろうとしても、以前ほど買ってくれない。
それでも母は何も言わなかった。
いつも通り働き、
いつも通り家に帰り、
いつも通りシャインに微笑む。
だがシャインには分かっていた。
母が疲れていることも。
そして、周囲が自分たちを避けていることも。
⸻
ある夜。
小さな食卓を囲んで、二人は静かに食事をしていた。
シャインはずっと俯いていた。
母が気づく。
「どうしたの?」
シャインは少し迷ってから言った。
「……母さん」
「ぼくのせいだよね」
母が箸を止める。
シャインは続けた。
「ぼくがあんな力を使ったから」
「みんな、母さんのことも嫌ってる」
声が小さくなる。
「ごめん」
母はしばらく何も言わなかった。
そしてゆっくり立ち上がり、シャインの前に来る。
しゃがみ込み、目を合わせた。
「謝ることじゃない」
優しい声だった。
だが、その目には迷いがあった。
長い沈黙のあと、母は静かに言った。
「……そろそろ」
「話さなければいけないかもしれない」
シャインが顔を上げる。
母はゆっくり言った。
「あなたの父のこと」
シャインの心臓が強く鳴った。
父。
今まで一度も聞いたことのない存在。
母は続けた。
「あなたの父は……」
言葉を選ぶ。
そして言った。
「神なの」
シャインは理解できなかった。
「……神?」
母は頷く。
「この土地を治めている神」
「感情の神」
シャインは言葉を失った。
神。
本の中でしか知らない存在。
遠く、手の届かない存在。
その神が――
「……父さん?」
母は苦しそうに頷いた。
「そう」
シャインの頭の中で、いくつもの疑問が浮かぶ。
「じゃあ、どうして」
声が震える。
「どうして父さんはいないの?」
母は目を伏せた。
「……神は」
「エルフや人と共に生きる存在ではないの」
それが答えだった。
シャインは何も言えなかった。
胸の奥に、何か重いものが沈む。
神の子。
それが自分の正体。
だから力があるのか。
だから皆に嫌われるのか。
だから父はいないのか。
⸻
数日後。
ついにその時が来た。
集落の長老たちが、家にやってきた。
三人のエルフだった。
冷たい目をしている。
母は静かに頭を下げた。
「どうされましたか」
長老の一人が言った。
「もう限界だ」
その言葉だけで、意味は分かった。
「お前の子は危険だ」
「集落に災いをもたらす」
別の長老が言う。
「ここには置いておけない」
母は何も言わなかった。
ただ静かにシャインを見た。
シャインは全て理解した。
追い出されるのだ。
この森から。
この家から。
自分たちの居場所から。
母は深く頭を下げた。
「……分かりました」
その日のうちに、二人は森を出た。
持てる荷物は少ない。
生活はさらに厳しくなる。
小さな町の外れで、母はまた働き始めた。
だが以前よりも苦しい。
住む場所も、仕事も、食べ物も
全てが足りない。
⸻
夜。
小さな部屋でシャインは一人考えていた。
胸の奥に、感情が生まれていた。
それは怒りだった。
エルフたち。
自分たちを追い出した者たち。
そして――
父。
神。
感情の神。
もし父が自分を見捨てなければ。
もし父が自分たちを守ってくれたなら。
母は苦しむこともなかった。
自分たちは追い出されることもなかった。
胸の奥で、静かに何かが芽生える。
それはまだ小さな感情だった。
だが確かにそこにあった。
憎しみ
その感情は――
これから長い時間をかけて、
シャインの中で大きく育っていくことになる。




